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市史年表 金沢の百年 昭和続編

  • はじめに

     この年表は「金沢市史 現代編(続編)」の年表で、市史の副本的性格のものであり、昭和42年(1967)1月から63年(1988)12月末までを収録し、なお、平成元年(1989)3月末までの重要事項を列挙した。
     この期間は、わが国が世界史上まれにみる経済成長をとげ、国際的地位も飛躍的に向上した時代である。金沢市の歴史も、この大きな流れの中で政治・経済や社会・文化の動きが展開され、あるものは良き伝統を継承し、あるものは新生面を開拓してきた、言わば激動の時代であった。その推移、変動の跡を、効果的にとらえて年表に再現することは極めて困難なことであるが、できるだけ多方面にわたり、その特徴的事象を挙げ、市史理解の一助になるよう努めた。
     年表作成にあたっては、市発行の「金沢市統計書」をはじめ各種の刊行物および新聞を基本とし、石川県関係刊行物、市立・県立図書館資料などを広く参考にさせていただいた。
     また、官公庁および金沢市商工会議所をはじめとする関係各機関のご協力をいただいたことに深く感謝の意を表するものである。
     なお、末尾に、明治元年から昭和41年末までの略年表を付け加えた。これは、市制100周年記念事業としての意義をいっそう明確にするため、明治・大正・昭和を通じ、一貫して金沢市の歴史を認識していただきたいためである。
     広く活用願えればしあわせである。


     平成元年(1989)

     金沢市史編さん委員会 
    <凡例>
    • 事象の分類は大まかに政治・経済と社会・文化の二つとし、左(偶数)ページを政治・経済、右(奇数)奇数ページを社会・文化とした。厳密に区別することの困難なものは編者の判断によった。

    • 人口、人の死亡、気象は社会欄とした。

    • 配列は年・月・日順であるが、日の不明確なものは「―」として記載した。

    • 金沢市の区域内にとどまらず、広域的な視野で取り上げた事象もあるが、市に直接関係のある事項との区別は特にしなかった。

    • 人名には敬称を省略した。

    • 次年度市予算案の金額は1,000円以下を切り捨てたので、総計金額は必ずしも記載の合計金額とは一致しない。

    • 各ページの下欄には国内外の事象の主なものを掲げた。


  • 市史年表 金沢の百年(昭和続編)

    和暦
     (西暦) 
    月日 分類 事項 出典
    昭和四十二年(1967) 1月13日 政治・経済 市企業局は、消火用水・公園の噴水・水飲場の水道水を無料で提供していたが4月1日から料金を徴集することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月20日 政治・経済 北陸3県の郡市別電話普及率は、人口100人当たり金沢12.78台でトップ、以下福井市、砺波市の順であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月24日 政治・経済 県警が、通学路、住宅街などにおける大型車の通行禁止(30路線)を決定。金沢市内では17路線を対象に2月20日から実施することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月26日 政治・経済 才田土地改良区(110余戸)では水田の基盤整備のため、河北潟のヘドロで約40センチ地上げする工事から始めた。県が41年度から44年度にかけて総事業費3億1,800万円をかけて実施する工事である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月29日 政治・経済 衆院総選挙の投票が行なわれ、石川県は即日開票の結果、当選は1区では坂田英一(自前、6万5,123票)、井村重雄(自前、5万5,842票)、桂木鉄夫(無所属新、4万3,954票)、2区では坂本三十次(自新、5万5,680票)、益谷秀次(自前、5万2,242票)、稲村左近四郎(自前、4万653票)であった。知事と市長の選挙も同日に行われ、知事、当選中西陽一(自現、42万7,476票)金沢市長、当選徳田与吉郎(自現、13万4,901票)となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月29日 政治・経済 41年度から建設してきた粟崎住宅団地33万平方メートルのうち20万平方メートルの整地が終わり、3.3平方メートル当たり8,000円で分譲、売り出しと同時に完売となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月1日 政治・経済 100円と50円の新硬貨が流通した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月5日 政治・経済 県農協中央会が畜産事業拡充3か年計画を推進するためこのほど、畜産団地の指定地区を決めた。市関係では乳牛=押野、二塚、崎浦。和牛=花園、三谷、薬師谷。養鶏=医王山、崎浦、小坂、大徳、安原の各地となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月10日 政治・経済 徳田市政の2期目が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月10日 政治・経済 大正8年以来48年の歴史をもつ北鉄の市内電車が全面廃止された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月11日 政治・経済 12番目の祝日として建国記念日が発足。「建国記念の日奉祝大会」(建国記念の日奉祝石川県本部主催)が都ホテルで行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月14日 政治・経済 41年の金沢市の小売物価指数(35年=100、金沢商工会議所調べ)は、年間平均123.4となり、40年平均120.0に比べ2.8%の上昇となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月14日 政治・経済 浅野本町地内に確保した下水道終末処理用地5万591平方メートルの買収調印式が行なわれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月21日 政治・経済 市の41年度予算案が発表された。 一般会計65億6,700万円(前年度当初比10.9%増)、特別会計19億4,072万円。企業会計28億9,453万円。計114億225万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月22日 政治・経済 金沢市とバッファロー市の姉妹都市提携委員会が開かれ、イルクーツク(ソ連)とポートアレグレ(ブラジル)両市との姉妹提携を3月議会に提案することを了承。提携委の名称を「金沢市都市提携委員会」と改称することも決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月25日 政治・経済 金鉄局が3月20日実施のダイヤ改正を発表。それによると金沢ー東京間は現行の6時間25分が5時間57分に、金沢ー大阪間は4時間40分が4時間10分に短縮されることになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月28日 政治・経済 北陸3県の酒造業者が酒の値上げを各税務署に届け出た。金沢市関係では中村酒造(日栄)、福光屋(福正宗)、金沢酒造(初ふね)の3社で、前2社は特級70円上げの1,050円、1級50円上げの750円、金沢酒造は特級を60円上げの1,030円、1級40円上げの740円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月1日 政治・経済 県警本部が、広坂通りを終日一方通行にすることにした。市内電車廃止を機会に行なうもので、兼六園方向へは県庁側、香林坊方向へは市役所側を通行することになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月2日 政治・経済 野町、弥生、中村地区などで町名改正(87町が23町に)作業が終わった。(9月から実施。本改正で市内の町名変更は87%進み、蛤坂・石坂・六斗林などの町名が消える) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月11日 政治・経済 市企業局が経営合理化のため、4月からガス・水道料金の集金を全面的に民間委託にすることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月17日 政治・経済 県内の繊維機械メーカーを中心に、名古屋・桐生・静岡・京都など全国26メーカーが参加して、織布業構造改革対策絹人繊維機部会の設立総会が鉄工会館で開かれ、同部会長に麻生徳次を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月20日 政治・経済 イルクーツク市(ソ連)とポルトアレグレ市(ブラジル)との姉妹都市提携が市議会で可決された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月23日 政治・経済 在日ソ連通商代表部のソ連木材公団輸出担当者ポリス・ベ・イワノフが、金沢港の建設状況視察のため来県、金沢港の細部について質問、ソ連側に44年度から荷上げしたい意向のあることを伝えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月26日 政治・経済 馬替町、大額町地内の額第2住宅団地の第1次分譲住宅(50戸)の申し込みが24日締め切られた。競争率は最高18倍、平均5倍となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月28日 政治・経済 浅野川上流の田倉橋(浅川町と上中町を結ぶ)がコンクリートの永久橋に生まれ代わり、渡り初めが行われた。(工費900万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月29日 政治・経済 41年度住居表示優良団体として、金沢市が自治・郵政両大臣から表彰された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月1日 政治・経済 桜坂のがけ崩れ防止工事が、2年がかりで完成した。(工費300万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月1日 政治・経済 ソ連を中心とした石川県の対岸貿易を協同貿易方式で進めるため、石川県協同貿易振興会の結成総会が開かれ、会長に森茂喜(県町村長会長)を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月5日 政治・経済 中村町地内の国道8号線に完成した横断地下道の渡り初めが行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月6日 政治・経済 3日七尾港に入港したソ連サハリン海洋汽船「エグウェキノット」の船長アレクセイビッチと船長代理のイワノビッチが金沢商工会議所を訪ね、県内商社と直接バーター貿易をしたいと申し入れた。日ソ協会県連合会は視察団を派遣して貿易の話し合いを進めたいと答えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月7日 政治・経済 元消防本部跡地(兼六元町)で市長らが62本の桜の若木を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月11日 政治・経済 大和紡績金沢工場(大豆田町)前の私道が整備され、一般車の通行が可能となった。大和紡績と金鉄局が市に無償貸与し、市が舗装したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月15日 政治・経済 県議会議員選挙の投票が行われ、即日開票の結果、無競争当選5人を含め45人の新議員が決まった。金沢市選挙区からの当選者は次の通り(得票順)。大桑孝雄(共現)、米沢外秋(自現)、橋爪義守(社現)、駒井志づ(自元)、清谷博文(自現)、奥田敬和(自新)、奥村弘(社元)、清水保治(社現)、川島重男(社現)、今井源三(自現)、舟津常一(公新)、小間井与一(自現)、吉田長久(自現)、酒井三郎(社新)、羽間政信(自現)以上15人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月17日 政治・経済 県中央公園の中に整備された「中央公園通り線」(216メートル、幅15.5メートル、両側に2.5メートルの歩道)の開通式が行われた。(工費1,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月29日 政治・経済 市議会議員選挙の投票が行われ、即日開票の結果、当選者は次の通り(得票順)。金原博(自)、河口健吾(自)、酒尾孝之(自)、橋場喜義(自)、松永敏(社)、島村隆(社)、室井光栄(自)、荒木吉久(自)、北元喜雄(自)、上野勝正(自)、村池久一(社)、甚田寛一(自)、中村外次(自)、村中博明(自)、梅田武一(社)、油谷外郷(自)、蚊戸助吉(社)、喜多美由喜(自)、松島吉次(自)、米田正一(社)、神川利男(自)、愛知末太郎(自)、池田外作(自)、北次正雄(自)、玉作小一郎(自)、深見政一(無)、白沢実(社)、高倉政雄(社)、中川哲夫(自)、奥田勝治(自)、福村洸(社)、田中富士夫(自)、鈴木忠作(自)、上田孝三(社)、小田波理一(自)、安江与吉(自)、長井賢誓(無)、呉藤憲治(公)、館常雄(公)、竹中角太郎(自)、滝尾照士(自)、原俊道(共)、鳥居信吉(公)、北山友次(自)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月13日 政治・経済 在日ソ連通商代表部首席グバノフ、同代表部ソ連木材公団輸出担当官イワノフが、株式会社日海交易(金沢市)の創立満5年の記念式に招かれ、中西知事らと懇談し、後金沢港を視察した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月15日 政治・経済 改選後初の臨時市議会が開かれ、54代議長に油谷外郷(自)、副議長に玉作小一郎(自)を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月18日 政治・経済 市が委嘱した「保存と開発の診断委員」東京工大名誉教授谷口吉郎・東北大名誉教授中川善之助・芸術院会員東山魁夷・国立近代美術館京都分館長今泉篤男・東京国立文化財研究所長関野克の5人が来沢、17日、徳田市長の案内で市内を診断視察し、18日は、中西知事・石橋金大学長・秋山美大学長・麻生金沢商工会議所副会頭、吉田県経営者協会常任理事、本岡金沢経済同友会常任幹事、徳田市長・江川助役が診断委員と同席し、金沢の都市美について意見を交換した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月25日 政治・経済 金沢市中央卸売市場の独占禁止法違反問題について、公正取引委員会の現地審判が金沢商工会議所で23日から3日間行われ全日程を終えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月31日 政治・経済 市消費生活安定対策協議会の初会合が市役所内で開かれ、25人の委員と市当局とが意見を交換した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月1日 政治・経済 金沢郵便局が昇格し「金沢中央郵便局」と改称された。中央郵便局は全国で10局目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月4日 政治・経済 額新保町に造成した額第1団地の一部が完工。全体計画46万平方メートルのうち19万平方メートルが完成したもので、県、市、県住宅公社が39年から13億円をかけて793戸を建設した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月8日 政治・経済 金沢経済同友会の42年度総会で、講師として招かれた東洋大学講師(日本都市学会会長)磯村英一が、富山、福井を含む北陸メガポリスを造るべきだと提言した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月8日 政治・経済 市の41年度の決算見込みは、一般会計では2億2,000万円の黒字となり、38年度からの繰り越し赤字1億6,850万円を埋めることができる見通しである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月14日 政治・経済 県と市で建設中の額団地(額新保町)の町名が「額新町」と決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月20日 政治・経済 北陸初の木工工場団地である協同組合金沢木工センター(粟崎町)の工場団地(総面積9万9,000平方メートル)の完工式が行われた。(総工費3億7,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月23日 政治・経済 江川昇助役の再任が市議会で承認された。(再任は7月2日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月24日 政治・経済 繊維メーカー「北陸機械工業」(社長麻生徳次)の新工場が観音堂町に完成した。(総工費は12億5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月1日 政治・経済 市は郊外地で住宅の増えた55か所、4,727世帯について週1回のゴミ収集業務を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月1日 政治・経済 市の出先機関である金石地区連絡事務所が、金石支所に昇格した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月16日 政治・経済 今年4月計量指定都市となった金沢市が、120万円をかけて計量検定所を市役所内に設置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月17日 政治・経済 国鉄が常任理事会を開き、金沢に貨物取扱い施設(貨物専用駅)を新設することを決めた。建設地は乙丸町を中心に約32万平方メートル。(予算10億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月19日 政治・経済 市企業局が建設した上水道の新環状線(野田配水池から中島大橋まで全長8キロ)が通水した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月20日 政治・経済 県道堀川・向粟崎線(通称弓取線)の完工式が行われた。延長575メートル、幅16~20メートル、歩道両側各2メートル。(37年着工、総工費4億8,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月25日 政治・経済 県が中央公園の整備と併せて計画していた仙石町通りの拡幅工事を開始した。(工事期間は2年) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月26日 政治・経済 法務省が金沢市に対し、金沢刑務所を卯辰山南斜面(若松町と田上町地内、9万2,000平方メートル)に移転する旨連絡してきた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月13日 政治・経済 市のゴミ収集人口は昨年より1万人増え、現在の同人口は31万1,000人、1日の収集量は267トンとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月4日 政治・経済 徳田市長らがイルクーツク市を訪れ、市民から盛んな歓迎を受けた。9月にサラッキー・イルクーツク市長が金沢を訪問、親善都市協定の調印を行うことに決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月10日 政治・経済 金産自動車工業(松任町)の製品「上海コンテナ」が、初めて金沢駅から横浜港へ向けて輸送された。アメリカの会社からの受注で200個(総額9,000万円)が輸出される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月13日 政治・経済 市内の土地が依然高値を呼んでいる。不動産業者によると、3.3平方メートル、久安5~2.5万円、泉野8万~5万円、西念6.5~3万円、寺地2.5~1.5万円、藤江・畝田2.5~3万円、野々市6~2万円、森本駅周辺10万円などとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月14日 政治・経済 専売公社金沢地方局が、米泉・保古・糸田町地内へ移転する用地(11万平方メートル)の買収調印式が知事室で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月21日 政治・経済 県鋳物工業協同組合、石川県、県鉄工協会の代表が集まり、鋳物業界構造改善打ち合わせ会を開き、県鋳物工業協組が中心となって協業化を目指すことに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月23日 政治・経済 北都鉄工(長田本町)がフィリッピンの会社(2社)へ大型クレーンを輸出することになった。総額5,000万円。県内から大型クレーンを輸出するのは初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月12日 政治・経済 市は事務合理化のため、市民税・軽自動車税・固定資産税、ガス・水道料金の計算事務を民間の計算センターへ委託することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月13日 政治・経済 北陸3県石油販売業者連絡会議で、灯油は10月1日から、ガソリンは10月中に値上げすることを決めた。灯油は1缶(18リットル)450~550円で100~150円、ガソリンは1リットル55~65円で5円のアップとなる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月17日 政治・経済 北陸3県の石油販売業者の値上げに対抗して県消費者団体連合会が、市内の石油販売業者と共同契約、10月から来年2月まで業者は値上げを据置とし、1缶を330~350円で販売すると発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月19日 政治・経済 金沢商工会議所の社団法人20周年を祝う会員大会が、中小企業会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月21日 政治・経済 県内のプロパンガスが10月から小売値で10~15%(約80~100円)程度値上げして、10キロ780~800円となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月23日 政治・経済 金沢市とイルクーツク市(ソ連)の姉妹都市提携の調印式が市役所で行われ、中西知事も同席し、徳田市長とイルクーツク市長が協定書に調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月25日 政治・経済 市中央卸売市場で、バナナが初めて競りにかけられた。(これまでは相対売り) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月7日 政治・経済 運輸省と金沢開発公社が金沢港の建設について、12月から航路掘削と工業用地造成に着手することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月11日 政治・経済 才田地区内の森下川に架かる高田橋(45メートル、1,200万)八枚田橋(52メートル、1,300万円)大橋(54メートル、1,456万円)が完成し、市長が出席して完工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月14日 政治・経済 金沢問屋センターの建築が5か年の歳月と33億円をかけて完成し、菅野通産相、乙竹中小企業庁長官ら600人余りが出席して落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月16日 政治・経済 金大学長中川善之助が金沢商工会議所評議員懇談会に招かれ、地元経済界と初めて懇談した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月23日 政治・経済 協同組合加賀友禅染色団地の創立総会が県縫製会館で開かれ、市内の染色業者17社、問屋3社の20社を組合員として発足した。(理事長吉野省吾) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月24日 政治・経済 横安江町商店街振興組合が、伊勢市(三重県)で開催された第19回中小企業団体全国大会で優良組合として表彰された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月31日 政治・経済 共産党県委員会が第21回県党会議を開き、県委員長に大桑孝雄を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月7日 政治・経済 城北地区の5校下(浅野、小坂、森山、千坂、夕日寺)連合町会が中心となって結成した東金沢地区振興会(会長山田安隆)の発会式が、林家亀次郎参議院議員ら約80人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月13日 政治・経済 竪町商店街振興組合と同町が将来、竪町通りを両側に3メートルずつ拡幅することを決め、壁面指定申請書を市建築指導課に提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月13日 政治・経済 市が金沢の伝統美保存の方策として、市民の衆知を集めるため「金沢市伝統環境保存委員会」を作り、25人の委員を委嘱した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月16日 政治・経済 市農業青年育成協議会が発足、市役所に関係者23人が出席して結成会を開いた。(会長は江川昇助役) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月20日 政治・経済 北陸経済連合会の設立総会が中小企業会館で、関係団体の代表者約110人が出席して開かれ、初代会長に金井九兵衛(北陸電力社長)が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月25日 政治・経済 市の農業青年グループ連絡協議会設立総会が県社教センターで開かれ、約70人が出席した。(会長清水辰男) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月26日 政治・経済 ソ連のダリントルク(全ソ極東貿易事務所)所長クレオピンがソ連通商代表部のダーエフ(貿易担当官)と共に来沢、金沢港を視察、政治、経済界の代表と懇談した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月2日 政治・経済 下水道の受益負担金徴集制度を審議する市議会全員協議会が開かれ、原案に自民党賛成、公明党条件付賛成、社会・共産党反対。採決の結果原案通り可決。市は建設省に申請。受益者の負担率は20%、3.3平方メートル595円で5年分割支払い。(44年6月より徴集開始) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月8日 政治・経済 金沢刑務所の移転先(若松・田上地区)の地主75人と市の間で敷地買収交渉が妥結、覚書に調印した。(敷地7万7,000平方メートルのうち6万5,000平方メートルが妥結したもの) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月11日 政治・経済 金沢港最大の工事である浚渫が始まり、浚渫船「愛知丸」のサンドパイプ(径約50センチ)から、7キロ離れた河北潟東岸の工業用埋立地へ土砂を送っている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月19日 政治・経済 県と市の協同事業である青年レクレェーションセンター用地(普正寺、専光寺地内)の買収調印式が県庁で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月21日 政治・経済 カラーテレビが急激な売れ行きをみせ、11月の国内出荷台数は14万台余、県内では1月から現在まで7,321台が売れ、年内に1万台を超えるものと思われる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月21日 政治・経済 石川県輸出入協同組合が創立総会を開き、初代理事長に彼島桂二を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月30日 政治・経済 市は新年から住民の住所・家族数など移動に関する情報を、市民課に集中する制度を採用するため「住民台帳関係事務の管理および執行に関する規則」を作った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月3日 社会・文化 飯田景応(金沢市出身、市立工業卒)が死去。50歳。「百万石節」「加賀ばやし」などを作曲した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月8日 社会・文化 「かもしか山岳会」(金沢市)の一行6人が白山山系南端の大日岳で1日遭難。2日に捜索隊が登山したが猛吹雪で捜索は困難を極め、未発見のまま打ち切った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月16日 社会・文化 北陸銀行南町支店(明治39年落成)の店舗取り壊しが始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月17日 社会・文化 西田与作(金沢市)が死亡。72歳。22年以来連続県議当選、その間議長、自民党県連幹事長などを歴任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月24日 社会・文化 第56回直木賞(41年下半期)に、金沢市在住の作家五木寛之の「蒼ざめた馬を見よ」が決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月25日 社会・文化 兼六園の雪景色をデザインした15円の郵便切手が発売された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月28日 社会・文化 市立図書館が「加越能文庫目録」第4巻(補遺)を発刊した。39年以降、年1巻あて発行。17年間の作業が全4巻に収められた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 1月31日 社会・文化 風雪に耐えてきた老樹、橋場町浅野川沿いの松並木の1本が倒れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月2日 社会・文化 市内電車の全面廃止を記念する花電車が午前10時、北鉄本社車庫を出発、市民に別れを告げた。(花電車は10日まで運転された) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月4日 社会・文化 市教委が、市立小中学校児童生徒の体位と疾病検査の結果をまとめた。それによると、身長、体重、胸囲は県平均を上回っているが近視が県平均より高率であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月4日 社会・文化 市内の公私立保育所(62)の入所申し込みが締め切られ、入所定員4,115人に対し申し込み数は5,153人で1.25倍となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月8日 社会・文化 4月開場のカナダ・モントリオール万国博覧会の「日本館」に飾る壁面レリーフ(縦2・横4メートル、重さ1トン)を金沢の陶芸家中村錦平が製作した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月11日 社会・文化 市教委は、特殊学級の入級を勧誘するため8人の判定委員を委嘱した。委員長市教育庁前田長宗。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月23日 社会・文化 東京工大名誉教授谷口吉郎(金沢出身)が来沢、市内のホテルで「金沢は独自の品格を持つことが非戦災都市としての任務であり、日本の課題でもある。」と語った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月23日 社会・文化 香林坊の交差点中央にあった路面電車の信号塔(26年建設)が、市電廃止のため取り壊された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月25日 社会・文化 湯涌街道沿いの上中町で温泉掘削が行われ、地下400メートルで40度、地上で29.5度の温泉を掘り当てた。湯量は1日180キロリットルで炭酸ナトリウム系。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月26日 社会・文化 歌人で国文学者であった尾山篤二郎の歌碑の除幕式が、常盤町のごりや前庭で行われた。碑は、ごりや主人川端与蔵の寄進による。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 2月28日 社会・文化 財団法人医王会が、田上地内に建設していた「医王が丘ホーム」が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月4日 社会・文化 金沢大学医学部インター生委員会が、12日行われる医師の国家試験ボイコットを決議した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月7日 社会・文化 第1回狂言鑑賞回(金沢狂言会主催)が野村万之丞、万作を迎え、地元から10人余が出演して開催され、約300人が鑑賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月14日 社会・文化 造園業佐藤藤右衛門(京都市)が兼六園へ、枯死寸前のケンロクキクザクラ、37年枯れた福桜の跡継ぎ苗木など4種を寄贈した。(17日、園内に移植される) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月22日 社会・文化 県が初の試みとして「買物調査」を実施した。金沢市の45校下(各校下2人)の婦人会員に買い物をしてもらい、持ち寄って鮮度、品質、量目などを調べた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月23日 社会・文化 能登方面から中学卒業集団就職者200人が金沢に着き、県鉄工会館で「新しい職業人を迎える会」が催され、その後事業主(70人)の職場に向かった。今月中に岩手県(35人)、青森県(50人)からも中卒者が集団就職する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月24日 社会・文化 廃止された市内電車1台(通称青電車)が北陸鉄道から市へ寄贈された。市では児童公園(小立野1丁目)に固定展示する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月26日 社会・文化 第1回金沢市クロスカントリー競技大会(卯辰山)が行われ、47チームが参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 3月28日 社会・文化 照円寺(笠市町、真宗本願寺派)から出火、本堂、庫裏を全焼、隣接の寺院や住宅、店舗など数戸を類焼した。原因は子供の火遊び。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月1日 社会・文化 金沢経済大学(学校法人稲置学園経営、学長吉岡金市、御所町)が開学した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月7日 社会・文化 市教委が問題児対策強化のため、教育相談センター(長町小学校内)を新設した。同センターは、既設の生徒指導センター(長町小内)、精神衛生相談所(材木町小内)、教育相談所(長土塀小内)を統合したもので、専任の指導主任4人を置く。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月11日 社会・文化 第20回二紀展金沢展(会場・大和デパート)が初めて金沢で開催され、芸術院会員宮本三郎が「洋画明治百年」と題して記念講演を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月22日 社会・文化 金沢大学教育学部附属養護学校が新築(旧兼六中学校跡地)され、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月22日 社会・文化 昨年結成された金沢市民オーケストラ(指揮浅地修、30人編成)の第1回演奏会が北国講堂で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月24日 社会・文化 3年4か月ぶりの皆既月食。金沢では皆既8時27分、元にかえったのは10時48分であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 4月25日 社会・文化 25・26の両日、卯辰神社(天満宮)の春祭りが約50年ぶりに行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月7日 社会・文化 堅田団地(40戸)の住民の奉仕活動によって児童遊園地が造成され、開園式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月9日 社会・文化 オーマンディ指揮のフィラデルフィアオーケストラ(147人編成)が北陸放送開局15周年記念演奏に来沢、観光会館でベートーベンの作品4曲を演奏した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月18日 社会・文化 第18回結核予防全国大会は、同会総裁秩父宮妃殿下を迎え、約2,000人が参加し2日間の日程で開催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月20日 社会・文化 日本赤十字社創立90周年記念石川支部社員大会が、名誉副総裁秩父宮妃殿下のご出席を得て開かれ、席上78人が表彰された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月20日 社会・文化 市の海岸保安林に発生しているマツクイ虫防除のため、市農林部が早朝からヘリコプターによる農薬防除を開始、3日間にわたって行われる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月27日 社会・文化 西川流家元西川鯉三郎とその一門が総出演演出した、日本舞踊「西川会」の公演が観光会館で行われ、約1,500人が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月27日 社会・文化 金沢市アメリカ文化センター(昭和27年開館、本多町)が閉館した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 5月30日 社会・文化 市建設部の調査によると、二万堂線の41年度の年間交通量は1日平均3万357台で、40年度より15%増、36年度に比べ2倍となった。交通はまひ状態となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月5日 社会・文化 大野町小学校の運動場が完成。従来の1,600平方メートルと合わせて7,600平方メートルに拡張された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月5日 社会・文化 作家の川端康成と伊藤整が来沢、地元の新保千代子と共に、郷土の文学館建設を知事に陳情した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月5日 社会・文化 市調査統計課が国勢調査(40年)からまとめた人口動態によると、第1次産業人口が激減、第3次産業人口が急増、また老年人口が増えてきている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月6日 社会・文化 市史年表「金沢の百年」(大正・昭和編)が刊行された。(A5判、521ページ) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月6日 社会・文化 金石町小学校の校庭にある樹齢300年と伝えられる銭五の松が枯れ、伐採された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月8日 社会・文化 百間堀通り(兼六公園下―広坂通りまで)の路面電車レールの撤去と舗装工事が終わった。百閒堀は明治44年に埋め立てられて道路に、大正8年から路面電車と併用、今回、再び普通の道路となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月9日 社会・文化 5月11日から29日間干天が続いたが、加賀地方に降雨があった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月11日 社会・文化 藤間勘十郎宗家を迎え、日本舞踊「藤間会」の金沢公演が開催され、5,000人の愛好者が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月12日 社会・文化 市勤労青少年ホーム(本多町)が完成、落成式が行われた。(工費5,600万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月18日 社会・文化 禅の研究者故鈴木大拙の生誕地(本多町)を示す記念碑の建立式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月26日 社会・文化 元町の子どもの広場に建てられた「加賀蓮根の碑」の除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 6月29日 社会・文化 市教委が水の事故を防ぐため、浅野川の銚子口から上流を除き、浅野川、犀川、森下川、大野川など全面的に遊泳を禁止することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月1日 社会・文化 小学校教職員の宿直勤務軽減のため、宿直代行制度が実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月9日 社会・文化 市保険年金課がまとめた41年度の国民保険会計決算によると、同年度中1人平均5回医師にかかり、1万1,434円の医療費を支払った結果がでた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月12日 社会・文化 放し飼い犬の取締りを市が初めて実施。捕獲した犬の飼い主を県条例違反で管轄の警察署に告発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月12日 社会・文化 めっきり姿を見せなくなったホタルが兼六園の曲水に発生、名園に美しい光の線で飛び交っている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月15日 社会・文化 「加賀百万石・陣羽織と百工比照展」が県美術館で始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月18日 社会・文化 市教委が、今年度6校(兼六、金石町、犀川、森山町、大場、松ヶ枝)にプールを建設、これで市立18中学校のうち12校、59小学校のうち14校にプールが設置された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月19日 社会・文化 市教委は、林間学校を例年の卯辰山会場に加えて野田山でも開校することにした。小学校(4年以上)の希望者1,800人(卯辰山1,200人、野田山600人)参加33校を3期に分け、各6日間実施する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月19日 社会・文化 小学生の体育対抗会に県教組が反対していたが、市では名称を「体育交歓会」とし、対象は5・6年生、種目は水泳(自由型と平泳ぎ)、サッカー、器械運動の3種とし、自由参加制にして実施することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月26日 社会・文化 市教委は、芝原、犀川、医王山の中学校寄宿舎を利用した山の家を開設した。(昨年度から実施) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月13日 社会・文化 ブルガリア国立ソフィア少年少女合唱団(41人)の金沢公演が催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 7月31日 社会・文化 地元紡績5社(北日本、丸益毛、丸一、北国、丸益紡)の労使が、年間特定休日(祝日)の有給消化交渉を行っていたが、県地方労委斡旋を双方が受諾、解決した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月4日 社会・文化 兼六園の金明竹全体に開花現象がみられ、枯死が心配されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月13日 社会・文化 小学校の遠足がデラックスなバス旅行になっている傾向について、市教委が検討を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月13日 社会・文化 金沢港建設のため改葬移転した大野町墓地が完成して入魂式を営んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月14日 社会・文化 二塚公民館の改築が終わり、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月14日 社会・文化 午前5時7分、日本各地で地震を感じた。金沢は震度1の微震であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月20日 社会・文化 立花北枝の250回忌俳句大会が心蓮社(山の上町)で50人が参加して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月21日 社会・文化 田上地区の山から連日白煙が立ち上り、山火事と間違うほど。市のゴミ埋め立て地の自然発火によるもので、地表温度は70度あり、消化は難しい状態である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月21日 社会・文化 三口新町に第1、第2、第3の児童公園が完成。22日に笠舞町でも2公園が完成する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月21日 社会・文化 武蔵商店街振興会と近江町市場商店街振興会が主催して、武蔵納涼まつり民謡コンクールが小公園で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月23日 社会・文化 戸室石の産地を金大理学部教授市川渡が視察、戸室石について石質もよく、埋蔵量も無尽蔵であると判定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月25日 社会・文化 浄土宗法然寺で「おぎん、こぎん形見地蔵供養まつり」が営まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月27日 社会・文化 昨夜から金沢地方に82.5ミリの集中豪雨があり、住宅半壊1戸、浸水家屋150戸、土砂流入8戸、橋の流失2、道路損壊10か所、がけ崩れ2か所などの被害がでた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 8月30日 社会・文化 県農林部がキジを繁殖させるため、卯辰山にキジひな12羽を放った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月3日 社会・文化 日本の笛の第一人者と言われる京都の藤舎秀蓬の「笛・秀蓬会」第3回公演が中小企業開館で開かれ、地元から11人が出演、約800人が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月4日 社会・文化 「希望が丘」(小池町)の起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月7日 社会・文化 北陸放送開館(本多町)の起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月8日 社会・文化 重要無形文化財人形浄瑠璃文楽鑑賞会が北国講堂で行われ、人間国宝桐竹紋十郎・竹本土佐大夫ら46人が出演した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月11日 社会・文化 財団法人「石川近代文学館」の第1回設立準備委員会が開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月17日 社会・文化 県内初のボディビルコンクール、第1回ミスター石川県選手権大会が開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月22日 社会・文化 金沢大学長に中川善之助が就任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月23日 社会・文化 全国国立大学に先駆けて6月創設された「金沢大学がん研究所」の開所記念式典が十全講堂で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月25日 社会・文化 百萬石文化園江戸村(湯涌町)の開村式が仏式により行われた。村長は日本観光社長桜井清次。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月27日 社会・文化 眼科医長岡博男(第12回市文化賞受賞)の著書「日本の眼鏡」の出版記念会がニューオータニ(東京)で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 9月29日 社会・文化 金沢大学の門柱石碑の除幕式が行われた。高知産の梅林石に石橋雅義前学長の筆で「金沢大学」と刻まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月2日 社会・文化 郵政省が新しいUHFテレビ放送局を23局(19地区)免許すると発表した。金沢もその中に含まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月5日 社会・文化 稲置学園創立35年記念式典と、同学園経営の金沢経済大学の開学式が観光会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月5日 社会・文化 「パリ木の十字架少年合唱団」の金沢公演が観光会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月8日 社会・文化 日蓮上人銅像建立50周年記念慶賛法要が、東京から金子日威大僧正を迎え銅像前広場(末広町)で営まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月9日 社会・文化 午後10時すぎ、酒造業福光屋(石引2)から出火、貯蔵庫など焼いて1時間後に鎮火した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月12日 社会・文化 金沢赤十字病院が三馬に移転新築されることになり、建設地で起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月15日 社会・文化 卯辰山天満宮創建100年祭の2日目、高さ2.2メートルのキリコを中心とした奉灯が市内を練った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 10月31日 社会・文化 「希望が丘」の敷地造成工事の完工式が行われ、席上、陸上自衛隊金沢駐屯302地区施設隊の労力奉仕に対し、江川助役(市長代理)から松本作業隊長に感謝状が贈られた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月1日 社会・文化 自衛隊創立17周年記念の金沢市内行進に反対する社会党県本部、県評など4団体が金沢駐屯部隊前で抗議集会を開いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月2日 社会・文化 自衛隊金沢駐屯部隊が記念式典のあと、市中パレードを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月3日 社会・文化 第21回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は秋山光夫(美術教育)、本陣良平(神経系、神経組織研究)の2人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月4日 社会・文化 日本バレーボール協会創立40周年記念の西川杯が金沢市に贈られることになり市役所で贈呈式が行われた。バレーボール振興に努めている市の功績が認められたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月7日 社会・文化 日ソ協会石川県連合会創立10周年とソ連建国50周年を祝う会が北鉄の北陸会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月12日 社会・文化 午前2時すぎ、料亭北間楼(片町)から出火、旧館と物置を全焼した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月16日 社会・文化 十一屋、泉野校下婦人会では家庭のゴミをポリ大袋に入れて所定の場所に出し市がそのゴミを収集する方式(12月11日から実施)を採用することになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月16日 社会・文化 身障家庭のホームヘルパー(家庭奉仕員)2人が市に誕生、活動を始めた。市としては初めての試みである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月19日 社会・文化 石川県健民運動の一環として1万本植樹が額団地でスタート、知事も参加してソメイヨシノ桜200本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 11月20日 社会・文化 市立工業高校に器楽クラブが創設されたのは昭和5年、その後吹奏楽部と名称を変え今日に至っているが、創設以来初めて一般公開演奏会を北国講堂で催した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月1日 社会・文化 市は、金沢市消防連合団に対する運営補助金を本年度予算に1分団15万円、総額735万円を増額計上した。したがって来年から消防団による出初め式の祝儀集めは廃止されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月4日 社会・文化 中橋交差点市道中央の警鐘楼を、今月中に撤去することに市が決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月5日 社会・文化 「トリオ・ロス・パンチョス」金沢公演が4日、「カルロス・ディ・サルリ・タンゴ」公演が5日、観光会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月8日 社会・文化 日本で3番目のエアドーム方式のアイススケートリンクが玉川町にオープンした。夏はプールとして利用される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月9日 社会・文化 鳴和児童公園の開園式が行われた。広さ1,243平方メートル、市が150万円かけて造成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月7日 社会・文化 清川町の老舗、料亭「ごりや」が10月に営業を廃止、その建物を湯涌の江戸村康楽寺に寄進した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月20日 社会・文化 金沢市の人口(推定)が35万人を13人超えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月25日 社会・文化 金沢大学学長中川善之助が宮中における講書初めの進講者に選ばれ、1月9日「家族史の研究」と題して進講する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月28日 社会・文化 今年1年間に兼六園を訪れた観光客は初めて200万を超え209万3,300人となった。観光バスは1万3,401台。昨年の入園者は189万1,200人、バスは1万894台であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月29日 社会・文化 3年越しの紛争である「石川交通の不当労働行為事件」が、27日示された県地方労働委員会の和解案を労使が受諾、協定書に調印し、解決した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十二年(1967) 12月31日 社会・文化 金沢の気温が-6.4度(平年0.8度)となり、12月の最低気温としては明治19年気象台開設以来の新記録となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月17日 政治・経済 昨年11月発足した市伝統環境保存委員会の緑化推進部会、建造物部会が初会合を開いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月22日 政治・経済 昨年12月の市中央卸売市場の青果物取り扱いが初めて1万トンを超えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月24日 政治・経済 市と県が、北陸自動車道、金沢バイパス、金沢港の建設に伴い、市周辺特に金沢港周辺の道路整備を検討し始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月24日 政治・経済 石川県輸出入協同組合が東邦物産(東京)に事務所を設置し、モスクワと専用通信線を設けること決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月25日 政治・経済 金沢商工会議所の地域開発、工業の両委員会会合会議が開かれ、北陸線高架化問題を地域開発委員会の正式テーマとして研究することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月26日 政治・経済 県木材産業構造改善協議会の創立を兼ね、第1回協議会が中小企業会館で開かれ、武田利作(金沢商工会議所副会頭)を会長に選び、木材産業を県の第3基幹産業に育成するため、同産業の近代化を図ることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月26日 政治・経済 日海交易(金沢市)が、ソ連通商代表部で北洋材2万立方メートル(2億5,000万円)の輸入契約を結んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月30日 政治・経済 名古屋中小企業投資育成会社が、中村留精密工業(金沢市)を新規投資対象企業に指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月1日 政治・経済 ダンプ規制法が施行され、ダンプ車はボディの3方に番号表示をすることが義務づけられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月10日 政治・経済 石川県日ソ貿易協同組合の設立総会が県婦人会館で行われ、理事長に奥田敬和を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月12日 政治・経済 日ソ協会石川県連が森茂喜会長を団長に訪ソ使節団を送ることになり、北陸会館で歓送会が開かれた。(同使節団は15日モスクワ訪問、16日、100万ドル―3億6,000万円―の契約を結び24日帰国した) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月23日 政治・経済 市農業委員会が昨年の農地転用状況をまとめたが、103万9,000平方メートルが宅地や工業用地にかわった。41年に比べれば13万平方メートルの減である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月26日 政治・経済 市が43年度当初予算案を発表した。一般会計75億7,800万円(前年当初比15.4%増)、特別会計30億1,646万円、企業会計31億5,719万円、計137億5,166万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月27日 政治・経済 武蔵辻周辺の各商店街が、武蔵周辺近代化協議会をつくり、旧住吉市場跡のバスターミナルの駐車場化を要求することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月28日 政治・経済 国営河北潟干拓事業に新たに大宮川など市内の4河川が加えられることに決定。総事業費は当初より18億4,400万円上乗せして総額81億円に変更された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月1日 政治・経済 市農林部がまとめた農業雪害状況は6億1,600万円で、38年豪雪の15億円に次ぐ被害となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月4日 政治・経済 市伝統環境保存委員会は、市から意見を求められていた市伝統環境保存条例制定案を承認した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月5日 政治・経済 県貿易振興会の訪ソ貿易代表団(団長村井家久一)が、ナホトカのダリントルグ(ソ連極東貿易事務所)で2億円の輸出契約を結び帰県した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月7日 政治・経済 「引き揚げ者特別交付金」(在外財産補償)の第1回国債交付が行われ、金沢市が日銀金沢支店から515人分、支給債務総額2,802万8,000円を代理受領した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月19日 政治・経済 東京、大阪両証券取引所理事会が、津田駒工業株式会社を4月1日から両市場の第1部銘柄として上場することを承認した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月25日 政治・経済 県中央公園に設けられた「ふるさとの森」で植樹式が行われ、県内企業に就職している青年62人がそれぞれ出身地の県木を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月25日 政治・経済 国鉄野々市駅が完成して、営業を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月1日 政治・経済 県金沢港建設事務所が金石に新設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月4日 政治・経済 国道8号線の上有松地内の道路拡幅と歩道の取り付け工事が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月5日 政治・経済 県・市は武蔵ヶ辻の市街地改造事業に着手した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月5日 政治・経済 御所町の金腐川に架かる御所大橋が完成、渡り初め式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月9日 政治・経済 市が、「60万都市構想」を発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月11日 政治・経済 北陸鉄道が、市のあっ旋で駅西地区の割出町に1万5,000平方メートルの土地を確保、地元側と買収調印を行った。本社社屋と車両基地の用地に当てられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月17日 政治・経済 市観光協会の総会で兼六園有料化で提案されて採択、県へ申し入れをすることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月20日 政治・経済 市は国鉄貨物基地用地の代理買収にかかっていたが、百坂、横枕両町で買収第1号の交渉が妥結、調印を終えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月25日 政治・経済 市土木部が今年度の道路舗装149ヵ所を決定。工事規模は予算1億5,000万円。総延長は2万4,000メートルとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月28日 政治・経済 野町駅前道路の完工式が、津田駒工業講堂で徳田市長らが出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月30日 政治・経済 市屎尿処理審議会が開かれ、屎尿槽維持管理業者と料金を決めた。管理は2業者、清掃は市衛生公社。管理料は1,200円から2,300円。清掃料は2,200円から1万2,400円までとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月1日 政治・経済 市伝統環境保存委員会が市条例に基づき、寺町寺院群、卯辰山山ろく寺院群、長町武家屋敷、前田家基地の4保存区域を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月4日 政治・経済 県中央公園が完工し、国・県・市の関係者、地元民も出席して開園式が行われた。総面積3万3,000平方メートル。造園は県都市計画課が行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月8日 政治・経済 倒産した古川農機が、フルカワ工業株式会社として、フジセット工業株式会社(愛知県)の援助で新発足、スチールいすメーカーとして再建の見通しがついた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月16日 政治・経済 民間の協力組織である金沢港開発協議会と金沢駅西開発促進協議会が発足し、両会の会長に西川外吉が選任された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月23日 政治・経済 安田隆明副知事が、参院選石川地方区に立候補の意向を表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月25日 政治・経済 浅野川に架かる小橋の歩道橋が完成、渡り初め式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月27日 政治・経済 自民党石川県連の緊急総務会が開かれたが、参院選で安田隆明、林屋亀次郎をそれぞれ支持して対立、6人の県議が離党を表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月31日 政治・経済 犀川に架かる上菊橋に取りつけられた歩道専用橋が完成、渡り初めが行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月4日 政治・経済 芝原町地内の平下橋が永久橋に架け替えられ、地元民、芝原中、湯涌小の児童生徒ら約100人が参加して渡り初めを行った。(県施行。工費1,740万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月7日 政治・経済 県都市計画地方審議会は、都市計画事業にかかわる金沢港周辺整備路線など建設大臣諮問10件、県知事諮問7件を原案どおり答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月8日 政治・経済 大型スーパー「ほていや」(本社名古屋)の金沢店が堅町に開店した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月11日 政治・経済 参院選をめぐって自民党金沢市議団(30人)のうち田中富士夫ら12人が新会派「金沢市議自民同志会」を結成、議会交渉団体として議会事務局に届け出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月12日 政治・経済 定例市議会の最終日、厚生常任委員長に社会党の上田孝三、議会運営委員会副委員長に同党島村隆を選出した。社会党の正副委員長は13年ぶりである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月13日 政治・経済 参院選地方区に竹村かずみ(共産)、林屋亀次郎(自民)、池田健(社会)、安田隆明(無所属)が立候補の届出をした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月20日 政治・経済 市街地改造法に基づく市内最初の市街地改造事業として、武蔵ヶ辻改造工事の地鎮祭が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月22日 政治・経済 県と市が「財団法人石川県健民公社」を設立、専光寺付近の海岸52万5,000平方メートルに5年間で健民センターを整備することを決定。(事業費8億円余) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月29日 政治・経済 市が40年度から着工していた、柳橋地内の柳橋川の防災工事が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月5日 政治・経済 市は6月下旬から市内の7用水の清掃を実施した。年2回の町内会による清掃では不十分のため作業員3人、トラック1台の民間委託で実施したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月7日 政治・経済 第8回参院選の投票が行われた。石川地方区では新人の安田隆明(無所属)が23万2,220票で当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月15日 政治・経済 徳田市長は「職員の交通違反について」通達を出し、職員が飲酒運転等違反を起した場合停職以上の処分にすることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月17日 政治・経済 額第2団地(光が丘)の住宅建築でずさんな工事が多く、県住宅公社は請負業者を伴って現場を調査した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月21日 政治・経済 養鶏の近代化と農作業の合理化を目指した、二俣地区の県単独農業構造改善事業が完成した。(総事業費2,871万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月27日 政治・経済 神田町一帯に5つの児童公園が完成、開園式が行われた。このうち神田町公園は市初の児童交通公園となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月29日 政治・経済 市は39年から始まった長期15か年計画のうち、後期計画の改定基本方針を決め、各部長に計画立案を指示した。53年末の推定人口を42万8,400人と見込んでいる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月12日 政治・経済 県土木部は内川ダムを多目的ダムに設計変更し、44年度から総事業費41億円で着工すると発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月16日 政治・経済 市の42年度決算は、1億100万円の黒字になる見込みとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月17日 政治・経済 石川県繊維協会の総会で、会長に山本康二(一村産業社長)が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月18日 政治・経済 今春3月8日の雪解けで崩れた木曽坂の復旧工事が完成した。延長43メートル。(工費305万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月19日 政治・経済 国民金融公庫金沢支店の新店舗が桜橋詰の川岸町に完成、営業を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月23日 政治・経済 分裂した自民党県連の再建を図る市町村支部長、幹事長、県連青年部、婦人部代表の合同会議が開かれたが、金沢支部は再建大会の延期と準備委員一任に保留の態度を表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月26日 政治・経済 住居表示整備審議会が市役所で開かれ、白菊町、千日町の町名を残すことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月29日 政治・経済 中西知事、徳田市長が大阪で大阪大手商社7代表を招き、金沢港建設事業説明懇談会を開き協力を要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月30日 政治・経済 市が集中豪雨被害の第2次集計をまとめた。土木被害6,600万円、農林被害6,300万円、その他合わせて計1億3,249万円と発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月1日 政治・経済 新しい印鑑登録制度(印鑑手帳)が実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月1日 政治・経済 金石町地区の新住居表示が実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月3日 政治・経済 金沢問屋センターで初めて百貨卸大見本市が開かれ、北陸3県、新潟、岐阜方面からも小売店が参加し盛会であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月17日 政治・経済 自民党金沢支部第14回大会が開かれ、支部長に徳田金沢市長、幹事長に油谷外郷を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月24日 政治・経済 県商工会連合会の繊維工業対策委員会が開かれ、未登録織機追放のため織機登録権利の県外移動禁止の方針を決め、石川県と同織物構改組合に申し入れることに決定した。この県外移動禁止は構改組が通産省に「移動解除」を求めているのと全く逆で、業界の動向が注目される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月28日 政治・経済 副議長選考が難航していた市議会が、自民党市議団(18人)、自民同志会(12人)が合同するとともに、副議長に松島吉次を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月1日 政治・経済 市伝統環境保存条例が施行された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月1日 政治・経済 北陸放送会館(本多町)が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月1日 政治・経済 北陸鉄道の新しい本社社屋とバス基地(いずれも割出町)が完成、業務を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月7日 政治・経済 金沢商工会議所の議員臨時総会が開かれ、会頭に吉田次作(ヨシダ印刷社長)副会頭に宮太郎、福光博を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月7日 政治・経済 北陸鉄道が同労組幹部と第1回鉄道問題委員会を開き、会社側が経営傘下の鉄軌道6線の赤字を理由に全線廃止の意思を表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月14日 政治・経済 石川県の美容界が役員人事から分裂、石川県美容環境衛生同業組合が再建大会を、同業組合を脱退した金沢支部と金沢以南の美容師は石川県美容業連合会を結成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月14日 政治・経済 市は生鮮食料品標準小売価格表示制度を実施した。制度採用は北陸で初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月25日 政治・経済 石川県シイタケ連盟が43年度通常総会を開き、満10年を機に解散し、「石川県シイタケ協会」として新発足することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月26日 政治・経済 石川県共産党会館が中村町に完成した。(総工費1,200万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月7日 政治・経済 オーストラリア通商代表部商務官のシュラビー、マジセンの両人が石川県の産業視察のため来県した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月7日 政治・経済 市議会が総合開発、運輸対策の2特別委員会の名称を都市開発、交通運輸特別委員会に改称し、新委員を選んだ。 0
    昭和四十三年(1968) 11月11日 政治・経済 金沢駅西開発促進協議会の設立総会が中小企業会館で開かれ、会長吉田次作、理事長加藤儀一郎ほか全役員を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月11日 政治・経済 市が交通安全対策の一環として、今年度初めて計画した交差点とバス停留所の拡幅工事が二万堂線と東大通りで着工された。今後9か所22停留所を拡げる計画。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月14日 政治・経済 パブリック・スケール(赤いはかり)制度が実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月14日 政治・経済 市都市計画道路堀川・向粟崎線に架かる粟崎橋(98.4メートル)が完成、渡り初めが行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月15日 政治・経済 北鉄のワンマンバスが平和町線と循環東大通り線で初めて運行を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月18日 政治・経済 徳田市長が、44年度から予算編成方針として年間総合予算主義を指示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月20日 政治・経済 ガス需要の増大に伴い、玉鉾工場にガスホルダー3基を新設。古道工場を合わせて1日13万6,000立方メートルを製造、供給戸数3万8,000戸(市内普及率42%)となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月6日 政治・経済 長岡市(新潟県)が金沢市へ、「地下水による消雪装置は長岡市の新案特許であるから金沢問屋センターは消雪装置の特許料75万円を払え」と通知してきた。金沢市は各般の状況を見極めたい旨回答した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月9日 政治・経済 北鉄はつつじが丘―香林坊(一部金沢駅)間の定期バス運転を開始した。(運賃は片道60円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月21日 政治・経済 市長のあっ旋で安原地区に加賀友禅染色団地協同組合の用地買収交渉が成立、契約調印した。(総事業費2億9,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月25日 政治・経済 市は、白菊町と千日町地区の町名変更と住居表示を2月1日実施と告示。これにより石坂川岸町、北石坂新町、五十人町、裏五十人町、裏千日町、西側町の名が消えることになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月26日 政治・経済 市が設置工事を進めていた道路自動融雪装置の第1号が金沢駅前と御影広小路(富本町交差点)で完成、通水式が行われた。(総工費2,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月31日 政治・経済 市企業局が内川ダムを新水源とする第4次上水道拡張計画(10万人分)を策定、厚生省へ事業認可を申請した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月12日 社会・文化 市内小・中学校の新年祝賀式は昨年まで慣習として行われてきたが、今年は足並みがそろわず、学校によっては、出席した先生、生徒の数は少数であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月14日 社会・文化 市内町会の中で古い歴史をもつ「石引大四会」が結成50周年を迎え、石引公民館で記念式典を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月20日 社会・文化 市教委は初試みとして市内の特殊学級生18人を対象に、市立工業高校で17、18、20日の3日間実習を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月27日 社会・文化 財団法人石川近代文学館の第1回理事会が開かれ、理事長に西川外吉(金沢商工会議所会頭)を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月30日 社会・文化 市小中高校長会で、43年度から月1回1時限、特別活動の時間を設けて交通安全教育を行うことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月31日 社会・文化 紫錦台中学校校舎(旧二中校舎)について、国の文化財保護委員会から取り壊しを見合わせるよう、市に連絡があった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 1月31日 社会・文化 市教委がまとめた今年の小中学生スポーツテストの集計結果によると、市内の児童生徒は、動作は速いが耐久力がなく、筋力が弱いという結果が出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月14日 社会・文化 内川小学校の菊水分校は雪崩の危険があるため一時閉鎖、児童は後谷保育所と民家で分散授業を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月15日 社会・文化 金鉄局のまとめによると、北陸地方は38年に次ぐ積雪があったことが分かった。(金沢駅3.80メートル、小松・七尾2.75メートル、福井4.10メートル。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月16日 社会・文化 市立病院では消化器系(胃腸、肝臓、膵臓など)窓口と腎・循環器系(腎臓、心臓、心血圧など)窓口を新しく設けた。  金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月17日 社会・文化 金沢市小中学校校外指導連盟創設20周年記念式典が社教センターで催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月21日 社会・文化 市教委は4月1日から犀川小学校駒帰分校を独立の駒帰小学校とし、同中学校駒帰分校を廃止、本校に統合することに決定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月23日 社会・文化 最近「屋根雪おろしやさん」「雪運びやさん」が引っぱりだこで、金沢公共職業安定所によると、一戸請負い(2~3時間)で2,000円の労賃、また運送業者に雪捨てを頼めば、普通の建物で1戸分8,000円が相場だという。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月24日 社会・文化 創立20周年を迎えた財団法人県体育協会が記念式典を行った。またオリンピック記念碑「栄光」(県体育館前)の除幕式も行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 2月27日 社会・文化 午後4時すぎ、城南中学校の体育館1階の技術家庭科準備室から出火、ダンボール箱、机、天井の一部を焼いて消し止めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月2日 社会・文化 千坂小学校の増築校舎が完成し、落成式が行われた。木造2階建て、6教室。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月4日 社会・文化 金大医学部学生約200人が、登録医制度に反対して市内をデモ行進した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月6日 社会・文化 金大附属小学校が昨年から新入生のランドセルを廃止、小将町中学校が肩かけかばんに、諸江小学校ではヘルメット着用と交通戦争通学風景が生じている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月6日 社会・文化 織田信治が東京出張中死亡した。市教育推進連盟会長、県退職公務員連盟副会長。「金沢市史(現代編)」の編さん審議委員、同編さん室長であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月8日 社会・文化 百坂町地内の通称「ききょう山」で山崩れがあり、住宅2棟を含む5棟が倒壊、出火で住宅1棟全焼、納屋半壊、5人が生き埋めとなり4人死亡。1人重傷、1人が軽傷を負った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月10日 社会・文化 午後4時すぎ、犀川小・中学校駒帰分校から出火、体育館と図書館を除く校舎976平方メートルを全焼した。損害1,500万円。原因は漏電の疑いが濃い(県警)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月10日 社会・文化 県理容環境衛生同業組合が、石川理容100年を記念して「理容石川百年のあゆみ」を発刊した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月11日 社会・文化 金沢市安江町出身(東京都在住)の柿本豊次(74歳)は能囃子方太鼓の技芸が認められ重要無形文化財(人間国宝)に指定された。 0
    昭和四十三年(1968) 3月26日 社会・文化 県内で初めて中高所得者層を対象とした県営住宅が大桑町の高台に完成した。鉄筋4階建て2棟48戸。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 3月28日 社会・文化 金石警察署(現西警察署)の新庁舎が完成、落成式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月3日 社会・文化 日本勧業銀行角丸証券金沢支店が60周年記念として、桜63本を市へ寄贈した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月5日 社会・文化 県中央公園で植樹祭が行われ、安田県副知事、徳田市長らが山桜の苗木40本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月6日 社会・文化 西本願寺大谷廟所が親鸞聖人の700回大遠忌を営んだ。同聖人の700回忌は昭和36年に当たっていたが、法要が延びていたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月6日 社会・文化 県美術館で「絵巻物名宝展」が始まった。「源氏物語絵巻」「鳥獣戯画」など国宝5点、重要文化財25点を含む内容である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月13日 社会・文化 東京日比谷公会堂で行われた第25回全国舞踊コンクールで、石川県から参加した「さきざかさちこ舞踊研究所」が1位で文部大臣賞。中村祐子モダンバレエ研究所が団体奨励賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月17日 社会・文化 午後8時すぎ、千日町の民家から出火、6棟を全半焼した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月26日 社会・文化 重症心身障害児施設が、県内で初めて城南1丁目の松原愛育園内に完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 4月27日 社会・文化 イランのテヘランに今年から日本人学校が開設され、市から教諭1人と今春教育学部卒業の2人が赴任することになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月3日 社会・文化 「自由と正義の像」が中央公園内に建立され、除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月6日 社会・文化 北陸学院小学校(児童108人)が広坂1丁目の校舎から三小牛町の新校舎に移った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月7日 社会・文化 財団法人石川県がん協会の発会式が県社福祉会館で開かれ130人が出席、会長に中西知事が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月10日 社会・文化 市教委はPTA負担軽減第1次5か年計画で電気、ガス、水道などの管理費を市費負担としたが、43年度からの第2次計画では教材費、実習費、クラブ活動費など3,000万円のPTA負担の解消を図ることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月11日 社会・文化 中村神社の拝殿が造営され慶賀祭が行われた。拝殿はもと金沢城内二の丸にあった舞楽殿が旧護国神社の招魂社となり、さらに移築されたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月18日 社会・文化 石川県を訪れている駐日ニュージーランド大使ジョン・V・スコットウ夫妻が県美術館を見学した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月26日 社会・文化 旧四高ボート部卒業生の北溟会会員が中心となり、旧四高校舎前の雄魂碑に11人の遭難者と遭難状況を刻んだ銅板がはめられ、除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 5月28日 社会・文化 市が、兼六坂のがけ下にソメイヨシノ19本を本年度緑化事業第1号として植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月6日 社会・文化 明治維新百年記念石川県大会(県神社庁など主催)が、観光会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月7日 社会・文化 中国生まれの女性指揮者ヘレン・コークと、バイオリンの江藤俊哉のコンサート金沢公演が観光会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月9日 社会・文化 社会福祉法人「小野陽風園」の全館改築(35年着工)が完成、園田厚相を迎え落成式が行われた。(総事業費3億6,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月12日 社会・文化 百万石まつりに協賛してキグレサーカスが尾山神社境内で19日まで開演された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月13日 社会・文化 百万石まつり行事として小学生1,500人による提灯行列が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月16日 社会・文化 金沢商工会議所会頭西川外吉が東京で死去、67歳。40年市産業功労賞受賞。県産業界に大きな足跡を残した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月23日 社会・文化 金沢美大名誉教授、日展評議員、陶芸家北出塔次郎の芸術院賞受賞祝賀会が金沢都ホテルで開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月23日 社会・文化 反対のあった新しい医師研修制度による国家試験が実施された。会場となった国立金沢病院では金大卒業生ら127人のうち1人が欠席、混乱はなかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 6月29日 社会・文化 金大医学部附属病院に核医学診療科が設けられた。同科設置は全国の大学附属病院では初めてである。(診療開始は9月) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月1日 社会・文化 「交通反則通告制度」がスタートした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月2日 社会・文化 下今町の村松七九が市立図書館など3か所に約2,400点の古文書類を寄贈した。(市立図書館寄贈分2,000点は「松村文庫」として公開する) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月7日 社会・文化 北国新聞創刊75周年記念第1回創作邦楽金沢公演「創作邦楽の夕べ」が観光会館で催され、今藤長十郎、清元梅吉、藤舎呂船、常盤津文字兵衛など邦楽界の第1人者40人が出演した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月7日 社会・文化 第1回石川県小中学校合唱コンクールが、県社教センターで開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月11日 社会・文化 県公安委員会と県警が、県内主要幹線道路を中心とした交通規制を8月1日から実施することにした。金沢市内では最高速度指定、追い越し禁止、駐車禁止、歩行者横断禁止、指定方向外通行禁止などが実施される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月21日 社会・文化 旧金石警察署を改装した銭五会館(金石町)が完成、一般に公開された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月23日 社会・文化 金沢城学術調査委員会(代表者金大学長中川善之助)が金沢城跡の発掘調査を始めた。金沢城の発掘調査は初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 7月28日 社会・文化 第1回「オーケストラと少年少女」の発表会が観光会館で催され、大阪フィルハーモニー(指揮朝比奈隆)を迎え、金沢少年・金沢放送児童・MRO児童・城南児童・小松少年少女の5合唱団が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月1日 社会・文化 第15回日本砂丘研究全国大会が県社教センターで開かれ、200人の研究者、技術者、行政関係者が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月5日 社会・文化 県都市計画課が県人会全国連合会から寄託された150万円をもとに、今秋から2か年計画(610万円)で兼六園長谷川邸跡に梅林を造成することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月8日 社会・文化 全国初の中学生使節団(金沢市・根上町の中学生)がイルクーツク市に派遣された。(団長根上町長森茂喜) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月9日 社会・文化 金石町で11棟を焼失する火災が起きた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月11日 社会・文化 金沢カトリック教会の発足80周年荘厳ミサと記念碑除幕式が、卯辰山横空台で、ローマ法王庁大使ブルーノ・ウェステンベルグを迎えて営まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月14日 社会・文化 県ユースホステル協会10周年記念に招待した国際ユースラリーの役員42人が来県、徳田市長と懇談。沖縄ホステラー29人も来沢。16日記念式典を挙行した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月21日 社会・文化 石川県児童文化協会が、全国社会福祉協議会と朝日生命厚生事業団の第1回「児童健全育成費」を賞与されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 8月28日 社会・文化 夕刻までに加賀地方に160~200ミリの大雨が降り、松寺町地内で金腐川の堤防が決壊、10ヘクタールが泥冠水した。被害状況は浸水家屋525戸、水田の埋没、流失、冠水930ヘクタール、市道決壊19ヵ所であった。(29日、市消防本部調べ)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月14日 社会・文化 市では、88歳を迎えた市民89人に長寿記念として茶羽織を贈った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月17日 社会・文化 金大の金沢城学術調査委員会の席上、井上鋭夫教授から「本丸跡には天守閣はなかったものと思われる。二の丸跡から辰巳用水が三つに分かれる水道の木管が見つかった。」などの発掘調査報告があった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月17日 社会・文化 金沢中署がシンナー遊びの高校生4人を補導した。高校生のケースはこれが県内では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月21日 社会・文化 石川県美術館別館=現石川県立能楽堂別館(兼六町1)の開館式が行われた。建築設計の監修は谷口吉郎。(延べ591平方メートル) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月26日 社会・文化 石川県評系の金沢地区労働組合が総会を開き発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月26日 社会・文化 石川県宗教連盟の結成20周年記念式典が観光会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月27日 社会・文化 石川県婦人団体協議会結成20周年記念の県婦人大会が観光会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 9月28日 社会・文化 金沢赤十字病院(三馬町)とこれに併設の県老人病棟(100ベット)新築工事が完成、竣工式が行われた。(総事業費3億1,000万円。10月1日開院) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月1日 社会・文化 玉川消防署は47年間続けてきた望楼での監視勤務を廃止した。この望楼は、大正10年5月15日に玉川警察署の一部として建てられたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月8日 社会・文化 皇太子殿下が県内視察のためご来県になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月12日 社会・文化 重要文化財、金沢城三十間長屋の解体修理工事が終わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月13日 社会・文化 山科町の農業村山次吉が約900平方メートルの水田2枚(時価約1,500万円)を保育所建設の敷地として市に寄付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月13日 社会・文化 寺町5丁目の笹下町町内会で沿道の110戸が用地を無償提供し、舗装費の半額を負担して進めていた市道拡幅工事が完成、完工式が行われた。自発的に用地を無償提供したケースは市内で初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月16日 社会・文化 板屋兵四郎を祭る板屋神社の社殿が辰巳用水取り入れ口近くに完成、30日に慶賀式を行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月16日 社会・文化 3月に焼失した駒帰小学校の新築落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月18日 社会・文化 市立工業高校が創立40周年を迎え、記念式典と新図書館の落成披露を行なった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月24日 社会・文化 第1回校歌・寮歌県大会が金沢で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月25日 社会・文化 県評と中立系の350組合5万人で組織する春闘共闘会議が結成された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 10月28日 社会・文化 県人会全国連合会と兼六園茶店組合から明治100年を記念して贈られた基金で県は15日から兼六園で梅林造成に着手。植樹の第一陣として28日、福岡の大宰府天満宮などから取り寄せた梅の木10数本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月2日 社会・文化 石川近代文学館(館長新保千代子)の開館式が旧四高図書館を改装した同館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月2日 社会・文化 西南部中学校(40年4月創立)の新校舎落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月3日 社会・文化 第22回金沢市文化賞ならびに43年度産業功労賞の贈呈式が行われた。文化賞受賞者は米沢弘安(加賀象眼)と千田勘太郎(核磁気共鳴の研究)、産業功労賞は横江秀信(県農協連会長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月8日 社会・文化 金沢大学医学部基礎部門研究棟の第2期工事が完成、これで総額9億円の近代化がほぼ完了した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月10日 社会・文化 第19回全国民謡舞踊大会(9日、10日、東京)で石川県から参加した兼六民謡会(「下柏野じょんがら」)が文部大臣賞(第1位)を獲得した。(第8回日本郷土民謡全国大会(東京、11月24日)でも唄と踊りの部で文部大臣賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月15日 社会・文化 新しく発足する鉄道労働組合金沢地方本部(旧新国鉄金沢地方労働組合)の結成大会が観光会館で開かれ、石川、富山、福井、新潟、滋賀から代議員が出席、話し合いによる労使関係の確立など活動方針を決定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月16日 社会・文化 県立盲学校で校舎落成式、同校創設者故上森捨次郎の胸像除幕式、創立60周年記念式典が併わせ行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 11月18日 社会・文化 蔵尚太郎(月明)が死去。88歳。俳人。第3回(24年)市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月3日 社会・文化 県立金沢女子高等学校の校舎が完成、落成式が行われ、校歌も披露された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月5日 社会・文化 トランぺッター、ニニ・ロッソーの金沢公演が観光会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月8日 社会・文化 八田町では、自動車時代に存在価値のなくなった「舟入り川」(稲や肥料を運ぶ水路)の一部(排水路と防火用池)を残して埋め立てを始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月9日 社会・文化 東部清掃工場(鳴和町)が完成、徳田市長が火入れを行なった。(工費2億円。1日のゴミ処理量は150トン) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月12日 社会・文化 陶芸家北出塔次郎が死去。70歳。金沢美大名誉教授、日展評議員、日本芸術院賞受賞者。第1回(22年)市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月14日 社会・文化 ILO87号条約が発効。官公労組の役員は自動的に新在籍専従制度を適用される。今後在籍専従機関が3年を越えた場合、自動的に身分を失格する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月21日 社会・文化 ベトナム中央歌舞団金沢公演が観光会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月22日 社会・文化 午後4時20分ごろ、金石本町地内でタツマキが起こり、けが人1人、小屋の倒壊などの被害が出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月25日 社会・文化 市小中高校長会が来年から元日の新年式を廃止することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十三年(1968) 12月31日 社会・文化 金沢大学工学部の機械工学第2学舎、中央工場などの建設が完了、34年度から10年がかりの工学部近代化が完了した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月8日 政治・経済 金沢林業事務所(管轄は金沢市・河北郡と石川郡の一部)調べによると、木炭の生産高は40年が、炭焼き窯数113基、従業者369人、生産高75万6,729キロ(5万2,886俵)。43年末は、窯77基、従業者165人、生産高39万1,746キロ(2万7,200俵)と半減しており、エネルギー源の変化が伺える。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月14日 政治・経済 44年度の国家予算案で、金沢駅西改造事業費に900万円の調査費のつくことが確実になった。市は44年度から本格的な調査、計画作成に入ることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月14日 政治・経済 自民党石川県連は婦人会館で「日米安全保障条約堅持県議協議会」を結成、運動のスタートを切った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月16日 政治・経済 市内の商店街の総合的な再開発を研究し、新しい流通体系の確立を目指す金沢商店街再開発促進委員会が発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月23日 政治・経済 石川県生協貿易協同組合が創立総会を開き、理事長に県生活協同組合連合会の村池久一(金沢市議)を選び発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月27日 政治・経済 市の木造団地へ進出する製材と木造加工業26社がセントラルホテルで会合、協同組合金沢木材センターを設立した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月30日 政治・経済 加賀藩の御料紙づくりの園田家が江戸村に移築されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1.- 政治・経済 ガードマン時代となり、市内に警備会社が2社設立され営業を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月1日 政治・経済 市が初めて市民相談所(市庁舎新館1階)を開設した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月9日 政治・経済 市は自衛隊機墜落事故(8日、小松基地所属のF104ジェット機が泉2丁目に墜落)について直ちに市災害対策本部(本部長徳田市長)を設け、安楽寺(泉2丁目)と弥生公民館を本部連絡所として救護活動に入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月10日 政治・経済 市議会が全員協議会を開きジェット機墜落事故対策特別委員会を設置、救護、復旧などの活動を始めた。また防衛庁などに市街地上空を飛ばないよう申し入れることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月25日 政治・経済 市が44年度予算案を発表した。初の年間総合予算制をとり、一般会計は100億2,700万円(前年度比32.3%増)、特別会計34億9,145万円、企業会計51億2,207万円、計186億4,053万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月28日 政治・経済 市が清掃部の新設など4月1日から実施する機構改革を発表した。市長部局8部1室は変らず35課が37課となり、教委を含め全事務部局12部局、57課となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月3日 政治・経済 県金箔工業組合が福久町地内に箔団地を造成することになり、市長室で同組合と福久町代表の間で土地買収の調印を行った。敷地面積3万1,000平方メートル。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月7日 政治・経済 「加賀友禅染色団地」の設立が県から正式に認定された。認定により、県と中小企業団から各8,000万円、計1億6,000万円の融資を受け、43年度中に用地(安原町地内、2万1,350平方メートル)を買収、44年度の工場を完成させることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月17日 政治・経済 市の第1次農業構造改善事業は、38年から3ヵ年計画で八田町など5地区で2億9,850万円を投じて行われたが、市農林部が2月現在で調査した改善後の実績は、事業前の2.5倍の生産を上げていることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月17日 政治・経済 武蔵ヶ辻周辺商店街が「武蔵ヶ辻再開発協議会」を結成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月22日 政治・経済 44年度第1回市議会の最終日、収入役素都清朗の任期満了に伴う後任に企業局長葛城勝男を選任した。(就任は4月1日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月29日 政治・経済 ソ連イルクーツク州の日ソ協会訪問団が金沢を訪れた。団長イルクーツク工業大学教授チモフェービッチら男5人、女8人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月31日 政治・経済 石川県野菜園芸協会の設立総会が県農業会館で開かれ、約200人が出席、初代会長に今井源三(県農協組合長協議会長)を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月1日 政治・経済 金沢市は市制80周年を迎えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月1日 政治・経済 市の施設園芸実験場が開設された。市の施設園芸の振興を図る実験栽培と指導の拠点を目指している。(工費、2,100万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月2日 政治・経済 69年間発電を続けた北陸電力辰巳発電所の閉所式が同発電所で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月4日 政治・経済 社会党県本部は執行委員会で、難航の衆院選1区候補者に九州大学教授嶋崎譲を擁立したが、岡良一前代議士が「社会党を除名されても出馬する」と意思を表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月11日 政治・経済 市は、市制80周年を記念して広坂通りに面した市庁舎前庭に紅梅の成木1本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月17日 政治・経済 市が下水道処理場として建設していた浅野終末処理場(浅野本町)の一部と付帯施設の七ツ屋ポンプ場(七ツ屋町)が完成、徳田市長がポンプの始動スイッチを入れた。(通水式は25日、同処理場で行われた) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月22日 政治・経済 市制80周年記念式典が観光会館で、中西知事、武谷甚太郎元市長ら来賓を含む約400人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月28日 政治・経済 犀川―浅野川間(1.8キロ)の北陸線高架化実現をめざす金沢駅高架促進期成同盟の創立総会が開かれ、会長に金沢商工会議所会長吉田次作を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月13日 政治・経済 広小路商店街が総会を開き、近代化研究会を発足させ再開発に取り組むことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月13日 政治・経済 市道長坂・平栗線(大乗寺裏)から前田家墓地に至る野田山墓地に至る野田山墓地公園観光道路のうち、忠霊塔裏から墓地前までの200メートル余の車道(幅7.1メートル、歩道3メートル)と駐車場900平方メートルが完成した。(工費750万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月13日 政治・経済 市農林課では市の海岸線一帯の松林(保安林)に発生している松クイ虫の防除のため、ヘリコプターで農薬を散布した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月16日 政治・経済 市企業局は今年も2億余円の予算で、15か所(押野、大野町など)に上水道を敷設し約1,100世帯に配水することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月20日 政治・経済 バンコク石川県繊維見本市の派遣団の結成式が行われた。県繊維協会会長山本康二を団長に中西知事、江川助役など17人を派遣する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月24日 政治・経済 糸田町地内の伏見川に架かる糸田橋が完成、渡り初め式が行われた。長さ43.86メートル。(工費2.886万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月29日 政治・経済 「武蔵ビル」の落成式が行われた。金沢市の本格的な都市開発事業の建設第1号である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月6日 政治・経済 金沢港(来秋開港)が、全国漁業協同組合連合会の日本海側ソ連石油輸入基地に決定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月6日 政治・経済 社会党前代議士岡良一が県議川島重男を介し、社会党県本部に脱党届を出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月11日 政治・経済 県議奥田敬和(自民党県連青年部長)が次期衆院選に石川1区から党公認を受けて出馬したいとの意向を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月11日 政治・経済 県議川島重男が社会党議員団を離脱する旨、党派別所属変更届を県議会事務局に提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月16日 政治・経済 市は、駅西副都心づくりの現場窓口として、市開発公社用地内(広岡町)に「駅西土地区画整理事務所」を設置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月19日 政治・経済 県は、スウェーデンで木材荷役処理方法の調査を終えて帰国した京大教授杉原一彦の報告に基づき、金沢港で、わが国初の水中索道方式を採用する方向を固めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月23日 政治・経済 6月定例市議会で新議長に池田外作(自民)、副議長に滝尾照士(自民)を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月23日 政治・経済 才田町で県内初の大型農具(30馬力トラクター、100メートルホースによる稲のニ化メイ虫一世代の防除作業が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月1日 政治・経済 市企業局が機構改革を行った。浄水、配水の2課を新設、6課、1工場、21係となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月9日 政治・経済 新辰巳発電所(上辰巳町)の起工式が現地で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月9日 政治・経済 市制80周年記念事業の一つである中央公民館新築工事の地鎮祭が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月12日 政治・経済 中外製網(北安江町)が市のあっ旋で南森本地内に1万2,000平方メートルの敷地を買収、移転することになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月12日 政治・経済 浅野川以北の旧市域の米屋12軒が東部米穀事業協同組合を結成、小坂農協の倉庫を借りて大型集中精米工場を新設した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月13日 政治・経済 第15回自民党金沢支部大会が開かれ、新支部長に県議吉田長久を選び、幹事長には油谷外郷が留任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月18日 政治・経済 市は、ホームヘルパー制度(39年)、老人養護委託制度(42年)を決めたが、42、43年度とも1件も利用がなく、寝たきり老人(65歳以上)の実態調査を行い、両制度の活用を探ることにした。(10月調査の結果は244人であった。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月28日 政治・経済 第2回市議会庁舎建設特別委員会が開催されたが、徳田市長の新庁舎駅西建設の見解よりも現在地建設の意向が大多数を占めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月3日 政治・経済 住吉工業協同組合(129社)の移転先が金沢港の東部工業用地(県有地)に内定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月20日 政治・経済 石川県共同貿易振興会の第3回総会が開かれ、日ソ貿易の窓口を一本化する方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月24日 政治・経済 企業グループ2集団の移転が決定した。福井鉄工所など14社は松任市へ、鳴海精機製作所など24社は市の郊外へ移転する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月25日 政治・経済 「金沢九谷振興協同組合」が結成され、組合長に鏑木栄一が選ばれた。市内の九谷焼の生産業と販売業者を一体化した若手中心の組合である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月28日 政治・経済 市内の紳士服既製服の縫製業者11人による協業化事業がこのほど、中小企業振興財団から高度化事業資金を受けることに決まった。工場は糸田町。(総事業費約1億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月29日 政治・経済 市内の青年酪農経営者が河北潟酪農用地推進協議会を結成し、河北潟干拓地に酪農団地を造成することを関係機関へ働きかけることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月1日 政治・経済 市総務部内に交通安全対策課が新設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月1日 政治・経済 大野醤油協同組合が協業化を目指し「大野醤油醸造協業組合」を結成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月2日 政治・経済 社会党県本部執行委員会で、岡良一の社会党非公認に伴い脱党した46人の党員に対し復党を認めないことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月10日 政治・経済 農業共済連が泉野4丁目に建設中の農業共済会館が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月16日 政治・経済 石川県技能検定協会の創立総会が開かれ、会長に越馬徳治(津田駒工業社長)を選び、今年度は19種目の技能検定試験と23科目の科学学科試験を行うことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月17日 政治・経済 石川地方同盟が県に対し北陸電力能登原子力発電所の建設促進を要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月17日 政治・経済 全国石油政治連盟石川支部の結成式が行われ、支部長に土井登を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月24日 政治・経済 金沢港運の創立総会が開かれ、社長武田利作など役員を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月25日 政治・経済 社会党金沢総支部の第7回定期大会が開かれ、支部委員長に福村洸(市議)を選んだ。書記長米田正一は再選。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月30日 政治・経済 市立病院(長坂町)が開院して10年めとなったが、経営は不振で、43年度は3,297万円、累積1億2,000万円の赤字を計上している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月1日 政治・経済 北陸線全線複線電化工事が14年と1,326億円をかけて完成。県体育館で約800人が出席して祝賀会催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月5日 政治・経済 武蔵ヶ辻第2街区再開発組合は、同街区の事業推進について市と協議した結果、市が事業主体となって推進することで意見が一致した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月13日 政治・経済 国鉄金沢駅の客貨分離のための新貨物駅建設起工式が乙丸町地内の用地で行われた。(総工費10億4,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月13日 政治・経済 共産党石川県委員会が新委員長に党中央委員の田中昭治を選出した。党中央から委員長が派遣されるのは県では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月14日 政治・経済 近江町市場が、開場250年祭を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月19日 政治・経済 徳田市長が日米市長会に出席、併わせて姉妹都市バッファロー市とブラジルのポルトアレグレ市訪問のため金沢を出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月23日 政治・経済 商工組合中央金庫金沢支店の新店舗が本多町に完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月25日 政治・経済 初の自主流通米が登場。全国で20万6,000トン(目標は100万トン)、そのうち石川県は516トン。県内の自主流通米は県の産米のみで世評がよくないようである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月31日 政治・経済 東京資本の大手総合衣料スーパー長崎屋金沢店が、堅町通りで開店した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月1日 政治・経済 横安江町商店街道路のカラー舗装が完成した。延長370メートル。(工費2,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月4日 政治・経済 県農林部の調べによると、新都市計画法施行に伴う市近郊農家の農地転用申請は10月に入って急速に増え、特に自己使用目的の転用申請は439件、26万6,600平方メートルと、前年同期比件数で3倍、面積で4倍となっている。転用目的で多いのは賃貸住宅、アパート、住宅建設などである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月6日 政治・経済 県農協組合長協議会が開かれ、米作中心、米価引き上げ運動を集中推進してきた農政活動から、家畜、果樹、野菜生産振興を含めた幅広い活動に改める基本方針を打ち出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月14日 政治・経済 武蔵ヶ辻第2街区が緊急役員会でジャスコ(本社大阪)をキーテナントとして誘致することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月27日 政治・経済 市の国民健康保険財政は今年度末の累積赤字が1億3,800万円。46年度末には3億7,800万円の赤字が見込まれ、健保財政は危機状態である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月29日 政治・経済 石川県医師会館(大手町)が新築され落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月30日 政治・経済 市庁舎増築工事のため市教育委員会は、長町小学校4階に移転した。(約1年間の仮庁舎となる) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11.- 政治・経済 別院通りで県内初の融雪装置がつくられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月1日 政治・経済 市内の紳士服既製服縫製業者11企業が協業化に踏み切り、共同工場(糸田町)を建設し、落成祝賀会を催した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月2日 政治・経済 鳴和町の市東部清掃工場に隣接して清掃作業場がほぼ完成、旧全市域の週2回ごみ収集が可能となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月10日 政治・経済 石引商店街振興組合が進めてきた近代化工事の一部が完成した。西側31店舗が資金約5億円で3~4階建ての店舗に改築、舗道250メートルはアーケード付きとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月12日 政治・経済 北陸自動車道金沢西と松任両工事の起工式が松任町宮永地内で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月15日 政治・経済 市企業局別館が石引4丁目に完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月22日 政治・経済 本多町と寺町台を結ぶ都市計画街路、新桜坂が完工、開通式が行われた。延長233メートル、幅9メートル、両側に1.5メートルの歩道。工費1億5,350万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月27日 政治・経済 衆院議員選挙。石川1区当選は森喜朗(無新)6万4,595票、別川悠紀夫(自新)5万8,034票、奥田敬和(自新)4万9,014票。2区当選は益谷秀次(自前)5万6,080票、坂本三十次(自前)4万4,679票、稲村左近四郎(自前)3万5,946票であった。(森喜朗は28日、自民党に入党) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月27日 政治・経済 県議会議員の金沢市選挙区補欠選挙(欠員2人、立候補4人)が行われ、神保泰一(自元)、池田健(社新)が当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12.- 政治・経済 北鉄は1月から能美線・金石線の昼間ダイヤカットと白菊―野町間の旅客営業廃止を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月5日 社会・文化 羽間政信が死去。62歳。32年から34年まで市議会議長をつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月5日 社会・文化 4日朝から北アルプス剣岳連峰の赤谷山で雪に閉じ込められている金大山岳部と電電九州山岳会パーティーの救助隊が金沢を出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月7日 社会・文化 校長、教頭職の関門となる44年度の石川県公立小中学校管理職登用試験が、県社教センターなど県内4会場で実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月10日 社会・文化 午前4時50分ごろ、赤座繊維金沢工場(諸江町)の生地巻き戻し作業場から出火、同作業場を全焼、その他部分焼した。(損害約500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月14日 社会・文化 市教委は38年度からPTAの負担軽減を実施、43年度より第2次3か年計画を立てて軽減に努めているが、なお1億円のPTA負担があり、今後10年間で全廃することを考えている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月15日 社会・文化 交通遺児を励ます会北陸3県支部が結成され、街頭で募金活動を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月26日 社会・文化 市立工業高校吹奏楽班の第2回吹奏楽演奏会が観光会館で催され、昨年第9回北陸吹奏楽コンクールで優勝した技能を披露した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 1月26日 社会・文化 毎年市が行っているウサギ狩りがキゴ山と戸室山で行われ、地元および猟友会員約80人が参加、20匹のウサギを捕獲した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月1日 社会・文化 県立保育専門学校が旧金大医学部附属結核研究所跡地(泉1丁目)に完成、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月8日 社会・文化 正午ごろ、泉2丁目の住宅街に自衛隊小松基地所属F104ジェット機が墜落し大きな被害が出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月12日 社会・文化 社会党系の反安保実行委員会が中央公園で基地撤去闘争の県民大集会を開き、デモ行進が約1キロに及んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月14日 社会・文化 自衛隊機墜落事故の被災者に対する防衛庁の補償金の内払いが金沢市を通じて行われた。(総額3,280万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月15日 社会・文化 市が自衛隊機墜落事故の最終的な被害状況を発表した。死者4人、重軽傷者22人、全半壊、焼失19戸、一部破損など被害を受けた建物160棟、被害者661人に及んでいる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月16日 社会・文化 野町公民館が完成した。市費、地元負担、寄附金合わせて3,600万円で新築したもので、弥生、三馬などを含めたブロック公民館の第1号である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月20日 社会・文化 国の重要文化財尾山神社神門の匠工長だった故津田吉之助の造営に関する資料2点が、吉之助の孫津田米次郎(芳斎町)から県郷土資料館に寄贈された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 2月26日 社会・文化 戸板小学校校舎の落成式が行われた。39年から5年の年月と工費1億3,000万円が投ぜられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月3日 社会・文化 大学紛争のあらしの中で国立大学1期校28校の入試が全国一斉に始まった。金沢大学は平穏に試験が実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月7日 社会・文化 金沢市体育協会が43年度から優秀選手の表彰制度を設け、第1回表彰者を発表した。一般の部は2団体、8個人。中学の部は5校、11個人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月18日 社会・文化 愛知県犬山市に開館した明治村の機械館に、津田米次郎(芳斎町)が「津田米の動力織機」として知られる半木製羽二重織機1台を寄贈した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月21日 社会・文化 午前5時過ぎ、大浦町地内の金腐川右岸堤防が13メートルにわたって決壊、千田町、木越町、大浦町で40戸近くの農家が浸水、水田冠水の被害も受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月25日 社会・文化 金沢美大学長秋山光夫の辞任に伴う次期学長選挙で大沢衛(金大法文学部長)が選ばれた。(就任は4月1日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3月26日 社会・文化 大西繁(東山3丁目)と油井三郎(東京在住)が共同で、従来の排気ガスの有毒量の10分の1という自動車エンジンを考案、実験でも低排気ガスが証明された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 3.- 社会・文化 市が32年から編集を進めてきた「金沢市史(現代編)上」が12年ぶりに刊行された。B5判、760ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月1日 社会・文化 米穀通帳の登録制が廃止された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月1日 社会・文化 新しいテレビ波UHFを使った石川テレビ(観音堂町)が本放送を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月4日 社会・文化 県立郷土資料館(旧第四高等学校赤レンガ校舎)が国の重要文化財に指定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月10日 社会・文化 社会福祉法人「希望が丘」(小池町)の開園式が行われた。園長上村晃三。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月14日 社会・文化 第26回全国舞踊コンクール(東京)で石川県から参加した「さきざかさちこ洋舞研究所」が児童舞踊の部で2年連続1位となり、文部大臣賞を受賞した。同賞を受けるのは通算4度めである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月15日 社会・文化 新谷喜一が死去。69歳。市議会議長をつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月20日 社会・文化 第2葵団地(神谷内町)と小坂北地区が統合して「新葵町」として発足、近く正式町名となる。現在32世帯、110人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 4月26日 社会・文化 航空自衛隊員の金沢大学構内立ち入りで紛糾していた学内で25日、反代々木系革マル派、中核派の学生60人が鉄棒、角材で武装して大学本部を封鎖。説得に向かった学生部長が学生の乱暴で軽傷を負った。26日午後、学生は自発的に退去、本部の封鎖が解けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月2日 社会・文化 国立療養所医王園併設重症心身障害児(者)施設の開所式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月6日 社会・文化 宇都宮書店(片町)が金沢市へ今年から10年間、毎年100万円ずつの寄付を申し出た。創業90周年を迎えた同店が100周年を目指しての記念事業である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月11日 社会・文化 幕末の才人中村屋弁吉翁(通称大野弁吉)の没後100年を記念する行事が大野町で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月11日 社会・文化 金石海岸は流れ寄るゴミが山なす状態で、見かねた金石地区の住民2,800人が海浜の一斉掃除を行った。徳田市長も現状視察に訪れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月14日 社会・文化 県内で唯一の私立定時制である尾山高校が「明年度から新入生の募集を取り止める」方針を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月19日 社会・文化 朝、七尾、金沢、加賀平野に2~3分間「ひょう」が降った。直径3ミリから1.5センチ大。5月に入っての「ひょう」は明治20年5月22日に次ぐ遅い記録。リンゴ、ナシ、トマト、ナス、イチゴなどに大きな被害が出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月22日 社会・文化 第66回日本精神神経学会総会(会場観光会館)は若手医師の学会批判で紛糾。研究発表、シンポジウム、記念講演などすべて中止となる異常な学会総会として終わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5月23日 社会・文化 金沢大学で約2,000人の学生がストに入り、石川スポーツセンター横で約250人の学生と警官隊がトラブルを起こし、学生2人が逮捕された。警察庁の発表によると全国35大学で「大学立法反対」のストライキが行われている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 5.- 社会・文化 「金沢市史(現代篇)下」が刊行された。B5判、1146ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月11日 社会・文化 古川平次郎が死去。70歳。16年スクリュー耕耘機開発等機具改良発明に貢献。第15回(36年)市文化賞受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月17日 社会・文化 県が金沢市の法島町犀川左岸河川敷内に住んでいる41世帯に移転を求めることにし、杉山県総務部次長らが現地で交渉を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月19日 社会・文化 県警防犯担当者会議の席上、県内青少年の間でシンナー遊びが広がっている状況が報告された。1月から5月末までに49人が県警に補導されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月21日 社会・文化 社会法人「日展」が、改組第1回の日展審査委員75人と出品委嘱者159人を発表した。石川県関係では審査員は高光一也(洋画)、角野岩次(工芸)、県出身の松田尚之(彫塑)が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月24日 社会・文化 反安保石川県中央集会が県中央公園で開かれ、約2,000人が集会に参加、デモ行進を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月27日 社会・文化 重要文化財尾山神社神門の全面的補修工事を7月から行うことを文化庁が決めた。(予算600万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 6月30日 社会・文化 市立工業高校で新築の第2実習棟の火入れ式が行われた。総工費1億円の第1期工事で、機械科、精密機械科の実習棟となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月6日 社会・文化 「日本・中国友誼団結の碑」が卯辰山中腹に建立され、除幕式が行われた。碑文は徳田市長筆、裏面に郭沫若から贈られた詩が刻まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月12日 社会・文化 金沢城跡の発掘調査を金沢城学術調査委員会と県教委が合同して始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月14日 社会・文化 家庭婦人たちのパートタイムの希望が増え、今春以来毎日求人は300件程度であるが求職はそれを200件以上上回っている(県雇用サービスセンター調べ)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月16日 社会・文化 卯辰山テレビ中継局起工式が末広町で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月22日 社会・文化 石川県1区選出の代議士坂田英一(元農林大臣)が死去。72歳。加賀市出身。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月28日 社会・文化 金沢城跡発掘調査が行われている二の丸跡から、近江の穴太衆の作ったものと推定される江戸時代初期の冷温庫が掘り出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月29日 社会・文化 尾上菊五郎劇団の松竹大歌舞伎(尾上松緑ら)金沢公演が観光会館で催された。下題「世話情浮名横櫛源氏店」「傾城反魂香吃又」狂言「棒しばり」。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 7月30日 社会・文化 金沢を美しくする運動推進協議会が開かれ「現状では用水も川もゴミでおおわれる。ゴミを用水や川に捨てない運動を盛り上げよう」と強い意見が出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月3日 社会・文化 健民海浜公園プール(専光寺町)が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月6日 社会・文化 兼六園内の雁行橋が磨耗を防ぐため通行禁止となり、これに代わる木橋が完成、渡り初め式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月7日 社会・文化 日独青少年交歓のドイツ代表団一行(男17人、女18人)が来沢、歓迎夕食会に中西知事、徳田市長らが出席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月12日 社会・文化 市立小中学校の日宿直行制度が完全実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月18日 社会・文化 真宗大谷派(東本願寺)の管長継承問題について理解を求めるため、大谷光暢法主の長男光紹新門が来沢、専光寺で金沢教区70人の住職に協力を呼びかけた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月21日 社会・文化 13日から国道8号線鳴和・横川の両交差点に電子式自動感応系統信号機が設置され、車の渋滞がこれまでの3分の1以下になり、予想以上の成果を上げた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月23日 社会・文化 城南中学校が文部省から初の教育機器研究校に指定(全国で22校)された。研究機関は2年間である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月27日 社会・文化 県が「県交通災害等遺児奨学金」の交付(非貸与)を9月1日から実施するため要綱を発表した。月額小学生1,000円、中学生2,000円。年間所得50万円以下となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 8月31日 社会・文化 郵政省簡易保険局、NHKなど主催の百万人ラジオ体操全国大会が県中央公園で開かれ、河本郵政大臣ほか約1万2,000人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月3日 社会・文化 佐野安彦が死去。73歳。能楽家、金沢能楽会名誉会長。十三間町生まれ。21歳で職分。第18回(39年)市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月9日 社会・文化 午後2時15分ごろ、関東、中部、近畿地方一帯にかなり強い地震があり、金沢は震度2(弱震)であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月19日 社会・文化 金沢経済大学学長吉岡金市が5年前、中国科学院長郭沫若を通じて「無核白」(白たねなし)ブドウ4本を送ってもらい、そのうち1本がつぎ木に成功し、わが国で初めて活着した。加賀地方砂丘地に栽培する計画である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月19日 社会・文化 市の人口が36万人を突破した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月20日 社会・文化 北陸交通遺児を励ます会が北陸放送会館で結成された。会長嵯峨逸平(北陸放送社長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月27日 社会・文化 金沢大学で教養部を中核派学生、法文学部本館を核マル派学生が占拠しており、さらに民青系学生100人が自衛武装したため三つどもえの内ゲバの様相である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月28日 社会・文化 キリスト教弾圧で殉教した信者達をしのぶ追悼ミサが金沢カトリック信者によって卯辰山公園の横空台で営まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 9月29日 社会・文化 富樫中央保育園の落成式が行われた。敷地は村山次吉が無償提供したもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月9日 社会・文化 県は、県公衆浴場入浴料金審議会の答申に基づき、15日から入浴料金を大人35円、中人、15円、小人10円、婦人洗髪料5円とすることを告示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月17日 社会・文化 金沢大学では24日間にわたって教養部を占拠していた中核派学生20余人が16日蒸発。17日、代わって革マル派学生と反戦連合の一部学生が再封鎖。金大は民青系と革マル派(反日共系)の対立となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月19日 社会・文化 加賀藩抱えの刀鍛冶辻村兼若、松戸勝国らの霊を弔う日本美術刀剣保存協会石川支部主催「加賀名刀工追善大法要」が久昌寺(堀川町)で営まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月20日 社会・文化 元代議士江川為信が死去。79歳。県議連続5期当選、戦後第1回衆院選に当選。再び県議1期。県農業会長、自民党県連顧問、同党金沢支部長などをつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月24日 社会・文化 裏千家淡交会第5回北陸地区大会が観光会館で開かれた。大会には4代仙叟室270遠忌茶会に出席した千宗室ほか3,000人が参加。席上、金沢市の家元越沢宗見が表彰された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月25日 社会・文化 金沢大学医学部に献体を予約しておく人たちの集い「しらゆり会」の発会式が行われ、理事長に富山善意銀行理事長中井精一を選んだ。会員ら70人が出席。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 10月27日 社会・文化 県内初の私立中・高校PTA大会が観光会館で行われ、約3,000人が出席。教育費負担について県の助成を期待する意見が多く出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月1日 社会・文化 県生活科学センター(広坂1)が開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月3日 社会・文化 第23回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は大谷佐重郎(衛生行政の振興)と宮下与吉(報道・文化の振興)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月7日 社会・文化 改組第1回日展で矩幸成(彫刻家、金沢美大名誉教授)が総理大臣賞を受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月10日 社会・文化 郷土史研究家故日置謙の頌功碑除幕式が金沢国税局跡(出羽町)で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月13日 社会・文化 70年安保闘争の全国統一ストに同調して県教組が1時間半のストを行った。勤務時間にくい込む1時間半のストは今回が初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月14日 社会・文化 金沢郵政局に郵便番号自動読み取り区分機が設置され、12月10日から始動する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月14日 社会・文化 午後9時すぎ、曹洞宗棟岳寺(石引2丁目)の庫裏付近から出火、庫裏と本堂を全焼した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月14日 社会・文化 全国優良公民館として芳斉町公民館が文部大臣賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月19日 社会・文化 北陸放送とNHK金沢放送局が共同建設したUHF電波卯辰山テレビ中継局が開局した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月20日 社会・文化 元中央公民館(本多町)を改装した金沢市婦人会館の開館式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 11月23日 社会・文化 城南中学校の理科室に、県内初の教育機器装置が設置され、理科と英語の学習に利用されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月9日 社会・文化 低医療費政策に抗議する石川県医師会の「一日一斉休診」が終日行われ、616の開業医が休診。公立病院は平常どおり診察を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月12日 社会・文化 市が卯辰山に建築していた老人福祉センター「千寿閣」の落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月14日 社会・文化 県教組が臨時大会を開き、県教委が来年度から実施を決めている「特別昇給」を阻止するため、18日に30分の抗議ストを行なうことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月14日 社会・文化 アイリン・ライザーが死去。78歳。女子教育に貢献。第9回(30年)市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月18日 社会・文化 特別昇給をめぐる県教組と県教委の交渉が17日午後2時から延々15時間にわたって続けられ、実施を見送ることで合意、予定されていた30分ストを回避した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月20日 社会・文化 県教委は県教組と高教組の「11・13闘争」参加者に対し、貸金カット3人、戒告2,799人の処分を発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月21日 社会・文化 PL教団金沢教会の北陸区庁が末広町に完成、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月25日 社会・文化 鳥畠徳次郎が死去。76歳。北陸貨物社長、石川交通社長。元市議会議長。県議会議長、参議院議員などを歴任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十四年(1969) 12月26日 社会・文化 建築水準向上を目的に設置された中部建築賞協議会の第1回審査会が開かれ、初の建築賞として北陸放送会館本館、金沢工業大学本館など入賞作10点、入選作21点が決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月10日 政治・経済 北陸電力がこのほど県に対し、金沢港周辺に火力発電所(最大出力37万5,000キロワット)を新設する用意のあることを非公式に打診した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月12日 政治・経済 県石油販売商業協組が店頭販売と戸別販売の“二重価格制”を打ち出し、実施した。現行戸別配達で1缶(18リットル)280~310円のところ、戸別400円、店頭販売350円となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月18日 政治・経済 大和百貨店と西武百貨店(東京)が共同出資する北陸商業開発株式会社の設立総会が大和本社で開かれ、本社を大和内に置いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月19日 政治・経済 社会党県本部が総選挙総括小委員会を開き、これを皮切りに末端組織でも2月下旬の定期大会へ向け本格的な党再建論議を行うことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月19日 政治・経済 金沢観光開発が臨時株主総会を開き、同社の解散を決め、ゴルフ場「金沢国際カントリークラブ」を閉鎖した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月23日 政治・経済 内川多目的ダム(県営第3番目)の第1次用地買収交渉が県と堂町との間でまとまり、知事室で調印式が行われた。浅野川の洪水を犀川で調節する全国初の流路変更方式も同工事に含まれている。(堂町は全部水没するので全世帯が横川町の団地に移住する。補償総額は約4億7,000万円)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月31日 政治・経済 市の広坂消防署泉野消防出張所(泉野町5丁目)の開所式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月5日 政治・経済 名古屋鉄道が石川県進出体制を固めるため資本系列の丸越の増築に着手、武蔵ヶ辻を拠点とすることに決定した。また、武蔵ヶ辻再開発協議会はこの決定を機会に武蔵ヶ辻交差点に地下道を建設する計画を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月13日 政治・経済 県米生産調整推進協議会(座長中西知事)が減産目標数量の市町村別配分を決めた。一番多いのが金沢市の2,350トンで県内目標1万6,600トンの14.2%を占めている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月18日 政治・経済 市は、商店街を中心とする駐車場設置奨励の融資制度を、45年度新規事業に組み入れる方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月19日 政治・経済 市米生産調整推進協議会(主宰徳田市長)が、県内市町村のトップを切って発足、減反目標の配分は市内32農協単位に割り当てることなどの方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月21日 政治・経済 内川ダム建設に伴う小原町地内の用地買収、補償交渉がまとまり、知事室で中西知事、徳田市長立ち会いで調印式が行われた。買収、補償総額約3,500万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月23日 政治・経済 市が45年度当初予算案を市議会に内示した。一般会計122億円(前年度当初比21.7%の伸び)、特別会計53億4,377万円、企業会計61億738万円、計236億5,115万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月28日 政治・経済 市が45年度の固定資産評価の概要を決め、発表した。土地は39年度以来6年目の評価替えで、44年度に比べ79%、家屋は3年目の評価替えで13%増となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月4日 政治・経済 市が緊急公害対策委員会を開き、日本電工本社と金沢工場に対し、市長名で再度、集じん装置を設置するよう要請することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月5日 政治・経済 県日ソ貿易協同組合の理事会で、45年中に13万ドルの県産品がソ連へ輸出され、5,000立方メートルの北洋材が金沢港を通じて輸入されることが明らかにされた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月17日 政治・経済 市の国保の保険料引き上げに関する「45年度市国保保険費特別会計予算」が厚生常任委員会で可決された。平均で32.2%の引き上げとなる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月23日 政治・経済 金沢の大野醤油醸造協業組合が共同工場施設など団地造成工事の起工式をあげた。全国業界で初のケース。(総額3億1,110万円の事業) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月28日 政治・経済 第4回”一日科学技術庁”が北陸放送会館で藤本科学技術庁政務次官ら中央7省庁の幹部19人が出席、地元から中西知事をはじめ北陸4県の関係者を集めて開かれた。今回は雪の克服の問題がはじめて取り上げられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月28日 政治・経済 海中に浮遊するビニールが船のスクリューに巻きついたりする”ビニール公害”が県内でも発生、県漁協青年部連合会総会で”ビニール公害追放運動”を展開することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月4日 政治・経済 県パン協同組合がパンの値上げを決めた。菓子パンと食パン(1食分130~140グラム)をそれぞれ5円値上げして25円とするものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月7日 政治・経済 市の駅西土地区画整理事務所が広岡町のフルカワ工業敷地内にオープンした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月13日 政治・経済 市議会経済常任委員会が、11日夜発生したガス噴出事故について当局の不備を追求し、企業局長は保安係の新設、バルブ点検の強化、早期出動(緊急車の設置)、職員の再教育などの方針を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月13日 政治・経済 地盤沈下事故で復旧作業を急いでいた新桜坂が再開通した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月16日 政治・経済 東長江町で勤労者住宅生活協同組合などが造成中の宅地一帯の町名を「山王町2丁目」とすることに決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月18日 政治・経済 小将町・旭町線のうち兼六園下─材木町間443.7メートルができ上がり、完工式を行った。幅19.1メートル(うち車道11メートル、両側歩道4.05メートル) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月24日 政治・経済 市内の酪農、肉牛、養鶏家が共同してつくった河北潟畜産団地推進協議会の設立総会が開かれ、45年度の事業計画を決めた。(会長油谷大) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月26日 政治・経済 東急土地開発会社(本社大阪)が市郊外の四十万、額谷、三十苅町地内の約8万9,000平方メートルに住宅団地を造成するため進出、すでに用地買収を終わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月7日 政治・経済 「石川県日韓協会」の設立総会が都ホテルで、姜駐日公使を迎えて開かれ、約150人が出席、名誉会長益谷秀次、会長渋谷庚子智ら役員を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月10日 政治・経済 河北潟干拓事業の干陸式が内灘町大根布の内灘排水機場で行われ、中西知事らによって4基のポンプにスイッチが入れられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月12日 政治・経済 協同組合加賀友禅染色団地の完工式が専光寺町の同団地共同作業場で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月13日 政治・経済 新しい農業経営を目指す材木町では、ハウスによる集団園芸のため72戸中30戸の農家が水田を畑地に切り替えた。また、月浦町では昨年から6戸の農家が水田を養魚地に替え、ニジマスの養殖を始めている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月18日 政治・経済 第1回市新農政推進対策委員会(委員20人)が市役所で開かれ、会長に県参事の渡辺庸一郎を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月21日 政治・経済 市商工業振興委員会(委員長江川助役、委員12人)が市役所で開かれ、市産業高度化等助成条例の適用について審議、「高紳工業協同組合」など4件に助成することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月24日 政治・経済 社会党県本部が第33回臨時大会を開き、委員長守友友範ら新執行部を認め、再建へ一歩踏み出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月25日 政治・経済 徳田市長、佐藤丸越社長らが市長室で記者会見し、丸越が武蔵第2街区再開発のキーテナント(核店舗)として同街区へ新築することに決まったと発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月1日 政治・経済 尾張町、殿町、武蔵ヶ辻一帯の新住居表示が正式にスタートし、殿町、博労町、主計町、白銀町などの町名が消えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月1日 政治・経済 市は、鉛公害防止のため市庁用車のハイオクタンガソリンの使用をやめることにした。自家用車を持っている市職員にも使用しないよう強く求めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月1日 政治・経済 日ソ知事会のメンバーとして来日中のソ連イルクーツク州知事クラフチェンコが来沢、県庁、市役所を訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月10日 政治・経済 市議会6月定例会最終日、副議長に喜多美由喜(自民)を選任して閉会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月17日 政治・経済 法島町地内の犀川敷を居住地とする38戸の移転が1年ぶりに決まった。移転補償は3,450万円。跡地は緑地運動公園となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月17日 政治・経済 県営内川多目的ダムの起工式がダムサイド近くの小原町の工事現場で、県、市、地元関係者多数が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月18日 政治・経済 安宅産業(大阪市、資本金100億円)の金沢港進出が決まった。(10月20日調印) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月20日 政治・経済 市都市提携委員会総会で、新たにベルギーの都市(候補ゲント市)との都市提携を結ぶことを了承した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月25日 政治・経済 市は、市公害対策委員会を開き、国の騒音規制法に基づく市内の工場騒音の実態調査を26日から始めることにした。対象となる工場は504か所である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月1日 政治・経済 金石警察署が「金沢西警察署」と名称を変えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月2日 政治・経済 警戒河川に指定されている金腐川下流延長6.6キロの暫定改修工事が6月末完了した。現在の川幅15~20メートルを27~32メートルに拡幅したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月3日 政治・経済 市は奥卯辰山健民公園に隣接する新墓地公園の基本計画を発表した。10年間で17万187平方メートルの敷地に5,500区画の墓園を造成する計画である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月6日 政治・経済 県厚生部が先月行った犀川、浅野川の水質検査の結果を発表。国の基準に比べ最高70倍、最低でも2.6倍を上回る大腸菌が検出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月7日 政治・経済 国の補助を受けて42年から進められていた、五郎島地区と俵地区の農業改善事業が3年ぶりに完成した。五郎島は砂丘を生かした”温室団地”づくり、俵地区は米作の開田と機械化を図るものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月25日 政治・経済 明治41年から62年間、市民の台所へガスを供給してきた昭和町の市企業局古道ガス工場がガス製造をやめ、これで石炭を原料とするガス工場は金沢から姿を消した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月29日 政治・経済 金沢で小型農業機械の実演発表会が行われた。田植え機、バインダー(稲刈り機)、小型トラクターによる耕転、脱穀など一貫した機械化作業を約2,000人が見守った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月11日 政治・経済 公害工場の集団移転にそなえ、市では工業専用地造成の用意があるとの考え方を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月12日 政治・経済 八田、才田、忠縄地区の上水道事業完工式が八田小学校で開かれた。延長2,200メートルの本管と7,800メートルの支線工事で、事業費は6,200万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月17日 政治・経済 市新農政推進対策委員会から、将来の市農政の方向づけを委嘱された京都大学名誉教授桑原正信ら10人の専門家が金沢を訪れ、市農林部から市農政の現状を聞いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月29日 政治・経済 43年10月倒産した明治印刷株式会社の債権者集会が開かれ、出席者100余人全員の賛成で和議の成立が認められ、同会社は和議条件にしたがって再スタートすることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月10日 政治・経済 北陸鉄道が”パーク・アンド・ライド・システム”を実施した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月10日 政治・経済 県は、5月1日からオープンした”奥卯辰山健民公園”を都市計画公園に指定して諸施設を整備する方針を固めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月16日 政治・経済 市企業局が、粟崎町の金沢港東部工業用地に建設する新ガス工場の本工事の起工式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月16日 政治・経済 県開発審査会(会長金大教授喜内敏)が第2回審査会で「卯辰山、大乗寺など市周辺の丘陵地開発は、大小を問わず許可申請条件が満たされていても原則として承認しない」と、市の自然風致を守る独自の審査方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月19日 政治・経済 市は、市伝統環境保存条例に指定されている寺町台寺院群地区内の土塀の補修に今年から市費で助成する方針を固め、9月定例市議会に上程する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月24日 政治・経済 県公害対策審議会の水質部会が、県公害防止条例に基づく水質規制の内容を県原案どおり承認。犀川、浅野川は水質規制の対象となることが明記された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月25日 政治・経済 県公害対策審議会の第5回総会で水質規制内容を論議した際、徳田委員(市長)が関係機関と話し合う時間もないと発言、結論を持ち越した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月29日 政治・経済 「山崎製パン」(本社東京)が金沢に進出、80種類のパン、菓子、クッキーの販売を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月1日 政治・経済 金沢市無公害都市建設基本条例とこれに伴う市無公害都市建設審議会規則が公布され、ただちに施行された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月4日 政治・経済 金沢港に早くもタンカーが入港した。鶴松丸(2,183トン)で岡山県から灯油を満載しての入港で、開港式前、利用第1号となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月20日 政治・経済 金沢港が閣議で関税法上の開港指定を正式に受けた。(指定告示は22日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月23日 政治・経済 県公害対策審議会が開かれ、県公害防止条例の水質規制基準を県側の原案どおり答申することを決めた。水質基準は金沢市の犀川、浅野川およびその水系とし、目標は両川ともアユの住める状態とすることになっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月27日 政治・経済 香林坊ニュータウンの実施計画がまとまった。金沢都市開発準備会社が県、市との協議の結果まとめたもので、案ではA館が46年6月、B館が47年5月に着工、いずれも48年5月完成予定。(総事業費は約75億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月28日 政治・経済 金沢港の中枢機能となる県港湾事務所が戸水町に完成、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月29日 政治・経済 北洋材3,000立方メートルを満載したソ連船「マラヤロスラベッツ号」(5,000重量トン)が金沢港に入港し、荷役を開始した。金沢港にとって外国木材船の第1号である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月31日 政治・経済 市農林部は今年から生産者と協力して新しい統一品種のリンゴとナシを育成することに着手した。品種はリンゴが「祝」「王鈴」「ふじ」、ナシが「幸水」。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月1日 政治・経済 金沢港開港式が同港ふ頭で行われた。中西知事が開港を宣言、国際貿易港として出発した。式典には来賓1,370人のほか、一般市民約3,000人が集まり、開港を祝った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月4日 政治・経済 県野々市町総合開発懇談会が「金沢市との合併を積極的に検討すべきである」と中島町長に意見書を提出した。徳田市長はすでに昨年6月、合併を望む意向を明らかにしており、今後は一般町民の反応が焦点となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月6日 政治・経済 大野町の醤油業者39社が造った共同工場の完工式が行われ、本格的操業が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月9日 政治・経済 野町広小路商店街振興組合が再開発の構想をまとめ、今月中にも県に対し、犀川大橋の架け替え、道路の拡幅、長期低利融資などを陳情することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月19日 政治・経済 県林業研究グループ連絡協議会が林業普及指導事業20周年の関連事業として奥卯辰山県民公園で林業青年大会を開き、同公園内に県木アテ300本を記念に植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月20日 政治・経済 市が60万都市構想の確定構想を発表した。緑の都市づくり、全道無雪化、河北潟の国際空港化、金沢城地下のターミナルなどの新構想が盛られている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月1日 政治・経済 市企業局金沢港ガス工場の第1期工事が完成し、ガス製造を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月3日 政治・経済 金沢港の規模拡大をかけた大浜工業用地(95万平方メートル)埋め立て造成をめぐる漁業補償交渉が県と関係5漁協との間でまとまり、知事室で調印式が行われた。(補償費1,950万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月10日 政治・経済 ソ連イルクーツク市の代表メルクーリェフら3人が徳田市長を訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月11日 政治・経済 北鉄から市へ申し入れのあった軌道金石線の年内廃止について市長は年内廃止は保留するよう文書で同社に申し入れ、北鉄もこれを了承した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月15日 政治・経済 フィンランドの駐日大使ビーットルが書記官や文化担当官らを伴って来県。県、市などを表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月23日 政治・経済 市は市全域の地下水質源の調査を金大理学部教授絈野義夫に依頼していたが、その結果が市へ報告された。それによると市内の主要幹線の無雪化のためには1日10トンの地下水は利用できるが、これでは主要幹線の5分の3しか利用できないことが明らかになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月25日 政治・経済 「金沢港環境規制協議会」が設置された。同協議会は金大、県農業短大の教官、県、市関係者21人で構成されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月16日 社会・文化 粟崎町が生んだ実業家故木谷吉次郎の伝記(清水隆久著、翁顕彰会出版)の出版記念会が翁の命日にちなみ観光会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月17日 社会・文化 「北陸学院の母」といわれ、30年にわたり女子教育に尽くした元北陸学院短大学長故アイリン・ライザー(30年市文化賞受賞)の追悼式が金沢教会で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月23日 社会・文化 金大教養部代表と学生自治会代表が、学生ストライキや団交権を認めることなどを盛り込んだ「確認書」に署名し、100日間を超えた長期ストライキが解除された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月27日 社会・文化 金大医学部教授会が「学生のストは認められない」との学部長名のパンフレットを出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月28日 社会・文化 市の無形文化財「二俣いやさか踊り」が日本フォークダンス連盟の45年度普及民俗舞踊種目に選ばれ、広く全国に紹介されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 1月28日 社会・文化 県各種学校連合会が4月1日から社団法人として設立されることになり、その設立総会が県婦人会館で開かれた。会長安田隆明。理事長徳野精。会員53校。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月12日 社会・文化 県教組が、県人事委員会に対し「11・13闘争」参加者の処分撤回を求める「不利益処分不服申し立て」をした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月16日 社会・文化 市衛生課の調べによると、昨年1年間に市内で発生した赤痢患者は14人で、戦後最低だった一昨年に比べても3分の1に減った。その他の法定伝染病は皆無であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月17日 社会・文化 紫錦台中学校の三尖塔校舎(旧石川県立金沢第二中学校校舎)を保存してほしいとの地元の陳情を市議会文教常任委員会が採択した。同校舎は明治32年の建築。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月20日 社会・文化 重要文化財尾崎神社神門の屋根の改修工事が始まった。今までの檜皮ぶきから銅板にかえるもので、工費約116万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月22日 社会・文化 午前9時すぎ、西念町の工場から出火、同工場を全焼、隣家2棟を半焼、部分焼して鎮火した。原因は鋳物のクズ粉の酸性熱による自然発火。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月25日 社会・文化 市は額第2団地の新町名を”光が丘2丁目””光が丘3丁目”に決めた。現在この2町で348世帯が住んでいる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 2月27日 社会・文化 古寺町町会ではこのほど、同町内の道約280メートルに、ビル暖房の残り水を利用した消雪パイプを取り付けることにした。ビル暖房の水利用の消雪は県内では初めての試みである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月9日 社会・文化 鳴和地区ばい煙被害実態調査委員会(会長県人権擁護委員会連合会長井口清作)が住民の訴えに基づく調査結果をまとめ、日本電工金沢工場(鳴和町)のマンガン粉じんが住民の呼吸器疾患多発の原因であると結論。県、市に対し救済制度の早急な確立を要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月19日 社会・文化 県私学審議会が尾山高校、実践商業高校の廃止認可申請など知事諮問4件を原案どおり答申した。尾山高校は大正11年以来48年間、実践商業高は昭和25年以来20年間の歴史に終止符を打つことになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月20日 社会・文化 60年ぶりの彼岸大雪で市内には19センチ積った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月23日 社会・文化 加賀藩の農政史を発掘し「加賀藩農政史の研究」(上下2巻)に研究を集大成した近代教育学部教授若林喜三郎が3月末で退官することになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月25日 社会・文化 金大の第18回卒業式、修了式が観光会館で行われたが、今年は学園紛争により法文学部の哲・史・文学科および医学部は出席しなかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3月27日 社会・文化 木工作家氷見晃堂(本町2丁目)が重要無形文化財技術保持者に認定された。木工一筋に40余年、”縮れ線象眼”を創造。日本工芸会木工部長。日本伝統工芸展審査員。(4月25日正式に認定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 3.- 社会・文化 県の公害防止条例規則である「ばい煙」規制が初めて適用された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月1日 社会・文化 初代金沢市町会連合会長松平利吉(33年就任)にかわり、来馬与吉が2代目会長となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月3日 社会・文化 金沢地方気象台の観測によると、3月の平均気温は2.7度、最低気温はマイナス0.8度。いずれも明治20年観測以来最低の記録で、昭和11年とタイ。最低気温が零度以下の日が22日で、明治43年の20日を上回る最多記録となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月8日 社会・文化 兼六園の天然記念物「ケンロク菊桜」が老衰で枯死した。この桜は樹齢200年から250年くらいの老木と推定されていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月11日 社会・文化 午後8時50分ごろ、堀川町の市営下水道工事中の道路で、幹線ガス管からガスが激しく吹き出し、市消防本部と東署が、現場から半径100メートルにわたって緊急避難命令を出した。企業局は急きょガスもれを止め10時15分避難命令は解除された。原因は下水道工事のため現れたガス管のプラグに乗用車が触れ、プラグがゆるんだためとわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月15日 社会・文化 大乗寺山に、実践倫理記念館が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月20日 社会・文化 富樫小学校新校舎の落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月20日 社会・文化 市中央公民館の落成式が行われた。市制80周年記念事業のひとつである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月23日 社会・文化 市立三馬保育所の落成式が行われた。市として初めて零歳児を収容する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 4月29日 社会・文化 卯辰山公園内の横空台横に新しい広場「月見台」(仮称)が市都市計画事業として出来上がり、一般に公開された。(面積1万3,000平方メートル) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月3日 社会・文化 市少年連盟協議会の創立20周年記念、こども大会が観光会館で中西知事、徳田市長らが出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月12日 社会・文化 現代の5歳児は90%までがひらがなを読め、50%は書くことができるという実態が石川県教育研究所の調べでわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月12日 社会・文化 「けいさつ会館」が下本多町に出来上がり、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月13日 社会・文化 市立馬場児童館と市立浅野川保育園の落成式が同所で行われた。1、2階が保育園で3階が児童館となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月16日 社会・文化 室町時代の連歌師宗祇の句碑が大野湊神社境内に建てられ、除幕式が行われた。碑には「旅人のみやのこしけむおそ桜」の句が刻まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月17日 社会・文化 県合唱連盟の第24回春季合同合唱祭が、同連盟結成10周年を記念して観光会館で開かれた。同連盟は現在50団体、3,000人の会員を擁している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月18日 社会・文化 加賀藩の絵師佐々木泉景の「天神像」をはじめ2代泉玄、3代泉山、4代泉渓の作品50点が、泉景のひ孫にあたる佐々木ハル(東京都在住)から市立図書館に寄贈された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月26日 社会・文化 松ヶ枝町小学校に「言語治療室」が6月から設置されることになった。児童が週1回(1時間)通学し、教諭2人が治療に当たる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 5月31日 社会・文化 第54回高校相撲金沢大会(卯辰山)で市立工業高校が団体で2位となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月13日 社会・文化 県が文化庁の協力で昨年10月から改修復元工事をしていた兼六園の夕顔亭の落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月14日 社会・文化 県美術館別館裏に故西川外吉の遺族から県に寄付された茶室”犀庵”が完成、茶室開きが行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月14日 社会・文化 第22回県高校相撲選手大会(羽咋市)で金沢市工が初優勝を飾った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月15日 社会・文化 14日から15日朝までに金沢地方は100ミリを超す大雨となり、北鉄石川総線の伏見川鉄橋の橋台が崩れ、同線が不通になった。また額団地の高橋川は排水能力が低く、水が水路にあふれ、住民から批判の声があがった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月16日 社会・文化 長岡博男が死去。63歳。眼科医。県文化財専門委員、加能民俗の会会長。第12回(33年)市文化賞受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月21日 社会・文化 「石川県教育工学研究会」が金沢で発足した。小中高校の教師が中心となってつくったもの。設立総会で会長に県教育委員中野巳之吉を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 6月22日 社会・文化 北陸3県で最も早くできた日本キリスト教団金沢教会(広坂1丁目)の創立90周年記念伝道集会が21、22の両日開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月1日 社会・文化 国道8号線と東大通りの交差点一帯を「鳴和広小路」と名づける命名式が鳴和1丁目のガソリンスタンド構内で行われた。住民により名づけられたもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月9日 社会・文化 粟崎海水浴場が今夏から姿を消すことになった。同海水浴場は4年に電車が運転されるようになってからにぎわったが、昭和40年を過ぎてから客足も減り、金沢港開港も近くなったので閉鎖することにしたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月12日 社会・文化 「石川県満蒙開拓者慰霊碑」の除幕と法要が野田山の旧陸軍墓地境内で営まれた。全国でも初の慰霊碑で、中西知事、徳田市長らも参列した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月12日 社会・文化 金沢大学金沢城学術調査団が、兼六園から二の丸へサイホンの原理で水を引いていた辰巳用水の吹き出し口を発見した。場所は二の丸、現法文学部前の極楽橋のたもと。1.8メートル四方、深さ1.9メートルの石積みになっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月18日 社会・文化 卯辰山風致地区内にモテルを建設することに反対している山の上町の町会代表が市と県を訪れ、絶対に阻止してほしいと380人の反対署名簿を提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月21日 社会・文化 41年から4年がかりで改築していた三馬小学校が完成、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 7月27日 社会・文化 市教委の林間学校が始まった。これまで卯辰山と野田山で開いていたが、環境が悪化したので今年から俵小学校グラウンドで行うことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月6日 社会・文化 卯辰山風致地区内におけるモテル建設計画について、建設反対で世論の高まりと申請者の理解で建設計画は中止され、敷地を適正価格で市が買収することで円満解決した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月7日 社会・文化 安原、打木、二塚地区では工場の進出など急激な都市化のためここ数年、地下水の水位が目立って低下し、古い浅井戸は限界に達し、上水道敷設の意見が出始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月9日 社会・文化 竪町商店街の日曜歩行者天国が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月19日 社会・文化 橋場町の上田静子(祖先が横山家に仕えた禄高400石の武士)が加賀藩下級武士の実態を物語る古文書221点を県郷土資料館へ寄贈した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月20日 社会・文化 5年間かかってできた”大徳郷土史”の発刊記念式が大徳農協で行われ、約100人が出席した。(編集委員長太田政一、委員福田弘光、森戸与吉ら) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月23日 社会・文化 片町の歩行者天国が行われ、延べ14万人が、6時間だけの天国を楽しんだ。心配された市内の交通混乱はあまりなかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月25日 社会・文化 金沢中央ライオンズクラブ地域改善委員会の委員らが鞍月用水沿いの20町会の町会長を訪ね、「用水にゴミを絶対に流さないよう」協力を呼びかけた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 8月29日 社会・文化 近く内川ダムの湖底に沈む内川小学校堂分校で”お別れ式”が行われ、2学期から三馬小学校に通う13人の児童が分校をあとにした。式には徳田会長ら約50人が出席した。堂分校は明治18年石川郡四番学区町村立地黄煎小学校巡回授業所として開設され、85年の歴史を持っていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月1日 社会・文化 日本電工金沢工場(鳴和町)が建設を急いでいた小型電気炉3基の集じん装置が完成し、試運転が行われた。工費1億2,000万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月3日 社会・文化 3月末明から加賀地区に雷をともなった集中雨があり、午前9時までに金沢で81.5ミリ、医王山で86ミリとなり、金腐川と鞍月用水が一部であふれ、床上浸水8戸床下浸水226戸、道路の冠水8か所の被害が出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月8日 社会・文化 久留勝が死去。67歳。医学に貢献。第3回(24年)市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月9日 社会・文化 竹多爲治(片町2丁目)の私財寄付によって設立された財団法人竹多教育文化財団が県教委で認可され、初の理事会を開き正式にスタートした。理事長竹多爲治。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月12日 社会・文化 味噌蔵町小学校の新校舎が完成、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月21日 社会・文化 「火力発電所公害に反対する各種団体連絡会議」の代表が今井県議会議長に署名簿をそえ反対請願書を提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 9月25日 社会・文化 県が発表した「44年度県公害調査報告書」によると、犀川、浅野川など河川、用水の汚濁進行に加えて大気汚染も進み、”初期公害”の段階に入ったことが明らかになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月1日 社会・文化 第11回国勢調査実施。金沢市は世帯数9万9,828、人口36万1,379人(男17万4,918人、女18万6,461人)であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月3日 社会・文化 県美術館が日本茶道美術シリーズ展を企画、その第1回として「名釜と茶器」秋期特別展を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月5日 社会・文化 県営内川ダムによって3年後に水没する堂町の閉町式が内川小学校堂分校の校庭で行われ、中西知事、徳田市長ら約150人が出席。堂町は約600年の歴史を閉じた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月8日 社会・文化 宿日直全廃を要求する県教組と県高教組が県教委と交渉した結果、11月1日から土、日曜日、祝日、年末年始の特別休暇の宿日直を廃止するなどの点で合意、両教組とも12日からの実力行使を回避することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月18日 社会・文化 思想家鈴木大拙博士の生誕100年記念式が、博士の生誕地本多町3丁目に建てられた記念碑の前で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月23日 社会・文化 今年度第1回の市伝統環境保存委員会が市役所で開かれ、金沢市木に”梅”を選定し、市民にも梅を育てるよう呼びかけることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 10月28日 社会・文化 紫錦台中学校の校舎落成式が行われた。(総工費1億8,328万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月3日 社会・文化 第24回金沢市文化賞と45年度産業功労賞の贈呈式が行われた。文化賞受賞者は山本外吉(学校教育振興)と寺井直次(漆芸)、産業功労賞は越馬徳治(織物機械)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月7日 社会・文化 ”オールド・カナザワ”の夜の代表であった香林坊の”仙宝閣””メトロ”が6日夜限りで閉店した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月9日 社会・文化 越沢宗見(本名太助)が死去。85歳。金沢生まれ。明治、大正、昭和の3代にわたって県の茶道文化につくした。第10回(31年)市文化賞受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月12日 社会・文化 新築された金沢刑務所(田上町)へ旧刑務所から579人が引っ越した。明治40年以来63年間の赤レンガ時代が終わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月16日 社会・文化 高尾城跡(高尾町)が北陸高速自動車道建設の土取り場となり、土塁などが消滅したことに関し県教委は、日本道路公団高速道路金沢建設局に対して土取り工事を一次中止することを申し入れ、同局もこれに応じた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 11月22日 社会・文化 馬場小学校創立100周年を記念してつくられた同校卒業生徳田秋声、泉鏡花、尾山篤二郎の文学碑の除幕式が行われた。筆は川端康成。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月1日 社会・文化 旧金沢刑務所の正門が愛知県犬山市の「明治村」に移築、保存されることが内定した。(市が明治村へ無償譲渡する) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月9日 社会・文化 県私立学校審議会が県庁で開かれ、席上、石原堅正会長の任期満了にともない新会長に番匠鉄雄を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月16日 社会・文化 任田新治が死去。61歳。40年参院選で石川地方区から当選(自民党)。43年から参院農林水産委員長をつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月19日 社会・文化 ベートーベン生誕200年記念の「荘厳ミサ曲」金沢公演が観光会館で、大阪フィルハーモニー交響楽団(指揮朝比奈隆)と地元合唱団の共演で行われた。また20日には「第9交響曲」が披露された。ことしで7回目。県合唱連盟創立10周年記念公演であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月20日 社会・文化 番匠鉄雄が市教育委員長(2期目)に就任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月21日 社会・文化 10月1日の国勢調査による市の人口動態が発表された。旧市の人口が初めて4.62%減り、逆に新市域が35.89%の増加率を示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月24日 社会・文化 枯死した兼六園の名木「ケンロク菊桜」が切り取られ、推定250年の樹齢を閉じた。(近くに2代目菊桜が植えられている) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十五年(1970) 12月30日 社会・文化 市立中学校長会が、これまで禁止していた生徒の長髪を来年から生徒の自主的な判断にまかせることにした。時代の流れに応じたというのがその理由である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月8日 政治・経済 市の臨港消防署(大野町)が開署した。(署員12人) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月11日 政治・経済 金沢港にフィリピン貨物船が入港、ラワン材の荷揚げが行われた。フィリピン船の入港は北陸地区では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月11日 政治・経済 市は協同組合「加賀友禅染色団地」に公害防除施設資金融資制度を適用、最高限度額の500万円を融資することにした。同制度(43年施行)適用の第1号。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月17日 政治・経済 市が45年度から設けた民間駐車場設置に対する融資制度が、横安江町商店街振興組合と近江町駐車場設置共同組合に初めて適用されることになった。融資額はそれぞれ最高額の3,000万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月19日 政治・経済 ミョウガの産地辰巳地区でミョウガ竹の電熱栽培に成功、初出荷した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月23日 政治・経済 市農業委員会の報告書によると、37年から9年間に市内で245戸の農家が離農、その半数は離村してサービス業、建設業などに転職していると報告されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月25日 政治・経済 市内のデパート、スーパー、専門店など41団体、11企業でつくっている金沢消費問題協議会が正しい商人道をとりもどす“モラル向上宣言”5か条を決めた。5か条は適正表示の徹底2か条、不当表示の禁止3か条となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月27日 政治・経済 北陸自動車道金沢西インターチェンジの流通センター用地として県が先行取得する森戸町、神野町、矢木町の用地6万2,256平方メートルの売買に関する覚え書き交換が県企画開発部長室で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月3日 政治・経済 犀川総合開発事業の一環である市営新辰巳発電所の通水式が行われた。(総工費11億5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月7日 政治・経済 県知事選、参院石川地方区補選、市長選の投票が行われ、即日開票の結果、知事当選中西陽一(自現)29万8,086票、参院補選当選島崎均(自新)24万2,434票、市長選当選徳田與吉郎(自現)9万299票であった。徳田市長は10日就任(3期目)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月16日 政治・経済 市は、老齢年金制度による年金支給を5月から実施することに決めた。支給を受けるのは明治39年4月2日から同44年4月1日までに生まれた525人で支給額は年額6万円である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月22日 政治・経済 金沢外環状線の建設計画が決まった。(3月、県都計審によって正式決定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月24日 政治・経済 市内でも汚い川の一つ雀谷川の砂防工事(有松から泉野4丁目間、約1,300メートル)が完成、川はプロック護岸となった。事業費6,600万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月24日 政治・経済 市の46年度当初予算案が発表された。総額283億712万円。うち一般会計156億400万円(前年度当初比27.9%増)、特別会計59億5,307万円、企業会計は67億5,005万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月1日 政治・経済 犀川と浅野川の水質規制が、県公害防止条例に基づいて実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月6日 政治・経済 市庁舎の本館増築2期工事が完了、落成式を挙げ、徳田市長らがテープカットして入り初めをした。市議会もこの日から新装の本会議場で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月10日 政治・経済 徳田市長が北鉄の竹内社長に、金石線(中橋-大野間)の9月以降廃止に同意することを正式に回答した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月13日 政治・経済 米の減反対策として鞍月農協の16戸の農家が、今月からプリンスメロンの温床栽培を大々的に始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月19日 政治・経済 当初市議会の最終日、収入役に山中巖(市企業管理者)を選任して閉会した。(山中収入役は4月1日就任) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月25日 政治・経済 「河北潟周辺地区広域営農団地農道建設促進同盟会」が市、津幡町、宇ノ気町の1市2町が参加して発足した。会長徳田金沢市長。延長15.9キロの建設計画。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月26日 政治・経済 日本電工金沢工場はマンガン粉じん防止対策として、昨年9月から着工していた大型電気炉2基と反応炉1基に集じん装置を取り付ける工事が完成し運転を始めた。約3億円を投じたことになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月30日 政治・経済 市営辰巳発電所が営業運転を開始した。(電力は北陸電力に売却され、8,700万円の売り上げが見込まれている) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月1日 政治・経済 市公害センターが発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月2日 政治・経済 広坂消防署神田出張所が完成、所員10人と消防車2台が配備された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月10日 政治・経済 鞍月農協の共同育苗センターが出来上がり、落成式が行われた。県内初の大型共同育苗施設で、工費1,504万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月11日 政治・経済 県議会議員選挙が行われ、即日開票。金沢選挙区(定数15人)の当選者は次のとおり(得票数順)。今井源三(自現)、米沢外秋(自現)、原俊道(共新)、金原博(自新)、呉藤憲治(公新)、荒木実(民新)、吉田長久(自現)、奥村弘(社現)、西森金市(自新)、池田健(社現)、駒井志づ(自現)、小間井与一(自現)、島村隆(社新)、川島重男(無新)、清谷博文(自現)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月17日 政治・経済 電電公社の金沢駅西方面電話地下道工事(尾張町-長田町間1.5キロ)が完成した。(12月10日参照) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月18日 政治・経済 県植樹祭がキゴ山(小豆沢町)で行われ、アカマツ苗600本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月25日 政治・経済 金沢市議会議員の選挙は投票の結果、次のとおり当選者が決定(得票数順)。河口健吾(自現)、吉田勉(自新)、浅井茂人(共元)、奥清一(自新)、杉浦常男(共新)、村池久一(社現)、鴻野博司(自新)、橋場喜義(自現)、甚田寛一(自現)、中村利吉、(自新)、中川哲夫(自現)、酒尾孝之(自現)、鳥居信吉(公現)、北元喜雄(自現)、室井光栄(自現)、館常雄(公現)、白沢浩(自新)、松永敏(無現)、油谷外郷(自現)、山本利夫(社新)、蚊戸助吉(社現)、新保仁次郎(自元)、中村外次(自現)、長井賢誓(自現)、喜多美由喜(自現)、池田外作(自現)、梅田武一(社現)、神川利男(自現)、上野勝正(自現)、平田誠一(社新)、白沢実(社現)、玉作小一郎(自現)、滝尾照士(自現)、荒木吉久(自現)、村中博明(自現)、殿村武久(自新)、勝田三郎(自新)、鈴木忠作(自現)、米田正一(社現)、末岡尚(自新)、上田孝三(社現)、小田波理一(自現)、深美政一(自現)、中野光弘(民新)。以上44人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月28日 政治・経済 県内で初めて交通公園が神田3丁目に「神田交通公園」の名称で設けられた。市が43年から3年計画でつくったもの。工費1,800万円。8,800平方メートル。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月7日 政治・経済 市に初めて道路清掃車が入った。(価格は645万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月8日 政治・経済 北陸3県で初めての特殊化学車(高発泡車)が市消防本部に配備され、県消防学校(畝田町)で発泡試験が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月10日 政治・経済 磯部町地内の浅野川に架かる磯部大橋が完成した。長さ46.8メートル。(工事費3,310万円) 金沢の百年 昭和続編
    (1971) 5月10日 政治・経済 奥卯辰山健民公園に造られた“ベルギー庭園”の植樹式が行われ、特派大使シュバルリ男爵らが出席、記念にポプラの木3本を植樹した。 0
    昭和四十六年(1971) 5月15日 政治・経済 市は46年度に100ヘクタール、21ヵ所の分収造林団地に、事業費7,500万円で植林する計画を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月17日 政治・経済 臨時金沢市議会が開かれ、議長に玉作小一郎、副議長に中村外次を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月18日 政治・経済 広域行政圏の設定を前提とした、石川中央広域行政機構(2市8町5村)の参加15市町村長が金沢市役所に集まって設立総会を開いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月19日 政治・経済 41年度から総事業費約4億7,100万円で進められていた才田地区の県営圃場整備事業がこのほど完成した。236.9ヘクタール。(25日完工式) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月24日 政治・経済 近畿日本鉄道(大阪市)が香林坊再開発ビルにキーテナントとして入居する方針を決め、近鉄側から金沢都市開発準備会社へ正式に申し入れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月1日 政治・経済 金沢市の八田農協は、45年度の全国農協貯蓄優秀組合E組で全国一に選ばれ、その表彰式が農林中央金庫金沢市所で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月11日 政治・経済 県が、市の南部丘陵(野田山、高尾、額)、東部丘陵(御所、小坂)、卯辰山(奥卯辰山)の計1,598ヘクタールを風致地区に追加指定する方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月14日 政治・経済 百万石まつりの見物にブラジルのポルトアレグレ市のフロレンス市長、エレナ・トンプソン夫人ら一行5人が金沢を訪れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月17日 政治・経済 源助大根の品質向上は種の統一からと、金沢農業改良普及所が戸室清水町の実験ほ場で採種栽培をしたところ、砂丘地での採取の5倍から10倍の収量を得た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月18日 政治・経済 第4回金沢港環境規制協議会で、同港工業用地から排出される産業廃棄物の処理対策の行きづまりが新しい課題として提示され、県は産業廃棄物対策協議会(仮称)を設置することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月21日 政治・経済 市の都市計画道路若宮・涌波線(旧三口新線)の鱗町・片町間650メートルが完成、鱗町交差点で開通式が行われた。昭和5年、はじめて富本町・三口新線として都計道路に策定されてから41年ぶりの貫通である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月27日 政治・経済 第9回参院議員通常選挙の投票が行われ、即日開票の結果、石川地方区で嶋崎均(自民)が23万9,269票で当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月3日 政治・経済 海岸浸食がはげしい専光寺浜の健民海浜公園海水浴場をもとの姿にもどそうと、県は今年度から2年計画で専光寺浜の沖合に“離岸堤”を築くことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月5日 政治・経済 協同組合金沢ランバーリング(11社加盟)共同工場の起工式が、東蚊爪地内の木材工業用地で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月9日 政治・経済 市は、医王山系を“太陽と緑”の自然スポーツ公園にとの構想を固め、47年度から総事業費7億円を投じて開発する方針を固めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月9日 政治・経済 通産省繊維雑貨局が、県繊維会館に北陸3県の繊維関係者約200人を招いて、対米繊維輸出自主規制実施に伴う救済特別措置の実施要領などを説明した。席上、石川県への長期低利融資は68億8,200万円であることを明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月13日 政治・経済 県産米2,000トンを積み込むため、金沢港輸出第1船出港記念式が金沢商工会議所で、中西知事、江川助役らが出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月17日 政治・経済 武蔵第2街区開発ビルの専門店床を管理する「株式会社武蔵開発」の設立総会が金沢商工会議所で開かれ、正式に発足した。会長佐藤英雄(丸越社長)、社長岡秀男(武蔵第2街区再開発組合理事長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月17日 政治・経済 金沢市中央卸売市場は開設5周年を迎え、年間取扱いは開設以来20%伸びて12万6,000トン、金額にして188億円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月17日 政治・経済 金沢駅西土地区画整理事業の起工式が古川工業跡地で、中西知事、徳田市長らが出席して行われた。(総事業費80億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月19日 政治・経済 県営大桑団地(3か年計画、330戸)の起工式が行われた。(事業費約10億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月2日 政治・経済 七曲町地内の浅野川に架かる七曲橋が完成した。長さ24メートル。(工事費700万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月12日 政治・経済 日中国交回復石川県民会議の結成総会が観光会館で開かれ、学者、文化人、経済人ら約400人が集まった。代表委員守友友範ら6人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月25日 政治・経済 県織物構造改善工業組合の織物構造改善部会で「これまでは設備、生産の拡大の方策をとってきたが、今後は縮小均衡の方向転換をしなければならない」との意見が出、現在進行中の織物構造改善事業3か年計画の再検討を迫られた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月27日 政治・経済 牛肉などの輸入自由化反対の県内関係団体代表者会議が県農業会館で開かれ、30日に東京で開かれる自由化反対全国生産者大会に15人の代表を送ることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月30日 政治・経済 円の変動相場制移行などめまぐるしい国際経済の動きに対応して、県織物構造改善工業組合が繊維非常対策特別委員会をスタートさせ、また、金沢商工会議所が不況対策協議会の設置を決めるなど、県産業界はドルショック、円切り上げ対策に動き出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月1日 政治・経済 押野・安原地区15町の地籍調査が終わり、町名変更が実施された。地籍調査に伴う町の区域変更はこれが初めてで、「イ、ロ、ハ」「甲、乙、丙」「字」などが廃止される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月1日 政治・経済 市は敬老の日に、初めて85歳以上のお年寄りに1万円の敬老福祉金を支給することにした。(対象者876人) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月2日 政治・経済 県営内川多目的ダムの定礎式が小原町の作業現場で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月6日 政治・経済 民社党県連の東木会長らが県の佐藤経済部長を訪ね、県の繊維業界の雇用対策について労働債権を最優先せよと要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月7日 政治・経済 県公害対策審議会の金沢火力問題小委員会が、金沢・河北地区に対する県独自の硫黄酸化物の環境指導基準を国の基準(0.05PPM)より4割きびしい0.03PPMに決めた。これは将来0.02PPM以下に近づけるよう努力するとの条件がつけられている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月7日 政治・経済 社会党県本部の守友委員長らが中西知事に会い、金沢火力、能登原発の建設に反対すると申し入れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月8日 政治・経済 公明党県本部が県本部大会を開き、新書記長に金沢市議館常雄を選び、金沢火電建設反対、日中国交正常化など大会決議をした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月9日 政治・経済 市は同市選出県議を招いて政策懇談会を開き、47年度国・県予算編成に当たっての協力を求めた。北回り新幹線、金沢駅高架化、金沢港線、河北潟周辺大規模農道、屠畜場、重度心身障害者施設と養護学校、国体のための競技場、国際見本市の53年度開催など7項目を重点政策としている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月13日 政治・経済 金沢港振興協議会が発足した。会長は金沢商工会議所会頭吉田次作。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月18日 政治・経済 共産党県委員会の田中委員長らが中西知事に対し、環境指導基準を0.02PPMにすべきだと文書で申し入れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月19日 政治・経済 香林坊再開発ビル計画は核店舗(キーテナント)の近畿日本鉄道(大阪市)との交渉が打ち切られ、新たに地元の大和百貨店が浮かび上ってきた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月20日 政治・経済 市議会が自民・社会・公明3党の共同提案で「日中関係の正常化を求める政府への意見書を採択したのは初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月1日 政治・経済 市道二万堂線の横川交差点と御影大橋間2,530メートルと、東大通りの中島橋―鳴和交差点間1,700メートルに、市道の幹線道路では初めての自転車道が完成、供用が開始された。歩道(車道側)に1.7メートル幅でつくられている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月4日 政治・経済 金沢市とベルギーのゲント市との姉妹都市提携調印式が、午後6時(日本時間5日午前3時)ゲント市役所の迎賓館で行われ、徳田市長とG.バンデンタール市長が署名、調印した。調印式には中西知事も立ち会った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月12日 政治・経済 市議会厚生常任委員会が、累積赤字をかかえる市立病院に関し、市側に抜本的な経営再建案を急ぎ作成するよう要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月18日 政治・経済 県営内川ダムから市の上水道水10万トンを取水する内川導水路工事の起工式が山川町地内の坑口近くで行われた。小原発電所下流の取水ダムから犀川浄水場までの2,289メートルの導水管を敷くものである。(工事費3億8,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月20日 政治・経済 国鉄金沢貨物基地ができ上がり、基地内で開業式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月29日 政治・経済 津田駒工業がこのほど100人、北陸機械工業が250人の退職希望者を求めることをそれぞれの労組側に提案した。労組側は反発、提案の撤回を申し入れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月30日 政治・経済 北米産グレープフルーツが市内の店頭に1個80円から120円で小売された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月1日 政治・経済 中国広州交易会で、中国産レンコンを買いつけるため参加した小坂農協長の山田安隆が、500キロ(約1,000本)のレンコン商談を成立させて帰沢した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月2日 政治・経済 石川製作所が11月から生産1割減、臨時工100人の整理など、鉄工不況に備える経営策をとった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月7日 政治・経済 駅西を貫通する港線(50メートル道路)の駅側220メートルが完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月9日 政治・経済 県営内川ダムに関連した事業である治水用導水路(大桑町地内)の起工式が行われた。これは浅野川の洪水を犀川に分流するものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月19日 政治・経済 加賀産業開発道路(金沢―加賀市間延長35キロ)の起工式が小松市内で行われた。今度着工したのは金沢市有松―小松市軽海間21.4キロである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月22日 政治・経済 市は、模写電送装置で本庁と金石支所を結び、戸籍や証明などを同支所でも公布できるようにした。今後3か年で全支所・出張所を同様にシステム化する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月26日 政治・経済 モデルコミュニティ地区に指定された寺町台の住民と、自治省、市の三者対話集会が城南公民館で開かれ、約60人が出席した。話は施設面に力が入った。市は今年度から8か年、総事業費3億5,000万円をかけて推進する方針である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月10日 政治・経済 北陸電通局が工事を進めていた大手町―長田町間の電話地下道が4年ぶりに完成した。全長2,320メートル。“モグラ工法”を初めて北陸で採用した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月12日 政治・経済 県公害対策審議会の金沢火力発電所問題特別委員会が中西知事に対する答申案を決めた。原案では、環境濃度(硫黄酸化物)を年平均1時間値0.03PPM以下に維持するため、北電に建設計画変更を求めている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月12日 政治・経済 第1回県肥牛共進会が西金沢家畜市場で行われ、42頭が出品され、競り市にかけられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月13日 政治・経済 県公害対策審議会の金沢火電特別委員会が答申原案を決めたことに対し、「金沢火電の建設に反対する各種団体連絡会議」が反対闘争をもり上げる方針を決め、県公害環境部長らに抗議した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月18日 政治・経済 河北潟干陸農地を市の沿岸農家に配分するよう要求していく市河北潟干陸地対策協議会が発足、川北、大場、八田、才田、花園、小坂地区の農業関係者約50人が集まり、会長に今井源三を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月20日 政治・経済 野々市町町議会で町長中島栄治が、「金沢市との合併、編入は自然であり、当然である」とこれまでの主張より一段と積極的な態度を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月25日 政治・経済 国道8号線金沢バイパスの“金石高架橋”が藤江町地内の交差点に完成、10時から供用した。(延長218.4メートル、幅10.5メートル、2車線) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月28日 政治・経済 公正取引委員会が、金沢市にかかわる独禁法違反併合審判事件について、審判手続きを打ち切ることの決定を下した。市が1社独占の弊害を防ぐ措置をとったためである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月10日 社会・文化 市教委は46年度から5年計画で、冬期暖房用として石炭コークスストーブを使用している小中学校を、すべて石油ストーブに改めることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月10日 社会・文化 午後8時10分ごろ、三池町の日本冶金工業金沢工場の第2鋳造工場内の鋳型乾燥炉が爆発、半壊した。この事故が原因で工員1人が11日に死亡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月10日 社会・文化 市の城北市民体育館(鳴和中グラウンド横)の落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月14日 社会・文化 東山3丁目の大西繁が昨年6月、新型自動車エンジンの開発に成功したが、今度は燃料系統を総合的に改良した自動車エンジンを開発、試作第1号車を作った。東大生生産技術研究所での走行テストの結果、有毒排気3成分がそれぞれ5分の1から2分の1に減少できることが実証された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月14日 社会・文化 市教委が“自閉症”児童を教育する通級制の特別教室を新年度からつくることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月20日 社会・文化 石川県地方の1月は天気続きで、1日から19日までの日照時間が平年(38.3時間)の約2倍69.0時間で、金沢地方気象台始まって以来の記録。降水量も平年(204.3ミリ)に対し85.3ミリの少なさである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月20日 社会・文化 中村町小学校が、東京で開かれた第11回交通安全国民総ぐるみ運動中央大会で「交通安全優良校」として表彰を受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 1月25日 社会・文化 児童館を併設した大野町公民館が出来上がり、完成祝賀会が開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月3日 社会・文化 ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団(ボスコフスキー指揮)の「ウィンナワルツの夕べ」が観光会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月4日 社会・文化 消雪のための地下水使用が増えたためか、井戸水を利用していた潟津小学校の井戸が減水、水不足のため給食をすることができなくなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月4日 社会・文化 北電の金沢火力発電所建設に反対する各種団体連絡会が観光会館で「金沢火力発電所建設反対県民大会」を開き、約1,200人が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月5日 社会・文化 県教委がまとめた「生涯教育を基礎とした長期教育計画の基本構想(試案)」を審議する生涯教育懇話会(座長番匠鉄雄)が発足した。委員は25人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月10日 社会・文化 県衛生研究所の調査によると、41年度から市内6か所で硫黄酸化物濃度を測定した結果は、6か所平均で41年度0.17ミリグラム、42年度0.19、43年度0.25、44年度0.37ミリグラムで、3年間で2.18倍になっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月18日 社会・文化 旧金沢城の国重要文化財ナマコ塀(金大本部裏)下の石垣高さ約2メートル、幅10メートル、奥行き2メートルにわたって崩れ落ちているのがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 2月24日 社会・文化 金大名誉教授伊藤武雄が死去。75歳。35年退官まで四校、金大の教職にあった(ドイツ文学)。第1回(23年)市文化賞受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月4日 社会・文化 37年に本尊を焼失した東別院本堂の新しい本尊として、野町2丁目の徳竜寺から、約1,000年前の作といわれる阿弥陀如来像が別院仮本堂に移された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月5日 社会・文化 金沢公共職業安定所がこのほど、管内の金沢市、松任市、石川郡、河北郡内の92中学校、8施設を対象に中卒者の就職状況をまとめたが、262人の就職希望者に対し600事業所から5,300人の求人があり、約20倍の“金の卵”ぶり。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月7日 社会・文化 石川県自然保護協会の発会式が県社教センターで開かれ、中西知事をはじめ約130人が出席した。会長は金大理学部助教授木村久吉。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月15日 社会・文化 金沢大学大学院法律学専攻(修士課程)が正式に認可された。(4月1日発足) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月25日 社会・文化 スポーツ少年団のリーダーを養成する「第1回北信越ブロックスポーツ少年大会」が県体育館で、石川、富山、福井、新潟、長野の5県から関係者約300人が参加して3日間の大会の幕を開けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月28日 社会・文化 初代杵屋六以満、望月太満17回忌追善の長唄囃子杵望会が観光会館で開かれ、杵屋六左衛門宗家、望月太左衛門家元、藤舎秀蓬師らの補導、特別出演、地元各師匠の特別出演、2代目六以満・太満ら杵望会こぞっての出演で大がかりの舞台となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 3月29日 社会・文化 37年に焼失した真宗大谷派金沢別院の新本堂が9年ぶりに再建され、入仏法要が大谷光暢法主を迎え盛大に営まれた。全国から門信徒2万7,000人が参列した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月1日 社会・文化 石川県農業短期大学(学長渡辺庸一郎、野々市町)が開学した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月7日 社会・文化 県内で初めての“緑化モデル地区”となる宝町、金大附属病院前通りの街路整備がこのほど完成、中西知事、徳田市長らがイチョウの木を記念植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月8日 社会・文化 市立保育所では初めての3歳未満児の専門保育所若草乳児保育所(平和町)の入所式が行われ、38人の乳幼児が入所した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月8日 社会・文化 県指定名勝「玉泉園」と「紫雲山苑」が、所有者の西田儀一郎(小将町)から財団法人西田家庭園保存会に寄贈され、有料で一般に公開(6月1日)されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月8日 社会・文化 市教委は、国立金沢病院小児科病棟に小立野小・紫錦台中のすみれ台分校を開設した。小児科病棟内の「病弱児学級」は県内で初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月9日 社会・文化 洋画家高光一也(北間町)が46年度芸術院賞受賞者に決定、文部省から発表された。県内在住者の受賞は陶芸の故北出塔次郎についで2人目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月10日 社会・文化 鱗町交差点に横断地下道が完成、地下道入口で開通式が行われた。(事業費3,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月18日 社会・文化 金大法文学部に今年度から日本海文化研究室(主任同学部教授佐口透)が発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月23日 社会・文化 日本現代工芸作家協会(会長山崎覚太郎)がこのほど役員改選を行い、北陸地方から理事に小松芳光、大樋年朗(以上金沢)、横山白汀(井波)を選任した。北陸から役員が出たのは初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 4月24日 社会・文化 全国金属石川地本加盟の21組合(津田駒、北陸機械など)が無期限ストに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月1日 社会・文化 重要文化財成巽閣の壁やふすまの痛みがはげしいので、文化庁は350万円の予算で今月から修理を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月4日 社会・文化 市内の貸本屋は一昨年組合を解散、現在は最盛期(30年代)の半分に満たない40店前後に減ってしまった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月5日 社会・文化 奥卯辰山健民公園は5月1日で満1周年を迎え、これを記念して遊歩道路ができ上がった。延長1,320メートル、幅3メートル。工費600万円(県市折半)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月10日 社会・文化 金沢地方気象台と石川県が共同でこのほど「石川県災異誌」を再刊した。初版は36年12月。今回は45年までの災害記録を増補した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月11日 社会・文化 過疎に悩む二俣町で新しい村づくりのために、医王山薬草組合(組合員17人)を設立、漢方薬の“朝鮮ニンジン”の栽培を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月12日 社会・文化 戸室別所の水田に高山植物のミツガシワが群生しているのを県自然保護協会の一会員が確認した。ミツガシワはリンドウ科の湿地帯の薬用植物である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月12日 社会・文化 私立学校審議会が、金沢外国語学院を認可することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月24日 社会・文化 午前2時ごろ、金沢経済大学付属星稜高校の木造モルタル2階建て校舎から出火、職員室と2教室延べ350平方メートルを焼いて同2時40分ごろ鎮火した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 5月31日 社会・文化 県医師会の会長安田常男らが県庁を訪れ、県厚生部長に722人の「保険医辞任届け」を手渡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月1日 社会・文化 4月1日新設の額中学校の開校式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月5日 社会・文化 第1回新婚記念植樹(市主催)が卯辰山の睦が丘で行われた。新婚カップル30組と市長が参加し、それぞれノムラモミジと泰山木を植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月17日 社会・文化 金沢美大の移転校舎起工式が小立野の建設地で行われた。(工費約7億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月20日 社会・文化 金沢能楽堂名残りの公演、観能の夕べが金沢能楽堂(広坂)で開かれ、約600人の愛好家で満員となった。佐野正治、渡辺荀之助らによって能「満沖」「乱」が演じられ、狂言「二人大名」一調「勧進帳」などが上演された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月23日 社会・文化 県教委教育長槻木慶雄と県教組委員長三宅良一らが共同記者会見し、県人事委員会で係争中の紛争と金沢地裁で係争中の事件について両者間で和解が成立、これまでの紛争はすべて解消したと発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月24日 社会・文化 海浜環境悪化のため、昨年は金石・粟崎の海水浴場が姿を消し、今年は専光寺浜も浜開きを中止し、金沢の海岸線から海水浴場が姿を消すことになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月26日 社会・文化 国立療養所「医王園」内にできた進行性筋委縮症(筋ジストロフィー)児病棟が開所された。北陸3県では初めての施設である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 6月28日 社会・文化 県医師会についで県歯科医師会も会員301人のうち285人、その他3人の計288人が保険医辞退届けを中西知事あてに提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月1日 社会・文化 県が、公衆浴場入浴料金を大人40円、中人17円、小人10円、婦人洗髪料5円に改訂した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月1日 社会・文化 市健康保険組合(理事長江川助役)が同市医師会長永田良作に対し、同組合の赤字経理状況を説明、従来どおりの料金で保険診療をしてほしいと善処を要望。永田会長はこれを了解、保険診療をすることに同意した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月3日 社会・文化 日本最長で八田町周辺にしか生息しない八田ミミズ(学名ドラウィーダ・ハッタミミズ・ハタイ)が絶滅寸前になっているため、金大生物学教室の助教授定塚謙二らが早急に文献調査をし、秋には生態調査にのり出すことになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月8日 社会・文化 日本赤十字社名誉副総裁三笠宮妃殿下をお迎えして、第7回献血運動推進全国大会が観光会館で開かれ、全国から約2,300人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月26日 社会・文化 24日午前2時ごろから26日にかけて局地的な大雨が降り、天神町1丁目でがけ崩れがあり、ほかにも民家が床下(一部床上)浸水、道路の決壊などがあった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月26日 社会・文化 源太郎川を美しくする会を組織する流域23町会の代表ら30人が材木町公民館で源太郎川の排水公害を一掃する対策会議を開き、流域住民あげて川を汚さない運動を進めることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月28日 社会・文化 大和、丸越両デパートでは今年もカブトムシ1匹150円、スズムシ1匹30円で売り出されている。昨年より2割高であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 7月29日 社会・文化 旧金沢城内で理学部校舎増築工事現場(東照宮跡)から中世の五輪塔がみつかった。水輪2個、火輪1個。少なくとも2基あったものと思われる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月4日 社会・文化 観光会館で開かれた現代幼児教育研究全国大会に三笠宮殿下がご出席になり、「人類最古のシュメル文明」と題して特別講演をされた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月6日 社会・文化 寺町台地区が自治省指定のモデルコミュニティ(近隣社会)に決まった。十一屋・泉野両校下にまたがる4.24平方キロ、人口2万7,300人(7,855世帯)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月17日 社会・文化 ベルギーのボーイスカウト一行16人が金沢を訪れた。富士山ろくの世界ジャンボリーに参加した一行を金沢市が招いたもので、奥卯辰山県民公園の記念植樹や市内見学などを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月20日 社会・文化 第19回全国PTA研究大会が19日金沢で始まり、全国から約6,500人が参加、市内6会場で7分科会が開かれ、20日は全大会を開いて閉会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月26日 社会・文化 高砂大学が開設されてから17期、1,219人の大学卒業生を送り出したが、この9月から高砂大学卒業生に限り定員150人の大学院を開設することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月27日 社会・文化 金沢火力発電所建設に反対する各種団体連絡会議(13団体)が26日、県中央公園で県民集会を開き、27日、同会議の代表7人が県、市、北電石川支店を訪れ、県、市には反対の決議文、北電には抗議文を手渡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 8月31日 社会・文化 73年の歴史を持つ北鉄金石線の運行最終日、徳田市長と中橋町の子供会と老人会の人たち50人が中橋―大野港間を記念乗車して電車との別れを惜しんだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月1日 社会・文化 森本、大場、才田、八田の4小学校が統廃合され、森本小の校名で新発足した。(大場、才田、八田の三校舎は森本小の教場となり、47年3月22日閉校式挙行) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月3日 社会・文化 アフリカのギニア共和国の「アフリカバレー団」金沢公演が観光会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月8日 社会・文化 日本野鳥の会会長中西悟堂(石川県出身)が6、7、8の3日間、県内各地を視察し、8日、「石川県に野鳥を呼びもどす会」の発会式で記念講演をした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月9日 社会・文化 絶滅寸前にあった河北潟周辺のオニバスが、金大教育学部教授熊木義房によって四十万町の同学部四十万農場でよみがえり、みごとな紫色の花を咲かせた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月11日 社会・文化 「森八」(尾張町)の中宮芳枝が、狩野元信作「紙本墨画山水図六尺六曲屏風」一双を県美術館へ寄贈した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月15日 社会・文化 中学生、高校生の「学校拒否症」が増えていると、このほど開かれた県内の学校カウンセラー講座で報告された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月22日 社会・文化 大和デパート裏にあった小橋菅原神社の遷座祭が同町内ホテル横で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月23日 社会・文化 外山雄三指揮による新星日本交響楽団の「100万人との交響楽」が観光会館で開かれた。同楽団演奏は金沢、小松、七尾と石川県を縦断して行われる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月27日 社会・文化 県内で初めての金沢市老人社会奉仕団の団結式が奥卯辰山健民公園で行われ、80人余の老人が参加、黒松2本を記念植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 9月29日 社会・文化 長町の伝統環境保存地区内にプレハブアパートを建てる計画に対し、市伝統環境保存委員会建造物部会が建築の保留を申し出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月2日 社会・文化 市教委がこの夏、市内の教員ら15人に委嘱して市内の城、館、廃寺跡などを調査したが、その結果、遺構が保存されまたは確認できたのは33か所で、文献に見える157か所のうちわずか5分の1に過ぎなかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月4日 社会・文化 県社会福祉会館内に「自閉症治療教室」(新竪町小学校情緒障害児教場、通級制)、「言語障害治療教室」、「弱視訓練室」が開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月11日 社会・文化 プッシュホン(押しボタン式電話機)が各家庭に普及し始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月15日 社会・文化 26年3月1日に設立され20年にわたって県の能楽振興に寄与してきた財団法人金沢能楽会が解散した。能楽堂敷地(広坂)は市が買収、能舞台は県へ移管された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月19日 社会・文化 日本の豆腐のつくり方を学ぶため韓国から技術研修団一行(金華民ら10人)が高井製作所の招待で金沢を訪れ、研修活動を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月23日 社会・文化 上中町に新築された湖南学院の落成式が、法務大臣代理らを迎えて行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 10月30日 社会・文化 「石川県青年団史」の発刊祝賀パーティが金渓閣(尾山神社内)で、約100人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月2日 社会・文化 香林坊2丁目の中川大正印刷会社社長夫妻が午前7時50分ごろ、同社内で死亡しているのが発見された。原因は市企業局がガス管工事を行い、破損したガス管からガスが土中の空洞を伝って家中に充満、寝ていた夫婦が中毒死したものとみられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月3日 社会・文化 第25回金沢市文化賞、46年度金沢市産業功労賞の贈呈式が行われた。文化賞は番匠鉄雄(私学振興)、西村松三郎(加賀蒔絵)、産業功労賞は麻生徳次(織物機械)、三浦孫二(箔業)が受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月14日 社会・文化 「石川県音楽文化協会」が発足した。県内30団体と個人を広く結集したもので他県にも例がない。会長上山南洋(北国新聞社副社長)、理事長石本一雄(県合唱連盟理事長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月17日 社会・文化 夕刻、沖縄返還協定批准阻止の街頭デモを行った金大革マル派学生らがデモ終了後、広坂2丁目の路上で約40分にわたり県警機動隊員らに火炎瓶、発煙筒を投げ、投石を続けた。県内で市街地における火炎瓶騒ぎはこれが初めて。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月19日 社会・文化 沖縄反対闘争の集会が午後5時半から県中央公園で開かれ、約6,000人(主催者発表)が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月25日 社会・文化 旧金沢城の重要文化財ナマコ塀をささえる石積み工事が完成した。崩れた部分は土ばかりで石垣がなく、このため戸室石を大量に運び、3か月間の工事となった。(工事費約1,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 11月28日 社会・文化 県高教組が第31回臨時大会を開き、代議員約160人が出席、日教組加盟を賛成多数で可決した。なお、批准投票は12月10日開票され、賛成多数で日教組加盟を機関決定した。日教組脱退後18年ぶりに再加盟が確定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月2日 社会・文化 田島町のキゴ山に建設する金沢青少年スポーツセンターの起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月9日 社会・文化 県自然保護審議会は初会合を開き、会長に金大名誉教授市川渡を選び、審議会のあり方として自然保護を優先に考えようと話し合った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月11日 社会・文化 金沢工業大学情報処理研究所の開所式と、同研究所に新しく導入された大型電子計算機の始動式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月11日 社会・文化 武蔵町の岡秀男(漆問屋)はその所有する漆関係民具百数十点を県郷土資料館に寄付(11月24日)したが、今回また、土蔵を百万石文化圏江戸村へ寄付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月13日 社会・文化 市企業局は、市営ガス漏えい事故で死亡した中川社長夫妻(香林坊)の遺族に対し2,600万円の補償金を支払うことを決め、遺族と仮調印した。(市議会の承認を得て支払われる) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月15日 社会・文化 全国初の広域ノーカーデーが北陸3県で実施され、幹線道路の交通量がぐんと落ちた。市内幹線道路2区間では午前7時半から8時半までバス・タクシーの優先道路(バスレーン)が実施された。知事はバスで陽風園へ、市長も徒歩で市立病院へ生活保護者を見舞いに出かけた。昼すぎからは平日並みの混雑に戻った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月17日 社会・文化 金沢市校下婦人会家庭教育専門委員会と県健民運動推進会議が住みよい環境づくり推進懇談会を開き、ボンド、シンナー、有害図書などにもっと強い規制を望む意見が出された。また、21、27の両日、補導センター職員とともに街頭の特別パトロールを実施した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月22日 社会・文化 県総務課のまとめによると、来年の正月を海外で過ごす県人は約300人で、前年の2倍、全国では約6万4,000人に及ぶといわれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十六年(1971) 12月23日 社会・文化 市は今年4月から、盲人用テープレコーダーの購入者に最高1万円の助成を行い、16人が適用を受けた。この援護制度は現在、金沢市と神戸市だけである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月15日 政治・経済 アルゼンチン・ブェノスアイレス州ネコチェアから徳田市長に対し、名誉市民証と銀メダルが贈られて来た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月19日 政治・経済 市農業振興地域促進協議会(会長県農業短大学長渡辺庸一郎)が、市の農業地域整備計画を市原案どおり承認した。この計画は4,355ヘクタールの農地を10年間純良農地として守り、総事業費約50億円で土地基盤整備や生産施設を近代化していこうというもので、47年度から実施される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月21日 政治・経済 駅西副都心建設用地の第1号売却調印式が市役所で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月22日 政治・経済 小坂農協が特産「加賀レンコン」と交配させるために中国から輸入したレンコンが同農協に到着し、金市町の特設ビニールハウスに植え込まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月22日 政治・経済 金八線促進期成同盟会(会長徳田市長)が総会を金沢市役所で開き、鉄道建設を保留し、それにかわる新しい道路の建設に取り組む方向転換を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月24日 政治・経済 市は、出勤時の交通渋滞対策として、2月1日から市職員の出勤時間を30分遅らせる時差出勤を行なうことを決めた。午前9時出勤となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月29日 政治・経済 大和百貨店が香林坊再開発ビルのキーテナントとして入居することを決め、金沢都市開発準備会社と香林坊第2防災街区造成組合に対し計画の概要を提案した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月1日 政治・経済 石川県商工会議所連合会と金沢商工会議所が、中西知事と石崎県水質審議会会長に対し、犀川・浅野川水域の上乗せ排水基準設定を、半年ないし1年延長するよう要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月2日 政治・経済 県議会公害対策特別委員会で江坂県公害環境部長が、犀川・浅野川水域の事業所に対する上乗せ排水基準の設定延期の考えがないことを示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月4日 政治・経済 市の都市計画路線外環状線の路線変更を要求している富樫地区住民の代表が徳田市長を訪ね、路線変更が不可能なら移転補償に最善の配慮をしてほしいと柔軟な姿勢を示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月12日 政治・経済 北陸電力の原谷副社長らが県庁で中西知事に会い、金沢火電の公害防止策の改善計画を提示した。計画では金沢市の亜硫酸ガス環境濃度は年平均1時間値が0.02841PPMとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月23日 政治・経済 市が47年度当初予算案を発表した。一般会計186億740万円、特別会計87億6,935万円、企業会計84億2,054万円、総額357億9,729万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月26日 政治・経済 市は、心臓病患者が手術を受けたとき、5万円の見舞金を贈る制度を47年度から新設することにした。県内の市町村では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月1日 政治・経済 金沢スカイホテル(武蔵ヶ辻第2街区再開発ビル内)が正式に設立され発足した。資本金は1億円。社長竹内外茂。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月23日 政治・経済 市は、金沢港の臨港工業地域へ進出を予定している中小企業の早期進出を促進する特別措置(1企業2,000万円限度の低利融資ほか、利子補給もしくは施設便宜供与)を4月から実施することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月28日 政治・経済 県水質審議会(会長石崎有信)が47年度の水質測定計画と金沢市内を流れる犀川、浅野川をアユの住める状態に戻すための環境基準の設定を原案通り承認、中西知事に答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月28日 政治・経済 市消費生活安定対策協議会が市役所で開かれ、市消費者団体連合会代表の委員から「公設市場の設置など消費者行政を推進してほしい」と要望が出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月 政治・経済 市内のタクシーが平均23.7%値上げとなり、基本料金は中型1.7キロメートルで170円になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月1日 政治・経済 県産業開発公社、県有施設管理公社、金沢港開発公社の3公社の業務を引き継ぐ県土地開発公社が新しく発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月1日 政治・経済 市は、同じ業種に8年以上勤めて独立する場合、200万円を限度に長期低利資金を貸与する”のれん制度”を設けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月1日 政治・経済 市は、5課(電子計算課、道路保全課、住宅課、下水道建設課、消防予防課)を新設した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月 政治・経済 市の下水道浅野処理場の高級処理システム1系列が完成、始動した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月9日 政治・経済 キゴ山を中心とする”太陽と緑”の牧場スポーツ公園を47年度から3年計画で完成させるスケジュールが決まった。(総事業費1億3,600万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月12日 政治・経済 国の林業構造事業として末町地内に建設された市森林組合のシイタケ、ナメコ集荷貯蔵場が完成した。(工事費1,320万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月22日 政治・経済 才田町で機械による田植えが行われ、約50人が集まり、経済連森本出張所員らの指導を受けた。10アール当たり2時間で終了した。(才田町では2年前から導入) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月25日 政治・経済 市の第4次上水道拡張事業の起工式が、末町の犀川浄水場建設用地で行われた。県営内川ダムから日量10トンの給水を受けようというもので、総事業費は内川ダムの分担金17億4,600万円を含めて116億円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月26日 政治・経済 金八線総合開発整備促進期成同盟会(会長徳田市長)の設立総会が市役所で開かれ、産業道路の建設、総合観光開発など5つの事業推進を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月28日 政治・経済 市の西部清掃工場(東力町)のゴミ圧縮工場が完成し、完工式を行った。(ゴミ処理能力は1日240トン) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月2日 政治・経済 鉄道建設審議会がホテルニュージャパン(東京)で開かれ、北陸新幹線建設の基本計画が策定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月2日 政治・経済 県が架け替え工事をしていた「田上大橋」が完成、渡り初めの式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月4日 政治・経済 金沢火電の建設可否について、徳田市長が市民各層の意見を聞く聴聞会が市役所で始まった。この日は農業、経済界代表から意見を聞いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月5日 政治・経済 奥卯辰山健民公園に完成したベルギー庭園の開園式が、ベルギー政府代表ドラレーヌ、駐日代表大使パンロワを迎え、約300人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月8日 政治・経済 市議会内に金沢火電公害対策特別委員会が設置された。委員18人。委員長油谷外郷(自民)、副委員長上田孝三(社会)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月10日 政治・経済 東急土地開発株式会社がこのほど、香林坊駐車場用地を買収、香林坊第1防災建築街区造成組合の組合員になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月10日 政治・経済 武蔵第2街区再開発事業の地鎮祭が建設現場で行われた。建設費は約52億円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月17日 政治・経済 市は、6月から老人医療費の公費助成年齢を、これまでの75歳から70歳に引き下げることにした。対象者には所得制限がある。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月20日 政治・経済 県営内川ダムから市内へ上水道用水を引く内川導水路が完通した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月24日 政治・経済 市議会金沢火電公害対策特別委員会が第7回委員会で審議を打ち切り、自民党委員11人が賛成、民社党1人賛成、社会、公明、共産党、無所属合わせて6人が反対で、各党派の意見を併記して議長に提出することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月1日 政治・経済 金沢港木材工業団地への企業進出第1号、協業組合金沢ランバリング(11社加盟)の共同工場が完成、落成式を行った。(総事業費7億3,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月2日 政治・経済 徳田市長が中西知事に対し、金沢火電の公害防止協定骨子案に関する市の見解を文書で提言した。内容は、おおむね妥当と賛意を表しているが、排煙脱硫装置など5つの要望をつけている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月9日 政治・経済 石川県産業展示館が袋畠町に完成、開館式を行った。同時に第10回県機械工業近代化展が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月12日 政治・経済 県内の伝統工芸の相互交流を目的にクラフトデザイン協会(会長新名健吉)が結成され、第1回産地交流懇談会が加賀友禅団地で開かれた。(会員60人) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月15日 政治・経済 市は新しいゴミ埋め立て地を戸室新保地内に決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月19日 政治・経済 新ゴミ埋め立て場建設に反対している俵校下ゴミ対策委員会の代表らが市役所を訪れ、計画の白紙撤回を申し入れたが、交渉は物別れとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月19日 政治・経済 徳田市長が玉作議長に辞職届を提出した。後進に道を譲りたいとしている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月24日 政治・経済 市議会が副議長に新保仁次郎(自民)を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月8日 政治・経済 徳田与吉郎が市長を退任した。代議士1期を除いて市議、市長と通算27年間市政にたずさわり、その間議長もつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月9日 政治・経済 市長選に県議会議員米沢外秋(自民・金沢)が出馬を表明、同党金沢支部へ公認を申請した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月10日 政治・経済 大徳校下連合町会が江川助役に市長選出馬を要請、自民党金沢支部へ江川昇の擁立を申し入れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月14日 政治・経済 市長選に上田正二(大和ハウジング社長)を出馬の意向を固めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月15日 政治・経済 岡良一が市長選に出馬を表明、社会、民社の両党が共闘を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月17日 政治・経済 市長選に立候補を表明した上田正二が公認申請を撤回、出馬を断念した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月17日 政治・経済 横江信秀(前県農協連会長)を市長選に擁立する動きが出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月19日 政治・経済 政府の今年度第2次農業構造改善事業計画設定地区に、石川県では金沢市下安原など県内で3地区が指定された。(実施は明年度) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月27日 政治・経済 金沢市長選が告示され、米沢外秋(自民新)、岡良一(無所属新)、深井寛(共産新)の3人が立候補の届け出をした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月1日 政治・経済 金沢港が、植物防疫法の指定港に認められ、名古屋植物検疫所金沢出張所が開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月6日 政治・経済 金沢市長選の投票が行われ、その結果、社公民推薦の岡良一(無所属新)が8万7,391票で当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月8日 政治・経済 自民党県連の幹事長矢田富雄が県連事務局へ辞表を提出した。また同党金沢支部の支部長酒尾孝之、幹事長油谷外郷、総務会長池田外作も辞表を滝尾照士副支部長に提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月9日 政治・経済 岡市長が就任後初の記者会見で、市長ブレーンの専門委員制度を設けたいと述べた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月11日 政治・経済 江川助役は9日、辞表を提出したが岡市長の強い慰留を受け、現任期中留任を決意し、辞表を撤回した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月19日 政治・経済 三小牛山台地への陸上自衛隊金沢駐屯地部隊の射撃場移転問題がまとまった。周辺市道の舗装、道路の新設など6つの条件が示されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月20日 政治・経済 金沢港戸水ふ頭の岸壁増設工事が完成した。同岸壁は長さ370メートル、水深10メートル、1万5,000トン級船舶2隻の接岸が可能である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月25日 政治・経済 市役所に電算機がはいった。(9月1日から試運転、来年3月から本格使用にはいる)東京の富士通からFACOM230-25型を貸借したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月11日 政治・経済 市が9月補正予算案を発表。岡市長にとっては初の予算案。70歳以上の老人医療の本人1割負担と所得制限の撤廃などが含まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月15日 政治・経済 専売公社金沢工場が米泉町に完成した。(10月2日から操業開始。敷地11万237平方メートル。総工費54億円)同工場の生産量は年間120億本で日本一である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月21日 政治・経済 県都市計画地方審議会が県庁で開かれ、県都市計画課から金沢市市街化区域(7,680ヘクタール)の新用途地域設定計画の説明があった。第1種住居専用地域は全体の13%、同第2種13%、住居35%、近隣商業4%、商業4%、準工業21%、工業5%、工業専用5%となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月21日 政治・経済 福久町で箔団地(敷地4万2,900平方メートル)の造成工事が完了した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月25日 政治・経済 新ゴミ埋め立て場を戸室新保地内に建設することが地元との話し合いによって解決。反対していた俵校下の代表が岡市長を訪ね、2項目の要望実現を条件に地域内設置を了承した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月26日 政治・経済 材木地区の第2次農業構造改善事業が着手され、水田14.8ヘクタールを畑地に転換する工事から始めた。北陸で最大の施設園芸団地を目指している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月30日 政治・経済 石川県の県旗が決まった。石川の文字を能登半島の地形にデザインしたもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月6日 政治・経済 市は文化行政に自由な提言を求める「文化サロン」を設けることにし、第1回会合が市長応接室で開かれた。この日集まったのは13人。メンバーは固定せずそのつど市長が委嘱する。世話人代表は江川助役と浅田次郎。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月11日 政治・経済 ベルギーのゲント市からバン・デン・ダール市長が9日金沢市を訪れ、11日、市役所、県庁などを公式訪問した。市役所では、両市が年1回展示会を開くなど覚え書きに調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月14日 政治・経済 都市計画道路専光寺・野田線のうち金沢バイパスと北安江・八日市線間の延長2,583メートルが開通した。すでに開通している部分を含め金沢バイパスから市道1号線(二万堂線)までの延長3,483メートルが全通したことになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月18日 政治・経済 北陸自動車道金沢西・小松両インターチェンジ間(延長23.2キロ)の開通式と祝賀会が金沢西インター内で行われ、同自動車道全線(米原・新潟間)のトップを切って午後3時、同区間が開通、営業を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月24日 政治・経済 市は、40年度から実施している長期15か年計画を打ち切り、48年度は単年度計画を策定、49年度以降は新長期計画をスタートさせることとし、その策定に当たる「総合計画策定委員会」を設置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月1日 政治・経済 金沢駅の幕内弁当が、200円から300円に値上げされた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月2日 政治・経済 市の施設園芸実験場が、日本海側で初めて秋メロンの栽培に成功した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月4日 政治・経済 金沢港の新しい海図ができ上がり、七尾海上保安部金沢分室に届いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月6日 政治・経済 フランス・ナンシー市のマルセル・マルダン市長ら一行4人が4日金沢を訪れ、6日、市を公式訪問。市長室で岡市長と姉妹都市提携の協定に調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月9日 政治・経済 市選挙管理委員会が次回の衆院選から開票を従来の10開票区から5開票区に改め、投票用紙計数機を1開票区2台に増設することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月16日 政治・経済 市は、来年度から58歳で勧奨退職した職員で引き続き就労を希望する場合、2年間を限度として嘱託として再雇用することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月19日 政治・経済 日ソ知事会議に出席にソ連知事団(団長G・W・バラキン)の一行11人が金沢港などを見学、港公園に松5本を記念植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月24日 政治・経済 菊水町の閉町式が菊水分校で行われ、28戸の住民と岡市長らが出席、同町の長い歴史に終止符を打った。菊水町は集団移転をやめ個人移転をする。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月27日 政治・経済 「金沢みなと会館」(県)が戸水ふ頭横にでき上がり、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月6日 政治・経済 市が12月定例議会に総額21億5,505万円余の補正予算案を提案することを決めた。中には、65歳から69歳までの寝たきりや重度障害の老人に、医療費を支給(無料化)する老人福祉事業が新規に計上されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月10日 政治・経済 第33回衆院選総選挙が行われ、その結果は次のとおり。1区当選森喜朗(自前)7万8,221票、島崎譲(社会新)7万5,120票、奥田敬和(自前)6万7,627票。2区当選瓦力(自新)6万2,897票、稲村佐近四郎(自前)4万9,696票、坂本三十次(自前)4万8,869票。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月16日 政治・経済 県都市計画地方審議会がこのほど開かれ、県原案を認め知事に答申した。これにより、金沢市の市街化区域を8つの用途に区分する新用途地域が明年1月1日から実施されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月22日 政治・経済 国道8号線金沢バイパス(金沢市今町・松任市福留間24キロ)のうち千木町―今町間4.7キロと松任市荒屋柏野―同福留間1.3キロの2車線(一部4車線)が完成、4年2か月ぶりに全面開通となり、今町のバイパス起点で開通式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月23日 政治・経済 日本電工(本社東京)がこのほど、金沢市鳴和町の北陸工場金沢製造所を閉鎖することになり、組合側との交渉も合意に達し、本決まりとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月1日 社会・文化 県立能楽文化会館(石引4)が落成した。(同館は61.4.1県立能楽堂と改称) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月3日 社会・文化 米村貞知が死去。75歳。衛生思想の普及に功あり、第15回(36年)市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月11日 社会・文化 明治44年に誕生した金沢能楽会が「社団法人金沢能楽会」として発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月14日 社会・文化 県立能楽文化会館の落成を祝う祝賀能が開かれ、宝生九郎、英雄父子と地元能楽会の職分による「鶴亀」の演能でこけら落としの舞台を飾った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月20日 社会・文化 午前6時16分ごろ、東山の飲食街の一角から出火、延べ560平方メートルを焼いて同7時56分鎮火した。損害約1,000万円(市消防本部調べ)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月22日 社会・文化 県内高校の各種スポーツ選手権大会は今年から、県高校総合体育大会として、期間を決めて同時に実施することになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月24日 社会・文化 横断報道での人身事故防止対策として、道交法改正に基づき、市内の道路に、横断歩道を前もって知らせる大きなヒシ形の標示がつけられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月24日 社会・文化 日本工芸会など主催の重要無形文化財友禅技術伝承者養成研修会が県社教センターで始まった。3年間で延べ54日間の研修をするものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 1月25日 社会・文化 県教委が、さきに県文化財専門委員会から答申のあった5件について県文化財に指定した。金沢市の江戸村の建造物3棟、民俗資料1,296点が含まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月1日 社会・文化 金沢地方気象台が1月の気象観測データをまとめ、発表した。明治15年気象観測、同20年金沢測候所開設以来の新記録が4つ、タイ記録が1つとなっている。新記録は①平均気温(5.7度)、②降水量(135ミリ)③日最高気温の平均(9.5度)④日最低気温の平均(2.2度)、タイ記録は積雪日数(雪が積もっていた日数)の5日。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月2日 社会・文化 芝原町と東町に県単独の簡易水道事業補助制度による初の共同簡易水道施設が完成した。事業費1,074万円、うち県が605万円助成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月9日 社会・文化 片町の竪町入口付近の横断歩道がスクランブル方式になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月18日 社会・文化 板屋金大教授の研究で辰巳用水の石管接着剤は「松脂」であることが分かった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月22日 社会・文化 大野町小学校の新校舎が出来上がり、落成式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月23日 社会・文化 県内7つの少年補導センターを県警から関係市町へ移す話し合いがまとまり、4月移管と決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月23日 社会・文化 市消防本部は新年度に、ビル火災と人命救助体制を確立するため、スクアート車(屈折放水塔付消防車)を購入するとともに、専任救助隊(機動救助隊)=体長以下14人編成=を新設することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 2月28日 社会・文化 県警の「スクールゾーン」(交通安全区域)のトップを切って小坂町、小坂小学校で3月1日から15日間、試験的に実施されることになり、「交通安全のつどい」が小坂校下スクールゾーン運営委員会の手で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月4日 社会・文化 浦上太吉郎が死去。81歳。社会福祉事業に貢献。第16回(37年)市文化賞受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月8日 社会・文化 北陸開発会社(彦三町2丁目)が同町で建設を予定しているビルについて、隣接する病院長が日照権を主張し、金沢地裁へ不動産仮処分申請を提出した。日照権が法廷で争われるのは石川県では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月12日 社会・文化 市教委が臨時委員会を開き、教員の思想調査について委員長談話を発表、市教委は思想調査を行っていないと公式に表明した。8日の県議池田健の議会質問に答えたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月22日 社会・文化 元金沢市長井村重雄が死去。69歳。開業医から政界に入り、17年市議に当選、22年進歩党から公選初代市長となり、2期市長をつとめ、35年衆院議員に当選、連続3期衆院議員をつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 3月29日 社会・文化 46年11月死去した荏原製作所相談役畠山一清(金沢市出身)の遺族ら3人が県庁を訪れ、故人の遺志として県へ1,500万円を寄付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月1日 社会・文化 南小立野小学校が開校した。(昭和48年3月末まで小立野小校舎を使用) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月1日 社会・文化 石川県警金沢補導センターが金沢市に移管され、「金沢市補導センター」として県福祉会館内でスタートした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月1日 社会・文化 本岡三郎が金沢市町会連合会長に選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月8日 社会・文化 国立療養所医王園の子供たちのために教育の場が設けられ、不動寺小ならびに森本中両校の分校として「若竹学級」が発足した。小学生16人、中学生20人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月8日 社会・文化 県初の特殊学校県立明和養護学校が東山3丁目、元県立向陽高校校舎を学校として開校した。児童生徒数106人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月18日 社会・文化 県教委が、県内の今春中学校卒業生の高校高専進学率が戦後初めて90%を超え、90.6%になったと発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月19日 社会・文化 県内でも魚介類を中心にPCB(ポリ塩化ビフェニール)が蓄積されていることが、県衛生公害研究所の汚染調査でわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月19日 社会・文化 午後2時すぎ、北安江町の製紙会社から出火、製品倉庫960平方メートルを全焼、その他を焼いて同3時30分鎮火した。損害推定約1,000万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 4月25日 社会・文化 県社会福祉会館(本多町)の増改築工事が完成した。特色は自閉症児治療教室、言語障害、弱視など心身症害児の治療訓練教室が開設されたことである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月12日 社会・文化 市が、同市伝統環境保存委員会の要望を受けて、兼六園近くのさいとう旅館に対し、景観と不調和な外装色彩を改めるよう申請した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月21日 社会・文化 社会福祉法人石川県視覚障害者協会の設立と、県社会福祉会館内に完成した点字図書館の開館祝賀会が合わせ同会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月28日 社会・文化 国の天然記念物「妙蓮」で有名な持明院の移転(金沢駅前本町から神宮寺3丁目へ)新築の落慶法要が営まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月28日 社会・文化 石川県音楽文化協会(会長上山南洋)の発会式と、これを記念する第1回県音楽祭が観光会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月28日 社会・文化 金沢市漁業協同組合の漁船員と船主が賃金をめぐって対立、漁業組合側が無期限ストライキに突入した。対立しているのは同漁協船主会(22人)と金石地区漁業労働組合(56人)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月29日 社会・文化 粟崎小学校の新校舎が完成し、移転が始まった。(54年2月22日落成式) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 5月30日 社会・文化 市厚生部が、45年の国勢調査に基づいて市民の平均寿命を算出した結果、男は70.52歳、女は74.84歳と、戦後の20年前と比べて男女とも14.66歳も伸びていることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月1日 社会・文化 金沢医科大学(学長大谷佐重郎、内灘町)が開学した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月2日 社会・文化 大相撲夏場所で優勝、石川県出身として初めて天皇杯を手にした輪島が、花篭親方夫妻とともに郷土入りし、北陸放送会館で祝賀会のあと市内をパレードした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月4日 社会・文化 県ヨット連盟が、県内の小学生を対象に初めて県ジュニアヨット教室を河北潟で開いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月7日 社会・文化 市内で一部地域に残っていた地域集団自動電話(町称地集)が8月までに姿を消すことになった。森本、八田、才田、大場、花園の5農協が採用していた地域で、電話使用が多くなったため一般の単独、共同電話に切りかえる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月22日 社会・文化 中世の奥能登焼き物「珠洲焼」のすぐれた“骨つぼ”が名古屋へ流出しそうになっているのを県郷土資料館が知り、これを買い上げた。つぼは高さ37センチ、胴回り32センチ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 6月29日 社会・文化 加賀象眼の第一人者米沢弘安(玉川町)の彫金技法が文化庁の記録保存工芸に選ばれ、県教委で選択書の伝達式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月6日 社会・文化 柿下正道が死去。71歳。結核の研究と治療に貢献。第20回(41年)市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月18日 社会・文化 岩出町でがけ崩れがあり、現場で須恵器のつぼがあらわれ、調査の結果、約1,500年前のもので、現在までに県内で発見された最も古い様式のものであることが分かった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月19日 社会・文化 昨年3月佐渡で死んだ特別記念物の“トキ”の能里ちゃんをしのぶ歌が、市中央公民館合唱団結成20周年記念公演(観光会館)で、中村外治指揮により、「朱鷺幻想」(宮柊二作詞、橋本力作曲)として披露された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月19日 社会・文化 第1回金沢青少年海外派遣ヨーロッパ訪問団(団長市社会教育課長小池喬)一行20人がヨーロッパへ向け、21日間の旅に出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月23日 社会・文化 今年5月、本町から移植された持明院(神宮寺町)の“妙蓮”がつぼみを着けた。“妙蓮”の国天然記念物指定は同寺が本町から移転するとき解除されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月31日 社会・文化 高校野球北陸大会の代表決定戦で星稜高校が優勝、初の甲子園出場が決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 7月31日 社会・文化 市立図書館で初めて「親と子の読書会」が開かれ、夏休みを機会に読書意欲を高めようと49人が出席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月4日 社会・文化 県政100年を記念してヨーロッパ5か国へ派遣する「青年の翼」(団長県教育長槻木慶雄、150人)の一行が金沢を出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月12日 社会・文化 二俣町で県道を開いた先覚者をたたえる開道記念碑の除幕式が行われた。小松六三郎ら住民が8年に二俣・古屋谷線5.5キロを開いてから40年、主要地方道に格上げが決まった機会に碑を建立したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月15日 社会・文化 古府町のヒビタ遺跡(縄文中期)を、市教委、市都市計画課、業者の話し合いで、宅地造成前に都市公園として保存することが決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月20日 社会・文化 金大医学部の創立100周年を記念して編さんされた「医学部100年史」がこのほど完成、十全講堂改築の医学部記念館の完工とあわせて出版祝賀会が催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月21日 社会・文化 県政100年記念のシベリア姉妹都市親善訪問「石川の船」(団長中西知事、総勢293人)が金沢港戸水ふ頭岸壁から、ソ連船プリアムーリェ号(5,000トン)でナホトカへ向け出港した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 8月29日 社会・文化 イルクーツク市女子バレーボール親善使節団(団長クリスティチェンコら15人)が来訪した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月3日 社会・文化 市立中学校と市立工業高校で、初めて外国人英語教師が今学期から教壇に立った。アメリカ人エドワード・ハートフィールドとジョージア・ハートフィールド夫妻で、任期は来年3月まで。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月4日 社会・文化 長い伝統を持つ市立小学校の連合運動会が、厳しい交通事情で廃止となり、4ブロックに分かれた体育大会に切り替えられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月7日 社会・文化 市の3人の教師がソ連イルクーツク市へ1週間教育視察に派遣されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月7日 社会・文化 麻薬“大麻”が市内にも流れ込んでいることが明らかとなり、7日までに大学生、女性2人を含む9人が大麻取締法違反容疑で検挙された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月8日 社会・文化 寺町3丁目に建設される10階建ての高層マンションで日照権が侵されると、同町会長ら反対の会の代表が市へ設計変更の行政指導を要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月15日 社会・文化 金沢港から900人を乗せた客船「にほん丸」(3,000トン)が韓国へ向けて出港した。観光船の出港は金沢港では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月19日 社会・文化 市が畠山発明奨励基金を創設、今年度からすぐれた発明をした市民に奨励金を贈り、小、中、高校生を表彰することにした。故畠山一清の遺志に基づく500万円を基金に運営される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 9月22日 社会・文化 訪中する田中首相の土産品の一つとして九谷焼の杯(ぐい飲み)700個が海を渡ることになった。日展作家松本佐一(金沢市)が製作した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月1日 社会・文化 市教育長に桑田良夫が選任された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月12日 社会・文化 国立ソビエト交響楽団一行120人が11日金沢入りし、12日、観光会館で公演が行われた。指揮ドミトリー・キタエンコ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月18日 社会・文化 八田町周辺3か所の保育所を統合した市立八田保育所が出来上がり、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月18日 社会・文化 野田山の前田家墓地に移転が完了した五基の墓(13代斉泰、14代慶寧、15代利嗣、斉泰の次女初子、当主利建の弟利国)の完工式と、慶寧の100年祭が行われた。前田家では、京都大徳寺に墓がある利為と夫人渼子を除くすべてが野田山を墓所とすることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月19日 社会・文化 米沢弘安が死去。85歳。弘安は金沢市下新町の生まれ。加賀象眼作家、県指定無形文化財、文化庁記録保存工芸作家。第22回(43年)市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 10月22日 社会・文化 銭屋五兵衛生誕200年を記念して再建された銅像の除幕式が行われ、120回忌法要が宗源寺で営まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月3日 社会・文化 初の「’72石川県デザイン展」が産業展示館(古府町)で始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月3日 社会・文化 第26回金沢市文化賞、47年度金沢市産業功労賞の贈呈式が行われた。文化賞は中川善之助(金沢大学の充実)、中儀延(加賀小紋)、山本力吉(木彫)、産業功労賞は吉田次作(印刷業)が受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月4日 社会・文化 小立野に移転新築した金沢美術工芸大学(学長大沢衛)の落成式が同大学で、約300人が出席して行われた。このあと同大ホールに同窓会が贈った「サモトラケのニケの女神像」(高さ2.75メートル)が除幕された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月6日 社会・文化 「原始から近世までの金沢の文化財展」が市観光会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月11日 社会・文化 県自然保護条例に基づく県内第1号の自然保護地区指定候補地として、医王山山系自然保護地区、犀川上流自然保護地区の2地区(約9,700ヘクタール)を考えていることを県が県議会経済常任委員会で報告した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月14日 社会・文化 管理職選考試験をめぐる県教委と県教組・県高教組との団交が13日から14日にかけて行われたが、両者が3項目で合意に達し、15日早朝に予定したストは避けられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 11月25日 社会・文化 金沢美術工芸大学土曜市民講座の第1回が同大学で開講し、75人の市民が受講した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月4日 社会・文化 金沢競馬場(入江町)が25年の歴史を閉じた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月8日 社会・文化 「本多の森」復元の第一歩として金沢美大跡地の整地作業が始まった。県は4年計画で約4,000本の植樹を計画している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月8日 社会・文化 金沢美大は工芸研究所の非常勤講師として人間国宝の木村雨山、前大峰、氷見晃堂など合わせて10人を委嘱することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月19日 社会・文化 市立図書館に移動図書館車が寄付され、巡回を始めた。この車は市内の4ロータリークラブが寄付したもので、約600冊の図書を積むことができる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月21日 社会・文化 「あすの地域社会を築く住民活動賞」の表彰式が県知事室で行われ、金沢市打木地区など県内3地区代表者に中西知事から表彰状が渡された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月23日 社会・文化 北陸電通局が金沢、小松地域で「ポケットベル」のサービスを始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月26日 社会・文化 5月結成された金沢こども演劇の会“さくらんぼ”(会長野村敏夫)の第1回演劇発表会が県社教センターホールで開かれた。上演は「おじいちゃんのワルツ」と能狂言「佐渡狐」。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十七年(1972) 12月29日 社会・文化 県音楽文化協会の特別合唱団が大阪フィルハーモニー交響楽団の招きで27、28の両日、大阪フェスティバルホールでベートーベンの大曲を発表して帰県した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月1日 政治・経済 47年11月1日現在の金沢市の地価(3.3平方メートル当たり)は次のとおりである(住友銀行金沢支店調べ)=単価万円。粟崎4.5、金石5.0、西念9.0、平和町9.0、円光寺9.0、鳴和11.0、笠舞13.0、緑丘14.0、寺町15.0、石引18.0。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月11日 政治・経済 市内の電話台数は昨年11月末現在で9万1,372台、ほぼ全家庭に普及したとみられ、うち押しボタン式は昨年12月末現在で2,968台となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月12日 政治・経済 県内の物価の値上がりは大幅でインフレの様相をみせている。ガソリン(1ℓ)55円から60円へ、醤油270円から340円へ、理髪料750円から850円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月16日 政治・経済 七尾税関支署が昨年1年間の七尾、金沢両港の貿易実績をまとめた。輸入総量は両港合わせて46万1,241トンで、前年比21%増。金沢港はそのうち16万6,979トンで、前年比75%の急増ぶり。輸出は減少して金沢港はゼロであった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月17日 政治・経済 市は、この夏姉妹都市イルクーツク市で催す計画の物産見本市を取りやめ、日ソ貿易協会が8月13日から10日間、同市で開く「シベリア極東資源開発、経済協力沿岸見本市」に参加することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月20日 政治・経済 金沢市が48年度に中小企業庁の商業近代化地域に指定されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月25日 政治・経済 市は、公共下水道の第2計画地域の受益者負担金を1平方メートル当たり194円に決定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月29日 政治・経済 政府は、流通業務市街地整備の政令指定都市として金沢市など8都市を追加した。指定を受けると都市計画事業として用地買収に収用権などが認められる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月3日 政治・経済 市は、4月から市行政の一部を委託している「地区連絡員」の人数を現在の4倍強に増員し、町会が市行政の末端として組み込まれている状態を是正していく方針を打ち出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月8日 政治・経済 災害監視テレビが武蔵ヶ辻のスカイピルの屋上に設置され、始動式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月14日 政治・経済 午前9時から円の変動相場制移行が始まった。1ドル=271円10銭。円の対ドル切り上げ率にして13.6%に相当する円高相場で、日銀が買い支えをした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月15日 政治・経済 市の公共下水道工事第2期事業計画が4月から実施される。実施面積は1,532ヘクタールで、浅野川と犀川にはさまれた市街地と浅野川以北の一部である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月23日 政治・経済 市が48年度当初予算案を発表した。一般会計225億1,000万円、特別会計119億9,458万円、企業会計105億2,030万円、計450億2,489万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月25日 政治・経済 諸物価が続騰。牛肉(100グラム)ロース300円、こまぎれ160円と30円以上、豚肉も15-20円値上がりした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月25日 政治・経済 下水道ができた地域での水洗トイレ化は意外に進まず、水洗化率はわずか27.5%に過ぎない。市ではその促進を図るため水洗便所化資金の貸付けを12万円に増額することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月5日 政治・経済 市都市計画街路専光寺・野田線のうち野町広小路交差点―増泉交差点間1,300メートルが開通した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月6日 政治・経済 今年第1回の市定例議会が開会、当初予算総額450億2,489万円が上程された。議案59のうち条例案としては市福祉金、乳児医療費助成、市教育センター、泉鏡花文学賞など38件が含まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月9日 政治・経済 市農業生産対策協議会が開かれ、生産調整目標数量は3,619トン(前年より15%減)、政府売渡し量は1万8,394トンと決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月10日 政治・経済 北洋材輸入港としてスタートした金沢港が、北洋材の輸入が減少、南洋材の輸入が増えて「南」「北」の比率が逆転した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月14日 政治・経済 市議会が本会議で、国鉄労使に輸送の正常化を望む意見書を採択、運輸省をはじめ関係方面へ送付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月19日 政治・経済 金沢港内の航路掘り下げ工事が終わり、1万5,000トン級の船舶の入港が可能となった。また港内の海図を補正するため海上保安部が測量を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月24日 政治・経済 市議会の議会運営委員会で「北陸新幹線対策特別委員会」を設置、委員長に油谷外郷を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月1日 政治・経済 市青年の家の増築、隣接のキャンプ場の整備が終わり、オープンした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月1日 政治・経済 市が一部機構を改革、下水道部を新設、企画室を企画調整部とし、市民相談所を室に、社会福祉事務所を社会福祉部内に、清掃部を清掃環境部と改称した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月2日 政治・経済 建設省が行っている土地公示の中へ今年から金沢市も含まれたが、固定資産税評価額に比し最高4.8倍となっており、最高は片町2丁目で1平方メートル当たり79万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月5日 政治・経済 1日から金地金の輸入自由化で市内のデパートには買い手が殺到、1グラム千円前後で取引きされている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月9日 政治・経済 県、市、同議会、金鉄局、金沢商工会議所などのトップレベルが金沢商工会議所に集まって「金沢駅周辺問題懇談会」(仮称)を設置、金沢駅周辺整備推進協議会(仮称)を創設することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月9日 政治・経済 市が48年度に行う市道舗装273か所、延べ5万5,004メートルを発表した。これで市道舗装率は51%(市街地91.5%、郊外36.9%)となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月11日 政治・経済 市の上水道の内川沈砂・取水池と導水路が完成、通水した。当分の間はこの水を長坂農業用水に利用(長坂用水の導水路は300年の歴史を閉じた)、7月から犀川浄水場の一部完成により市内の水道へ給水を開始する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月16日 政治・経済 市の中心部を走る国道8号線は、野々市町交差点―有松―武蔵ヶ辻交差点間6.13キロが国道157号線に、武蔵ヶ辻―橋場町―今町交差点間8.1キロが国道159号線に名称替えとなった。金沢バイパスが国道8号線となったためである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月11日 政治・経済 岡市長が、8日間の日程でイルクーツク市を訪問、8月に同市で開かれる日本軽工業製品機械見本市などの事前打ち合わせを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月12日 政治・経済 金沢商工会議所が、金沢地域の商業近代化計画を策定するためこのほど、商業近代化金沢地域部会を設置、部会員50人を委嘱した。部会長は、同会頭吉田次作。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月14日 政治・経済 第20回自民党県連定例大会が開かれ、次期参院選候補に安田隆明現参院議員の推薦を決め、県連役員に安田会長再選、副会長青山征二、今井源三、幹事長矢田富雄を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月20日 政治・経済 犀川上流に架かる相合谷橋の完工式が行われた。長さ41メートル、鉄筋コンクリート製。(工費2,070万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月29日 政治・経済 加賀染振興会(会長小川甚次郎)が加賀友禅の反物、呉服に統一した商標をつけることを決め、また同協会の組織を任意団体から協同組合組織に切り替えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月30日 政治・経済 市が、東蚊爪町地内に計画している新ゴミ焼却場建設は、岡市長が地元民との交渉で、東蚊爪のほか蚊爪、木越、大浦の周辺4町の意思を無視して建設しないと文書で約束したことから、事実上不可能となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973)   5.- 政治・経済 市の3月の消費者物価総合指数(45年=100)は120.1と高騰している(総理府)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月1日 政治・経済 市の行政連絡員制度が発足、367人の連絡員が業務を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月1日 政治・経済 市ガスが3,600キロカロリーから3,900キロカロリーにアップになった。また、8月1日からの5,000キロカロリーアップに備え市は都市ガス利用者の器具調整を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月11日 政治・経済 市が47年度決算見込みを発表。一般会計は実質黒字3億1,500万円で7年連続健全財政を維持した。ガス事業、市立病院、中央卸売市場は赤字決算である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月15日 政治・経済 松寺町に川北農協会館が新築され、落成式を行った。(総工費1億2,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月20日 政治・経済 市の公害防止条例(47年12月21日公布)が施行された。同時に同条例施行規則も公布、施行された。この条例および同規則により、公害防止関係法や県公害防止条例の規制対象に入っていない工場施設も規制の対象になり、夜間の拡声機や飛行機による商業宣伝は禁止され、地下水の揚水も規制を受けることになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月22日 政治・経済 市議会6月定例会で、滝尾照士(自民)が議長、村中博明(自民)が副議長に選任された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月30日 政治・経済 社団法人金沢実業会(代表幹事井口清次郎、北村友正、横山外孜彦、会員114人)が総会を開き、解散を決議、21年6月12日発足以来27年間にわたる活動の幕を閉じた。同会の主な業績は社団法人金沢商工会議所の設立、市内電車の廃止、金沢港設置、金沢駅客貨分離、高架化などで、戦後経済に大きな足跡を残した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月10日 政治・経済 市が日本電工株式会社との間で進めていた、同社北陸工場金沢製造所跡地(鳴和町)の買収交渉がまとまり、同跡地の一部1万9,835平方メートルを県と共同で買収、1,456平方メートルは県と市が無償で譲り受けることになった。(総額3億9,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月17日 政治・経済 異常渇水で市の上水道が危機となったため、県営内川ダム(一部未完成)から犀川浄水場へ繰り上げ給水がなされた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月20日 政治・経済 悪臭と汚水公害が問題となっている市営屠畜場(西金沢)に、大浄水槽が設置され始動した。市費1,464万5,000円、天狗中田産業が1,604万4,000円負担。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月23日 政治・経済 日本海博(8月18日から開催)への出品物を携え、イルクーツク市副市長クラフツオーバ、バイカル湖沼研究所長ガルキナ、イルクーツク美術館学術書記プホフスカヤの3人が金沢を訪れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月1日 政治・経済 7月31日までに干ばつのため農作物の受けた被害は、市農林部のまとめによると、野菜類を中心に減収総額が6,200万円にのぼっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月3日 政治・経済 上水道が枯渇寸前となり、市は1割給水制限を行った。―14日、異常渇水対策本部設置、15日、第2次制限(官庁3割制限、学校プールストップ)、18日、25%給水制限、21日、消雪用井戸63か所に消火栓取り付け、農業用水給水打切りまたは制限、22日、水槽15基購入(低水圧地区用)などの対策をとった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月11日 政治・経済 市が試みた人口降雨は、気象条件が整わない状態で行ったため失敗に終わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月13日 政治・経済 株式会社「丸越」が株式会社「金沢名鉄丸越」と社名を正式に変更した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月18日 政治・経済 日本海域の21世紀への志向を探る日本海博覧会(北陸3県、金沢市など主催)が、金沢西インター横の同博覧会場で開幕した。(10月24日まで58日間開催) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月22日 政治・経済 日朝友好促進石川県議員連盟が結成大会を開き、超党派議員21人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月27日 政治・経済 市議会が金沢駅高架促進協議会を議会内に設置、新幹線建設と切り離して高架化を促進することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月27日 政治・経済 23日から3日続きの雨で、給水制限は10%に緩和された。(30日に全面解除) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月28日 政治・経済 医王山ろくの農山村振興を図る目的で、金沢市医王山地区農村環境総合整備事業促進期成同盟(会長今井源三)が結成された。二俣町など43町を対象とする。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月13日 政治・経済 市内の食料品卸価格が急騰をみせ、野菜は昨年より30%高、鶏卵は1キロ289円と16年ぶりの高値となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月16日 政治・経済 市は旭町第1土地区画整理組合の保留地4,907平方メートルを買いとり、都市計画道路の代替地として確保する。このような目的で保留地を購入するのは市として初めてのケースである。 0
    昭和四十八年(1973) 9月17日 政治・経済 岡市長、滝尾市議会議長が上京、国鉄の磯崎総裁に金沢駅の高架化を陳情した。 0
    昭和四十八年(1973) 9月21日 政治・経済 中国初の大型経済代表団、中国経済貿易友好訪日代表団の王文林副団長ら10人の北陸訪問団が金沢を訪れ、ニューグランドホテルで開かれた北陸経済懇談会に出席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月29日 政治・経済 10月1日から金沢市で開かれる第4回日ソ日本海沿岸市長会議に出席するソ連側代表団(ハバロフクス市長モロゾフを団長とする12人)が金沢入りした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月29日 政治・経済 日本海側最大の規模という金沢スカイビルを含む武蔵ヶ辻第2街区の開発事業が完工、落成式を挙行した。同ビルには名鉄丸越百貨店、金沢スカイホテルほか専門店75が入る。(総事業費約72億円。10月1日開店) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月1日 政治・経済 市役所本庁と森本支所、押野、浅川、額の各出張所との間に模写電送装置が導入された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月3日 政治・経済 金沢中央郵便局(三社町)の新築落成記念式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月3日 政治・経済 イルクーツクのサラツキー市長が市役所を訪れ、イ市が日本海博に出品しているほとんどの出品物を市ならびに県、根上町に寄贈したいと申し入れた。市には大ジカ、小ジカ、山ネコ、黒テン、クマやイノシシの頭、鳥などのはく製(30点)、バイカル湖の魚の標本(16点)が寄贈された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月23日 政治・経済 12か国の優秀デザインを集めた国際陶磁器デザインコンペティション金沢展が2日間の日程で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月26日 政治・経済 金沢駅高架化促進議員連盟結成総会が県議会委員会室で開かれ、県議ならびに関係市町議会議長ら70人が集まり、高架化の早期実現を期すことになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月27日 政治・経済 ちり紙の入荷が半減し、値段が2倍になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月30日 政治・経済 都市公園制度制定100周年を記念して28日、市は市内24の児童公園で植樹祭を行い、30日には卯辰山玉兎ヶ丘でも植樹祭を行った。児童公園ではシイの木を各1本、卯辰山では黒松3本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月1日 政治・経済 全日空ジェット旅客機ボーイング737が小松・東京間に就航(1日1往復)した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月5日 政治・経済 昭和2年の彦三大火後、同地には街路樹としてプラタナスが植えられたが、老木となったので、市公園緑地課は6ヶ月をかけて、160本のアメリカフウを植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月6日 政治・経済 打木町の野菜園芸団地(昨年9月着工)では水田に客土した砂丘畑に41棟の鉄骨ハウスが年内には完成、1月からキュウリの温室栽培を始めることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月8日 政治・経済 菊水町の原生ブナ林保護をめぐり、県と伐採を主張する所有業者との間で交渉が続いていたが、市の仲介で業者が折れ、県が買収した。ブナ林、雑木林あわせて8.2ヘクタールが内川ダム水源かん養林、景観林として生き残った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月8日 政治・経済 市消防本部が購入した日本一長いハシゴ消防車が一般市民に公開された。価格は4,100万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月12日 政治・経済 昨年11月6日、姉妹都市提携協定の調印をしたフランス・ナンシー市のマルセル・マルタン市長らが金沢を訪れ、岡市長と親善都市盟約書に調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月22日 政治・経済 法務省名古屋入国管理事務所金沢出張所(10月1日付開設)の開所式が、関係者約60人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月28日 政治・経済 市内の電話が湯涌、二俣地区の自動化によりすべてが自動化され、市内の局番は27局にふえた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月1日 政治・経済 市は消費生活安定対策本部を設置した。市の行政機関の1つとして設けたもので、事務局に7人の専従職員を置き、生活物質の確保、価格調査、公表情報の提供などに当たる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月3日 政治・経済 市は消費生活安定対策本部の初の幹事会を開き、市民に不良品を中心に節約を呼びかけ、広範なけちけち運動を推進するなどの対策を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月17日 政治・経済 県公安委員会が、公安委員長故直山与二の後任に公安委員本陣甚一を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月17日 政治・経済 金沢商工会議所は「エネルギー危機対策協議会」を設置し、石油資源の根本的対策、資源の有効利用、再生利用、生活必需物資の確保などに努めることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月17日 政治・経済 県内の大気汚染度をキャッチする県大気監視センター(三馬3丁目)が発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月18日 政治・経済 市商店街連盟が節電対策として開店、閉店時間をそれぞれ1時間繰り下げ、繰り上げして営業時間を2時間短縮する方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月30日 政治・経済 金沢市農業協同組合の第1次合併仮調印が23農協によって行われた。(湯涌、三谷、大野の3農協は49年1月8日仮調印) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月1日 社会・文化 市は他都市にさきがけて、65歳以上の寝たきり身体障害者と重度身体障害者の医療費を無料化した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月6日 社会・文化 市の中心街で公衆浴場の他業への転業が急速に進み、昨年だけで6軒が廃業、これまでに中心街での廃業は9軒に達した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月11日 社会・文化 県政100周年記念事業の一つとしてスタートしたブラジル移住県人子弟の留学生一人目として、サンパウロ市から、市内野田町出身の松村晴美(25)が16年ぶりに単身来沢した。1年間、県工業試験場で研修を行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月17日 社会・文化 県の文化財を集録した「石川の文化財」がこのほど、県自治と教育研究会(広坂1丁目)から出版された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月20日 社会・文化 市営の温水プールが富樫町に完成、県出身の元オリンピック選手山中毅らを迎えて落成式を行い、オープンした。(事業費約1億5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月20日 社会・文化 市内で住民の自力施工による道路消雪装置が2か所つくられた。昨年末につくられた彦三商店街通りと、20日にできた長土塀2丁目の旧高儀町通りである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月23日 社会・文化 かつては豊富なわき水に潤った二塚、安原地区の住民80人が市役所を訪れ、地下水の枯渇寸前を訴え、水道への切り替えとそれに必要な負担金の軽減を要望した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 1月26日 社会・文化 市教委は、市立学校卒業式での市議会議長祝辞を廃止することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月7日 社会・文化 過疎化返上の願いをこめて5年前から薬草組合を作って漢方栽培に取り組んでいる二俣町でこのほど、鎮静剤として薬効のあるトウキ、センキュウの栽培に成功、予想以上の初収穫を得た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月15日 社会・文化 市教委は、45年から年次計画で新しいスチール製の机、いすを小中学校用として購入してきたが、一挙に更新することとし、48年度予算に6,000万円を計上することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月20日 社会・文化 市教委は、48年度から3か年計画で父母の教育費負担を無くする方針を決定。PTA負担の学校図書館事務員も3か年で全員市費負担とすることにし、48年度は14人を市が雇用する予算を計上した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月20日 社会・文化 この冬、パンタロンが流行、市の盛り場などでは女性の半数はパンタロン姿である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 2月21日 社会・文化 金沢経済大学で学長選挙が行われ、2代目学長に山本外吉同大教授を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月1日 社会・文化 昨年9月30日以前に操業した工場でも日量50トン以上の排水を犀川、浅野川へ流す場合は、水質汚濁防止法に基づく県条例の排水基準を守ることが義務づけられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月1日 社会・文化 市は奥卯辰山で墓地の貸付け募集を開始した。芝生型墓域436区画、1区画5平方メートル、永代使用料7万円。自由型墓域3~6平方メートル、111区画、使用料2万2,000円と7万7,000円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月8日 社会・文化 森本小学校が出来上がり、落成式を挙行した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月9日 社会・文化 市は、今年から市立小中学校の卒業式で市長が祝辞を述べることをやめ、祝電に代えることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月9日 社会・文化 国労・動労の順法闘争で国鉄の貨物輸送はまひ状態となり、織物原糸、ジャガイモ、タマネギなどの入荷もストップ、ジャガイモは7割方値段があがった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月20日 社会・文化 金沢交響楽団が再スタートし、第1回演奏会を開いた。かつて同名の楽団はあったが、昨年8月ごろから新しい動きが生まれ、金大フィルOB、旧金響楽団員、その他演奏家らが団結してその名称を受け継いでいくことにしたものである。(指揮山下成太郎) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月23日 社会・文化 県公害対策審議会の水質部会が、県内初の悪臭防止法の対象地区に金沢市を指定、その地域と規制基準を決めた。(5月1日から適用) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 3月31日 社会・文化 内川小学校菊水分校が内川ダム建設のため廃校となった。同分校は明治11年3月、石川郡内川村立後谷小学校として発足したのが始まりである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月1日 社会・文化 市教育センターが設置された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月1日 社会・文化 私立経済大学付属星稜中学校が開校した。男女共学の私立中学校は県内で初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月5日 社会・文化 市が、泉鏡花文学賞(全国賞)、地方新人鏡花文学賞の選考方法、賞金などを決定。泉鏡花文学賞30万円、地方新人鏡花文学賞10万円。選考委員長長井上靖。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月10日 社会・文化 名古屋から金沢まで260キロ、名金線沿線を桜でつなごうと、8年前から約100本の桜の苗木を植え続けてきた岐阜県白鳥町の国鉄バス車掌佐藤良二が石川県入りし、県境の東原町に県内第1号の桜を植えた。また、市緑地公園課が協力し、竹又小学校に20本、不動寺小に3本、卯辰山汐見坂に7本(計30本は市が佐藤に贈る)最終点の兼六園百間堀西道路ぎわには佐藤が持ってきた桜2本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月10日 社会・文化 市は今年から、65歳から69歳までの老人に全国で初めて福祉年金制度を設け、受給申請の受付けを開始した。同年金は年額1万2,000円。(4月1日実施) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月15日 社会・文化 八田町に県営の金沢競馬場(7日)と馬事公苑(15日)が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月15日 社会・文化 旧9師団作業所改造のアパート(平和町)が全焼、7世帯74人が焼け出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月27日 社会・文化 県教組1時間、県高教組半日、県私教労連1時間、自治労県職教組半日、市職組、市公企労1時間以上のそれぞれストライキを実施した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 4月30日 社会・文化 竹田儀一(元厚相)が死去。79歳。大聖寺出身。片山・芦田両内閣に閣僚入閣。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月7日 社会・文化 市が今年から始めた小学生の演劇観賞会が観光会館で始まった。会期3日間。演目はピノキオの冒険「金の鍵」、主演は東京の劇団「仲間」。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月10日 社会・文化 北加賀最大と見られる5世紀前後ごろの古墳群が、神谷内町地内の丘陵地帯で見つかった。円墳8基、方形墳7基がある。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月17日 社会・文化 金沢工業大学の次期学長に同大教授京藤睦重が決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月17日 社会・文化 竜国寺(東山2丁目)に祭る加賀染め中興の祖宮崎友禅斎の慰霊祭に合わせ、業界関係物故者の慰霊碑「愛染碑」が同境内に建立された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月23日 社会・文化 市平和町児童館・児童図書館の落成式が行われた。同館はモデルコミュニティの一環として建てられた。(総工費約2,600万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月26日 社会・文化 市と市体育協会がこのほど開いた競技委員会で①曲がり角にきている同市体育大会に今年から小・中学生の参加を認め市民総ぐるみのスポーツ祭典にする②中学生選手の強化を図る③指導者講習会を開き選手の底辺拡大を目指すことなどを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月28日 社会・文化 社会福祉法人子供の家保育所(駒井志づ理事長)の落成式が行われた。同保育所は24年、学童保育からスタート。今回、老朽化した建物を新築した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 5月28日 社会・文化 午後3時すぎ、笠市町の倉庫から出火、7棟を全半焼、4棟を部分焼した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月3日 社会・文化 アマチュア演劇の灯をともし続けて40年になる劇団北陸新協が、創立記念に「女の一生」(加須屋信正演出)を上演した。3日間の公演。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月6日 社会・文化 湯涌町に新しい簡易水道施設が完成した。市費410万円、県費524万円、地元負担を合せて1,731万円で造成したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月8日 社会・文化 湯涌町の百万石文化園江戸村でこのほど、2代藩主利長の室玉泉院の住居、「玉泉院丸」にあったなまこ塀を復元、完成した。41年に解体保管していたものを同地に工費約1,000万円で再建したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月9日 社会・文化 財団法人藩老本多蔵品館の開館式が行われた。同館は加賀藩家老の本多家に伝わる軍装具や調度品を展示、10日から一般に公開される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月16日 社会・文化 市の国民健康保険会計は、47年度末の決算で6,800万円の累計赤字となった。保険料金の10%アップも焼け石に水。48年度末には赤字が2億円を越す見通しである。老人の医療費が昨年に比べ26%増となり、国保会計は危機を迎えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月17日 社会・文化 犀川大橋下流の料亭「かき舟」の解体作業が行われている。同料亭は60年の歴史を持ち、金沢の町に情緒をそえ、市民から親しまれていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 6月17日 社会・文化 南森本地区の住吉神社裏でホタルが約10年ぶりで大量に姿を見せ、地元の人を楽しませている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月12日 社会・文化 市公害センターの常時測定結果によると、暖房期(12─3月)に硫黄酸化物による大気汚染濃度が、暖房をしない時期より23%高く、硫黄酸化物の新環境基準値(1時間高値)の0.10PPMすれすれの状態にあることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月12日 社会・文化 金沢漁業協同組合が内川にニジマス稚魚2万5,000匹を放流した。来年秋には鑑札なしでニジマス釣りを楽しんでもらおうというもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月18日 社会・文化 市の第2老人福祉センター「万寿苑」(大桑町)が開苑した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月19日 社会・文化 雨なし日が続き、3日から数えて17日間となった。これは明治19年夏の無降水とタイ記録である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月24日 社会・文化 東力町で、今は珍しい行事となった子供の虫送りが行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月24日 社会・文化 節水を呼びかけている市は、日照りが7月いっぱい続けば8月1日から農業用水への分流制限をする方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月26日 社会・文化 大正14年から続いている林間学校が内川小中学校校庭で開校した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月27日 社会・文化 夏の甲子園出場を決める県高校野球大会で金沢市工が優勝した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 7月28日 社会・文化 全国障害者問題研究会全国大会が市内で開かれ、2500人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月6日 社会・文化 第1回石川県自然環境保全審議会が県福祉会館で開かれ、会長に金大名誉教授市川渡を選び、自然公園部会、鳥獣部会の2部会を設置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月18日 社会・文化 元衆議院議長益谷秀次が静養先の能都町宇出津で死去。85歳。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月18日 社会・文化 異常渇水で市内の泉野など11地区、1,112世帯が断水し、給水車でしのいだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月19日 社会・文化 25年間続いた中学高校生に寄生虫検査を今秋いっぱいで中止する。虫のいる子どもが少なくなり、学校保健法施行規則が改訂されたことによる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月27日 社会・文化 故益谷秀次の自民党石川県連、金沢工業大学、金沢医科大学合同葬が観光会館で行われ、前尾衆院議長、河野参院議長ら約2,000人が参列した。その後、石川県民告別式が引き続いて行われ、約1,500人が参列した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月30日 社会・文化 未明、県を通過した寒冷前線の雨で、犀川、内川両ダムの水量が増え、市民を安心させた。給水制限は27日ぶりに全面解除された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 8月30日 社会・文化 玉川町の旧専売公社金沢工場の外側取り壊しが始まった。同工場は明治45年着工、大正2年に完成、文明開化の明治風建築物として市民に親しまれてきた。由緒ある時計台は、米泉町の新工場に移築された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月2日 社会・文化 県統計調査課が8月末、48年度の県内学校の進路状況などをまとめた。それによると、中学校卒の高校進学率は90%を超えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月3日 社会・文化 市の47年度公害年報が発表された。市街地では大気汚染が進みつつあるが、硫黄酸化物の環境濃度は年平均1時間値が基準を上回っているところはない。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月6日 社会・文化 市は今年度から、在宅の重度身体障害者に身障者手帳を交付(肢体・視聴覚・言語障害者など3,878人)し、医師を派遣して治療に当たる制度を設けたが、同制度による初訪問治療が2人の身障者宅で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月8日 社会・文化 日本海環境会議(県、市など主催)が県社教センターで開かれ、環境庁長官三木武夫、バイカル湖研究所長ガルキナ女史が記念講演した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月11日 社会・文化 第1回日中バドミントン大会金沢大会が開かれ、中国から魯明栄副団長ら12人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月13日 社会・文化 今夏の異常乾燥で県内の公園樹木の若木にかなりの被害が出た。県公園事務所の調べによると、市内の公園で約4,000本が被害を受けている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月21日 社会・文化 片町中央通り交差点でスクランブル方式の横断歩道の通行が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月21日 社会・文化 「健康を守る市民の会」発会式が行われた。(会長本岡三郎) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月22日 社会・文化 金沢大学学長に豊田文一が就任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月26日 社会・文化 県立養護学校平和町分校の校舎落成式が行われた。(工費1億3,635万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 9月30日 社会・文化 第43会筑前琵琶全国大会(2日間)が能楽文化会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月2日 社会・文化 吉田他吉が死去。77歳。北国書林専務取締役、元県教育委員長。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月3日 社会・文化 尾山神社が現在地に新築されて満100年を迎え、鎮座百年大祭を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月12日 社会・文化 総理府統計局の家計調査年報(46年)によると、1世帯当たりの菓子への年間支出額は、全国平均で2万5,478円。金沢市は長野市の3万4,661円に次いで全国2位となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月15日 社会・文化 県立金沢泉丘高校創立80周年を記念し、同校の前身金沢一中のあった本多町公園内に、記念碑「桜章校跡地」が建てられ、除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月24日 社会・文化 市の第1回泉鏡花文学賞に半村良の「産霊山秘録」と森内俊雄の「翔ぶ影」の2作品、泉鏡花記念金沢市民文学賞にはかつおきんや作「能登のお池づくり」ほか一連の児童文学作品と北国新聞社加能女人系取材班(キャップ荒井昭学編集局次長)の「加能女人系(下)」が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 10月31日 社会・文化 三浦孫二が死去。74歳。箔業。三浦商会会長。市消防団連合団長。46年市産業功労賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月1日 社会・文化 米丸小学校の新校舎が完成、落成式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月3日 社会・文化 第27回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は山科杏亭(日本画、文化財保護)、山本清嗣(報道、俳文学)、市中央公民館合唱団(音楽)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月3日 社会・文化 建築家谷口吉郎(金沢市出身)が文化勲章を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月3日 社会・文化 チリ紙、トイレットペーパーの品不足で、県内では買い入れ騒ぎが激化、朝から市内のスーパーで買い求める人の長い列ができた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月5日 社会・文化 22年から県野球史とともに歩んだ出羽町の兼六園球場が閉場式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月8日 社会・文化 市教委は教師用の公害テキストを作成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月11日 社会・文化 市生活環境部は、家庭から出る廃品ごみの中に含まれる再生資源、有価物の選別回収をするため、民間の廃品業者5社に金沢市再生資源事業協同組合を設立させ、定期回収に当たることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月13日 社会・文化 県立野球場の起工式と県立西部公園中央広場の開園式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月15日 社会・文化 直山与二が死去。77歳。石川製作所社長、県経営者協会会長、県公安委員長。40年市産業功労賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月21日 社会・文化 県教委が建設していた県教育センター(高尾町)の本館が完成し、開所式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月25日 社会・文化 「兼六園公開百周年記念展」が県美術館で9日間開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 11月25日 社会・文化 卯辰山公園に「石川県解放運動無名戦士の碑」が建立され、除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月2日 社会・文化 日本民謡協会の民謡民舞全国大会で優勝した加賀民謡会の第6回発表会が観光会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月5日 社会・文化 「金沢二中錦丘高校史」(350ページ)が発刊された。金沢二中75周年、錦丘10周年を記念して出版されたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月5日 社会・文化 金沢女子短期大学が理事会を開き、故直山与二理事長の後任に副理事長の宮下与吉を推すことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月16日 社会・文化 学校法人金城学園金城中学校は、入学希望者の減少から来年度以降生徒募集を中止、休校措置をとることにした。実質的には廃校とみられ、来年3月で同校は27年の歴史を閉じることになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月18日 社会・文化 県教委が本年度の教職員勧奨退職基準を決めた。女子教諭の基準年齢が1年引き上げられ、有夫52歳、独身55歳になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月21日 社会・文化 1,000万円3本という当たりくじの第107回全国自治宝くじが発売され、インフレ下、一獲千金を夢みて金沢の勧業銀行前では徹夜組の列ができた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十八年(1973) 12月28日 社会・文化 市消防本部がことしの火災状況をまとめた。火災件数193件(史上2番目)死者7人、放火は昨年の2.3倍に達した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月3日 政治・経済 収入役中山巌が辞職。4日付で総務部長尾戸嘉博が収入役に発令された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月3日 政治・経済 金沢駅・金沢港線のうち延長1.1キロが初めて開通した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月9日 政治・経済 物価上昇に伴い市教委は給食費の13%値上げをきめた。小学校は1か月約1,920円、中学校は2,220円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月14日 政治・経済 4月1日に発足する金沢市農協はうち27農協合併してスタートすることになり、「金沢市農協設立事務所」を市農業センター内に開設した。一方、三馬など6農協長らは戸板農協に集まり、6農協組合協議会を設けることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月16日 政治・経済 金沢国税局が宅地評価を発表。最高は金沢市片町一の谷カバン店前で、3.3平方メートル当たり161万7,000円で、前年比23%アップである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月17日 政治・経済 浅野川・犀川導水路トンネル(延長1,147メートル)の貫通式が行われた。これは県営犀川総合開発工事の一環で、内川ダムとこの導水路の完成によって両河川の治水対策は終わることになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月18日 政治・経済 市が新長期計画案を発表した。この計画は生活環境を快適に保全するシビルミニマムの理念を導入して設定したもので、60年を目標に、49年度を初年度とする12年計画で、財政投資規模は総額3,800億円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月19日 政治・経済 金沢港に初めて韓国から土木用資材のケンチ石を積んだハウピン・プサン号(1,907トン)が入港(17日)、荷揚げを始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月19日 政治・経済 県内全路線バスが値上げされ、金沢市内均一区間が40円から50円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月22日 政治・経済 県土木部が犀川上流の覗町に重力式コンクリートの辰巳ダム建設構想を発表。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月5日 政治・経済 武蔵ヶ辻の金沢スカイビルの屋上に設置した市消防本部の防災用テレビ監視装置(テレビ望楼)が始動した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月12日 政治・経済 市農林部が49年度から新長期12か年計画の諸施策を推進するが、その基礎資料となる金沢市農業生産地図を2年がかりで作製(県内で初)した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月13日 政治・経済 大和百貨店が171品目について15-30%値下げすると発表、名鉄丸越も1,000品目(延べ)を昨年価格並みか現市場価格の20-30%値下げ、3月1日にから実施し、向こう1年間凍結すると発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月16日 政治・経済 市国民健康保険運営協議会が、岡市長から諮問のあった同保険料の改定について答申、①累積赤字を49年度から5年間で解消する②49年度は現行の25%増に改定③医療費などに改定があった場合は加算改定するよう求めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月18日 政治・経済 市が49年度当初予算案を内示した。一般会計271憶1,000万円、特別会計132憶1,710万円、企業会計114憶490万円、計517憶3,201万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月19日 政治・経済 市は49年度から、市営競馬の収益金を毎年1億円ずつ積み立て、社会福祉法人の運営費などに無利子で短期貸し付ける新制度の基金として、また将来競馬を廃止する際に必要な補償金にも充てることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月27日 政治・経済 香林坊第2街区再開発事業について、同街区造成組合・大和・西武百貨店の3者が、商業ビル内のキーテナントは西武百貨店とし、大和は側面協力するなど5項目の覚え書きに調印した。西武百貨店の北陸第1号店が決定的となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月1日 政治・経済 戸室新保のゴミ埋め立て場が使用開始となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月19日 政治・経済 小売商業の販売員を対象に「販売士検定試験」が県内5会場で実施された。これは商店販売員の資質を向上させる目的で、県商工会議所連合会などが主催して行ったもので、すぐれた者には「販売士」の資格が与えられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月20日 政治・経済 香林坊第2街区A地区(国道側)に続いてB地区(仙石町通り側)のデベロッパーに京王帝都電鉄の京王不動産(東京)が決定、同街区造成組合が、同不動産に事業執行を委託した。京王グループの北陸進出は初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月22日 政治・経済 駐日ソ連大使館I・N・ツェホーニャ夫婦が県庁に、次いで市役所を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月22日 政治・経済 金沢商工会議所の金沢駅周辺整備推進協議会が、市の高倉企画調整部長、市議会北陸新幹線特別委員会の油谷委員長ら10人と、新幹線の現金沢駅乗り入れなどについて日本鉄道建設公団篠原総裁らに陳情した。市の公式陳情は初めて。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月25日 政治・経済 陸上自衛隊金沢駐屯地三小牛演習場が、4月1日から土曜日の午後と日曜・祝日に市民に解放されることが決まり、同駐屯部隊と市との間で細部の取り決めを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月28日 政治・経済 県建設業協会が、県総合建設業協同組合の創立総会を開き発足した。県内大手18社、加賀・江沼地区を除く187社が加入した。理事長真柄要助。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月1日 政治・経済 市役所に消費経済課と管財課が新設された。管財課は管理課から独立、管理課は監理課と改称した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月1日 政治・経済 市内の27農協が合併した会沢市農業協同組合(組合長山田安隆)がスタートした。資本金18億円。組合員8,900人・貯蓄総額200億円のマンモス農協となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月9日 政治・経済 市の行政サービス室に「応急処理班」を設け、スタートした。業務士4人と作業車が配置され、道路の応急穴埋め、暗渠、排水路の小規模作業などに当たる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月11日 政治・経済 県営内川ダムの工事がすべて終わり、全貯水を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月13日 政治・経済 市が国際親善のために設けた東南アジアからの留学生助成制度が、適用第1号としてマレーシアのキー・ソンキム(紀宋金)の受け入れが決まった。紀宋金は、県歯科技工士専門学院(乙丸町)の聴講生として入学する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月23日 政治・経済 金沢港に中国産大豆を積んだ貨物船が初入港。穀物サイロに650トン陸揚げをした。この大豆は豆腐の原料となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月27日 政治・経済 金沢駅西口と金沢港を結ぶ50メートル道路の金沢港口に「協同組合金沢港輸送センター」が誕生した。これは金沢、松任、石川郡の中小トラック運送業者15社が協同組合をつくって建設したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月1日 政治・経済 県が土地公示価格を発表。金沢の三馬は71.0%の高騰ぶり、片町2丁目は1平方メートル104万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月4日 政治・経済 金沢市が1日から、水質汚濁防止法施行令に基づく新政令市となったため、今まで県知事に属していた犀川、浅野川の環境基準監視などの権限を、市に委任する事務引き継ぎが県庁で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月7日 政治・経済 金沢港に初めてソ連大型観光団300人を乗せた客船「プリアムーリェ号」(5,300トン)が入港、岡市長らの出迎えを受け、市内観光のあと「日ソ親善交流の集い」に出席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月16日 政治・経済 第1回国際長繊維機器振興展(県、市など主催)が県産業展示館で始まった。第1回県ファッション繊維振興展も併催された。機器展には150社、約1,200点を展示、ファッション展には14社、600点が出品された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月18日 政治・経済 4年前、市内で初めて北陸鉄道が「パーク・アンド・ライドシステム」を採用したが利用者が少なく、同社は西泉5丁目の駐車場を会員制のテニスクラブのテニスコートに利用することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月24日 政治・経済 市が、金沢駅と武蔵ヶ辻間の近代化再開発計画案を発表した。同区間を36メートル幅のシンボルロードで結ぶもので、約350億円の事業費が見込まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月1日 政治・経済 政府は、家庭用灯油の標準価格(18リットル380円)を撤廃した。これを受け県石油商業組合は各販売店に1缶603円以内で売るよう通知した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月5日 政治・経済 戸室新保ごみ埋め立て場に投棄物の破砕機2基が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月7日 政治・経済 市内の総合交通体系と現状打開の対応策を追求する市交通対策協議会(会長県都市計画地方審議会長永井時一)が発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月8日 政治・経済 石川県中央部都市圏総合整備懇話会の第1回会合が開かれ、東京工大名誉教授谷口吉郎を座長に選出、県土中心部の未来像づくりへ具体的討議を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月10日 政治・経済 県営内川ダムの完工記念式が小原町のダムサイドで行われ、約200人が出席した。42年から8か年。総工費42億2,200万円。総貯水容量950万トン。市に1日10万トンの上水道を供給し、浅野川中・下流の洪水防止の役目も果たす。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月12日 政治・経済 市定例6月議会で「緑の都市宣言」を議決。また新副議長に室井光栄(自民)を選任して閉会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月13日 政治・経済 米丸農協を除く三馬、鞍月、戸板、大徳、ニ塚の5農協が金沢市中央農業協同組合の合併仮調印式を市役所内で行った。(25日に合併総会を開き、8月1日から発足する) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月28日 政治・経済 金沢花卉園芸市場(二口町)が開場した。卸売市場法が適用される県内で4番目の花の卸売市場である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月1日 政治・経済 69歳の老人の医療費は本人が1割負担であったが、全額を市費で負担することになった。この結果、69歳以上の老人の医療費はすべて無料となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月7日 政治・経済 第10回参院議員通常選挙の投票が行われ、即日開票の結果、安田隆明(自民現)が30万2票で当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月13日 政治・経済 戸室新保ごみ埋め立て場のごみ破砕機2基が始動した。一連の整備を含めて2億4,733万円の建設費であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月13日 政治・経済 深刻な繊維不況から脱出するため、県内の織物業者が3日間の一斉休機に入った。業界ぐるみの一斉休機は初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月19日 政治・経済 10日の集中豪雨被害状況を市が発表した。死者1人、住宅の半壊1戸、床上浸水250戸、床下浸水4,152戸、水田の流失、埋没68ヘクタールその他で、被害総額14億6,631万円余であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月30日 政治・経済 市が、市道寺町・今町線の広坂1丁目石浦神社前から北陸放送・幸町交差点にかけての歩道に市内で初めて植樹帯を設けた。また、市庁舎の前面2・3階ベランダにアイビー(西洋木ツタ)を植栽した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月31日 政治・経済 市の駅西土地区画整理事業の第2期地区計画案がまとまり、市建設部が戸板農協で地元説明会を開いた。51年度から6~7年がかりで、事業費90億円をかけて実施する計画である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月1日 政治・経済 金沢市中央農業協同組合(組長横江信秀)が発足した。組合員2,300人。貯金82億円。貸付金75億5,000万円、預金47億1,000万円。農地面積1,029ヘクタール。貯金高では県内5番目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月1日 政治・経済 県内の少年非行は増加の傾向にあり、半年間で8,000人が補導された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月4日 政治・経済 県土木部が市の伏見川、高橋川の根本的な改修工事をすすめるため関係地域住民との話し合いに入った。両川の工事費は概算で100億円を超す大事業である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月13日 政治・経済 金沢港水産ふ頭(無量寺町)に県漁業協同組合連合会の製氷、貯水一貫プラントの自動製氷機設備が完成した。1日の製氷能力50トン。総工費1億1,300万円。同連全額負担。全国で初めての導入である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月23日 政治・経済 市が河北潟干陸地の営農計画を策定するため、農業団体の代表を招いて懇談会を開いた。水稲のほか畜産団地を望む意見が強かった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月27日 政治・経済 県と五郎島町との間で進められていた木材投下泊地浚渫工事の交渉が合意に達し、9月1日から工事開始の覚え書きに調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月29日 政治・経済 市がこの秋から3か年計画で、久安町地内の満願寺川の右岸堤防に市内では初めての自転車専用道(サイクリングロード)を設けることにした。市は総理府から「自転車安全利用モデル都市」に指定されている。(総事業費1億2,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月30日 政治・経済 市は、医王山地区の「農村総合整備事業」に今秋以降着手することに決めた。医王山ろく53町、農家人口4,000人、農家戸数789戸が対象である。(総事業費約9億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月31日 政治・経済 北陸電気通信局の西念町電電ビルが完成した。(総事業費50億円)長距離電話、市街電話回線施設の第2基地となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月2日 政治・経済 県繊維協会の県繊維業者危機突破大会が開かれ、借入金の償還猶予や輸入規制の即時実施などを決議、政府、県などへ申し入れることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月5日 政治・経済 県鉄工協会が鉄工業界の不況対策として借入金の返済猶予や減産資金の融資を骨子とする対策を決め、県、3公庫、日銀金沢支店などへ要望することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月7日 政治・経済 昨年発足した稲作受諾会社「金沢農作業」が2年目に入り、請負面積も増え、自立経営のめどがついた。4戸の農家、7人で設立したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月10日 政治・経済 県が経済部商工課内に、部長を室長とする県中小企業不況対策室を設置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月11日 政治・経済 市建築組合の設立60周年を迎え、関係者500人が出席して北陸放送会館で記念式を行った。同組合は大正4年、金沢市大工業組合として発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月20日 政治・経済 市が消費者対策の一環として緑団地に「緑公設小売場」を造ることになり、着工した。(建設費6,704万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月25日 政治・経済 北陸新幹線金沢駅関連事業促進期成同盟会(会長奥田敬和)の設立総会が市中央公民館で、各種団体代表110人が集まって開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月28日 政治・経済 中国国際貿易促進委員会訪日代表団の韓芳宇副団長ら一行3人が27、28の両日、県を訪れ、北陸3県の経済関係者と生系、漆、食料などの輸出入問題について話し合った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974)   9.― 政治・経済 県内の飲食店は米価値上がりを前に、ラーメン160円~200円など15%~20%値上げをした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月7日 政治・経済 市東部清掃工場(鳴和町)の改造工事が完成、本格的操業に入った。(事業費2億5,339万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月10日 政治・経済 アメリカ・バッファロー市での金沢物産展がバ市のヘングラースデパートで開催された。前夜の同市主催レセプションには岡市長、豊田金大学長らを始め約400人が出席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月11日 政治・経済 県営犀川総合開発事業の一つ、浅野川・犀川導水路の完工式が大桑町の犀川側放水路横で行われた。放水路の長さは1,201メートル。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月20日 政治・経済 市公害センターが、武蔵ヶ辻の金沢スカイビルの2階に窒素酸化物の測定装置をとりつけ、試験観測を始めた。窒素酸化物の測定は市として初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月23日 政治・経済 市内の農協合併でただ一つ参加を見送っていた米丸農協が、明年1月1日から金沢市中央農協へ合併することになり、市役所で合併予備契約の調印を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月24日 政治・経済 金沢商工会議所が臨時議員総会を開き、新しい正副会頭以下役員を正式に決めた。会頭宮太郎、副会頭は福光博、北村友正、小川甚次郎の3人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月27日 政治・経済 糸田新町と西泉6丁目の間の増泉用水に長さ8.5メートルの橋(一心橋)ができ上がり、完工式と渡り初めが行われた。(事業費850万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月29日 政治・経済 北陸自動車道の金沢東―砺波間26.3キロが開通した。北陸自動車道はこれで小杉―砺波―小矢部―金沢東―金沢西―片山津―加賀―丸岡間が開通したことになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月30日 政治・経済 北陸政経懇話会10月定例会がニューグランドホテルで開かれ、講師の社会党代議士江田三郎が、社会党も柔軟な政策をもたないと政権はとれないとの主旨の見解を表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月2日 政治・経済 県箔商工業協同組合の金箔部門250業者が11、12の2か月間、金箔の生産を5割以上操短することを決めた。不況が深刻で市場価格が下落しているため。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月8日 政治・経済 香林坊第2防災街区造成事業を推進している金沢都市開発が臨時株主総会でデベロッパーのフジタ工業(東京)から派遣された南弘を代表取締役社長に選任、新体制を発足させた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月9日 政治・経済 74日本グッドデザイン金沢展と74石川県デザイン展がMRO会館で6日間の幕をあけた。グッドデザイン展の金沢開催は初めて、県デザイン展は3回目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月12日 政治・経済 県議会臨時議会が開かれ、県議員の定数改定の条例が可決された。これにより議員数は現在より1人多い46人、うち金沢市選挙区は1人増の16人となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月14日 政治・経済 県内で西洋リンゴが栽培されてからことしで100年。これを記念して県果樹園芸協会リンゴ部会が「石川リンゴ100年」を出版した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月26日 政治・経済 北陸鉄道が浅野川線の近代化改良工事を完了した。内灘駅舎新築、三ツ屋駅新築(新設)などであるが、三ツ屋駅は現在の吊橋駅を約100メートル内灘寄りに移して改名したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月27日 政治・経済 北陸郵政局の金沢郵便貯金会館が完成、新築落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月28日 政治・経済 老舗―株式会社「桂月堂」(明治10年創業)―が店を閉じた。県内の洋菓子、パン製造業界で最も古い歴史を持っていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月30日 政治・経済 県内の漆製造業、販売業者らが中国産漆の輸入促進などを目的に、石川県日中貿易協同組合を設立した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月2日 政治・経済 市が、泉野保健所公害センターの1階に「市民課泉野サービスステーション」を開設した。職員2人。本庁と結ぶ3台の模写電送装置を導入し、各種証明書の発行を主な業務とする。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月5日 政治・経済 能登海浜有料道路(金沢市粟崎―羽咋市柳田間35キロ)が全線開通した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月9日 政治・経済 市内の2医院、1美容院、12薬局が企業体を組織、全国でもあまり例のない医薬分業がスタートした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月9日 政治・経済 金沢ゆかりの永井道雄(永井柳太郎息)が民間人出身の大臣(文部)として就任した。民間人出身大臣は22年ぶりである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月11日 政治・経済 北鉄バスが平均20.7%値上げ。金沢市内均一区間が60円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月16日 政治・経済 市議会の副議長室井光栄ら代表4人が北陸財務局に対し、国の合同庁舎別館を現庁舎(広坂2)に隣接して建てることをとりやめるよう申し入れ、12月議会で採択した同趣旨の意見書を手渡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月20日 政治・経済 市民の歩行路拡大を目指す、第2次裏通り交通規制が実施された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月21日 政治・経済 4年がかりで医王山地区の環境整備をしようという「農村総合整備モデル事業」の起工式が湯涌小学校で行われた。(総事業費9億円。国が半額負担) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月23日 政治・経済 大大豆田地区の犀川右岸河川敷に住む57戸の立ち退きを決めた覚え書きの調印が県土木部長、市建設部長と住民代表との間で行われた。(補償額4億3,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月23日 政治・経済 市議会の交通運輸特別委員会が、市中心部への1人乗りマイカー乗り入れ禁止について時期尚早、反対であると決議、市議会の見解として滝尾議長が岡市長に申し入れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12.― 政治・経済 今年、物価騰貴相次ぐ。給食費(13%)タクシー料金(33.3%)、清酒(20%)、北鉄電車(33.8%)、北陸電力(家庭用・27%)、ラーメン(20%)、消費者米価(32%)、白砂糖(24.2%)など。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月6日 社会・文化 恒例の加賀とび出初め式が、今年は石油事情の悪化から中止となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月10日 社会・文化 49年度国家予算政府案で、金沢大学法文学部に考古学講座が新設されることが決まった。また医療短期大学の用地買収費も予算化されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月10日 社会・文化 宮中行事「歌会始めの儀」に市田渡(金沢市)の歌が入選、参会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月11日 社会・文化 3月から、長町1丁目の武家屋敷跡に、伝統工芸加賀友禅の工房“彩筆庵”が開設されることに決まった。加賀友禅工芸会が開くもので、会員制のサロンであるが、観光客も随時訪れて見学することができる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月13日 社会・文化 松ヶ枝町小学校へ10年前から図書購入費を贈り続けてきた、鎌倉市在住の福岡勇が昨年12月22日、69歳で死亡した。福岡は同小の卒業生。これまでに届いた金額は70万円以上となり、同校では「福岡文庫」と命名して現在1,000冊以上の科学図書が納められている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月13日 社会・文化 昨秋文化勲章を受章した金沢出身の工学博士谷口吉郎と、小松市出身の医学博士勝木保次を招いて「文化勲章受章を祝う県民のつどい」が県社教センターで開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月18日 社会・文化 市の精神薄弱者通園施設鳴和学園の園舎が完成、落成式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 1月22日 社会・文化 市立八日市保育所の落成式が行われた。(建設費5,330万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月14日 社会・文化 涌波町の涌波会館が出来上がり、落成式が行われた。(総工費6,000万円)青少年談話室には県・市から各50万円の補助金が出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月15日 社会・文化 旧石川県立第二中学校、現金沢市立紫錦台中学校の三尖塔校舎、八田町の郷土民謡「さかたおどり」松根城址を金沢市文化財に指定した。三尖塔校舎は市文化財資料センターとして転用、保存する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月17日 社会・文化 千田勘太郎が死去。64歳。金大理学部教授、理学博士。第22回(43年)核磁気共鳴の研究で金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月19日 社会・文化 市調査統計課が発表した2月1日現在の市の人口は38万14人となり、38万人を越えた。全国で31位となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月23日 社会・文化 市が城下町見て歩き“卯辰山ろくコース”を設けることにした約5キロ、半日コース。市では100万円をかけて案内板設置、パンフレット作成などを行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月24日 社会・文化 石川県トランポリン協会(会長米沢外秋)の発会式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月24日 社会・文化 第1回金沢市卓球大会(市主催)が開かれ、20校下、150人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 2月28日 社会・文化 県教委が3月1日付で、47年5月19日のスト(1時間)など過去3回県教祖、県校教祖が行ったストに対し、停職2か月を最高に54人の組合幹部を懲戒処分、その他文書訓告、口頭注意、総計5,626人の処分を行うと発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月1日 社会・文化 市と県警本部が、生活道路のうち13か所(総延長1.9キロ)を「歩行者用道路」に指定、法的規制を伴う生活道路として住民に開放した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月16日 社会・文化 真宗大谷派(東本願寺)の「本山危機突破僧俗北陸大会」が金沢市の専光寺(本町)で、末広愛邦宗務総長を迎えて開かれ、北陸3県から約150人が出席、法主を中心に本廟護持を確認し散会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月18日 社会・文化 三井信託銀行が創立50周年記念に当たって金沢市に500万円を寄付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月18日 社会・文化 「日中友好石川県連絡会議」の設立総会がMRO会館で、加盟団体の代表200人が集まって開かれた。会長吉井一良(県議会議長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月22日 社会・文化 市が、大手町にある旧前田藩家臣寺島応養屋敷跡〔寺島哲所有)を市指定文化財の史跡に指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月24日 社会・文化 「石川県ボランティア連絡協議会」の結成大会が開かれた。会長に藤原雅男(日赤青年奉仕団)が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月25日 社会・文化 真宗大谷派(東本願寺)の問題について、同派金沢教区石川地区(金沢、松任、野々市、美川、鶴来)が松任市の願念寺で「問題の説明を聞く会」を開いた。集まったのは大部分が改革派であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月26日 社会・文化 春闘第2波統一ストで北陸線は完全にまひ状態となり、そのうえ北鉄、タクシーの時限ストも加わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月29日 社会・文化 文化財保護審議会が、重要無形文化財(人間国宝)4人を認定した。この中に金沢市金石町出身、横浜市在住の赤地友哉(髹漆)が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 3月30日 社会・文化 泉野保健所・公害センター合同庁舎(泉野町)の新築落成式が行われた。総事業費約3億3,459万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月1日 社会・文化 伏見台小学校(三馬・富樫校下の一部を校区とする)が開校した。ただし新校舎建設の関係で一学期間は三馬、富樫両校にそれぞれ分かれて通学する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月1日 社会・文化 県立金沢西高等学校が旧理科センターで開校した。また、県立養護学校平和町分校が建立平和町養護学校として独立、私立金城中学校が休校となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月4日 社会・文化 市福祉事務所が所内に、週1回手話通訳を配置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月9日 社会・文化 春闘史上最大規模の交通ゼネストは、3公社5現業9組合で組織する公労協によって9日から第3波ストに入り、10日は国労、動労が全国(新幹線、首都圏、近畿圏を除く)でストに入った。国労、動労各北陸地本も96時間ストに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月11日 社会・文化 11日朝から公労協9単産、公務員共闘22単産、民間50単産あわせて81単産、延べ600万人が史上初のゼネストに突入。県内では県評、中立組合の県春闘共闘会議の23単産、102組合、4万5,000人の労組員がストに入り、交通機関はほぼストップ、電報、電話、病院の一部、多くの小中高校が事実上“開店休業”。自治労では県組織半日スト、七尾市(半日スト)を除く市町村職組は1~2時間のストを行った。北鉄は11日から48時間ストを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月13日 社会・文化 第3波統一ストの最終日、県内では県教組、県高教組、金大教職組、石川私教労連(以上早朝二時間)、全逓北陸(24時間)、全電通北陸(12日から48時間)全農林(半日)、自治労県職組(30分)、市町村職組(30分―1時間)がそれぞれストを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月16日 社会・文化 市立中村保育所の新築落成式が行われた。(工費約5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 4月17日 社会・文化 ソ連大使館の1等書記官フラドキン夫妻ら一行が“74現代ソビエト絵画展”のテープカットのため金沢を訪れ、県、市を表敬訪問、市へ「イルクーツク」(25号)の絵画を贈った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月4日 社会・文化 能楽の笛方、人間国宝藤田大五郎を迎えて第1回芸能文化の講演と鑑賞会が県能楽文化会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月6日 社会・文化 泉鏡花の「滝の白糸」の碑が、天神橋の下流100メートルの左岸へ移された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月10日 社会・文化 高岡町の火事で7棟を全半焼し、火元の老女が焼死した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月11日 社会・文化 世界青少年交流協会の招きで来日している、チェコスロバキア青少年代表団の一行35人(団長プレソフ市局長シヘル・プラダ)が金沢を訪れた。(14日まで滞在) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月14日 社会・文化 馬場小学校内に、市北部地区へき地複式教育センター(所長は同校校長)が設置された。11月まで、高学年は毎月第3火曜日、中学年は同第3水曜日、低学年は年2回、へき地校の児童が集合して学習を深めようとするもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月18日 社会・文化 小橋町の箔師安江孝明が、1億円の私財を投じて北安江町に建てた「安江金箔工芸館」の落成披露式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月22日 社会・文化 社会福祉法人小立野善隣館の新しい建物が完成、記念式典が行われた。総工費8,330万円。うち市補助4,700万円、県補助約675万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月23日 社会・文化 近代警察制度創設100年記念の「石川県警察史」上巻が完成。A5判、803ページ。1,000部限定出版。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月28日 社会・文化 金石地区で、マツクイムシによる松林の被害が目立っており、市林務課の調べでは同地区の海岸沿いだけでも被害は60ヘクタールにのぼり、29日と来月19日日の2回、空中と地上から大がかりな薬剤散布を行うことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 5月30日 社会・文化 石川フィルハーモニー交響楽団の第1回定期演奏会が観光会館で開かれた。同フィルは昨年3月誕生。団長石本一雄。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月16日 社会・文化 市で3棟目の城東市民体育館が石引3丁目(紫錦台中隣り)に完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月20日 社会・文化 重度の身体障害者や老人を対象につくられた身障者移送用特殊バス「ことじ号」が市に導入された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月20日 社会・文化 バツラフ・ノイマン指揮のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団金沢公演が観光会館で開かれた。5年ぶり3度目の来日。金沢公演は初めて。ドボルザークの「新世界より」などを演奏した 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月22日 社会・文化 重度精神薄弱者の厚生施設ふじのき寮(寮長松原太郎)の開寮式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月27日 社会・文化 県教委が学制100年記念事業として編さんした「石川県教育史第1巻」(藩政・明治編)を発刊した。A5判、1,300ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月28日 社会・文化 市体育協会がこのほど、県ボウリング連盟金沢支部の加盟を承認、市体協としては35番目の加盟競技団体となった。(県体協への加盟は12月14日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月29日 社会・文化 金沢の能楽会の長老、小鼓の住駒陽介の舞台生活60年を記念する能楽大会が、県能楽文化会館で2日間にわたって行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 6月30日 社会・文化 石川県立野球場(北塚町)が完成、開場式が行われたあと、高校野球の古豪平安高校を迎え、星稜高校、羽咋工高との記念交歓試合が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月10日 社会・文化 9日夜から10日朝まで県南部が集中豪雨に見舞われ、金沢市で175ミリ(9日午前9時から24時間)を記録、鈴見台2丁目で土砂崩れのため民家1戸が押しつぶされ、死者1名の事故があった。市では自然災害弔慰金80万円を贈った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月11日 社会・文化 県住宅供給公社が5年前に造成した弓取団地(200戸)の住民70人が市へ①弓取川のいっ水防止②団地内への浸水予防について対策を求め陳情した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月17日 社会・文化 南小立野小学校の全校舎が完成、落成式を挙行した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月20日 社会・文化 民俗資料の村、檀風苑が北袋町地内に完成、開苑式が行われた。江戸村と同じく白雲楼ホテルが建設したもの。伝統工芸に使われた道具約5,000点などが展示されている。(総事業費約3億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月25日 社会・文化 市の青少年ヨーロッパ親善訪問代表団(団長上口映治)の壮行式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月28日 社会・文化 金沢日赤病院(三馬町)が昨年9月から建築中の老人病棟(地下1階、地上4階、150床)が完成。8月1日から業務を開始する。総事業費2億9,800万円(日赤1億200万円、県1億9,600万円)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 7月30日 社会・文化 北陸地方では初めての岸壁電話施設が金沢港に完成した。無量寺ふ頭3か所、戸水ふ頭2か所。同港を利用する船舶はいつでも船中から国内はもとより、外国へも通話できる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月2日 社会・文化 市が、ソ連イルクーツク市へバレーボールの親善使節団を送ることにした。団長市教育長桑田良夫。団員は石川繊維(諸江町)のバレーボールチーム14人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月5日 社会・文化 文化庁の伝統的建造物に指定された東山1丁目の「旧愛宕地区」(元東遊廓)一帯の古い街並みを保存するための調査委員会が現地を初調査した。調査したのは東京工大教授(建築学)平井聖ら6人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月5日 社会・文化 金沢放送児童合唱団と東京荒川少年少女合唱隊の初めてのジョイントコンサート「湯山昭の音楽」が観光会館で開かれた。両合唱団の交流の育ての親である湯山昭が合同合唱の指揮をとった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月8日 社会・文化 日本教師会(会長田中卓)の第15回教育研究会全国大会が観光会館で、約2,000人の会員が参加し、3日間の日程で始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月14日 社会・文化 大腿四頭筋短縮症の幼児がすでに、県内で65人が見つかっているが、市立病院であらたに上腕三頭筋拘縮症の幼児4人が発見された。北陸では初めての発見である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月22日 社会・文化 談義所栄二が死去。74歳。染色工芸作家。30年日展審査員。第9回(30年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 8月28日 社会・文化 上辰巳町にある「辰巳町古窯跡」から、奈良─平安初期の土器160点あまりと窯の本体が発掘された。(出土品は61年7月、新保本町埋蔵文化財収納庫に収蔵された) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月1日 社会・文化 金沢医科大学病院(内灘町)の開院式が行われた。(総工費60億円。診療開始は17日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月2日 社会・文化 伏見台小学校(窪5丁目)が完成し、入校式を行った。(開校記念日は9月28日)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月14日 社会・文化 重要無形文化財能楽総合指定を受けている日本能楽会の公演が県能楽文化会館で開かれた。金沢での公演は初めて。宝生流、観世流、和泉流狂言など6番が披露された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月22日 社会・文化 金沢市出身の作曲家飯田景応(本名丹波景応)の音楽碑が野町3丁目の開禅寺境内に建立され、除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月25日 社会・文化 「寺中遺跡」(寺中町)で国内でも最大級の手のこんだ造りの勾玉が発見された。通常の“C”型でなく、“E型”で、貴重な発見。市文化財資料センター(仮称)に保存される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月28日 社会・文化 創立50周年を迎えた市立工業高校本科2部(定時制)の記念式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 9月28日 社会・文化 金沢仏舎利塔落慶式が、奥卯辰山墓地公園入り口(若松町)の同塔前で、インド駐日大使夫婦、スリランカ駐日代理大使夫婦を迎えて営まれた。県内から僧侶約200人、信徒1,000人余が参列した。塔は金沢仏舎利塔奉賛会(会長松本由)の建立。工費約1億円。故ネールインド首相から贈られた仏舎利が納められている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月3日 社会・文化 殿田良作が死去。77歳。金沢市史編さん委員、県郷土資料館嘱託などで郷土の歴史研究に貢献した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月5日 社会・文化 フランスとの芸術・文化交流促進を目的に、金沢日仏協会が発足した。会長徳田与吉郎。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月10日 社会・文化 館山町の真言宗永安寺に本堂が建立され、約2,000人の門徒らが集まって落慶法要が営まれた。(総工費1億5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月11日 社会・文化 笛の名手藤舎秀寿(東山1)のソロ演奏のレコーディングがこのほど、東京フォノグラムのスタジオで行われた。篠笛が「月」「空笛」「六段」など、能笛は「あしらい」「楽」などである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月13日 社会・文化 宮本三郎が東京で死去。69歳。小松市出身。洋画家、日本芸術院会員、金沢美大名誉教授。二紀会理事長。21年金沢美術工専創設とともに教授となり25年まで在職。第1回(23年)金沢市文化賞受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月13日 社会・文化 法然上人の浄土宗開宗800年を記念する慶賛法要が、観光会館で信徒ら約2,000人が参列して営まれた。導師同宗宗務総長稲岡覚順。記念講演2題があった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月15日 社会・文化 瓢箪町小学校に通学制の「自閉症教室」が開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月22日 社会・文化 県の48年度大気汚染調査報告書によると、香林坊、六枚町、橋場町の自動車排出ガスの一酸化炭素量は東京都を超えていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月23日 社会・文化 第2回泉鏡花記念市民文学賞が西敏明の歴史小説「城下」に決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月24日 社会・文化 第2回泉鏡花文学賞が中井英夫の「悪夢の骨碑」に決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 10月31日 社会・文化 県と市が行った四頭筋短縮症の検診で、市内で29人が同症と認定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月3日 社会・文化 第28回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は渡辺荀之助(加賀宝生能楽)原田太一(日本画)、慶松光雄(東洋史学)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月4日 社会・文化 渡辺勝雄指揮による東京都交響楽団の演奏会が観光会館で開かれ、地元の新進ピアニスト越野正信がドイツ留学帰国後初の演奏を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月12日 社会・文化 本町1丁目の真宗大谷派発心寺裏手の離れから午後2時出火、本堂と離れをそれぞれ全焼、約1時間後に消し止めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月13日 社会・文化 金沢美大同窓会が新キャンパスにケヤキの苗木60本を植樹した。この苗木は旧キャンパスのケヤキ(樹齢約300年)の種から育てたもの。なお、この日、同窓会の代表が岡市長を訪ね、苗木100本を市へ寄付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月18日 社会・文化 「緑を育て金沢を美しくする会」(会長本岡三郎)が観光会館で設立総会を開き、各界の代表約300人が集まった。岡市長らが外濠公園に黒松の苗木8本を記念植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月21日 社会・文化 フランスのナンシー市から初めての交換留学生として来沢したナンシー美大卒のパトリック・パリゾーが岡市長を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月23日 社会・文化 小坂公民館と同児童館を併置した小坂社会文化センターの落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 11月26日 社会・文化 上山南洋(本名外二)が死去。61歳。北国新聞副社長。11年北国新聞社入社、31年論説委員長、33年主筆、37年ソ連首相フルシチョフと単独会見、39年専務、44年副社長。政治、経済、文化、宗教、労働など各界との交流があり、特異な存在だった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月1日 社会・文化 第1回県トランポリン選手権大会が市営城東市民体育館で開かれ、80人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月2日 社会・文化 市が県内で初めて開設した老人福祉作業センター「ことぶき作業場」(十一屋町)の完工式が行われた。元県身体障害者更生指導所を改造したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月9日 社会・文化 県競馬事業局が、49年度の金沢競馬の成績をまとめた。開催回数県15回、市3回の計18回、延べ108日。入場者111万5,075人、発売額307億4,354万円。前年度より入場者21%、発売額43%の伸び。主催市として約5億5,000万円の収入が見込まれる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月10日 社会・文化 市文化財指定の加賀藩士多賀家の門(兼六元町)が解体され、湯涌町の江戸村に復元されることに決まった。元知事柴野和喜夫が市へ寄付、市が江戸村へ譲ったものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月16日 社会・文化 石川県史復刊委員会が進めていた石川県史全5巻のうち最終の第5巻が出来上がり、同復刊事業が完了した。頒布部数1,500部。 金沢の百年 昭和続編
    昭和四十九年(1974) 12月27日 社会・文化 二俣町と湯涌町にこのほど、市内初の「孤立防止用無線電話」が取り付けられた。金沢電話局が設置したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月7日 政治・経済 諸江町一帯は北陸一のセリの産地であるが、セリ田は約4ヘクタール。セリを作る農家も近年少なくなり、今では35戸だという。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月10日 政治・経済 北陸機械工業(観音堂町、社長麻生徳次)が経営の悪化により、金沢地裁へ会社更生法の適用を申請した。負債総額は約40億円とみられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月12日 政治・経済 金沢─武蔵間の近代化再開発事業が、国の予算で新規採択された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月12日 政治・経済 赤座繊維工業(諸江町上丁)が合理化対策として本社および金沢、美川、富山(小矢部市)の3工場の従業員116人を13日から整理することに労使が合意した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月13日 政治・経済 北陸機械工業の会社更生法適用申請に対処し、県が北陸機械工業倒産関連対策協議会を設置し、第1回会議を開いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月17日 政治・経済 市が長期計画の確定稿を発表した。昨年1月、未定稿を発表後、市民の声を聞き、手直しして確定したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月20日 政治・経済 犀川公民館、犀川消防分団消防車格納庫を併設した市役所犀川出張所が末町に完成、業務を開始した。(総工費3,310万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月24日 政治・経済 金沢港の木くずを処理する木くず焼却炉が湊1丁目に完成した。県と荷受け業者が建設したもので、総工費は8,600万円である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月 政治・経済 49年度金沢港の貨物取扱い量は、180万トンと前年を16万トン上回り、入港船も1,059隻と前年より49隻増えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月2日 政治・経済 県知事選の投票が行われ、即日開票の結果、現職の中西陽一(自民)が当選した。32万943票。4選目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月13日 政治・経済 県土縦貫広域林道構想の一部である「広域林道犀鶴線」の開設促進期成同盟会の設立総会が市役所で開かれた。会長岡市長、副会長柴多進鶴来町長。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月20日 政治・経済 金鉄局が「金沢駅高架プロジェクトチーム」を設置し、同事業推進に本格的に取り組むことになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月21日 政治・経済 市企業局が、名古屋通産局にガス料金の値上げ申請を行っていたが、上げ率、平均38.69%の内示があった。これによると、平均単価現行41円4銭9厘が56円93銭となる。(実施は4月1日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月22日 政治・経済 市は、約20年にわたって職員に支給していた「整理超過勤務手当」について、3月から支給を廃止する方針を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月25日 政治・経済 市が50年度当初予算案を市議会に内示した。一般会計343億3,100万円(前年度当初比26.6%増)、特別会計155億7,048万円、企業会計130億3,712万円、総額629億3,860万円となっている(千円以下略) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月7日 政治・経済 岡市長が、50年度から専門委員制を設け、建築家谷口吉郎、交通評論家角本良平、雑誌「世界」編集長安江良介(いずれも金沢市出身)を委員に選任することにし、50年度当初予算に100万円を計上した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月7日 政治・経済 県土木部が県議会土木委で、「金沢駅鉄道高架事業等推進本部」(3月中に設置)と「県金沢駅鉄道高架事業対策室」(4月1日発足)の設置について説明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月10日 政治・経済 市が「新幹線」「駅高架化」の両事業推進本部を設置した。(本部長は岡市長) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月12日 政治・経済 4月12日から珠洲飯田港と佐渡小木港間に就航するカーフェリー「かもめ」(2.750総トン)が金沢港に回航されてきた。金沢港を船籍港とする最初の船。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月15日 政治・経済 自民党金沢市議団が岡市長に対し、専門委員設置に反対の意向を申し入れた。岡市長は議会の了承が無ければ任命しないと約束した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月26日 政治・経済 法務省と全国人権擁護委員連合会がこのほど、金沢市など県内5市町村を人権モデル地区に指定した。県内市長の指定は初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月26日 政治・経済 県から申請していた加賀友禅、輪島塗、山中漆器、九谷焼の4品目が通産省の審査会で伝統的工芸品として指定が決まった。指定によって国からの補助があり、また「特産品」の表示ができることになる。(5月10日正式指定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月31日 政治・経済 県と五郎島町との間で、金沢港建設に伴う宅地買収・家屋移転補償について交渉がまとまり、知事室で両者が覚え書きに調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月1日 政治・経済 高速道路の料金が改訂され、平均66.5%値上げとなり、金沢西-丸岡間、普通車500円が1,000円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月1日 政治・経済 市が「盲人ガイドヘルパー派遣事業」と「手話通訳派遣事業」を発足させた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月3日 政治・経済 日本海側で初めてという公設小売市場がみどり団地に完成、開店した。(総工費9,467万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月8日 政治・経済 市の道路舗装に必要だった受益者負担金が、今年度限りで廃止と決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月12日 政治・経済 1月10日に北陸機械工業から出されていた、会社更生手続き開始申し立てを審理していた金沢地裁が、申し立てを棄却することに決定、関係者に通知した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月13日 政治・経済 県議会議員選挙の投票があり、即日開票。金沢市選挙区の当選議員は次のとおり(得票数順)。定数16人。米沢外秋(自元)、金原博(自現)、米沢利久(自新)、河口健吾(自新)、呉藤憲治(公現)、橋爪義守(社元)、今井源三(自現)、土用下欽子(自新)、谷口一夫(自新)、島村隆(社現)、西森金市(自現)、高田修治(自新)、清水保治(社元)、荒木実(民現)、川島重男(無現)、嶋野清志(自新)。県議会(定数46人)は自民32、社会3、民社2、公明1、共産0、無所属8となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月19日 政治・経済 浅野川の「中の橋」が22年ぶりに再建、渡り初め式が行われた。長さ38.6メートル。歩行者と自転車の専用橋である。(工費2,100万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月21日 政治・経済 北陸機械工業が自己破産の申し立てを金沢地裁へ提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月27日 政治・経済 第8回統一地方選挙の投票が行われ、即日開票。金沢市議当選者は次のとおり(得票数順)。北市朗(自新)、愛知末太郎(自元)、石野邑一(自新)、梅本修(民新)、吉田勉(自現)、前川弘(無新)、室井光栄(自現)、鴻野博司(自新)、浅井茂人(共現)、瀬戸勇(自新)、不破実(自新)、杉浦常男(共現)、山田透(公新)、奥清一(自現)、滝尾照士(自現)、荒木吉久(自現)、長井賢誓(自現)、中村外次(自現)、勝田三郎(自現)、村池久一(社現)、油谷外郷(自現)、升きよみ(共新)、梅田武一(社現)、村中博明(自現)、中野光弘(民現)、山田初雄(自新)、喜多美由喜(自現)、中川哲夫(無現)、蚊戸助吉(社現)、館常雄(公現)、鳥居信吉(公現)、山本利夫(社現)、宮崎友治(社新)、松永敏(無現)、末岡尚(自現)、酒尾孝之(自現)、神川利男(自現)、松本捷夫(自新)、宇野邦夫(自新)、中村利吉(自現)、米田正一(社現)、池田外作(自現)、鈴木忠作(自現)、白沢実(社現)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月5日 政治・経済 市内で初めての自転車専用道路「満願寺川自転車道」の開通式が横川橋のたもとで行われた。自転車道の長さは534メートル。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月8日 政治・経済 バッファロー市の親善使節団(レオナード・H・フランク団長)の一行23人が金沢入りした。市は、同行のスタンレー・M・マコウスキー市長に市として初めて名誉市民章を贈った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月9日 政治・経済 倉庫精練(社長西川文平)が北陸染色加工(玉鉾町)を吸収合併した。また長町の本社工場を5月いっぱいで閉鎖することを明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月15日 政治・経済 市議会の組織議会が開かれ、議長に室井光栄(自民)、副議長に鈴木忠作(自民)を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月19日 政治・経済 金沢港にソ連の観光団232人を乗せた客船、「マリアウリノーバー号」が入港した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月26日 政治・経済 北陸機械工業が、全従業員を解雇する通告書を全員に郵送した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月27日 政治・経済 市道犀川5号線に架かる鉄筋コンクリート造りの「下辰巳橋」が完成、開通した。長さ36メートル。(総工費2,964万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月28日 政治・経済 市交通安全対策協議会が、市中心部の1人乗り自動車乗り入れ禁止規制の論議を打ち切ることを申し合わせた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月28日 政治・経済 香林坊第2防災街区ビルに、西武百貨店が出店することが本格決定した。金沢都市開発の株主総会で明らかになったものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月1日 政治・経済 市公害センターが、市内6か所の市設大気汚染制御システムとのテレメーターによる接続が完了、運用を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月4日 政治・経済 日ソ漁業交渉で来日中のソ連漁業相イシコフが空路来県。随員をまじえて中西知事と会談。知事は安全操業を要望した。(5日は能登島の県増殖試験場などを訪れた。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月5日 政治・経済 市は、企業局西部作業所を出雲町の出雲浄水場内に開設した。市民からのガス、水道の修繕要請に対処する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月10日 政治・経済 市内のタクシー料金が、平均22.8%値上げされた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月19日 政治・経済 市の6月定例議会の最終日、江川助役の再任が認められた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月20日 政治・経済 市議会の自民党議員団有志17人がこのほど、「中小企業問題研究会」を発足させた。会長滝尾照士。これで農業系の「親農会」(会長酒尾孝之)と商工系の同研究会の2つの流れができたことになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月22日 政治・経済 陸上自衛隊金沢駐屯地の本部隊舎落成式が同駐屯地で行われた。工費2億8,000万円。旧隊舎は旧陸軍第9師団の歴史資料館として保存される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月25日 政治・経済 県が開発した米の新品種「加賀ひかり」が50年度から”うまい米”の銘柄米となることが決まった。県農業試験場の10年がかりの研究開発が実ったものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月26日 政治・経済 市の犀川浄水場(末町)の第2系列(沈殿池2、ろ過池2)が完成、通水した。市の給水能力は1日3万3,300トン増え、25万1,000トンとなる。(総事業費8億6,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月5日 政治・経済 北陸機械工業の自己破産申し立てに対し、金沢地裁が破産宣告をした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月7日 政治・経済 金沢市農協と金沢市中央農協が、今年度から5か年計画で乳牛の品種改良に取り組むことになり、北海道から優秀な種雌牛5頭を購入することを決めた。1頭100万円見当。市が200万円補助をする。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月7日 政治・経済 ソ連・イルクーツク市の観光団一行11人が京都から金沢入りした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月22日 政治・経済 市は、不況による市税収入の落ち込みから財政危機の「黄信号」を出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月25日 政治・経済 市が市内の交通機関として考えているモノレール建設構想に代わって、ガイドウェイ構想が浮かび上がってきた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月26日 政治・経済 金沢市営造林の事業を始めてから10年、造林面積は1,900ヘクタールとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月31日 政治・経済 県と五郎島町の金沢港建設にともなう代替農地などの交渉が30日深夜まとまり、中本与作町会長と中西知事らが出席して確認書に調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月31日 政治・経済 自民党県連が第22回定例大会を開き、会長矢田富雄、副会長吉井一良、同酒尾孝之、幹事長今井源三ら新執行部を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月9日 政治・経済 県議会の運営理事会で、県財政の危機(100億円の赤字予想)に対処するため、議長報酬の3%カットを9月から当分の間、実施する方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月9日 政治・経済 自民党金沢支部の今年度定期大会がMRO会館で開かれ、支部長油谷外郷、幹事長村中博明ら新役員を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月11日 政治・経済 「湯涌農村環境改善センター」の落成式が、芝原町の同センターで行われた。(施設の総事業費8,400万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月12日 政治・経済 市がみどり3丁目(緑団地)に建設していた分譲マンションが完成。9月8日からマンション30戸、店舗10戸の分譲を公募する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月12日 政治・経済 新野町広小路商店街のアーケードと植樹帯グリーンゾーンが出来上がり、完工式が行われた。アーケード延長180メートル。植樹帯には1,229本の木が植えられた。(総工費約6,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月13日 政治・経済 市議会の運営委員会で、市財政窮迫のため、議員報酬の2%を返上することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月17日 政治・経済 日本商工会議所が「都市地域総合経済団体ビジョン作成事業」に着手し、同事業推進モデル会議所(全国15)として金沢商工会議所を指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月27日 政治・経済 サウジアラビアのムスリー・M・アルサワーフ(ファイサル前国王の国政顧問の2男)が金沢を訪れ、兼六園、金沢工大、小松製作所粟津工場などを見学した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月29日 政治・経済 金沢経済同友会が、新代表幹事に福光博(金沢商工会議所副会頭)を当てることにし、金沢商工会議所は副会頭退任を了承した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月1日 政治・経済 駐日中国大使陳楚夫婦が来県、中西知事、岡市長を表敬訪問、中国産漆を石川県へできるだけ多く供給したいと約束した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月5日 政治・経済 県デザイン開発研究会(委員長宮太郎)の第1回委員会が開かれ、日本産業デザイン振興会の常務理事来栖義郎、アメリカのロバート・F・ローベンス(極東代表)を招いて講話を聞いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月9日 政治・経済 北陸新幹線金沢駅関連事業促進期成同盟会理事長室井光栄(市議会議長)が、名誉会長中西陽一・会長奥田敬和らと国土庁に金丸信長官を訪ね、北陸新幹線の早期実現を陳情した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月9日 政治・経済 北陸自動車道の丸岡―福井インターチェンジ間が開通し、これにより金沢西―福井間が全面開通となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月18日 政治・経済 “無認可保育所”に対し、市は保育費と施設費に限り初めて補助金を出すことを決めた。今年度当初予算に計上されたが、7月24日の市議会常任委員会で補助金として認められ、その後「50年度共同育児事業等適正化指導要綱」に基づいて支給されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月18日 政治・経済 国土庁が、50年度の国土総合開発事業調査費の第2次配分を決め、金沢の市街地環境保全交通施設調査として1,881万6,000円を認めた。市の交通体系の調査を全額国の負担で行うもので、全国で金沢市だけが選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月21日 政治・経済 安原工業団地の第1次分譲が20日締め切られた。52業者の申し込みがあったが、市の予想を大きく下回り、第2次募集をすることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月3日 政治・経済 金沢市の5つの姉妹都市バッファロー、イルクーツク、ポルトアレグレ、ゲント、ナンシーの民芸品、特産品などを一堂に集めた「金沢姉妹都市フェア」(金沢市都市提携委員会など主催)が名鉄丸越デパートで開幕した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月4日 政治・経済 北陸自動車道の小杉―富山間が開通し、金沢から富山まで1時間交通圏に入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月6日 政治・経済 市は財政急迫に対処し、管理職手当てを10-15%、10月から今年度いっぱい減額することを庁議で決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月7日 政治・経済 市公害センターが初めて「公害白書」(49年度版)を刊行した。市の公害は、各方面の努力によって、好転しつつあることを指摘している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月14日 政治・経済 モスクワ市で開かれた「1975年モスクワ・日本ファッション展」(日ソ貿易協会主催)に石川県と金沢市が共同で初参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月20日 政治・経済 JMA(日本百貨店共同仕入れ機構)代表者会議のため来県した西武百貨店代表取締役副社長板倉芳明が記者会見し、「香林坊第2街区への進出はたな上げ状態である。」と語り、目標の今秋着工が不可能となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月24日 政治・経済 パーソントリップ(人の動き)調査(県、建設省、市共同、49年10月実施)の結果がまとまり、県交通安全対策会議都市交通問題対策小委員会に提示された。この調査は、日本海側では初めての試みで、県は金沢市の都心部の全面駐車禁止、バス専用レーンの増設試案を示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月31日 政治・経済 県統計調査課が発表した市の消費者物価総合指数175.08(45年=100)で、前年同月比10.3%の急上昇である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月10日 政治・経済 金沢経済同友会(福光博代表幹事)が、「企業と地域社会委員会」の第1回委員会を開き、同委員会内に都市環境デザイン問題特別委員会を設け、金沢の都市美保護に関する研究と提言を行っていくことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月11日 政治・経済 県警交通部が、12月1日から金沢市中心部4.05平方キロの区域内を全面駐車禁止にすることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月12日 政治・経済 金沢市が環境庁から「低汚染モデル都市」に指定された。12日から1か月間、市内の工場、一般住宅などを対象に大規模なエネルギー活動調査が行われる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月12日 政治・経済 金沢港合同庁舎(湊4丁目)の落成式が行われた。(総工費約1億8,200万円)この庁舎には七尾税関支署金沢出張所、名古屋入国管理事務所金沢港出張所、金沢海上保安署など5つの官庁が入る。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月14日 政治・経済 市議会運営委員会は、市議会議員報酬の一部返上が改正公選法に抵触するとの自治省見解が出されたため、一部返上を撤回することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月16日 政治・経済 県は、「中小企業専門工場指定制度」を今年度で打ち切り、新たに「機械工業高度化推進工場制度」(仮称)を設けることを決めた。県鉄工協会とともに官民一体の振興策がスタートすることになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月19日 政治・経済 金沢電話局が建設を進めていた入江電話局(新神田5丁目)が完成、91局が開局した。(工費約6億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月20日 政治・経済 社会党県本部が、各層、各団体から広く意見を聞く活動を始めた。3日間の日程で開くもので、県本部としては初めての試みである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月25日 政治・経済 香林坊第1街区を造成する香林坊開発が、同街区の商業ビルのキー・テナントにダイエー(大阪府吹田市)が決定したことを明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月 政治・経済 北陸電気通信局が調査した3月末現在の人口100人当たりの電話普及率は金沢市が最上位で31.5となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月1日 政治・経済 金沢商工会議所が、長期化しているスト権ストの中止を求める決議をし、金鉄局、北陸郵政局、北陸電通局および関係労組を訪ね、要望書を手渡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月5日 政治・経済 市は長町の武家屋敷の一角に和風の公衆便所を設置した(9月28日)が、これに接してミニ日本庭園を造成することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月5日 政治・経済 毛紡績加工の丸益毛織(中村町)が51年6月ごろをめどに、本社、工場を松任市福留町地内に全面移転することで労使合意に達したことを明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月6日 政治・経済 桐工芸の総合センターが弥勒町にオープンした。桐の植栽から製材、製作、販売まで一貫して行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月6日 政治・経済 県自然環境保全審議会環境保全部会が開かれ、金沢市の菊水地区など県内3区域を自然環境保全地域に指定するよう知事に答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月10日 政治・経済 社会党県議団が県議会議長に「土地問題対策特別委員会」(仮称)を設置するよう文書で申し入れた。県土地開発公社などの事業をチェックするのがねらい。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月11日 政治・経済 農業センサス(2月1日農林省実施)の結果によると、市内の農地面積はこの5年間で19.1%減の5,854ヘクタール、農業就業人口は1万1,414人で前回より4,625人(28.8%)減となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月14日 政治・経済 湯涌町地内の浅野川上流にこのほど、イワナ養殖場が完成、稚魚300キロが放流された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月15日 政治・経済 粟崎地内と湊町を結ぶ「五郎島橋」が完成、渡り初め式が行われた。全長163メートル、幅12.5メートル(車道6.5メートル、左右の歩道それぞれ1.5メートル、ほかに自転車道3メートル)。総工費3億7,500万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月15日 政治・経済 中西知事が県議会で、兼六園の有料化実施に踏み切ると表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月19日 政治・経済 市議会12月定例会の最終日、公労協スト権ストに関する意見書が採択(社会、共産両党反対)され、全日程を終え閉会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月20日 政治・経済 広坂消防署小立野出張所(小立野2丁目)が完成、業務を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月25日 政治・経済 今年度の市営競馬の売り上げのうち、6億4,706万余円が市の収入となった。前年度より28%の増である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月0日 政治・経済 伏見川中小河川改修事業(犀川合流点から高橋川合流点まで)=35年度から実施=は50年度で完了。(51年度以降は新規計画により実施する) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月5日 社会・文化 第1回金沢市ニューイヤーコンサートが観光会館で開かれ、金沢放送合唱団とMRO放送合唱団のジョイント演奏が実現した。指揮中村外治と水戸部克巳。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月11日 社会・文化 北陸機械工業の組合、全国金属北陸機械支部が臨時組合大会を開き、闘争委員会を設置することを確認した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月12日 社会・文化 社会福祉法人千坂福祉協会が神谷内町に建設していた「かみやち保育園」の落成式が行われた。(総事業費7,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月13日 社会・文化 清谷博文が死去、64歳。県議。自民党県連会長、同幹事長、同総務会長、県議会副議長などを歴任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月20日 社会・文化 大野町にある学校法人若葉幼稚園と、社会福祉法人大野町保育園が合併して、大野町保育園を設立するという珍しいケースが実現した。経営は大野町校下社会福祉協議会が当たる。(開所は4月) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月25日 社会・文化 昨年6月、姉妹校となった金沢大学とバッファロー大学の間で、研究員の交流が実現した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月25日 社会・文化 市が、武家屋敷「平尾家」(本多町)と加賀万歳(加賀万歳保存会、会長丸岡良郎)の2件を市文化財として指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月27日 社会・文化 国立モスクワ放送交響楽団の金沢公演が観光会館で開かれた。曲目はショスタコービチの「交響曲第5番」など。指揮ウラジミール・フェドセーエフ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 1月28日 社会・文化 金大医学部第2外科の食道グループは、頸部先天性狭さく症の老人の手術に成功した。成人の手術例では世界初である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月4日 社会・文化 未明、寺町の民家密集地で木造アパート1棟が全焼、隣接の松月寺と民家を部分焼し、2人が焼死した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月12日 社会・文化 竹の研究者、県森林公園事務所技師八尾弥太郎(円光寺町)がこのほど、「石川の竹」(B5版、200ページ)を自費出版した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月21日 社会・文化 額小学校の新校舎ができ上がり、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月21日 社会・文化 ボリショイ・トビリシ合同バレエ団の金沢公演が観光会館で開かれた。両バレエ団の海外における合同公演は今回が初めて。団長V・パリアシビル指揮。演奏は東京交響楽団。「白鳥の湖」「くるみ割り人形」などが上演された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月22日 社会・文化 県歯科医師会が、健康保険のきかない差額診療の対象となる歯科診療報酬標準表を決めた。(24日から実施)義歯(普通の入れ歯)は金属床(台)上・下各1アゴで10万円、金床(白金加金床)床付き1歯で10万円、1歯増えるごとに2万円加算。金冠(いわゆる金歯)は3万円から4万5,000円。陶材冠は1本3万5,000円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月23日 社会・文化 闕野神社(寺町)の菊桜(樹齢150年)が枯死した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 2月28日 社会・文化 氷見晃堂が死去。68歳。木工芸家。38年金沢市文化賞受賞。44年県無形文化財、45年重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に認定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月4日 社会・文化 県教委が、県教祖と県高教祖の行った過去3回のストに対し、合計5,532人を対象に処分を発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月9日 社会・文化 石川県自然保護団体連絡協議会の発会式が社教センターで開かれた。14団体が加入し、会長に県自然保護協会長木村久吉を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月1日 社会・文化 金沢の東郭の芸妓らが、2月28日と3月1日の両日、東京国立劇場で座敷唄を披露した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月20日 社会・文化 中川善之助(金沢市出身)が死去。77歳。金沢大学前学長。学長として6年間在任。親族法の権威。第26回(47年)金沢市文化賞受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月23日 社会・文化 金沢平野で、地下水汲み上げによる地盤沈下(2.9-0.3センチ)が起きた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月24日 社会・文化 県私立学校審議会が、金城中学校・金城家庭専門学校など4校の廃止を知事諮問どおり承認し答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月27日 社会・文化 45年6月死去した民俗学者長岡博男の蔵書約1万冊が遺族から県郷土資料館へ寄贈された。同館は「長岡博男文庫」として保存する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月28日 社会・文化 県教祖と県高教祖が、4日に県教委が行ったスト処分は不当であるとして県人事委員会へ処分撤回を提訴した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月30日 社会・文化 フランスのナンシー市で親善演奏する県・市音楽文化協会特別合唱団が金沢を出発、フランスへ向かった。団長橋場和吉、総勢122人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 3月31日 社会・文化 金沢医科大学病院で、腎臓の移植手術に成功した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月1日 社会・文化 県教委が、国立療養所医王園内の金沢市立不動寺小・森本中若竹学級を県立医王養護学校として新発足させ、国立金沢病院内の同市立小立野小・紫錦台中すみれ台分校を同養護学校の分校とした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月1日 社会・文化 市立薬師谷保育所(堅田町)が開所した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月1日 社会・文化 北陸大学(金川町)が開学した。学長三浦孝次。理事長林屋亀次郎。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月1日 社会・文化 金沢美大の4代目学長に、同学部教授五井孝夫が就任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月1日 社会・文化 ベルギーのゲント市から、ゲント日本武道学校の一行29人が金沢を訪れた。団長アンドレ・ダスメット。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月15日 社会・文化 市商工観光課が今月下旬から、新しい観光コースとして「寺町コース」を設けることにした。今までに「中央コース」「卯辰山ろくコース」がある。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月17日 社会・文化 県教委が文部省の方針を受けてスポーツ主事制度をスタートさせたが、今年度はとりあえず金沢市など5市町村に各1人を配置した。(5年計画で県内32の全町村に1人ずつ置くことにしている) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月20日 社会・文化 学校法人松雲学園北陸大学薬学部の第1回入学式が行われた。(入学生、薬学科104人衛生学科84人) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 4月28日 社会・文化 別所町の学校植林地が、20年ぶりに市から内川小中学校へ移管された。これは内川村が市に編入になった時市有地となり、そのままになっていたのを、同校の100周年記念に市から学校へ移管したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月1日 社会・文化 「ウィーン少年合唱団金沢公演」が観光会館で開かれた。3年ぶり5回目。ウベ・クリスティアン・ハラー指揮。「流浪の民」「ヨハン・シュトラウス・ワルツ集」などを披露した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月3日 社会・文化 松下電器産業から県へ、児童福祉振興資金として330万円の寄付があった。今回の寄付を含めてこれまで県へ2,590万円の寄付金となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月7日 社会・文化 能楽の重要無形文化財総合指定保存者(全国116人)の指定が日本能楽会から発表された。石川県からはシテ方山田太佐久(松任市)、渡辺容之助(金沢市)ワキ方殿田保輔(同)、小鼓方住駒明弘(金沢出身、埼玉県在住)が指定された。(認定式は28日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月8日 社会・文化 国労・動労北陸地本が7日の12時間ストに続いて8日から72時間ストに突入、長距離列車は全面運休。9日間、県・高教組が始業時から2時間の時限スト。また公労協は24時間、全電通は48時間ストに入った。北鉄は13日、48時間ストに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月11日 社会・文化 県営大桑簡易野球場(大桑町)が開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月12日 社会・文化 私立藤花学園藤花高校の理事交代後の第1回理事会が開かれ、新理事長に藤井尊順(金沢西別院輪番)が選出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月17日 社会・文化 カナダの青少年団の一行20人が金沢入りした。世界青年友の会の招きによるもので、カナダ代表団の来沢は初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月23日 社会・文化 金沢市が厚生省から「身障者福祉モデル都市」に指定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月28日 社会・文化 石川県フルート協会(会長上野禎洋)がこのほど発足、県音楽文化協会へ加盟した。部門別では31番目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 5月 社会・文化 金沢港の工事予定地(戸水町)で、古墳時代のものと推定される井戸跡がみつかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月8日 社会・文化 十三間町の黒梅三郎が私費を投じて大乗寺に大聖不動明王と延命地蔵菩薩を寄付、その入仏落慶法要が行われ、各地から200人が参列した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月10日 社会・文化 東ドイツの「ウルブリッヒ4重奏団金沢公演」が北国講堂で行われ、ハイドン作曲弦楽4重奏曲第38番ハ長調「鳥」などが演奏された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月12日 社会・文化 石川県青少年教育研究協議会の設立総会が県社教センターで開かれた。これまでの県青年学級振興協議会に関係機関や団体を加えたものである。会長桑田良夫(市教育長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月13日 社会・文化 画家宮本三郎の遺作品展がMROホールで開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月16日 社会・文化 手取ダム建設で、白峰村桑島から金沢市の額乙丸地区へ移転してきた22世帯がこのほど、「手取町会」を結成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月16日 社会・文化 西川文平(寺町3丁目、西川物産社長)が亡父の命日の供養にと、石川県青少年スポーツ振興会へ100万円を寄付した。43年に寄付した1,000万円を基金に、同振興会が設立されてから毎年100万円の寄付が続けられ、基金額は1,700万円になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月23日 社会・文化 市中央公民館に主婦たちを対象とした合唱団「ママさんコーラス」が誕生し、97人の主婦が集まり“練習始め”が行われた。指揮者山辺美音子。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月26日 社会・文化 香林坊の映画館「スカラ座」が今月いっぱいで閉館、取り壊される。明治29年寄席小屋からスタート、昭和5年「立花座」、29年「スカラ座」と改め、80年の歴史を持っていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 6月30日 社会・文化 藩老本多蔵品館で、6月1日から加賀藩の重臣「八家」に伝わる蔵品300点を集めて「加賀八家展」を開いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月1日 社会・文化 市は、室町時代の絵画(親鸞聖人絵伝)、書跡など5点を市文化財に指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月4日 社会・文化 財団法人中村記念館が1日から金沢市立中村記念美術館と改称、衣替えに伴う開館式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月12日 社会・文化 未明から県内は強い雨が断続的に降り続き、午前9時43分ごろ、山の上町(小坂神社裏)のがけが約50メートルにわたりき裂が生じ、長さ37メートル、高さ8メートルが崩れ落ち、民家の下の土砂が削り取られたため、市は避難勧告を出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月16日 社会・文化 池田外作が死去。69歳。36年市議に当選以来6期連続当選。この間市議会議長を務めたほか、県経営者協会副会長、県縫製協会名誉会長も務めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月19日 社会・文化 国際生活体験運動を金沢で初めてから20年目を迎えたのを機に、金沢を会場に日本国際生活体験協議会設立20周年記念式が行われ、約150万人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月22日 社会・文化 小学校6年生による県内のツバメ生息調査で、総数3万6,751羽で昨年より約700羽減った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月23日 社会・文化 県私立学校審議会が、石川県歯科技工専門学院・西南義塾学園の2校の新設を承認、知事に答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月25日 社会・文化 北国シネラマ会館・北国第一劇場(並木町・現橋場町)が近く78年の歴史を閉じる。同劇場は明治30年「劇場稲荷座」から始まり、同37年「尾山座」、昭和2年「尾山倶楽部」25年「北国第一劇場」となった。跡地はマンションとなる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月26日 社会・文化 市内の独り暮らしの老人が今年5月現在で、前年より256人(54%)増え723人となった。調査を始めた47年(325人)から見れば2倍以上に増えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 7月28日 社会・文化 「医王山スポーツセンター」の開所式が、中西知事・岡市長ら約200人が集まって行われた。建設総額7億4,530万円。県と市で2億9,130万円、日本自転車振興会が4億5,400万円の資金を提供した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月1日 社会・文化 市文化財専門委員会が、昨年の市内寺院群の文化財調査に続き今夏は、大野湊神社と寺町寺院群を調査することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月2日 社会・文化 ブルガリアのトルブーヒン少年少女合唱団の金沢公演が観光会館で開かれ、東欧諸国の歌を十数か国後で披露した。(指揮メドウニカロフ・ザハリ・ドブレフ団長) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月5日 社会・文化 全国公立学校教頭会の第17回研究大会が、3日間の日程で観光会館を主会場に開会、全国から約2,300人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月7日 社会・文化 石川県地方は6日夜半から7日午前6時までに大雨に見舞われ、金沢で132ミリを記録、市内で床下、床上浸水、、道路決壊、がけ崩れなどの被害が出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月10日 社会・文化 第62回日本エスペラント大会が観光会館を会場に9、10の両日行われた。今回は初めてアイヌやベトナム代表も加わり、各国から約200人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月16日 社会・文化 友禅灯ろう流しが浅野川天神橋上流で行われ、約3,000人の市民が夏の風物詩を楽しんだ。20年ぶりの復活である。県染物商工業組青年部主催。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月19日 社会・文化 第5回日本海洋少年団石川県大会が18、19の両日、市内を会場に行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月22日 社会・文化 市厚生部の調べによると、市民の平均寿命は男72.0歳、女75.64歳で、過去30年で男は約9年、女は約8年のびている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月23日 社会・文化 第21回宝生流嘱託会金沢大会が23日から4日間、全国から同嘱託会正会員、一般愛好家ら約500人が参加し、県能楽文化会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月25日 社会・文化 浩宮が学習院高等学校科地理研究会の「加賀・能登」夏季研修に参加のため初めてご来県になった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 8月31日 社会・文化 金沢大学訪ソ団(団長は学長豊田文一、7人)が、ソ連各地の学術調査に出発した。金大の正式な訪ソ団はこれが初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月1日 社会・文化 午後3時ごろ、三社町の印刷所から出火、同印刷所、物置などを全焼、近隣に被害を与え、およそ45分後に鎮火した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月8日 社会・文化 北陸放送の生番組「日本列島ここが真中」が50年度日本民間放送連盟賞ラジオ番組娯楽部門で最優秀賞に選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月14日 社会・文化 小立野3丁目の上野町町会が「上野もちつき踊り」の保存に乗り出し、その成果を披露した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月17日 社会・文化 県立医王養護学校の開校式が行われた。北陸3県で初めての筋ジストロフィー症児および病弱児対象の学校である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月19日 社会・文化 県文化財専門委員会が開かれ、平家住宅(金沢市北袋町檀風苑内)など5点を県の文化財として指定することを県教委へ答申した。(10月7日指定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月23日 社会・文化 天神町の椿原天満宮の獅子頭3体を使った獅子舞いが20年ぶりに復活、25日の秋祭りに舞われることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 9月28日 社会・文化 第1回金沢市陸上競技選手権大会・第5回市陸上カーニバルが市営陸上競技場で約500人の選手が参加して開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月1日 社会・文化 第12回国勢調査が行われた。金沢市は人口39万5,268人(男19万3,271人、女20万1,997人)、世帯数11万8,686であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月4日 社会・文化 シンポジウム「金沢の都市と交通問題を考える」(北陸放送主催)が県社教センターで開かれ、東大助教授新谷洋二の講演のあと、シンポジウムに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月6日 社会・文化 中国北京芸術団(一行65人)の金沢公演が、観光会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月8日 社会・文化 北塚遺跡(北塚町)A遺跡から、全国初の出土とみられる滑石で作られた縄文時代中期の精巧な耳飾りが発見された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月10日 社会・文化 フランスの天才芸術家ジャン・コクトーの金沢展が名鉄丸越のホールで開かれ、油絵、パステル、デッサン、リトグラフ、陶器など約170点が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月14日 社会・文化 市教委が今年度から決めた小学1年生の心臓疾患精密検診が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月17日 社会・文化 紫錦台中学校でこのほど、学校の倉庫から約150年ほど前のものらしい銅製の踏み絵を発見した。教材として永く学校に保存することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月24日 社会・文化 泉鏡花記念金沢市民文学賞(第3回)は金沢出身の作家水芦光子(川崎市)の「奪われるもの」に決まった。(贈呈式は11月15日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月24日 社会・文化 第3回泉鏡花文学賞の受賞作品は森茉莉の「甘い蜜の部屋」(新潮社)に決まった。(贈呈式は11月15日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 10月28日 社会・文化 金沢50年の歩みを顧みる「昭和50年金沢展」が観光会館で始まった。約200点が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月2日 社会・文化 「石川の工芸スペイン展」に派遣される県美術文化協会の民間使節団一行15人が、東京国際空港からスペインへ向かって出発した。団長嘉門安雄。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月3日 社会・文化 第29回金沢市文化賞と50年度産業功労賞の贈呈式が行われた。文化賞は村上賢三(学校保健)、中村栄俊(中村美術館)、産業功労賞は本陣甚一(県銀行協会)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月3日 社会・文化 湯涌少年山岳隊が結成された。隊員は芝原中学校の生徒20人(うち女子2人)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月10日 社会・文化 イ・ムジチ合奏団&S・ガッゼローニ金沢公演が観光会館で開かれ、満員の聴衆に美しいアンサンブルを披露した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月14日 社会・文化 県地方公務員共闘会議が約500人の労組員を動員して県庁内で座り込み戦術に入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月17日 社会・文化 県高等学校PTA研究集会が県福祉会館で開かれた。高校PTA関係者が一堂に集まっての研究集会はこれが初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月19日 社会・文化 県地方公務員共闘会議が午前8時30分から2時間のストに入った。地方公務員労組が統一ストに突入したのはこれが初めて。給与改定が中心問題。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月22日 社会・文化 北陸狂言会の設立を記念する「第1回狂言観賞会」が県能楽文化会館で、人間国宝野村万歳を迎えて開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月25日 社会・文化 ボーリング場「金沢スターレーン」(尾山町)が40年3月開店以来10年8ヵ月で閉鎖した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月26日 社会・文化 北陸公労協共闘会議(6単産、2万1,000人)が、午前零時から10日間にわたる“スト権争奪決戦スト”に突入した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月26日 社会・文化 竹又町に共同簡易水道が完成、町民の祝賀会が開かれた。工費約2,500万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 11月28日 社会・文化 金沢城石川門の補修工事が始まった。文化庁が行うもので、菱櫓の鉛がわらのとりかえ、太鼓塀の補修などである。(工費770万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月3日 社会・文化 十一屋小学校の校舎改築落成式が行われた。6年がかりの建設で、工費は5億7,820万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月3日 社会・文化 教職員の半日ストに関し、県内各地でPTAがスト中止を要請した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月4日 社会・文化 県地方公務員共闘会議が始業時から半日ストに突入した。先月19日の2時間ストに続いて2回目。県教委の調べによると小中学校(県教組)で3,582人(参加率63.0%)、高校(県高教組)で1,591人(同89.4%)であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月5日 社会・文化 第1回加賀金工作家協会(会長高橋介洲)展がこのほど、大和アートサロンで開かれた。7部門で約50点が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月6日 社会・文化 県当局と県公務員共闘会議の交渉が5日夕刻から徹夜で行われ、6日朝、県側の提案を同会議側が受け入れ、給与問題の交渉は妥結した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月10日 社会・文化 小中高校の「主任制度」新設に反対する県教組、県高教組が午後1時から半日ストに入り、両教組合わせて約5,000人の教員がストに参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月12日 社会・文化 日本海域の総合研究を行う「日本海学会」の設立総会が観光会館で開かれ、約80人が出席した。会長福井大学名誉教授塚野善蔵、理事長金沢大学教授佐口透。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月13日 社会・文化 教師や教育のあり方を探る石川県教育文化会議が結成された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月14日 社会・文化 日本キリスト教団金沢彦三教会が7日、元町2丁目に新築され移転し、名称を「金沢元町教会」と改めた。同教会は明治19年、大手町に殿町教会として設立され、22年前に彦三1丁目に移り、さらに今回の移転となった。14日、新しい教会で初の礼会が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月14日 社会・文化 市内に起きた過激派の内ゲバ事件で、県内初の死者がでた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月21日 社会・文化 県内の民謡団体が大同団結して石川県民謡協会をつくり、設立総会を開いた。金沢地区5、加賀地区10、能登地区13の計28団体が参加。会長矢田富雄(県議)理事長松栄竜風(金沢民謡会会長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月23日 社会・文化 蓮田脩吾郎(金沢市出身の鋳金作家)の日本芸術院会員就任の祝賀パーティーがセンチュリープラザで開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月23日 社会・文化 新春の歌会始の入選者が発表され、金沢の市田寿々子(昨年入選した市田渡の夫人)が入選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十年(1975) 12月27日 社会・文化 午前1時10分ごろ、鳴和中学校の1号棟校舎から出火、木造2階建ての同校舎を全焼、2号棟に延焼、2号棟の半分を焼いて同2時52分ごろ鎮火した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月10日 政治・経済 酒税引き上げにともない酒類が値上げされた。清酒特級が1,795円(現行1,680円)、1級が1,330円(同1,280円)、ビール大瓶は195円(同180円)などである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月12日 政治・経済 自民党金沢支部が岡市長に対し、51年度予算編成についての要望書を提出した。道路舗装の地元負担廃止反対、市民病院を廃止してリハビリセンターを、無許可保育所の助成廃止などが含まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月22日 政治・経済 金沢市商店街連盟と小売関連業界11団体が、県外大手資本の量販店進出と金沢市内の再開発問題対策のため「金沢市商業地域流通対策協議会」を結成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月23日 政治・経済 寒波襲来6日目、北陸地方で列車やバスの運休が続出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月6日 政治・経済 満願寺川自転車専用道路の50年度分の工事が始まった。久安2・3丁目地内の566メートルで、事業費は3,980万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月8日 政治・経済 大額団地(50世帯)の上水道工事が延びになっていたが、近く市企業局から設計認可がおりる見通しになったため、同団地の水道組合が光が丘3丁目の工事現場で地鎮祭を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月11日 政治・経済 北陸3県の宅地評価額の最高は今年も片町の一の谷カバン店前通りで、3.3平方メートル当たり161万7,000円で、2位は富山市総曲輪3丁目であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月14日 政治・経済 岡市長と竹内・小松、守友・七尾の3市長が県庁で中西知事と懇談、小、中、高校の主任制問題について、「教育現場の混乱を避けるよう努力してほしい。」と要請した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月18日 政治・経済 県が51年度当初予算の概要を内示した。この中で、兼六園有料化の方針を明らかにし、入園料大人100円、小人(6歳-18歳)50円とし、9月1日から実施の案を示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月20日 政治・経済 市は、武蔵ヶ辻第3街区の再開発案を地元権利者に提示、調整に入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月23日 政治・経済 石川県市議会議長会の定期総会が金沢市役所で開かれ、兼六園有料化について「開園時間、料金、周辺地域の緑化整備、県民や特定の人に対する優遇措置を十分考慮して慎重に対処するよう。」要望書を知事に提出することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月23日 政治・経済 市の都市計画に伴う道路拡張工事で、敷地が大幅に削り取られる金大薬学部薬草園(宝町)の植物の一部を、田上町の田上ごみ埋立跡地に移植することになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月24日 政治・経済 市が51年度当初予算案を市議会運営委員会に内示した。一般会計388億6,800万円(前年度当初比13.2%の伸び)、特別会計190億2,671万円、企業会計135億6,486万円、計714億5,957万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月27日 政治・経済 市は、4月から私道舗装や側溝整備に補助金を出すことを決め、予算に計上した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月27日 政治・経済 額中央町会では、簡易水道から上水道への切り替え工事が完了、上水道の使用が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月2日 政治・経済 市は51年度の職員定数を、今年度より10人多い3,586人と決めた。この数年間は毎年100人―120人増員していたが、財政事情を反映して人件費を抑えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月9日 政治・経済 市は、水源枯渇地区の上水道敷設事業に初めて補助金を出すことになり、51年度予算に1,000万円を計上した。今年度は6地区、337世帯を対象にしている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月14日 政治・経済 自民党の第9回政経文化パーティー(3万円パーティー)が、県産業展示館に三木首相をはじめ党首脳閣僚らを迎え、北陸3県から約3,400人が出席して開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月17日 政治・経済 「額せせらぎ公園」(昨年5月から総事業費1,000万円をかけて造成)が完成した。広さ約8,000平方メートル。(これで市内の都市公園は148か所、総面積180ヘクタール、人口1人あたり4.56平方メートルとなった。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月18日 政治・経済 市消防本部が、同本部司令室に市内の救急指定病院、協力病院の各科医師の在、不在や空きベッド数を表示する新型の救急指令装置を備え、使用を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月20日 政治・経済 来日中の中国紡織進出口総公司の化織訪日小組(団長総公司輸入部経理毛季宜)の一行8人が来県、岸商事(武蔵町)、丹後商事(高岡町)、泉和織物(野々市町)を訪れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月25日 政治・経済 金沢港開発に伴い、昨年から粟崎町地内に集団移転していた五郎島町の68世帯が移転を終え、五郎島会館前で「五郎島町集団移転完了式及び町会館落成式」を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月25日 政治・経済 ナンシー市から親善使節団(団長ナンシー仏日協会長ピエールソン)の一行15人が金沢入りし、岡市長らが出迎え、4日間の交流が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月27日 政治・経済 市は、国の身障者モデル都市指定(2年目)による51年度市単独事業として、ヘルパー(10人程度)派遣、外歩道の段差解消、点字ブロック張り付け、音響信号機、公共施設の車いす備え付けなど、1,000万円の事業を行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月1日 政治・経済 金沢・加賀地区の生コンクリートが値上がりし、1立方メートル土木用8,000円、建築用8,800円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月1日 政治・経済 北鉄バスの運賃が値上げされた。金沢市内均一区間は現行70円から80円に、最低運賃は50円から60円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月16日 政治・経済 市内の下水道工事に伴う便所の水洗化率は50年度末で61.6%となった。着工していない家に対し、市下水道部は戸別訪問して説得につとめている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月22日 政治・経済 市土木部は今年度、市道5万8,707メートルの舗装をすることを決めた。これが完成すると市道総延長1,407キロのうち1,008キロ(71.6%)が舗装となる。(総事業費6億4,200万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月23日 政治・経済 金沢港水産ふ頭(無量寺町)に、県漁連の水産物産地流通加工センターが完成した。冷蔵冷凍庫の新設と卸売市場の増設が主な事業で、これで同港水産ふ頭の機能整備は総仕上げとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月26日 政治・経済 金沢経済同友会が金沢市の都市美の保存と創造、一般廃棄物の2問題について調査・研究していたがその研究結果をまとめ、民間機関による「都市審美会」(仮称)の設置、粗大ごみ収集の有料化と民間委託などを提唱した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月27日 政治・経済 金沢市の戸室石が土壌改良剤などの原料になるとして、大阪の総合肥料商社が本格的な生産に乗り出すことになり、原石の採掘、運搬を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月1日 政治・経済 犀川下流右岸の犀川神社と健民海浜公園を川沿いに結ぶ、犀川自転車道8.1キロが完成、同神社横河畔で開通式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月10日 政治・経済 5年前中国から導入し、市内で試作されていた中国レンコンが初めて収穫され、市中央卸売市場へ出荷された。このレンコンは節が短かく、長さも60-70センチと、加賀レンコンに比べずんぐりしているのが特徴である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月20日 政治・経済 市農業委員会のまとめによると、市内の昨年1年間の農地転用は1,295件で、面積は1万216アール(兼六園の約10倍)、件数は前年より増えたが、面積は5,043アール減った。転用の中で住宅用地への転用が5,240アールで全面積の50.9%と初めて半分を超えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月30日 政治・経済 ナンシー訪問親善使節団(団長江川助役、6人)が、同市で開かれる国際見本市に参加するため出発した。(展示品はこいのぼり、九谷焼、輪島塗、加賀友禅、郷土がん具、武者人形、日本人形など70点)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月5日 政治・経済 市防災会議と水防協議会の合同会議が開かれ、今月中に市内13か所に災害応急無線電話機を設置することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月7日 政治・経済 民社党県連の第14回定期大会が開かれ、東木作次郎委員長の辞任に伴い岡部外志雄委員長を選び、向こう1年間の活動方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月8日 政治・経済 緑団地に11階建て市営住宅1号棟が完成した。一般世帯向け132戸。(総事業費10億8,358万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月12日 政治・経済 マツクイムシの発生期を控えて市農林部は、打木町から大野町にかけての海岸保安林59ヘクタールに空中から薬剤を散布、防除した。あと1回同地区を行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月13日 政治・経済 ナンシー市から、百万石まつりの親善使節団28人が金沢入りした。同市の使節団は3度目であるが、百万石まつりを見学するのは初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月15日 政治・経済 北電の電気料値上げが決まった。電灯21.71%、電力27.44%で、完全実施は来年4月からとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月18日 政治・経済 市の中核農家連絡協議会が結成され、金沢市中央農協米丸支所で設立総会が開かれ約100人が出席した。県は年間150日以上農業に専従し、農業所得を中心とする農業経営者を中核農家とし、市内では現在577人が届け出ている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月26日 政治・経済 北電の電気料金が、電灯で21.71%、電力が27.44%値上げされた。(来年3月末まで割引暫定料金となる。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月 政治・経済 加賀友禅が売れ行きを伸ばし、特に手書き友禅は染工場の生産能力を上回る注文があり、納期は平均5か月先である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月 政治・経済 塩が23年ぶりに平均87%値上げされた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月1日 政治・経済 専門的技能を持つ中高齢者の再就職の道を開こうと、金沢人材銀行が金沢第一生命ビル内で開会式を行った。同行は金沢公共職業安定所の組織内にはいる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月7日 政治・経済 県経営者協会が第28回定例総会を開き、越馬徳治会長の後任に竹内外茂副会長(北陸鉄道社長)、副会長に西村正、高山隆一の両人を再任、武田嘉信、林永治の両人を新しく副会長に加えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月11日 政治・経済 バッファロー市(米国)のマコウスキー市長らが金沢を訪れ、岡市長を表敬訪問した。公害防止企業を東京に進出させるため来日した機会に金沢を訪れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月16日 政治・経済 市消費経済課が市役所窓口センター入口横に、「お買物目安板」を設置した。市役所を訪れる主婦に小売価格を公示して買い物の目安にし、台所の負担を少しでも軽くしてもらおうというねらいである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月22日 政治・経済 任期満了に伴う市長選に、油谷外郷・岡良一・大野幸一の3人が届け出た。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月24日 政治・経済 市内の漆芸家でつくっている「金沢漆芸会」が市役所で総会を開き、後継者の養成に力を入れることにし、会則を設け、組織を改めた。会長は金沢美大名誉教授小松芳光。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月1日 政治・経済 市長選挙が行われ、即日開票の結果、共産党単独支持の岡良一(無所属現が9万1,438票を獲得して当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月4日 政治・経済 「日本海沿岸漁業者会議」が千代田生命ビルで、13道府県から約80人が出席して開かれた。13県こぞっての漁業者会議はこれが初めて。日本海水産の振興対策をまとめ「日本海宣言」を採択、今後も定期的会合を開くことを確認した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月6日 政治・経済 岡良一が2期目の市長に就任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月7日 政治・経済 ズワイガニの保護育成をめざして、金沢市漁業協同組合が金石沖の漁場に廃船3隻を沈め、ズワイガニ増養殖の第一歩を踏み出すことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月7日 政治・経済 県公衆浴場料金審議会は、現行大人100円を120円、小人25円を30円とすることを知事に答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月10日 政治・経済 香林坊第2街区造成組合が、同街区の再開発ビルのキーテナントである西武百貨店(東京)に出していた「事業推進に関する覚書」破棄通告に対し7月末、「破棄を承認する。」との回答が西武百貨店からあったことを明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月11日 政治・経済 市は今年度、幸町、菊川1・2丁目など16町3,900戸を対象に下水道工事を進めている。今年度の事業費は39億4,000万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月20日 政治・経済 金沢市農協は今年度から、市内内川、金城両地区で本格的なタケノコ増産事業に乗り出すことにした。県が45年度に特産野菜に指定して以来、基盤整備を行ってきたが、今年度は内川支所の缶詰工場に給水施設を、金城地区に集荷場を設ける。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月27日 政治・経済 岡市長は玉川町の旧日本専売公社金沢工場跡の赤レンガ旧工場を、保存して活用する方針を固め、企画調整部と市教委に利用法の検討を指示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月1日 政治・経済 兼六園が、明治7年5月7日に一般公開されて以来、102年間の無料の歴史に終止符をうち、有料となった。大人1人100円、小人(6歳-18歳)50円。6歳未満、65歳以上、小中学校または特殊教育学級の児童生徒で教職員引率の場合、身体障害者その他知事が特に必要と認めた者は入園料が免除される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月9日 政治・経済 県は、県議会土地対策特別委員会で、金沢港工業用地の操業開始期限を、2年程度延期する措置をとったことを明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月16日 政治・経済 安原工業団地の造成工事(50年7月着工)は、公園、緑地帯の植樹など付帯工事がすべて完了した。工場用地の分譲は現在、分譲面積13万5,000平方メートルのうち37%に当たる5万421平方メートル(70企業)が契約済みとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月19日 政治・経済 市は、無公害都市の建設を目標に今年度、7億900万円を投じて寺町台など水害常襲地帯の解消事業に着手した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月24日 政治・経済 市の9月定例議会の最終日、金沢大学の総合的な将来計画策定に関する意見書が採択され、また、副議長に中川哲夫を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月30日 政治・経済 野々市町定例議会が、野々市町の金沢への合併を盛った条例案を否決した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月 政治・経済 九谷焼が国の伝統工芸品産業に指定されたのを機に、市販品に産地証票を制定し貼付することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月1日 政治・経済 地方税法施工令の一部改正により、市税として「事業所税」が創設実施された。市では、本年度増収見込み1億2,500万円を予算に計上済みである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月6日 政治・経済 市が、みどり2丁目の緑団地で11階建てと7階建ての公営住宅建設に着手した。(同団地での公営住宅建設計画はこれで終わる。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月6日 政治・経済 金沢市内の違法駐車を一掃するため、県警は来月1日から、レッカー車を使って強制移動することに決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月7日 政治・経済 金沢商工会議所の51年度全員大会が開かれ、経済界主導型の経済政策、地域社会発展を含めた高速交通体系の整備、流通業界の秩序の確立、金沢大学の充実促進などを内容とする決議を採択した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月7日 政治・経済 県の内水面水産試験場は、ゴリの種苗水産テストを続けてきたが、大量生産に成功し、犀川に7,000尾を放流し調査を続けることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月9日 政治・経済 市は、上有松町生産協同組合に栽培を委託したキャベツを、市内の18小売店・スーパーで市価の2割安で売り出した。1キロあたり価格は昨年より5円高の65円。今回は予定量8トンのうち750キロが放出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月13日 政治・経済 市が、今年度から実施した市道舗装と側溝整備への2分の1補助が好評で、すでに1,000万円の予算を21件に配分補助し、9月補正で2,000万円を追加したが、要望に応じ切れない状況である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月20日 政治・経済 北陸自動車道の西インターチェンジで、第3セクター方式による営業を計画している北陸高速道路ターミナル株式会社の設立総会が、金沢ニューグランドホテルで開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月25日 政治・経済 広域基幹林道犀鶴線の起工式が駒帰小学校で、国・県・市・鶴来町の関係者70人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月1日 政治・経済 金沢駅武蔵地区第1種市街地開発事業計画が、第32回県都市計画地方審議会で知事諮問どおり答申された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月2日 政治・経済 北陸農政局が調べた稲作作況指数は、加賀93、能登90で、前年比14%減、11年ぶりの不作であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月12日 政治・経済 各地で急成長している手荷物タクシーが県内でも今秋から登場、新手の商法として注目されている。県内では現在、6業者、8台が営業している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月14日 政治・経済 金沢市農協青壮年部額支部と同婦人部が四十万町で、「金沢市農協鑑賞用竹林試験圃場」を造り、盆栽用の竹を100株植えた。近郊農村の基盤づくりがねらい。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月17日 政治・経済 電報、電話料が大幅値上げとなった。電話の基本料金は2倍(来年3月までは1.5倍)、度数料は7円から10円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月20日 政治・経済 市では今年度、市道4か所(白山坂、二十人坂、新竪町小前、大豆田大橋)の1,855メートルに消雪装置取付工事を終えた。(総工費9,277万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月20日 政治・経済 北陸電通局のまとめによると、管内111市町村の100人あたり電話普及率は、51年3月末現在で平均28.1台。金沢市がトップで33.1台となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月26日 政治・経済 北陸最大の郊外型ショッピングセンターとされる”ジャスコ野々市店”が開店した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月1日 政治・経済 市は昨年度の決算、今年度予算の上半期を中心に市の財政事情を発表した。それによると昨年度の単年度収入では7,803万円の赤字となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月3日 政治・経済 金沢港振興協議会は、同港振興のため金沢港振興事業研究会を発足させ、片貿易状態是正、土地利用、企業誘致などについて調査研究することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月5日 政治・経済 第34回衆議院議員総選挙が行われ、その結果、1区では当選森喜朗(自現)10万7,657票、奥田敬和(自現)8万9,311票、島崎譲(社現)8万545票、2区では当選坂本三十次(自現)6万4,506票、瓦力(自現)5万9,605票、稲村左近四郎(自現)4万8,550票であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月7日 政治・経済 自民党県連会長林屋亀次郎が、今回の衆院選を機に辞任届を同県連に提出、同役員会はこれを受理した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月8日 政治・経済 全国都市開発促進連盟(会長永野日本商工会議所会頭)が、金沢市の都市開発の現状を視察した。伝統都市における再開発事業の進め方を研究するのが目的で、全国から関係者ら75人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月10日 政治・経済 市の都市計画道路大豆田大橋が完成、開通式を行って併用を開始した。延長は148メートル、幅員18.5メートル、両側に2.5メートルの歩道がある。(事業費3億2,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月17日 政治・経済 北陸農政局は、河北潟干拓農地を稲作水田とせず、地域中核農家育成のため、増反による畑作、入植による畜産計画とする方針を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月28日 政治・経済 市は戸室新保ごみ埋立場の土地所有者との間に、来年1月1日から3か年の土地借用契約の更新手続きを終えた。3か年の借地料1,069万7,870円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月29日 政治・経済 金沢港の51年1年間の水産水揚げ高は、約264万8,000箱、約50億7,000万円で、前年より58万箱、9億7,000万円増で、史上最高漁の年であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月4日 社会・文化 正月3か日の県内は、3月下旬なみの陽気で10年以来の晴天であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月9日 社会・文化 十一屋町にある在宅障害児グループひまわりの会と同じ敷地内にある精薄者通所授産施設若草福祉作業所が、合同して「社会福祉法人むつみ会」として法人化することを決め、このほど県を通じて厚生省に認可申請をした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月12日 社会・文化 米丸会館が間明町に完成した。児童会館と公民館が併設されている。(総事業費6,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月13日 社会・文化 味噌蔵地区福祉センターが、小将町の旧第3善鱗館跡地に完成した。総事業費は6,500万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月21日 社会・文化 日本海側の大雪で北陸線が朝から終日乱れ、38豪雪以来の混乱となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月25日 社会・文化 県自然保護協会の51年度総会が開かれ、ブタクサ(ゼンソクの原因)など帰化植物の一掃、河北潟のカモ網全面禁止運動など6項目の運動方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 1月29日 社会・文化 兼六園内の金沢神社社殿は、歓声6年(1794)同園内に完成した金沢学校(明倫堂、経武館)の鎮守社を現在地に移したものであることが、このほど同神社から発見された「棟札」でわかり、これまでの通説を裏付けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月4日 社会・文化 金沢大学の姉妹校バッファロー大学から、初めて留学生が金沢へ来た。同大大学院生のマーク・エプスタインで、金大法学部に15か月間留学する。研究テーマは「幕末に海外へ渡航した日本人が明治維新に与えた役割と影響」。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月6日 社会・文化 石川県の人口が昨年11月末日現在で初めて富山県を追い越し、北陸3県で1位となった。107万2,047人で、富山県は107万2,022人である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月11日 社会・文化 県吹奏楽連盟の第10回アンサンブルコンテスト・メイン大会が北国講堂で、小中高、一般の38チーム、200余人が参加して行われ、金賞に金沢市立工業高校の金管六重奏など7団体が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月18日 社会・文化 県内には小中学生を対象とした学習塾が176か所あり、経営者の12.2%、指導者の13.1%が現職の教員であることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月26日 社会・文化 石橋義雄が死去。83歳。金融界で活躍。北国文化賞、石川県産業功労賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月27日 社会・文化 県教委は、県教組と県高教組が昨年11月19日に行ったストなど3波ストに対する処分を発表した。停職(最高3か月)2人、減給49人、文書戒告231人、文書訓告5,687人、計5,969人となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月28日 社会・文化 武谷甚太郎が死去。83歳。石川県議会議長を歴任。戦後初代金沢市長として金沢美専(現美大)の創設などに尽力した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 2月 社会・文化 本岡三郎編著「金沢市元町第二土地区画整理組合の歩み」(普及版「続金沢北郊の変貌」)が出版された。これは同人編著「金沢市元町第一土地区画整理組合の歩み」(普及版「金沢北郊の変貌」=37年12月刊)に続く第2編である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月3日 社会・文化 北国文化事業団(理事長嵯峨逸平)がことしから、新しい事業として「金沢市への提言」をテーマに論文を募集することにした。50年4月、岡市長が勲2等旭日重光章を受章した記念に同事業団へ寄託した200万円を基金とするもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月15日 社会・文化 日教組(委員長槇枝元文)が県教育会館(香林坊)に主任制粉砕現地闘争本部を開設、副委員長三原大乗が本部長に就任、今月いっぱい北陸の拠点として中央と直結した闘争体制を強めることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月18日 社会・文化 日本と中国についての継続的な学習の場として、石川県日中友好懇談会の初会合が観光会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月19日 社会・文化 昨年秋、県警防犯課の提唱した町内単位の自治防犯隊が、現在、市内で52隊が活動している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月24日 社会・文化 市教委が市文化財として、「絹本著色仏涅槃図」(祇陀寺蔵)など3点を新たに指定、また、すでに指定ずみの妙法寺蔵の画像に付属する書籍と経箱を追加指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月24日 社会・文化 午後7時ごろ、割出町地内の乗用車の中で、会社員がのみのようなもので胸を刺され死亡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 3月31日 社会・文化 元大神宮前(香林坊2丁目)にあったクロガネモチの大木が沈床園(兼六園)に移植された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月1日 社会・文化 高岡中学校(新神田1)が開設された。(9月1日新校舎に移転。27日竣工式) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月1日 社会・文化 学校法人金城学園が松任市に建設していた金城短期大学が完成、開学した。学長大平勝馬。理事長加藤晃。(20日、280人の新入生を迎えて入学式を行った。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月2日 社会・文化 市内にある加賀獅子頭十数体を県郷土資料館に永久保存することになり、その第1号として菊川1丁目松本むつみ会所有の赤獅子1体が同館に寄せられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月3日 社会・文化 日蓮宗立像寺(寺町4丁目)の新山門が完成し、落慶法要が営まれた。工費約2,000万円。檀信徒の寄進による。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月4日 社会・文化 市中学校長会が、補習授業と市販テストの使用を全般することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月10日 社会・文化 荒崎良通が死去。73歳。社会福祉事業に貢献。第19回(40年)金沢市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月10日 社会・文化 県の桜作戦の初植樹として法島町の犀川緑地公園、大桑導水路周辺で、中西知事が出席、小学生ら250人とともにソメイヨシノの苗木120本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月12日 社会・文化 市立小中学校の米飯給食が泉野・三馬・野町・内川の4小学校、1中学校でスタートした。2,867人が県米穀会社炊飯センターの米飯を味わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月16日 社会・文化 材木町公民館が完成、落成式を行った。(総事業費3,700万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月21日 社会・文化 県教組と県高教組が主任制度に反発し、午後3時からストを行った。小中学校3,410人(60.5%)高校1,497人(82.9%)が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月25日 社会・文化 金沢詩話会の「詩展」が県社教センター(本多町)で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月28日 社会・文化 市が初めての試みとして建設していた障害者向け公営住宅(簡易耐火構造平屋建て)6戸(平和町2丁目)が完成した。(総事業費3,880万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 4月30日 社会・文化 市教委が主任制度実施に伴い、金沢市小中学校管理規則と市立工業高等学校管理規則の一部をそれぞれ改正、直ちに公布、施行した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月5日 社会・文化 石川県児童会館が法島町、犀川辺りにオープン、中西知事をはじめ児童約300人が参加して開館を祝った。席上、同館建設のため5億100万円を寄付した北国銀行会長本陣甚一に知事が感謝状を贈った。(総工費5億2,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月6日 社会・文化 金沢市内城下町見て歩きコースに、市文化財史跡に指定されている寺島蔵人邸(加賀藩中級武家屋敷、大手町)が公開された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月11日 社会・文化 金沢大学教育開放センターの開設記念式がニューグランドホテルで関係者約150人が集まって開かれた。33年から続けてきた教育学部の社会教育講座が生涯教育を進め、大学教育を一般へ普及させるセンターとして新しくスタートしたもので所長は法文学部教授戸頃弁空。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月11日 社会・文化 午後4時すぎ、野町の旧西郭街から出火。民家、料亭など計12棟を焼いて1時間後に芥子止めた。19世帯が被災した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月19日 社会・文化 午前1時すぎ、竪町で6商店街が全半焼した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月20日 社会・文化 北陸銀行尾張町支店が同金沢支店に統合されたので、北陸銀行は、尾張町支店を県へ寄付することにした。同支店は明治26年、金沢市貯蓄銀行本店として創業、昭和18年北陸銀行尾張町支店となり現在に至った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月23日 社会・文化 市が初めての試みとして、日曜日午前10時から午後3時まで、市役所ロビーで「福祉相談所」を開設。23日は40件の相談があった。年4回、休日に開く。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月25日 社会・文化 市商工観光課の調べによると、5月の連休に市を訪れた観光客は、20代が断然多く全体の71.8%、また女性が59.7%であることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 5月27日 社会・文化 小間井与一が死去。68歳。元県議会議長。26年市議、30年県議に初当選。以来当選5回。この間、全国都道府県議会議長会副会長もつとめた。尾山商店街建設、片町商店街の近代化、金沢港建設、駅西開発などに功があった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月2日 社会・文化 大徳小学校の校舎改築が終了、落成式が行われた。(総事業費6億1,091万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月4日 社会・文化 昨年6月からキゴ山で建設中の少年自然の家「やまびこ」が完成、オープンした。(総事業費約3億7,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月4日 社会・文化 新しい県立中央病院(南新保町)の落成式が行われた。(総事業費約15億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月4日 社会・文化 兼六園保存懇話会が2回目の会合を開き、9月から有料化となる兼六園の出入口を決めた。(これに先立ち、県土木課が同園内の木の状態を調べたが、枯死寸前8本、衰弱しているもの64本、36年以来枯死したものは89本となっている。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月6日 社会・文化 県書道界が大同団結して石川県書美術振興会をつくり、設立総会を開いた。県内在住書家約70人が出席。会長宮下与吉。理事長横西霞亭。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月8日 社会・文化 県教組の執行委員会で、校長が主任を強行任命する学校では22日から1週間、校長交渉で拒否闘争をすることを決めた。組合としては主任を選ばず、主任の受け皿をなくする運動を展開することにし、主任闘争は長期化の様相を呈してきた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月15日 社会・文化 夕日寺小学校の新校舎が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 6月24日 社会・文化 立花北枝の筆跡や金沢俳諧の名門舘屋系統の俳書など364点が市立図書館に寄贈された。贈り主は舘屋の子孫で9代目の富田浩正(横浜在住)。同図書館では「富田文庫」として保存する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月12日 社会・文化 第10回中学生オーケストラ教室が観光会館で開かれ、延べ6,000人の中学生が鑑賞した。演奏は石川フィルハーモニー交響楽団。演目はエグモント序曲、白鳥の湖など。また箏曲による「琴コンチェルト」も演奏された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月14日 社会・文化 昨年秋から増え始めた市内のごみ収集量が、今年度に入ってからさらに増え、石油ショック前の47年度を上回ってきた。とりわけ不燃性の粗大ゴミ(家具類、カーペット、建築廃材など)が多くなってきた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月17日 社会・文化 日本赤十字社金沢地区大徳分区で赤十字奉仕団が16日結成され、17日は三馬分区でも赤十字奉仕団が結成された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月21日 社会・文化 金沢を美しくする会が市民から募集していた「緑の金沢十景」が決定した。①兼六園、②卯辰山、③野田山、④金沢城跡、⑤本多の森、⑥寺中の森、⑦普正寺浜の松林、⑧二俣御坊の森、⑨尾山神社神苑、⑩医王・戸室の遠望。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月22日 社会・文化 鞍月校下の青年たちが、500年以上も前から伝わる「なむせ踊り」を復活させた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月25日 社会・文化 市教委と加賀獅子保存会が安原公民館で、正しい加賀獅子舞の棒術伝承講習会を開いた。青年団員30人が正統流派とされる、判兵衛流棒術の伝承者中川重信、供田信行の2人から秘伝を授かった。市内にはおよそ150体の獅子頭があるが、獅子舞に使われているのは15-20体くらいである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月30日 社会・文化 慶松光雄が死去。69歳。東洋史研究に功あり。第28回(49年)市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 7月31日 社会・文化 常陸宮ご夫妻が、金沢市で開かれる日本赤十字社石川県支部創立100年記念大会に出席されるため石川県入りされた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月1日 社会・文化 「在宅重度身体障害者介護人派遣事業」がスタートした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月13日 社会・文化 緑団地内の緑明会(112戸)が「緑化協定」を部内で確認、締結した。(市の認可は9月6日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月15日 社会・文化 湯涌山岳少年隊が長野県開田村から木曽馬2頭を連れ、200キロを歩いて金沢へ帰った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月21日 社会・文化 第58回全国高校野球選手権大会に北陸代表として出場した星稜高校が、準決勝で桜美林高校と対戦、4-1で惜敗した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月21日 社会・文化 谷村庄平(古美術商、十間町)がこのほど、県立郷土資料館に、明治31年県勧業博物館図案所が製作した掛け軸「兼六園書棚蒔絵考案図」3幅を寄贈した。これは同33年、フランスのパリで開かれた万国博覧会に、同博物館が出品した蒔絵書棚にあしらった兼六園の風景の原図に彩色、表装したもので、兼六園が初めて国際舞台に紹介されたものとして貴重である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月22日 社会・文化 県営湊簡易野球場が湊3丁目にオープンした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月23日 社会・文化 高岡中学校(新神田1丁目)の新校舎が完成し、移転作業を行った。列車防音ガラス、LL教室などの設備を持っている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月25日 社会・文化 医王山スポーツセンター(田島町)の完工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 8月26日 社会・文化 姉妹都市バッファロー市で親善演奏する石川県音楽文化協会の第3回海外訪問団が小松空港から“石川の翼”で出発した。メンバーは石川フィルハーモニー交響楽団のほか、同協特別合唱団、釣谷雅楽房社中(琴)ら152人。岡市長は顧問として参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月1日 社会・文化 県が、金沢雇用サービスセンター(県社会福祉会館内)を、第一生命ビル内の金沢人材銀行に併殺し、業務を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月2日 社会・文化 市の推計人口が40万人を突破した。40万14人(男19万5,628人、女20万4,386人)で、日本海側では新潟市についで2位である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月4日 社会・文化 金沢青年会議所が県社教センターで、「教育を考える市民の集い」を開き、市民約800人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月7日 社会・文化 今年の夏は冷夏で、金沢気象台と輪島測候所の観測データも冷たい方の記録ずくめであった。8月の金沢平均気温は24.8度(平年26.6度)で開設以来4番目の低温。日照時間は169.9時間(平年230.0時間)で史上最低の記録。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月7日 社会・文化 泉鏡花の出世作「義血俠血」の決定稿を石川近代文学館が入手した。芝居で有名な「滝の白糸」の底本で、決定稿は「C稿」とよばれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月8日 社会・文化 県内における結核による死亡率は低下の傾向を示し、50年は主要死因別順位で前年より1位下がって10位となった。年齢別死亡数は70歳代がピークである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月15日 社会・文化 額谷町の丘陵地に宗教法人真宗大谷派浄光寺奉賛会が設立者となって、大規模な墓地公園を建設するため工事に入った。総工費5億円をかけて2,500区画の墓地を造るもので、民間による墓地公園としては県内最大である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月16日 社会・文化 鎮座500年になる泉八幡神社が14日から3日間、秋祭りを迎え、20数年ぶりに獅子舞を復活させた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月18日 社会・文化 東山魁夷金沢展が県美術館で開幕した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 9月21日 社会・文化 山田藤太郎死去。86歳。41年度市産業功労賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月2日 社会・文化 「前田利常展」(会期31日まで)が県美術館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月5日 社会・文化 「高光一也人物画50年展金沢展」がMROホールで開幕した。110点の展示。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月5日 社会・文化 真宗大谷派金沢東別院の落慶法要が、5日から11日までの日程で始まった。37年7月炎上した本堂の再建を祝い、親鸞聖人生誕、開宗慶賛、後遠忌を合わせて行う大法要である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月8日 社会・文化 「第1回日本海造形展」が名鉄丸越ホールでオープンした。多彩な分野の若手作家約60人が参加しての総合展である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月15日 社会・文化 泉鏡花記念金沢市民文学賞の第4回受賞作品に、荒川義清(国鉄機関士)の短編小説集「暗くて長い穴の中」と藤本徳明(金沢美大助教授)の文芸評論集「北陸の風土と文学」「日本海ロマン」が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月15日 社会・文化 第4回泉鏡花文学賞に高橋たか子の「誘惑者」が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月15日 社会・文化 私立藤花学園藤花高校が52年度の生徒募集要項を発表した。来年度から新入生は男女共学とし、校名を尾山台高校と改称、52年間の女学校の歴史を閉じる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月23日 社会・文化 第2回地球市民日本大会(世界連邦建設同盟など主催)が、2日間の日程で県社教センターで始まった。海外代表20人を含め約1,000人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 10月31日 社会・文化 谷友次が死去。82歳。梅毒免疫理論の研究に功あり。第9回(30年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月3日 社会・文化 第30回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は桜井能唯(江戸村、檀風苑の開設)大樋年郎(大樋焼)、北国出版社(出版活動)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月3日 社会・文化 松田権六(金沢市大桑町出身、漆芸家、重要無形文化財技術保持者)が文化勲章を受章した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月5日 社会・文化 金沢漆芸会の「第1回金沢漆芸作家展」が5日から10日まで、東京小田急百貨店で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月7日 社会・文化 四高開学90年祭全国大会が実践倫理記念館で行われ、全国各地から同窓生1,000人が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月13日 社会・文化 上荒屋町5丁目の第10町会(179世帯)が市内で2番目の緑化協定を町内で結び岡市長に申請した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月22日 社会・文化 午前3時すぎ、芳斉町1丁目の繊維会社倉庫から出火、アパート2棟を含む4棟を全焼、9棟を部分焼、29世帯が被災した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 11月26日 社会・文化 金石町で仏壇のろうそくの灯が燃え移り、3棟全半焼した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月5日 社会・文化 上田嘉助が死去。87歳。繊維産業に貢献。第6回(27年)市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月9日 社会・文化 市教委がまとめた、31年度から51年度までの市立小学校の児童数の移り変わり調査によると、最も児童数が増えたのは額小学校で、31年度は293人だったのが今年度は1,720人(5.87倍)になった。米丸小5.17倍、富樫、三馬、押野、大徳の各小学校は3倍以上。逆に減少したのは此花町小74%減(1,227人が320人)、松ヶ枝町小72%減、芳斎町小69%減、新竪町小67%減となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月21日 社会・文化 全国自治宝くじ(1,000万円40本、史上最高賞金)が全国一斉に発売され、全国約7,300か所の売場に殺到の騒ぎとなり、死者2人、負傷者25人が出た。金沢市では第一勧業銀行金沢支店宝くじ売り場に、徹夜組数百人を含む約7,000人が同支店を取り巻き、老女が意識不明の重体となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月23日 社会・文化 北陸病院(国家公務員等共済組合連合会)の本館が泉が丘2丁目にでき上がり、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十一年(1976) 12月24日 社会・文化 江戸時代中期(文化・文政)ごろの参勤交代の模様を描いた、巖如春の「加賀藩大名行列図屏風」新家フユ(山中町)から県郷土資料館へ寄贈された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月3日 政治・経済 市が、岡市長を本部長とする市雪害対策本部を発足させた。(積雪は市役所前で89センチ、小・中学校の運動場を雪捨て場に開放した。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月12日 政治・経済 北陸新幹線建設促進議員連盟と同建設促進同盟会による合同総決起大会が、東京赤坂のプリンスホテルで開かれ、早期着工するよう決議した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月17日 政治・経済 市の雪害対策本部は、正月の大雪で市内の1,200町会に対し、生活道路確保のための除雪補助を出す方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月19日 政治・経済 国の52年度予算に通産省が要求していた伝統工芸後継者養成対策費の対象に、新たに金沢金箔が指定された。これで金沢では加賀友禅、金沢仏壇に合わせて3品目が指定されたことになる。(6月8日正式指定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月19日 政治・経済 九谷焼・輪島塗・加賀友禅・金沢仏壇などの中堅層が金沢商工会議所に集まり、「石川県伝統産業青年会」を結成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月24日 政治・経済 申請のあった大型店(ユニー・サンピア・トーカマート金沢店)問題を審議してきた金沢商工会議所の商業活動調整協議会は出店計画について、売場面積を20‐40%削減することで結論をまとめ会頭に答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月26日 政治・経済 新日本製鉄(本社東京)が金沢港振興協会と金沢港運に対し、金沢港戸水ふ頭を同社の営業河岸に指定すると連絡してきた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月27日 政治・経済 市は、3日に設置した雪害対策本部を解散した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月28日 政治・経済 市調査統計課が50年度の工業統計調査結果をまとめた。それによると、同年度の市内の製造業は景気回復のきざしが全く見られず、製造品出荷額は前年度比7.1%マイナスで、不況が強まっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月28日 政治・経済 県統計調査課のまとめによると、昨年12月の金沢市内の消費者物価総合指数は111.6で前月比1.4%、前年同月比8.1%増で4年ぶりに1けた台となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月6日 政治・経済 市役所で電算機が稼働したのは48年度からで、現在は記憶容量9万6,000字。新年度から、記憶容量2.5倍の25万6,000字のものを導入することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月7日 政治・経済 岡市長が小冊子「明日の金沢を考えるー討議資料として」を5,000部印刷し、全国市長、市役所の部課長、市内の全町会、青年団体等へ配付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月10日 政治・経済 市が52年度内に武蔵ヶ辻第3街区ビル4,900平方メートル基本設計を終え、53年度に着工する方針を固めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月15日 政治・経済 大阪、金沢間の経済交流をいっそう深めるため、両商工会議所の経済交流懇談会が中小企業会館で開かれ、約20人が出席。中西知事、岡市長も参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月22日 政治・経済 市は、無利子で貸付けている市水洗便所改造資金の限度額を、4月から25万円(現行20万円)に増額する方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月24日 政治・経済 大和百貨店と大阪の大丸が業務提携をした。商品券の共通利用、相互の無料配達が行われる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月24日 政治・経済 県良質米生産推進大会が北陸放送会館で開かれ、コシヒカリ、越路早生、加賀ひかりの増反と品質向上を期することを申し合わせた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月25日 政治・経済 市が52年度当初予算案を市議会運営委員会に内示した。一般会計476億5,000万円で、当初予算としては初めて400億円の大台を超えた。特別会計は180億5,071万円、企業会計160億5,646万円、計817億5,718万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月27日 政治・経済 県建築組合連合会(会員約3,500人)の理事評議員会で、52年度の大工職人の都市別協定賃金(日当)を決めて公表した。金沢市は9,000円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月8日 政治・経済 市が、無災害都市確立のため、52年度を初年度とする「水害解消4か年計画」をまとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月8日 政治・経済 ソ連観光団の一行296人が、ソ連船「マリア・ウリヤーノバ号」で金沢港に入港した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月9日 政治・経済 市は、今年の除排雪の総額を2億3,808万円と発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月19日 政治・経済 市企業局は新年度に3億5,000万円をかけて、銚子町(40戸)上辰巳町(20戸)窪町の宮園団地(20戸)千田町の葵団地(30戸)岸川町(60戸)新神田団地(210戸)駅西の区画整理地区(戸数未定)の水道敷設と水圧不足解消のために弥生1、2丁目など12地区の水道改良を行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月19日 政治・経済 北陸電通局が47年から着工した第2東京ー金沢ー大阪を結ぶマイクロウェーブルートが今月末、全線開通する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月24日 政治・経済 市役所森本支所と玉川消防署森本出張所併設庁舎の落成式が行われた。(総事業費8,310万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月1日 政治・経済 一昨年11月から総工費約4億5,000万円で建設してきた武蔵ヶ辻地下歩道工事が完了、建設省が同所で完工式を行った。この地下歩道は「むさしクロスピア」と名づけられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月4日 政治・経済 ソ連はじめ東ヨーロッパの諸国から、訪日国際青年観光団の一行220人がソ連船「マリア・ウリヤノーバ号」で金沢港に入港した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月9日 政治・経済 市が、今年度建設される黒田伏見丘会館など6か所の地域コミュニティセンターに、総額3,093万円の補助金を出している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月12日 政治・経済 姉妹都市バッファロー市の親善使節団(団長チャールズ・ディボルトら20人)が来沢、市役所を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月16日 政治・経済 市の犀川緑地公園が建設省から、天皇在位50年記念事業として地方公共団体が整備する記念公園(昭和の森地方公園)に指定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月24日 政治・経済 市が、高齢者の再雇用を促進するため今年度から、市費による奨励金制度を設けた。国は55-64歳までの者を再雇用した事業主に1年限り1人1か月1万2,000円を支給しているが、支給期間が切れたあと1年間に限り1万円を支給するもので、北陸3県の市町村では初めてで、現在対象者は20人である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月25日 政治・経済 自民党県連定例大会が開かれ、会長に稲村左近四郎、幹事長に吉井一良が選出された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月3日 政治・経済 金沢港に初めてベトナムの貨物船「ベトナム・ナムツ号」が入港、無煙炭2,000トンを荷下ろしした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月4日 政治・経済 市農業委員会が51年の農地転用結果をまとめた。それによると、昨年1年間の農地転用は1,788件、1万1,034ヘクタールで、前年比、件数で493件、面積で818アール増えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月7日 政治・経済 県経済農協連が古府町に建設していた金沢・河北広域営農団地の農業管理センターが完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月11日 政治・経済 県日ソ貿易協同組合がこのほど、51年度の対ソ貿易の実績をまとめた。それによると、総取扱高は125万6,728ドルに達し、49年以来連続100万ドルを超えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月17日 政治・経済 石川県金沢食肉センターの起工式が、建設地(才田町)で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月19日 政治・経済 市商店街連盟が52年度通常総会を開き、これまで未加入だった大型店舗の新規加入を認めることを決めた。両者の対立を解消し、消費者のニーズに対応しようというものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月26日 政治・経済 北信越5県の43青年会議所が結集した北陸新幹線建設促進青年会議所連盟が、北陸新幹線の早期着工を福田総理はじめ政府、自民党関係者に陳情した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月28日 政治・経済 流通関係者が明らかにしたところによると、香林坊第1街区の商業ビルにキーテナントとして出店の意向を示していたダイエーが28日までに、同事業者に「出店できない」と正式回答を出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月31日 政治・経済 市は、みどり3丁目に建設予定だった市営高層マンション2、3号棟の建設をとりやめ、現在の1棟にとどめることにした。残る団地の一部を金融、医療関係に限って分譲することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5.- 政治・経済 4月18日に、あられの被害を受けた加賀梨は、豪雪による枝折れ等もあって、成育状況が大幅に落ち込み、被害総額は2億円にも上るとみられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月9日 政治・経済 市の6月定例議会最終日、本会議で、議長に中村外次(自民)、副議長に荒木吉久(自民)を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月20日 政治・経済 市内の造林は今冬の豪雪で折損、倒木など被害が1,214ヘクタール、1億2,175万円に達し、農林省は金沢市を激甚地帯に指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月24日 政治・経済 県鉄工協会が総会を開き、会長に野原重美(石川製作所社長)を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月28日 政治・経済 金沢織物商協会が総会を開き、新会長に西川文平(西川物産社長)を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月29日 政治・経済 工作機械メーカーの浅田鉄工が、金沢地裁に会社更正法の適用を申請した。負債総額は20億7,600万円ぐらいとみられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月1日 政治・経済 森本駅前商店街の近代化を進めるため、地元商店街の有志が「森本ターミナルビル協同組合」(理事長三崎久雄)を結成、共同店舗ビルを建設することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月2日 政治・経済 市は9月から、野田山墓地の墓域200区画の造成工事にとりかかる。無縁墓の調査を開始して以来9年ぶりの着手である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月6日 政治・経済 金沢港にソ連の大型木材輸送船「プッシャーバージ号」が初入港した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月10日 政治・経済 第11回参議院通常選挙の投票が行われ、石川地方区では嶋崎均(自民)が28万8,973票で当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月23日 政治・経済 内川地区が農林省から、里山開発モデル地区に指定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月1日 政治・経済 全日本空輸が金沢支店を開設した。日本海側では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月20日 政治・経済 市がこのほど、今年度の街路緑化事業に着手した。観音堂・涌波線と緑団地内の市道など総延長2,932メートルにトウカエデ、イチョウ、アメリカフウなど2,695本を植栽するものである。(総事業費1,800万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月21日 政治・経済 北陸の流通界では例のない大型合併となった「いとはん」(金沢)と「ジャスコ」(大阪市)の合併が実現、「いとはん・ジャスコ株式会社」(社長諸江賢三)としてスタート、北陸3県の全店舗の営業を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月25日 政治・経済 白山スーパー林道が着工以来10年ぶりに完成し、開通式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月27日 政治・経済 大和紡績がこのほど、同社労働組合との間で金沢工場の織布部門を撤収することなど一連の合理化案に合意。10月末に織布部門の閉鎖宣言を行い、517台の織機を廃棄、来春までに規模を18%減少、紡績部門だけにすることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月2日 政治・経済 市内のタクシー運賃が値上げされた。小型車現行260円が310円、加算運賃は435メートル50円が460メートル60円となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月7日 政治・経済 金沢市とイルクーツク市が姉妹都市提携10年を記念して、今秋から通信陸上競技大会を開くことにし、来県中のサラツキー市長と岡市長が市役所で協定書を交換した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月9日 政治・経済 市商工観光課が8月18日(平日)と21日(休日)の2日間にわたって、長町、卯辰山山ろく、寺町の3か所で観光客数を調査した結果、長町3,051人、寺町2,401人、卯辰山(旧郭付近)1,067人で、2年ぶりに上向きに転じた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月13日 政治・経済 日本社会党北陸ブロック協議会の設立総会が開かれ、当面の活動方針として北陸新幹線の経済的影響調査、雪害対策の具体化などを決めた。会長は衆院議員佐野憲治(富山2区)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月16日 政治・経済 市の下水道西部処理場(東力町)の起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月17日 政治・経済 県警金沢中署の創立100周年記念式典が、県福祉会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月18日 政治・経済 市は、長期不況に苦しむ中小企業救済のため10月から不況対策緊急特別資金を創設する。初の市単独事業。融資限度額1企業700万円。融資総枠3億円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月21日 政治・経済 第29回中小企業団体全国大会が実践倫理会館で行われ、中小企業専任大臣設置など6項目につき協議した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月23日 政治・経済 河北潟干拓地で畑作営農の足がかりを目的として、八田地区に試験栽培してきたキャベツの収穫が始まったが1個1.3キロに生育したものもあり、成績は良好であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9.- 政治・経済 今夏(平日の8月18日、日曜日の8月21日調査)の市内への観光客は、昨夏より33.8%多く、女性の人数が男子の1.5倍であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月1日 政治・経済 県が、国土利用計画法による土地基準価格を公告した。それによると、昨年同期比で、宅地見込み地が5%、宅地が1.6%と軒並み値上がりし、最高地は高岡町94(商業地)の3.3平方メートル当たり103万6,000円であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月4日 政治・経済 協同組合金沢問屋センター(加盟147社)の完成10周年記念式典が、問屋町の特設センターで開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月5日 政治・経済 県伝統産業振興協議会(会長宮太郎)が理事会を開いて、県伝統工芸品マークを決めた。同協議会ではこのマークを産地シンボルとして、県の伝統工芸品にはって他の類似品と区別する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月11日 政治・経済 地方自治30年記念式典が挙行された。また、なるわ公園内の”自然の森”予定地に、シンボルとなる樹齢100年のクロマツを記念植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月12日 政治・経済 日本クリンエンジン研究所(所長大西繁)によって研究されていた低公害低燃料の「大西エンジン」試作品が、東京晴海の貿易センターで開かれた線路近代化・機械業務改善合理化展示会で初公開された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月13日 政治・経済 県内の伝統産業が一目で分かる石川県伝統産業総合展が、大和デパートで始まった。加賀友禅など27業種の150点が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月16日 政治・経済 北陸3県で長期不況の影響から企業倒産が多発、石川県では今年上半期に70件、負債総額109億9,100万円。昨年同期の47件、36億5,500万円を大きく突破、北陸3県中最も多額となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月17日 政治・経済 金沢商工会議所が臨時職員総会で会頭に宮太郎、副会頭に中島徳太郎(新)、北村友正、小川甚次郎、渋谷亮治(新)の4人をはじめ全役員を選任し、組織づくりを終えた。4副会頭がそろったのは今回が初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月21日 政治・経済 第1回石川の農林漁業まつりが会期3日間で、袋畠町の県産業展示館で開幕。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月21日 政治・経済 金沢市農協が粟崎町に建設していたサツマイモの恒温・湿貯蔵施設が完成、落成式が行われた。これにより、サツマイモの長期保存ができることとなり、3月ごろまで出荷可能となった。貯蔵量350トン。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月1日 政治・経済 金沢信用金庫が、第一信用金庫を吸収合併してスタートした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月2日 政治・経済 県の犀川・大野川流域別下水道計画が実現不可能となったため、市は、公共下水道整備計画を全面的に見直す必要に迫られた。来年度予算に経費を盛り込み、新たな計画を策定する方針である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月3日 政治・経済 初めての公団住宅「新神田団地」99戸が新神田1丁目の旧金沢競馬場跡地に完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月8日 政治・経済 姉妹都市ゲント市(ベルギー)のプレサイ・ド・パープ市長とマルセル・ダーネン筆頭助役が市役所を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月10日 政治・経済 市内最大のショッピングセンター、サンテラス・ユニー金沢店が中村町地内に開店した。建築面積3万562平方メートル。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月16日 政治・経済 大額3丁目地内に額電話交換局が開局した。(市内局番は98局) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月18日 政治・経済 広域幹線林道犀鶴線に架かる熊走大橋が完成、渡り初めを行った。長さ69メートル、幅6メートル。事業費1億2,400万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月18日 政治・経済 長土塀児童公園が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月19日 政治・経済 農林省が53年度水田利用再編対策(転作等目標面積)を提示した。石川県への割り当ては3,300ヘクタールで、前年度の1.7倍となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月1日 政治・経済 金沢トラックターミナル(北陸高速道路ターミナル株式会社)が金沢西IC横に完成し、営業を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月3日 政治・経済 過当競争の乱売に悩む県内の生コンクリート業者が、石川県生コンクリート工業組合を設立した。今年6月に、金沢地区生コンクリート協同組合が分裂したが、再び業界の団結を図ろうとするものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月3日 政治・経済 市の51年度一般会計決算が、前年度の赤字から一転して、単年度収入で2億4,360万6,000円の黒字となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月8日 政治・経済 県が河北潟干拓関係4市町村長に対し、同干拓地の配分案を示した。金沢市は同干拓地の21%となっており、境界線も提示され、一時紛糾をみた配分は4年ぶりに解決した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月23日 政治・経済 金沢市議会庁舎改築準備委員会が初会合を開き、改築場所を現庁舎の敷地内にすることで意見が一致した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月23日 政治・経済 二日市町・花園八幡町の5か所に1,167万円余、簡易水道施設事業として打尾、小原、鴛原に1,656万円を助成することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月30日 政治・経済 石川県の今年の倒産は164件、245億9,588万円と、北陸3県のトップとなった。昨年に比べ件数で60件、金額にして26億7,545万円と急増している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月2日 社会・文化 昨年以来降り続いた雪は、午後5時現在、市内で83センチに達した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月5日 社会・文化 市の町民連合会が緊急理事会を開き、9日の日曜日に市民総ぐるみで一斉除雪することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月6日 社会・文化 天徳院(小立野)で、初代宮崎寒雉の作品「葫蘆様釜」が金沢市文化財保護審議会の手で発見された。(3月1日市文化財指定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月9日 社会・文化 今年の成人の日に、市内で5,407人が成人を迎える。第一次ベビーブームの43年の約半分という少なさである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月11日 社会・文化 市内の製箔工場の騒音が、市公害センターの指導と業者の改善努力によって少なくなり、周辺住民からの苦情がほとんどなくなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月16日 社会・文化 秋山光夫が死去。88歳。金沢美大第2第学長。第21回(42年)金沢市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月25日 社会・文化 市内の小中学校の集団風邪が全市的に広がり、市教委のまとめによると59小学校で8,915人がかかり765人が欠席、19中学校で835人がかかり、247人が欠席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 1月26日 社会・文化 市内で国民健康保険に加入している人のうち、医療費が無料の69歳以上の加入率が9%弱であるのに、かかった医療費全体の30%超え、健保会計を圧迫していることが、市の厚生部の調べでわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月2日 社会・文化 旧高岡町中学校(市内鉄筋校舎第1号)の解体工事が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月4日 社会・文化 寒さ続きの今冬、1か月のガス使用量(1月)が457万8,021立方メートルに達し、史上最高を記録した。上水道使用量も536万8,760トンで冬の最高記録。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月10日 社会・文化 市は、今年4月から犀川・東浅川両小中学校で学校給食を実施することに決めた。これで59小学校全校、中学校は6校、合わせて65校が完全給食となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月12日 社会・文化 市は、町内会の除排雪に対する助成金総額を6,300万円と決めた。38豪雪以来15年ぶりに全市一斉に行った(9日)除排雪に対し行うものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月16日 社会・文化 医王山小中学校(児童生徒130人)が、今年度学校造林優秀校として財団法人木原営林大和事業財団(本部東京)から全国表彰を受け、伝達式が同行で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月16日 社会・文化 日中の気温が零下1.7度で、浅野川が全面結氷した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月17日 社会・文化 大雪で交通がまひ状態となり、市中央卸売市場の生鮮食料品の入荷が半減した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月22日 社会・文化 金沢大学法文学部の日本海文化研究室が編集した、日本海文化叢書の第3巻「金沢城郭史料-加賀藩穴方後藤家文書」が刊行された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月23日 社会・文化 県教組の第88回定期大会が開かれ、主任制反対ストライキなどを決めた。また10年間続いた三宅良一委員長が退き、新委員長に大浦与三吉が就任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 2月27日 社会・文化 市が、東山1丁目の旧郭の家並みを保存するため、「市伝統的建造物群保存地区保存条例」を当初議会に提案する。(保存対策費1,800万円を予算に計上) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月1日 社会・文化 市が、窪5丁目建設を進めていた伏見台公民館が完成、落成式を行った(総工費3,495万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月1日 社会・文化 県教委は、県教組と県高教組が昨年行った3波のストライキに対する処分を決定した。停職1か月1人、減給5人、戒告42人、文書訓告5,655人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月3日 社会・文化 市は、葫蘆様釜(天徳院蔵)、漆工芸存星卓(同)など絵画、彫刻、工芸品合わせて8件を市文化財に指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月5日 社会・文化 「緑を育て金沢を美しくする会」が、市内の名木・古木調査の結果をまとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月6日 社会・文化 それによると、大正7年、県山林会が発行した「加能老樹名木誌」に載せられている市内の名木81本のうち現在残っているのは23本だけであった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月8日 社会・文化 旧金沢刑務所の正門が愛知県犬山市の明治村に移築された。すでに移築された中央監視所、雑居房などとともに観光に一役かうことになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月16日 社会・文化 市媛神社の祭礼に用いられてきた黒獅子を、近江町町会が県郷土資料館へ保存を委託した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月20日 社会・文化 県立看護学院全日制看護科の新校舎(南新保町、県立中央病院敷地内)が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月25日 社会・文化 市立森山保育所の移転改築が完成、落成式が行われた。(総事業費8,770万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 3月27日 社会・文化 城西市民体育館(寺中町)ができ上がり、落成式が行われた。(総事業費1億2,245万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月5日 社会・文化 西泉保育園(西泉5丁目)の落成式が行われた。(総工費1億1,300万円。うち市補助7,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月6日 社会・文化 市教委は、浅野町小学校と小将町中学校を近視予防校に指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月14日 社会・文化 日本赤十字社の創立100周年を記念する「日赤展」が19日までの会期で、大和百貨店で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月15日 社会・文化 総評、中立労連などで組織する国民春闘会議による春闘第2波統一ストが行われた。県教組、県高教組は始業時から2時間のストを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月18日 社会・文化 山本力吉が死去。79歳。木彫家。第26回(47年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月20日 社会・文化 市文化室が今年度から、市内の民謡、童歌、伝説、民話など口頭伝承調査を行うことを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月20日 社会・文化 市は、卯辰山の「旧少年の家」を「中央公民館卯辰山分室」にするため改築工事に着手した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月22日 社会・文化 「材木町連史」がこのほど同校下連合会の手で出版された。同校下設定30周年と同町会連合会結成25周年を記念した出版で、市内の校下としては初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月22日 社会・文化 市が、50年10月1日実施の国勢調査結果を発表した。人口は39万5,263人(男19万3,268人、女20万1,995人)。全国では豊中市に次いで29位。核家族化、ドーナツ化の進展、世帯構成員の減少、老人世帯の増加などが特徴である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 4月28日 社会・文化 健康文化センター石川厚生年金会館(石引4)の落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月1日 社会・文化 奥卯辰山健民公園に県内最大の野外運動施設「奥卯辰山フィールドアスレッチク」がオープンした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月9日 社会・文化 木村雨山が死去。86歳。染色工芸の人間国宝。第2回(23年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月12日 社会・文化 当代落語界の大家円生、正蔵、小さん、馬生らを迎え、金沢名人寄席(金沢落語同好会・一九会企画)が県能楽文化会館で5日間の日程で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月13日 社会・文化 市営陸上競技場で22年以来の大改修工事が進行中である。(総工費5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月20日 社会・文化 芳斎町小学校内に樹齢およそ80年のタブの木があるが、同小プール建設地にあるため、これを新しい高岡中学校(新神田町)へ移植することが決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月21日 社会・文化 鞍月小学校の新校舎落成式が行われた。(総事業費4億4,924万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月21日 社会・文化 21日から始まる予定だった第3回市中学校体育大会が主任制問題のこじれから、初日の野球の試合が流れたが、市教委と県教組金沢支部との話し合いで22日から大会が実施されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月22日 社会・文化 市が3か年計画で建設した、満願寺川自転車専用道路の全線開通式が行われた。久安1丁目から同5丁目まで1,523メートル、幅2.8メートル。(総事業費は1億2,146万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月28日 社会・文化 別川悠紀夫が死去。58歳。44年衆議院議員に当選した。(金沢市出身) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月29日 社会・文化 市は、29日から11月上旬にかけて「金沢市民大学」を開く。世界的視野に立った市民意識を育てるのが目的。定員200人。第1回(29日)は講師永井道雄。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 5月30日 社会・文化 市教委の調査で、寺町台寺院の中に元禄時代建設の天徳院より古い寺が5か寺あることが分かった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月1日 社会・文化 県内各企業の春闘妥協状況は、賃上げ率平均7.68%で、昨年を下回った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月4日 社会・文化 洋画家藤田嗣治の遺作を集めた「レオナルド・フジタ金沢展」がMROホールで開幕した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月10日 社会・文化 市立工業高校の第2体育館が完成した。(総工費2億3,521万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月12日 社会・文化 加賀茶道碑の除幕式が、県美術館茶室対青軒庭で行われた。前田利建夫妻、岡市長のほか茶道関係者ら約50人が出席。碑の高さ90センチ、幅130センチ。サクラ御影石に「此の地に茶道を育て 風雅に生きし先匠を偲び 茶道に活き 風雅を楽しまん人のため 此の碑を立つ 発起人一同」と刻まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月18日 社会・文化 北陸学院短大キャンパス内に、幼児教育に尽くしたアイリン・ライザーを記念する「ライザー記念館」が完成、岡市長らが出席して落成式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月21日 社会・文化 市公害センターが光化学スモッグの被害調査(7月1日から9月2日まで)をするため、野田、西南部、浅野川、医王山、の4中学校と泉野第4児童公園、県衛生公害研究所の6か所に観察用アサガオを配置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月27日 社会・文化 市の保健医療体系の基本的な構想を策定するため、「市民健康体系懇談会」の初会合を市役所で開いた。会長に金沢大学学長豊田文一を選び、予防・医療・総務調整の3専門委員会で基本構想を検討することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 6月 社会・文化 昭和6年2月、上海事変で第9師団が金沢駅から出征した当時の克明な記録映画が、東京国立美術館フィルムセンターに保管されていることが分かった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月2日 社会・文化 48年に兼六園の開園100周年を記念して県が編集した「兼六園全史」が完成、出版された。500部限定出版。定価1万2,000円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月14日 社会・文化 厚生年金会館で山本安英による「夕鶴」が5年ぶりに上演された。今回は24年初演以来800回目の記念上演である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月14日 社会・文化 市中央公民館合唱団のゲント親善訪問団と江川助役ら47人がヨーロッパへ向けて出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月26日 社会・文化 幼児教育のあり方を考える全国幼児教育研究夏季大会が2日間の日程で開かれ、初日は約1,500人の保母が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月27日 社会・文化 明治11年、大久保利通を暗殺した島田一郎ら加賀藩士一党「三光寺派」6人の子孫が、命日(27日)に野田町の桃雲寺墓地に集まり、100回忌を営んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月28日 社会・文化 市の文化財保護審議会が27・28の両日、森本地区の文化財を調査、夕日寺観音堂から、長谷川派の画家矢田四如軒が描いた板絵彩色神馬の図(絵馬)1体を発見した。(11月11日市文化財に指定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月28日 社会・文化 イルクーツク市へ、市内選抜の男子バレーボール親善使節団12人(団長市収入役尾戸嘉博)が出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 7月29日 社会・文化 午前中、若松町の畑でジャガイモや枝豆を食べている猿を発見、中署の署員がかけつけた時は角間川へ逃げこんだ後だった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月1日 社会・文化 北袋町の檀風苑に移築工事を進めていた多賀氏(加賀藩士500石)の武家門と旧金沢城二の丸御殿の2つの建築物が復元され、一般公開された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月5日 社会・文化 干天連続の20日間、金沢市で午前11時に気温35.1度を記録したが、雷雨で野山は生気をとり戻した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月6日 社会・文化 第29回石川県民体育大会が2日間の日程で、金沢市を主会場に28競技が行われ、参加者も8,396人と今までの最高となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月14日 社会・文化 湯涌少年山岳隊が、5日からキャンプをしながら作っていた医王山中腹菅池沿いの遊歩道が完成した。延長約360メートル、幅1.2メートル。側溝もつくられており、ハイカーのコースとなる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月22日 社会・文化 日本海納涼盆踊大会が、市営陸上競技場(弥生3)で開催され、約2万人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月26日 社会・文化 市町会連合会の結成20周年記念大会が観光会館で開かれ、約1,500人が集まり、表彰式のあと永六輔の記念公演があった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月28日 社会・文化 金沢港周辺で初めての第1回金沢港ヨットレースが、内灘マリーナ沖・三角ポイントコースで行われた。従来、穴水町で行われていたヨットレースを県内全域に広げようと開かれたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 8月30日 社会・文化 金沢市少年連盟協議会が、全国社会福祉協議会と財団法人朝日生命厚生事業団主催の児童健全育成賞の厚生大臣賞を受けた。厚生大臣賞は最高賞で、県内では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月10日 社会・文化 明治・大正・昭和の日本画壇の代表作「日本画の秀作60人展」がMROホールで開幕した。現代日本画の専門美術館山種美術館の特別出品である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月12日 社会・文化 市教委が新竪町小学校で、市内で2番目の「ことばの教室を開設した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月18日 社会・文化 第17回社会人相撲大会の団体戦で金沢市役所が7連勝した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月23日 社会・文化 100年近く戸水町の人達に親しまれてきた戸水八幡のみこしが、町民文化会館に永久保存されることになった。このみこしは明和4年(1767年)の作。もと大野日吉神社にあったものだが、安政3年(1856年)同神社に移された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月25日 社会・文化 憲法学者清水澄博士の偉業をたたえる顕彰碑が、石川護国神社境内に建てられ、除幕式が行われた。同博士は明治6年東山3丁目の生まれ。東大卒業、学習院大学教授、枢密院議長。新日本憲法下の日本を憂い自決した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 9月28日 社会・文化 県評の第40回定期大会が開かれ、議長三宅良一の退任に伴う後任議長に村憲一(全農林北陸地本委員長)を選出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月1日 社会・文化 松田権六の代表作を集めた「人間国宝松田権六展」が県立美術館で開かれた。昨秋の文化勲章受章を記念する大規模な展覧会である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月2日 社会・文化 金沢市とイルクーツク市との姉妹都市提携10周年を記念する通信陸上競技大会が、第3回市陸上競技選手権大会、第7回市陸上カーニバルを兼ねて市陸上競技場で開催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月4日 社会・文化 玉作小一郎が死去。73歳。長年、市の消防活動に携わり、49年市消防団連合団長となり、また市議員として46年から2年間市議会議長を勤めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月4日 社会・文化 第20回全国すし連全国大会が観光会館で開かれ、全国からすし商約1,800人が集まった。200カイリ問題に対処し漁業省を設置せよ、料飲税を撤廃せよなどの決議分を採択した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月10日 社会・文化 室生犀星ゆかりの雨宝院(千日町)に宝筐印十輪堂が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月13日 社会・文化 市立図書館の起工式が旧専売公社金沢工場跡地で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月13日 社会・文化 泉鏡花記念金沢市民文学賞の第5回受賞作品に、作家高橋治(四校出身)のノンフィクション・ノベルコ「派兵=第3部と第4部」が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月14日 社会・文化 第5回泉鏡花文学賞の中央選考委員会で、色川武大の「怪しい来客簿」と津島佑子の「草の臥所」の2作が受賞作品と決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月15日 社会・文化 県特産の打木源助大根の創始者松本佐一郎の功績をたたえた顕彰碑が、福増町の市農協安原支所前に建設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月15日 社会・文化 第33回日本寄生虫学会、第32回日本衛星動物学会の西日本合同大会が、金沢大学医学部で開かれた。同大会を機会に肺吸虫(肺ジストマ)研究の権威、故中川幸庵博士の学術遺品を金大医学部へ寄贈した遺族に対し、豊田金大学長、梶川医学部長が感謝状を贈った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月29日 社会・文化 北陸銀行英町支店に覆面強盗が入り、現金71万円を奪い逃走した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月31日 社会・文化 私立金沢工大附属高校(野々市町)と金沢簿記専修学校(寺町)が廃校となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 10月31日 社会・文化 金沢の10月中の降水量は36.5ミリで、金沢気象台観測史上最少の降水量であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月1日 社会・文化 町民文化館(石川県立郷土資料館分館)が尾張町1丁目に開館した。同館は旧北陸銀行尾張町店支店で、昨年8月同銀行から県教委が寄贈を受け、建設当時に復元したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月3日 社会・文化 第31回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は高瀬武平(整形外科)、藤間勘寿々(本名坂田道子)(日本舞踊)、北陸放送株式会社(報道)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月4日 社会・文化 中西悟堂(金沢市出身)が文化功労者の顕彰を受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月12日 社会・文化 49年の長坂町地内の土地区画整理事業を機会に、同地区の有志が町史を作ろうと3年がかりで研究、調査、このほど「長坂の年輪」(A5判、610ページ)を出版した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月12日 社会・文化 明治期の全国的耕地整理事業の先駆として、上安原地区の田区改正事業を行った高多久兵衛翁顕彰の胸像除幕式が金沢市農協安原支所(福増町)前で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月20日 社会・文化 来春4月開校する額第2小学校(仮称)の校名が扇台小学校に決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月24日 社会・文化 主任手当て制度化に反対している県教祖、県高教組が日教組の統一ストに参加して午後3時から予定どおりストを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月25日 社会・文化 野町小学校の校舎落成式が行われ、また、前庭に立てられた岡市長の手になる改築完成記念碑の除幕式が行われた。(総工費4億6,525万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月25日 社会・文化 県立総合看護学院(南新保町)が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 11月30日 社会・文化 市教委が、湯涌小学校河内冬季分校の廃校を決めた。同分校は明治43年から昭和38年まで常設分校とし、39年から昨年まで冬期分校として開設していた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月7日 社会・文化 午後7時すぎ、本町2丁目の繊維卸業の倉庫付近から出火、同倉庫を全焼、隣接の民家など計6戸が被害を受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月9日 社会・文化 市と英町商店街との緑化協定が成立した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月11日 社会・文化 「加賀万歳保存会」を保護団体とする「加賀万歳」が「記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財」に指定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月16日 社会・文化 馬場校下民生委員の38年間の救護活動をまとめた「馬場福祉会のあゆみ」がこのほど、社会福祉法人馬場福祉会の手で完成した。A5判、190ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月18日 社会・文化 第1回洋蘭展が北電サービスステーションで始まった。県内のアマチュア洋蘭愛好者40人が作っている石川洋蘭会が、発足2年を記念して開いたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月22日 社会・文化 市は、近く十一屋町にある民間ボランタリー施設「ひまわり教室」の増改築に着手し、来年度から市営の福祉施設とする。実現すれば、市営の就学前重度精神薄弱児通園施設としては北陸3県の自治体では初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十二年(1977) 12月23日 社会・文化 市では来年1月から、保健所で初めて1歳半児の無料検診を実施する。新生児、3歳児と同様1歳半児も検診が義務づけられる。対象児は来年1年間で約7,000人の見込み。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月11日 政治・経済 市が、今年度創設した町内会除雪機購入補助の第1号に久安町会が決まり、補助金43万2,500円を交付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月17日 政治・経済 自民党員に総裁選挙予備選の1票が与えられることになった。県下での自民党員は17日現在、推定で2万4,000人と見られる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月18日 政治・経済 市は、12月市議会で、日陰規制を強化する国の建築基準法改正(51年11月15日)に基づいて、市建築基準条例を一部改定した。日照権の保護にかかわる規制強化では県内で最も早い改正である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月20日 政治・経済 七尾税関支署がこのほど、七尾・金沢両港の52年の貿易実績をまとめた。輸入額は両港とも前年比10%前後の伸びとなったが、輸出は七尾港が5年連続ゼロ、金沢港は前年比80%減となった。入港隻数は、金沢港が45年開港以来初めて七尾港より多くなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月21日 政治・経済 香林坊第1街区に再開発ビルを計画の香林坊開発は、ダイエー(大阪府吹田市)に対し、一方的に香林坊第1街区に出店を取り止めたことによる、総額1億4,397万円余の損害賠償を求めたことを明らかにした。ダイエー側は法的責任はない、としている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月26日 政治・経済 市営大桑団地(大桑町)の起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月31日 政治・経済 卯辰町地内、通称汐見坂に沿ったうぐいす谷一帯を「ウメ」の名所にしようとする計画のうち、52年度分(第3期)約1ヘクタールの整備がこのほど終わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月31日 政治・経済 民間信用機関のまとめによると、県内の1月中の倒産件数は12件、負債総額は8億8,000万円で小口倒産が多かった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月 政治・経済 国家予算の新規採択に、浅野川環境整備、金沢大学にリハビリテーション学科と複合材料応用研究センターの設置などが決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月10日 政治・経済 武蔵地区開発特別委員会が、ダイエーの武蔵出店は同地区商圏形成に不可欠との見解を示し、関係機関に働きかけていくことを申し合わせた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月20日 政治・経済 近江町市場で民営小売センター建設をめざし、旧店舗の取り壊し工事が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月21日 政治・経済 婦人服、日用品販売の銀座屋洋品店(片町)が21億5,000万円の負債を出し、このほど、金沢地裁へ和議を申請、同地裁から財産保全命令が出され、事実上倒産した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月22日 政治・経済 市が、金沢駅周辺高架化事業に関する都市計画案ならびに、北陸線金沢駅周辺整備構想を発表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月27日 政治・経済 金沢市と津幡、宇ノ気、内灘各町に分割された河北潟の行政境界線は、地元4市町から不服の申し出がなく確定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月 政治・経済 市が53年度当初予算案を発表した。一般会計569億2,000万円、特別会計209億3,112万円、企業会計213億6,798万円、合計992億1,911万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月1日 政治・経済 全日空による空路、小松ー福岡線が開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月12日 政治・経済 石川県、金沢市などが出援金を分担して、ホテル・劇場・デパートなど不特定多数の人の利用する施設での災害を、未然に防止することをねらいとした、財団法人石川県建築等防災センターの設立会議が開かれた。(理事長は県建築士会長松宮誠一郎) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月23日 政治・経済 県公害対策審議会騒音振動部会が、振動規制法の規定によって金沢市などを新しく振動地域に指定する県の案を了承した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月25日 政治・経済 市が今年度創設した伝統産業貢献者に、大樋焼の中村良孝、塗師の高村与朔、金工の高畠善三郎、蒔絵師の野村六郎、二俣和紙の坂本宗一郎の5人が決まり、表彰式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月31日 政治・経済 国土庁の発表した全国地価公示価格によると、石川県の標準点の地価は平均2.2%上昇で、最高は一の谷カバン店地域(片町)で、1平方メートル当たり99万円である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月1日 政治・経済 1日付の市職員の異動の中で今回は、教育次長の復活、新設では市民部長、厚生部長、保健公害部長がある。なお、市教委関係では施設管理課が新設され、観光会館が教委所管となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月1日 政治・経済 市は、勤労者を対象に30万円までの小口資金貸付制度を12日から実施するが、悪質サラ金の弊害に歯止めがかかることを期待している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月5日 政治・経済 学校給食費が100円引き上げられ、、1ヵ月小学校は2,900円、中学校は3,500円となった。なお、週1回米飯給食を実施することに決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月12日 政治・経済 市は今年度、約6億円をかけて泉野、中村町など114か所、総延長3万233メートルの市道を舗装する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月14日 政治・経済 11日から3日間、香港で開いた第5回香港石川県繊維展示会(金沢市など主催)が、昨年の2倍近い40億円の好引き合いで終わった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月16日 政治・経済 浅野川の「梅ノ橋」の復元工事が成り、渡り初め式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月17日 政治・経済 緑の都市宣言を行っている市は、街路緑化事業として市道13路線に1万2,651本の植樹を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月20日 政治・経済 県中小企業振興協会が、県内企業に対する52年度の受注あっ旋結果をまとめた。県外企業からの受注を中心に107件が成立、契約成立当初高は4億316万2,000円となり、金額としては過去10年間の累積実績を上回る好結果となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月24日 政治・経済 市が、北森本町、梅田町地内の旧北陸道にクロマツ6本を補植した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月27日 政治・経済 市では、中小企業を不況から守る施策の一つとして、中小企業振興資金の創設、一部制度の融資率の引き下げ、貸付限度額の引き上げ、償還期間の延長など金融制度の改善を掲げ、今年度中小企業に対する制度融資として原資30億4,480万円(前年度比20%増)、融資枠101億7,000万円(同比21.1%増)を計上し、融資を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月4日 政治・経済 金沢港の戸水ふ頭横に建設された御供田ふ頭が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月12日 政治・経済 市内の昨年1年間の農地転用は1,520件、面積8,051アールと、過去最高だった47年に比べ件数で47%、面積で30%にあたることが、市農業委員会の調べでわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月14日 政治・経済 市営サラリーマン金融(勤労者小口資金融資制度)が発足した4月12日から、4月末現在の利用状況は106件、3,090万円の貸出しであった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月15日 政治・経済 市は今年度から、1,800万円の予算で市街化区域内の生活排水路整備に補助金を出して水害防止と環境整備を図ることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月15日 政治・経済 小松―ソウル間に日本航空のチャーター便(月に1、2回の予定)が初就航した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月20日 政治・経済 金沢市観光協会通常総会が開かれ、新会長に小川甚次郎を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月27日 政治・経済 50年4月以降の8回にわたる公定歩合の引き下げにより、北陸3県内の地元銀行、相互銀行の貸出約定平均金利の水準が4月末現在、戦後最低に落ち込み、低金利時代に入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月28日 政治・経済 市は7月中旬から1,000万円をかけて、身障者のための歩道の段差解消と、点字ブロックの敷設、横断歩道に音響信号機を設置する工事に着手する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月7日 政治・経済 市消費経済課によると食料品小売価格実態調査の結果、昨年に比べ値下がりした品目は多いが、品質の悪い買損品が昨年の13%から24%に増えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月11日 政治・経済 市不況対策懇話会の初会合が市役所で開かれ、座長に金大教授奥田耕一を選び、市長の諮問機関として15人の委員を委嘱して発足した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月11日 政治・経済 新農村地域社会建設会議の設立総会が、市内のセントラルホテルで県農協青壮年部OB約100人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月21日 政治・経済 金沢漆器業界が、既存の3組織を一本化し業界の発展を目ざすため「金沢漆器商工業協同組合」の設立総会を開いて再スタートした。理事長加藤義一郎。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月23日 政治・経済 市が、市長の諮問機関である市保健審議会委員に金大名誉教授村上賢三ら10人を委嘱した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月23日 政治・経済 金沢大学が、法文学部を法・経・文に分離改組することを正式に決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月24日 政治・経済 市は6月定例議会最終日の本会議において、副議長に神川利男(自民)を選び、核実験禁止決議などを採択して閉会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月24日 政治・経済 「農業基本政策確立、要求米価実現石川県生産農家代表者会」が、県産業展示館に3,500人が集まって開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月5日 政治・経済 県農林水産部の調べによると、53年度県で実施される減反規模は目標の3,310ヘクタールを21.4%上回る4,017ヘクタールにのぼる見通しで、このうち、金沢市は目標405ヘクタールに対し、実施計画面積は530.2ヘクタールとなり、実施見込率は124.2%となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月13日 政治・経済 北陸地方開発促進協議会の理事会で、国の54年度予算に対する重点事業として北陸新幹線の早期着工、北陸自動車道の建設促進、市関係では金沢トラックターミナルの2期工事着手などが挙げられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月15日 政治・経済 市が、今年の上級職(大学卒)採用試験応募を締め切った。採用予定38人に対し642人が応募、平均競争率16.4倍で昨年の14.4倍を大きく上回った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月15日 政治・経済 県警と金沢中署は捜査員128人を動員、管内の暴力団事務所、各組幹部宅など23か所を凶器準備集合などの疑いで一斉捜索した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月22日 政治・経済 市は、今年度から、内川・俵両地区でクルミの本格的な産地づくりを開始、58年度までに栽培面積を40ヘクタールにすることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月27日 政治・経済 金沢市漁協が初めての試みとして、専光寺浜で稚クルマエビ100万匹を放流、1年後に漁獲することを決めた。(55年度までの3ヵ年計画) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月28日 政治・経済 「石川県観光物産館」(兼六元町)の落成式が同館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月29日 政治・経済 市は、病気療養中の岡市長の職務代理者として、助役江川昇を31日から1ヵ月間充てることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月29日 政治・経済 市が、中小企業向けに設けている産業振興資金の今年度融資が10日までに、56件、6億1,740万円に達し、前年同期比、金額で2.37倍の伸びを示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月 政治・経済 大阪税関七尾支署の発表によると、金沢港の今年上半期の貿易総額は前年同期比22.8%減の20億余遠であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月5日 政治・経済 北国新聞社が創刊85周年を記念して、バッファロー市のバッファロー・イブニング・ニュース社と姉妹提携を結んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月7日 政治・経済 異常渇水対策として市は、10%の給水制限を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月20日 政治・経済 犀川河川改修第1期工事が完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月24日 政治・経済 倉庫精練は、長期繊維不足と円高による輸出不振対策として182人の希望退職を募っていたが、26日の締め切りを待たず募集人員に達した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月29日 政治・経済 市議会運営委員会で、江川助役の市長職務代理者の期間を「市長の病気療養中」に改めることを了承した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月31日 政治・経済 共同受注販売体制が崩れ、昨年6月、事実上解散した金沢地区生コンクリート協同組合が臨時総会を開き、渡辺清一(金沢デンカ生コン社長)を理事長に選び再出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月 政治・経済 市への夏季観光の客足は案外伸びず、8月前半の兼六園入園者数は15万3,000余人と昨年同期より4.9%減であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月13日 政治・経済 市が、8月21日から陸上自衛隊第10師団鯖江施設隊に委託して進めていた、林道石黒2号線(石黒町─横谷町間)の今年度分開設工事が完成、引き渡し式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月14日 政治・経済 市企業局では、10月1日から上水道の検針と料金徴集を、従来毎月行っていたものを隔月ごとに改めることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月16日 政治・経済 市は9月補正予算案を市議会に内示した。一般会計8億6,756万1,000円、公営企業以外の特別会計は4億3,492万9,000円、公営企業特別会計8,360万7,000円で、前年同期比18.9%の増。これで市の会計総額は1,007億3,034万8,000円と初めて1,000億円台を越えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月22日 政治・経済 市の9月定例議会が開会。東京で病気入院中の岡市長に代わって、江川市長職務代理者(助役)が提案理由の説明を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月 政治・経済 加賀象眼製品を鋳型を使って量産する技術が、県工業試験場と福正産業(金沢市)によって共同開発された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月1日 政治・経済 市内で昨年新たに植林した市営造林70ヘクタール、17万5,000本のうち、32.2%に当たる5万6,400本の杉が枯死した。このため今年から800万円をかけて補植作業を行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月1日 政治・経済 石川県食肉流通センター(才田町)がオープンした。西金沢屠殺場の老朽化に伴い、51年度から総工費15億2,900万円をかけて建設したもので、1日に牛60頭、豚500頭の処理能力を待ち、高度に近代化された施設となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月3日 政治・経済 市調査統計課がまとめた52年の工業統計調査(52年12月20日現在)によると、前年比で事業所が101、従業者が1,547人それぞれ減り、構造不況、円高不況の影響で雇用状況が厳しいことを示している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月4日 政治・経済 市の西部清掃工場の起工式が、東力町の現地で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月6日 政治・経済 市の都市計画道路観音堂・涌波線のうち片町交差点から大桑町間の4,520メートルに、市道愛称委員会が「犀川大通り」と名付けることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月6日 政治・経済 市の委託を受けて落花生栽培を行っている農家(西念町)が収穫を行った結果10アール当り、アズマハンダチが1,533キロ(生さや量)と昨年の記録を913キロも上回った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月12日 政治・経済 北陸自動車道のうち未開通区間だった金沢東―金沢西両インターチェンジ間7.7キロが開通、これで富山インターから敦賀インター間187.5キロが完通した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月17日 政治・経済 農協創立30周年記念式典が県社教センターで、県内67組合と県連合会組織の役員ら約400人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月22日 政治・経済 本多町から古府町へ移る県農業会館の起工式が現地で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月27日 政治・経済 病気療養中の岡市長が長男一郎を通じて、江川市長職務代理者に辞意を表明した。(11月3日、市議会議長あてに辞意を提出した。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月30日 政治・経済 県繊維業界の各種団体代表者会議が開かれ、空席になっている県繊維協会長に西川文平(西川物産社長)を内定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月2日 政治・経済 広い地域にまたがる開発問題について、北陸3県の商工会議所が連絡をとりあうため、金沢商工会議所の呼びかけで「北陸3県商工会議所地域開発事業連絡会議」の初会合が同会議所で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月11日 政治・経済 市助役江川昇が、無所属で市長選挙に出馬することを表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月15日 政治・経済 市緑と花の課が、市内の神社境内にある古木調査の結果をまとめた。それによると、平地の神社153か所で合計1,956本(幹まわり94センチ以上)の古木があることが確認された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月19日 政治・経済 県の新型漁業取締役舟「てどり」(49トン)が完成。金沢港を母港として加賀沖、外浦の監視に当たる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月20日 政治・経済 下安原地区の農業構造改善事業が終わり、完工式を行った。(事業費3億5,214万円。補助率は国50%、県、市それぞれ10%) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月20日 政治・経済 県統計調査課が、10月の金沢・七尾・小松3市の平均消費者物価指数を発表した。それによると、総合指数(50年=100)は122.7、前月比0.1%、前年同月比3.3%上昇で、物価は安定していることを示している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月23日 政治・経済 市長岡良一が、病気のため辞職した。(在任期間6年3ヵ月) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月25日 政治・経済 市消防本部の創設30周年記念式典が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月30日 政治・経済 江川助役が、市長選出馬のため辞職した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月2日 政治・経済 市が52年度決算と53年度上半期の財政事情を公表した。52年度決算は実質収支で7億円余の黒字となり、53年度一般会計の9月末現計予算額は538億7,652万3,000円で、前年同期比89億5,997万2,000円の増となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月3日 政治・経済 近江町市場の近代化を目指す、第1次食料品商業地区高度化モデル事業の完工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月7日 政治・経済 市内の11月の灯油価格調査の結果によると、18リットル当たり69円値下がりし、円高差益がようやく消費者に及んできたとみられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月9日 政治・経済 安原工業団地の売れ行きが今年度上昇し、4月から11月末までに25企業と1万3,977平方メートルの分譲契約を終え、分譲率は60%となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月10日 政治・経済 金沢市長選が行われ、前助役江川昇が公選初の無投票当選を果たした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月15日 政治・経済 金沢西、津幡両バイパスの供用が開始された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月15日 政治・経済 ナンシー市(フランス)の姉妹都市担当助役ブルーゼ・ジュルバン夫人が15日から18日までの日程で金沢を訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月19日 政治・経済 武蔵ヶ辻整備の「第3街区再開発事業」計画が、県都市計画地方審議会で認可された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月29日 政治・経済 東京商工リサーチ金沢支店の調査によると、今年の県内の企業倒産は、件数が史上2番目の128件、負債額が史上3番目の182億余円であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月2日 社会・文化 駒井志づが死去。76歳。昭和3年婦選獲得同盟金沢支部を設立し支部長となる。26年県議に当選。その後県議会副議長を経て、50年政界から引退していた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月6日 社会・文化 金大附属中学校が今春の生徒募集から、県小学校出身者(保護者の転勤による転入生は除く)以外の入学を認めないことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月7日 社会・文化 木越団地木美会(137世帯)と同団地栄木会(109世帯)が町内で緑化協定を結び、市長に認可申請した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月10日 社会・文化 市の調査統計課が行った52年市民生活実態調査の結果、1世帯当たり年間平均総収入は378万円であるが、5分の2が生活が苦しいと訴えていることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月14日 社会・文化 金沢調理専門学校(長町)の新校舎落成式が行われた。(工費約1億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月15日 社会・文化 市が額谷3丁目に改築した額公民館が落成した。1階が市の額出張所となっている。(工費7,750万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月19日 社会・文化 岩崎憲が死去。86歳。元金大医学部教授。アツオメトリーの研究に功あり。第5回(26年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 1月23日 社会・文化 金沢医科大学の学長選挙が行われ、同大学教授高田昭が学長に選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月6日 社会・文化 洋画家の長老で文化勲章受章の小絲源太郎が死去。90歳。4年間金沢美大教授を勤めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月9日 社会・文化 金沢市校下婦人会連絡協議会が代議委員会を開き、喜多美由喜を会長に選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月12日 社会・文化 明治時代、市内の商店で使われ、庶民文化の花形として流行した引き札(ちらし)展が、12日から3月14日まで県立町民文化館(尾張町)で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月20日 社会・文化 市教委が、泉鏡花記念金沢市民文学賞の改正案をまとめた。対象ジャンルに翻訳、随筆、文学研究、地誌、紀行、短歌、俳句、川柳を付け加え、単行本に限らないとした。また選定方法も改め、賞金を1編20万円とするなどの内容である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月20日 社会・文化 観光会館の音響設備と消防設備工事が完成した。音響設備は全国的にも最高レベルになった。(工費約5億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月24日 社会・文化 午前7時45分ごろ、北鉄石川総線の2両編成急行電車が野町駅の手前でブレーキがきかず、同駅ホームのコンクリート製の車止めに衝突、運転手、車掌、乗客ら16人が1週間から3週間のけがをした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 2月26日 社会・文化 石川県官庁実業団能楽連合会の第1回発表会が、県立能楽文化会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月1日 社会・文化 金沢地裁は全国のトップを切り、北国スモン原告勝訴の判決を下した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月3日 社会・文化 米の消費拡大を目的とする県米消費拡大推進協議会が設置され、県庁で初会合を開き、毎月18日を「ご飯の日」とするなど運動方針を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月5日 社会・文化 立正佼正会創立40周年を祝う式典が、金沢教会道場に約1,700人の会員が出席して開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月8日 社会・文化 県教委は、県教組と県高教組が昨年4月15日と11月24日に行ったストに対し、処分を行った。停職2か月を最高に文書訓告まで5,489人となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月8日 社会・文化 金沢市芭蕉遺跡保存会(代表山本清嗣)が片町2丁目の北国ビル前に、芭蕉来遊(元禄2年・1689年)を記念した石碑を建立し、中央通り交差点を「芭蕉の辻」と命名した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月8日 社会・文化 金沢市優良建造物選奨委員会(委員長福光博)が発足した。金沢市の町並みと調和したすぐれたデザインの建造物を選奨、市民の都市美への関心を高めるのが目的である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月9日 社会・文化 小沢征爾とボストン交響楽団の金沢公演が観光会館で開かれた。同公演は18年ぶり2回目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月16日 社会・文化 増江幸二が死去。68歳。元金沢市議。元社会党県本部委員長であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月20日 社会・文化 押野小学校新校舎および体育館の落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月20日 社会・文化 田上小学校の新校舎ができ上がった。(落成式は7月13日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月25日 社会・文化 富樫公民館と児童館の落成式が行われた(総事業費6,016万円)。式後、富樫校下に500年前から伝わる仏教礼賛、豊作祈願の「しんこう踊り」が新しい振り付けで生まれ変わり、披露された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月25日 社会・文化 市立花園保育所(岸川町)の落成式が行われた。(総事業費1億832万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月26日 社会・文化 森本市民体育館の落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月27日 社会・文化 市教委が昨年から進めている口頭伝承調査の中で、北陸大学講師小林輝冶が、才田地区で「うらみ節」(五木の子守り歌などの類)の系譜に属する子守り歌が歌い継がれているのを発見、「才田の子守り歌」と題し、テープに収録した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 3月30日 社会・文化 千坂公民館が落成式を行った。(工費4,301万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月1日 社会・文化 扇台小学校が開校した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月1日 社会・文化 長土塀小学校に情緒障害児学級が開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月1日 社会・文化 国鉄金沢駅が、明治31年4月1日に開業してから満80年を迎えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月1日 社会・文化 第1回北国宝生能が、石川県立能楽文化会館で催された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月4日 社会・文化 金沢工業大学の大学院設置が文部省で正式認可となり、機械工学・土木工学・情報工学が設置された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月5日 社会・文化 市が、金石北3丁目に建設していた老人福祉センター「松寿荘」ができ上がり、落成式を行った。鉄筋3階建て。(工費2億2,445万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月7日 社会・文化 市は、絹本著色弘法大師画像(真福院)など4件を市文化財に指定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月10日 社会・文化 市が、昨年6月から元町に建設していた旧彦三保健所移転新築が完成、落成式を行った。名称は「元町保健所」。3階建て。1階に「元町市民サービスステーション」が設けられ、一部証明事務を行っている。(建設費3億1,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月10日 社会・文化 兼六園内の徽軫灯籠が壊されるので、監視用テレビが取り付けられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月14日 社会・文化 国鉄動労北陸地本(1,600人)が、午前0時から24時間ストに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月19日 社会・文化 18日、市内のある中学校で主任制をめぐって校長と組合分会との話し合いが紛糾、1─5限の授業が行われず、19日も他の中学校で1、2限の授業が行われないという事態が生じた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月19日 社会・文化 二塚公民館と同農協が推進役となり、二塚郷土史編集委員会が編集した「二塚郷土史」が刊行された。A5判、771ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月25日 社会・文化 国労・動労など公労協が、午前0時から相次いで96時間ストに突入、北陸鉄道など私鉄も始発から24時間ストに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 4月28日 社会・文化 就学前の重度精神薄弱児通園施設「ひまわり教室」(十一屋町)が市営としてスタートした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月6日 社会・文化 法島町の県立中央児童会館に、プラネタリウムが完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月6日 社会・文化 市は今年度から、文化の日を中心に行う「市民文化祭」の実施要項をまとめるとともに、41人のメンバーから成る実行委員会を発足させた。文化祭の期間は10月28日から11月7日までで、今年度予算は900万円。会長は岡市長。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月9日 社会・文化 人間国宝木村雨山の顕彰碑が東山2丁目の竜国寺境内に完成、除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月10日 社会・文化 県労働者福祉協議会と県労働運動史編纂委員会が編集した「石川県労働運動史」が刊行された。A5判。上巻1,024ページ、下巻1,186ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月23日 社会・文化 主任制にからむ業務拒否闘争で、27、28の両日開催予定だった第4回春季中学校体育大会が中止と決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月27日 社会・文化 県は、県鳥イヌワシ(天然記念物)を調査していたが犀川上流で3羽を確認した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月29日 社会・文化 県立図書館が「石川県郷土資料総合目録」と「加賀藩主および一属院号法索引」を刊行した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月29日 社会・文化 午後5時すぎ、兼六元町の紙店から出火、5棟、7世帯16人が被災した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 5月30日 社会・文化 「英霊にこたえる会石川県本部」の結成大会が観光会館で、県内から約1,500人が参加して開かれた。会長徳田与吉郎。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月1日 社会・文化 市の義勇消防団有志とその家族から成るバッファロー親善訪問団の一行24人(団長油谷外郷)が、バッファロー市長を表敬し、市民の前で加賀とびの妙技を披露した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月1日 社会・文化 金沢市民俗文化財展示館(旧県立金沢第二中学校三尖塔校舎、石引3丁目)が開館した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月2日 社会・文化 中村栄俊が死去。71歳。私財を投じて美術館(現市立中村記念美術館)を設立。第29回(50年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月10日 社会・文化 「医王の里」(大菱池町)の開園式が行われた。森林総合利用促進事業として市が49年度から1億円余で造成を進めていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月13日 社会・文化 金沢市名誉市民推薦委員会が開かれ、初の名誉市民に東京工業大学名誉教授谷口吉郎、元国務大臣林屋亀次郎、漆芸家松田権六の3人を推薦した。(6月24日、市議会で決定。10月12日贈呈式) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月16日 社会・文化 現代工芸美術家協会(会長山崎覚太郎、会員360人)から退会した3分の2近くの会員が、新しく「日本新工芸家連盟(仮称)」を設立することになり、京都で総会を開いた。石川県関係では小松芳光ら17人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月18日 社会・文化 郷土研究家北村魚泡洞(額新町)が「前田利家物語」を出版した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月20日 社会・文化 主任手当支給などに関する県条例改正案について、県教委と県教組、県高教組との交渉がまとまらず、県教組は20日始業時から2時間、高教組は29分間それぞれ時限ストを行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 6月23日 社会・文化 金沢の町並みに調和した建造物を表彰する金沢市優良建造物選奨委員会(委員長福光博)が、賞の名称を「金沢都市美文化賞」とすることを決め、募集、選考要項を発表した。民間がこの種の表彰をするのは全国で初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月5日 社会・文化 県営大桑簡易野球場1面が完成、オープンした。これで同球場は3面となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月10日 社会・文化 金沢中、東、西の3交通安全協会の役員が集まって、全市的な交通安全運動を進めることにし、「金沢地区交通安全協会連絡協議会」を結成、会長に架谷憲治を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月11日 社会・文化 県教委のまとめによると、県下小学校の女子教員数は小学校全教員数の60.15%を占め、中学校では33.5%であることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月13日 社会・文化 田上小学校の校舎、体育館、プールの竣工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月18日 社会・文化 扇台小学校の校舎、体育館、プールの竣工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月22日 社会・文化 市が、心身障害者を対象に市営プールで水泳療育訓練を行った。一部公費負担によるもので、北陸3県市町村では初めての試みである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月23日 社会・文化 ゲント市(ベルギー)から、舞踊団一行29人(団長レナード・デションゲ)が金沢を訪れた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月30日 社会・文化 ゲント市から、日本武道の一行30人(団長は校長のアンドレ・デスメット)が来訪した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月30日 社会・文化 市公害センターが6月中に市内主要交差点で実施した自動車排出ガス調査の結果、オキシダント抗生物質、二酸化窒素濃度が昨年より漸増傾向にあることがわかった。濃度の高いのは香林坊、片町、鱗町、武蔵ヶ辻の順となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 7月31日 社会・文化 第60回全国高校野球選手権の石川大会で、金沢高校が16年ぶり2度目の優勝をとげた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月1日 社会・文化 7月中の真夏日が連続26日、通算28日、月間平均最高気温32.1度といずれも過去最高を記録した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月2日 社会・文化 杉原竹女が死去。78歳。俳文学研究に功あり。第14回(35年)市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月2日 社会・文化 午前11時、金沢で37.5度。午後1時20分、38.0度と今夏最高気温を記録した。これは明治35年以来の暑さである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月3日 社会・文化 午前10時40分ごろ、二又新町地内の犀川ダム付近で山火事が発生、強風にあおられ、約2,500平方メートルの国有林を焼いて消し止めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月4日 社会・文化 犀川の第1期改修工事が完成したのを祝って、県主催の「犀川まつり」が4日から3日間行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月17日 社会・文化 市のごみ収集量は48年度以降減少の傾向にあったが、50年度から増え始め、52年度はこれまで最高の12万8,000トンになった。現在は1日に450トンを収集している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月18日 社会・文化 イルクーツク市の招請で訪ソする金沢市親善使節団(市代表と中村裕子モダンバレエ研究所生徒ら25人)が出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月22日 社会・文化 17日から県内を訪れているベルギー青少年団一行47人が、奥卯辰山健民公園を訪れ、来県を記念して、同園内のベルギー庭園にニレの成木3本を植樹した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 8月31日 社会・文化 昨年9月に実施した市老人健康検査(全対象者のうち5,905人=16.4%が受診)の結果、市内の65歳以上の老人は10人のうち8人までが病気か、その疑いがあることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月3日 社会・文化 六丁町の遺跡から、北陸3県で初めて古墳時代前期(3-5世紀)の織機の破片数十点が見つかった。市教委が先月末までに行った調査によってわかったもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月3日 社会・文化 市と国の指定無形文化財である伝統芸能「加賀万歳」の保存のため、ビデオ撮りを行った。(撮影、金沢工大) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月8日 社会・文化 元町保健所のまとめによって、市内の結核患者数は13年間に6割も減ったことがわかった。昨年の患者数は0歳から30歳代まで394人、40歳代317人、50歳代367人、60歳代405人、70歳代以上325人となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月12日 社会・文化 県教委は、県教組と県高教組は4月と6月に行ったストの参加者に対する処分を行った。対象は5,101人の参加者全員で、停職2人、減給10人、戒告4,545人、その他は文書訓告となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月12日 社会・文化 厚生省が発表した「全国高齢者名簿」によると、全国で99歳以上の長寿者は1,125人。石川県の最長寿は107歳の道井ヲト(羽咋市)、金沢市では100歳の酒井勇(香林坊)である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月14日 社会・文化 石川近代文学館に貴重な文字資料が寄贈された。泉鏡花「高野聖」絵巻物3巻、寄贈者釘宮対宕(横浜市)。犀星の俳句軸装、寄贈者米沢喜六(東山3丁目)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月15日 社会・文化 今年4月1日現在、65歳以上の県内老人人口は10万8,310人。一人暮らし老人は3,589人で、46年の2,009人に比べ1.8倍になっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月16日 社会・文化 県PTA創立30周年記念式典が観光会館で、約1,500人が集まって行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月18日 社会・文化 石橋雅義が死去。81歳。金沢大学第2代学長。京大、金大名誉教授。日本学士院賞、第19回(40年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月20日 社会・文化 モスクワの国立ボリショイサーカスの金沢公演が、20日から24日まで実践倫理記念会館で開かれた。北陸での開催は初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 9月23日 社会・文化 金沢市・イルクーツク市親善陸上競技大会が市営陸上競技場で開かれた。昨年行われた両市の通信陸上を発展させたもので、男女ともイルクーツク市が優勝した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月1日 社会・文化 市立工業高校の創立50周年記念式典が、観光会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月1日 社会・文化 金沢高校の創立50周年記念式典が、同窓会館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月8日 社会・文化 2日未明発生した地震は、河野金大助教授の追跡調査により、金沢地方気象台から半径2-3キロの直下型地震であることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月12日 社会・文化 49年制定の条例初の適用として、谷口吉郎(建築家、文化勲章受章)、林屋亀次郎(参議院議員、国務大臣等歴任)、松田権六(漆芸家、文化勲章受章)に名誉市民の称号が贈られた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月22日 社会・文化 県立武道館が小坂町に完成、開館した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月23日 社会・文化 県青年会館が卯辰山中腹常磐町内に完成、オープンした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月23日 社会・文化 第6回泉鏡花記念金沢市民文学賞の受賞作品に大戸宏の「長町ひるさがり」と岩田記未子の「冬の梢」の2作が決定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月24日 社会・文化 県の伝統工芸を紹介する「石川県の伝統工芸品産業」が発刊された。B5判、本文126ページ、カラー写真31ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月25日 社会・文化 金沢市民族舞踊姉妹都市訪問使節団一行47人(団長は市レクリ協会長喜多美由喜)がナンシー、ゲント両市を親善訪問した。(11月4日帰着) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 10月28日 社会・文化 第1回「市民文化祭」が始まった。11月7日まで開催される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月2日 社会・文化 金沢漆器の再興をかけ、初の「金沢漆器作品展」が7日まで大和百貨店で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月3日 社会・文化 第32回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は井村豊子(社会教育・人権擁護)、堀忠義(洋画)、小竹武夫(「漢書」日本語訳)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月3日 社会・文化 中西悟堂(日本野鳥会会長、金沢出身)の顕彰碑が広坂公園(出羽町)に完成、除幕式が行われた。碑には悟堂作の短歌が刻まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月4日 社会・文化 第6回泉鏡花文学賞の受賞作品に唐十郎(東京都)の「海星・河童」が選ばれた。(同文学賞と同市民文学賞の授賞式は11月9日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月9日 社会・文化 県の人口は11月1日現在で110万512人(男53万4,410、女56万6,102人)で110万人を超えた。全国35位である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月13日 社会・文化 石川県歌人協会の設立総会が、770人の会員を得て開かれた。会長綱村流水。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月16日 社会・文化 市は来年4月、市制90周年を迎えるのを機会に市民憲章を制定することにし、同制定審議会の初会合を開いた。(会長杉本藤太郎) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月30日 社会・文化 市立図書館(大手町)が新館へ移転のため創設以来48年の歴史に終止符を打ち閉館した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 11月30日 社会・文化 市内6か所の交差点で、「自転車横断帯」が初めて整備された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月9日 社会・文化 吉原町の長尾流躰術が、文部省の古武道保存審議会の記録映画に北信越5県からただ1流派選ばれて出演した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月14日 社会・文化 中島商店社長中島徳太郎が「新市立図書館の図書購入費に」と市へ1,000万円を寄付した。(先代社長も旧市立図書館建設費として昭和3年、8万円─現在に直すと約2億円余─を寄付している) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月21日 社会・文化 尾山神社庭園が、県の名勝に指定された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十三年(1978) 12月25日 社会・文化 玉作栄造が亡父小一郎の遺志により、藩政時代の消防用具25点を市へ寄贈した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月6日 政治・経済 市は2月1日からはしかの予防接種を無料(全額市負担=1人4,000円)で実施する。とりあえず3歳、5歳を対象とする。(無料は県内市町村で初めて) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月11日 政治・経済 昨年1月に着工した市営大桑団地の第1期工事がほぼ完了。かわらぶき3階建て7棟(第1種90戸)で、建設費5億9,735万円。引き続き第2期工事に入る。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月13日 政治・経済 県と市で構成している金沢駅鉄道高架化事業対策室(県南分庁舎内)が、駅南の折違町に移転し、高架化のための用地買収交渉に入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月19日 政治・経済 政治活動を通じ、絹人繊織物業界の総合的な発展をはかる目的で、石川県絹人繊織物振興連盟が設立された。(会長は県織物構造改善工業組合理事長浅井長一郎) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月19日 政治・経済 県は、河北潟干拓地の土地配分を公告し、2月27日までに入植28戸、増反400戸の募集を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月26日 政治・経済 市は、金沢駅周辺鉄道高架化の関連事業として新年度から、都市計画道路観音堂・涌波線の元車交差点─大豆田大橋間910メートルの用地買収に取りかかる計画である。事業費約13億円。高架化事業関連の第1号道路整備である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月31日 政治・経済 北陸の繊維業界は昨年後半から景気の回復をみせているが、昨年12月以降は石川、福井両県で超自動織機のウォータージェットルームを新設する動きが目立ち、過剰設備共同廃棄事業に逆行していく形である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月31日 政治・経済 金沢駅西開発協議会(会長北村友正)が理事会を開き、駅西ビジョン委員会の設置を正式に決め、委員長に同協議会副会長の松村久夫を充てることを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月4日 政治・経済 市の5つの雨水幹線が4月までに完成する。浅野合流幹線(京町─森山1丁目)神宮寺雨水幹線(浅野処理場─三池町)鳴和雨水幹線(神宮寺1─2丁目)三口新雨水幹線(小立野2丁目─大桑橋)菊川1号雨水幹線(石引2丁目─下菊橋)の5幹線で、総延長約6,770メートル。総事業費34億6,300万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月4日 政治・経済 県知事選挙の投票が行われ、即日開票の結果、現職の中西陽一(自民)が34万6,413票を得て当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月8日 政治・経済 金沢駅西開発協議会が、このほどまとめた駅西地域(北陸本線以西の市内)の人口、産業情勢によると、市の工業製品出荷額の6割が駅西地域で占められ、人口(夜間人口)は11万6,618人で市全体の約30%となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月11日 政治・経済 社会党県本部の第44回定期大会が内灘町福祉センターで開かれ、島崎譲委員長を再選、村池久一(金沢市議)を書記長(書記長池田健退任)に選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月14日 政治・経済 石川県漁場開発協会の設立総会が金沢郵便貯金会館で開かれた。同協会は県漁連など漁業団体と県、市町村など自治体が一体となって、200カイリ後の漁業問題解決のため政治力を結集しようというもので、総会では陳情7項目を採択、水産庁に提出することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月20日 政治・経済 金沢駅西開発協議会の駅西ビジョン委員会が発足、民間研究機関の田島環境計画(東京都、代表田島節夫)に青写真作りを委託した。顧問角本良平、委員16人、参与、幹事あわせて14人である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月26日 政治・経済 市が54年度当初予算案を市議会に内示した。一般会計643億5,700万円、前年当初比13.1%の伸び、特別会計221億149万円、企業会計242億1,973万円、計1,106億7,822万円となっている。また、市議会の自民党議員団が酒尾孝之議員会長の死去に伴う後任会長に滝尾照士、副会長に室井光栄を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月28日 政治・経済 市が、新年度に建設する竪田地区集会所のコミュニティセンターに総額5,169万円の補助金を出すことを決めた。最高限度額600万円。増改築(これまで対象外)については同300万円を補助することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月3日 政治・経済 市が、倉庫精練(社長西川文平、長町)の本社用地を買収するため、11億7,600万円を53年度最終補正予算案に計上した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月13日 政治・経済 市が新年度から2年計画で1億2,800万円を投じ、第2次林業構造改善追加事業を実施することに決めた。今年度、国の追加指定を受けたもので、林道開設、シイタケ生産の拡大、緑化木の生産施設、医王の里の補完事業などがその内容である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月19日 政治・経済 市議会の最終日、収入役尾戸嘉博を助役に、総務部長高倉健次を収入役にそれぞれ選任することが議会の同意を得て決まった。(いずれも4月1日就任) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月22日 政治・経済 市が、11項目にわたる新年度の不況対策を決めた。当面の対策としては制度融資の金利引き下げ、限度額の拡大など、長期的には中小企業の構造改善調査、小売商売実態調査などである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月23日 政治・経済 日中長期貿易取り決めの改定交渉のため、来日中の中国対外貿易次官劉希文ら一行4人が来県、江川市長を表敬訪問した。江川市長が、中国の適当な都市との友好関係を結びたいとの話に一行は賛意を表した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月27日 政治・経済 河北潟干拓地の近代的営農計画を立てるため、河北潟特定地区農業構造改善事業協議会の設立総会が石川厚生年金会館で開かれ、関係者30人が出席、会長に江川金沢市長を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月31日 政治・経済 市が50年度から進めていた卯辰山公園うぐいす台整備事業は今年度で終了した。広さ約3ヘクタール。総事業費6,600万円(土地買収費を除く)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月31日 政治・経済 金沢駅西第2土地区画整理事業の最終計画がまとまった。対象区域は、北安江町、諸江町上丁、南新保町、西念町、六丁町、二口町、若宮町、二ッ家町、二宮町、北町、藤江南1丁目の11町に及ぶ。(事業費142億8,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月3日 政治・経済 都市計画街路小立野・古府線のうち、犀川下菊橋から菊川1丁目の犀川大通り400メートルの供用が開始された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月6日 政治・経済 玉川公園が完成、開園式を行った。広さ1万271平方メートル。(総事業費1億4,300万円)。県が、建設省指定の緑化推進モデル地区の中心施設として整備した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月8日 政治・経済 県議会議員選挙の投票が行われ、即日開票の結果、金沢選挙区(定数16)からは、金原博(自現)米沢外秋(自現)原俊道(共元)今井源三(自現)土用下欽子(自現)米沢利久(自現)呉藤憲治(公現)荒木実(民現)河口健吾(自現)西森金市(自現)谷口一夫(自現)橋爪義守(社現)島村隆(社現)川島重男(無現)嶋野清志(自現)が当選と決まった。(得票数順)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月9日 政治・経済 駅西消防署が長田本町に完成し、業務を開始した。建設費2億6,000万円。これにより玉川消防署と玉川消防署西部出張所を廃止し、旧玉川消防署は駅西消防署玉川分署となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月11日 政治・経済 市が昨年9月から3,420万円をかけて進めていた釣部町の釣部町トンネル補修工事(3.7メートルを4.3メートルに拡幅)が完成、供用を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月19日 政治・経済 市は今年度、水害防止のため準用河川、排水路などの整備改修を行うことを決めた。このうち、大徳川は10年計画の初年度となる。(総事業費13億6,940万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月22日 政治・経済 県内21市町村議員選挙の投票が行われた。金沢市の当選者は次のとおり(得票数順)。吉田勉(自現) 不破実(自現) 小森邦夫(自新) 奥清一(自現) 礒野浩(自新) 鴻野博司(自現) 北市朗(自現) 北井博(自新) 長井賢誓(自現) 平田誠一(社現) 石野邑一(自現) 瀬戸勇(自現) 中川外司(自新) 西村進(自進) 宇野邦夫(自現) 越野迪子(自新) 室井光栄(自現) 勝田三郎(自現) 山田透(公現) 升きよみ(共現) 松本捷男(自現) 梅本修(民現) 末岡尚(自現) 中川哲夫(自現) 神川利男(自現) 村池久一(社現) 荒木吉久(自現) 村中博明(自現) 中村外次(自現)寺中隆善(社新) 館常男(公現) 浅井茂人(共現) 山本利夫(社現) 梅田武一(社現) 井沢義武(自新) 中野光弘(民現) 滝尾照士(自現) 杉浦常男(共現) 鳥居信吉(公現) 甚田寛一(自元) 宮前勇夫(共新) 中村利吉(自現) 米田正一(社現) 山田初雄(自現)。以上自民29、社会6、共産4、公明3、民社2、計44。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月25日 政治・経済 市民憲章制定審議会が第5回会合を開き、起草委がまとめた市民憲章の最終原案を承認し、江川市長に答申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月28日 政治・経済 市の都市計画街路小将町・田上線(通称兼六東大通り)のうち扇町-田井町間の890メートルが開通した。これで同街路兼六園下から田上大橋まで(3,310メートル)が、事業開始以来14年ぶりで全線開通したことになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月1日 政治・経済 市公害センターの、大気汚染監視オンラインシステムが稼働した。市の11測定局と県の7測定局のデータが、自動的に市公害センターの処理室で集中管理される。(工費1億400万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月4日 政治・経済 わが国で初めてオーストラリア沖海域へ出漁、イカ漁場開拓にあたっていた県沖合イカ釣漁業協会の漁船団11隻が、出港以来115日ぶりに故郷へ帰り、金沢港へ入国手続きのため寄港、関係者らの出迎えを受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月10日 政治・経済 市議会の組織議会が開かれ、議長に村中博明(自民)、副議長に勝田三郎(自民)を選任した。また、市民憲章の制定など議案2件を可決した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月11日 政治・経済 江川市長がウロコ水産社長東川真佐夫に、市中央卸売市場卸売業者としての農林大臣の業務許可書を手渡した。これにより同市場開設以来13年ぶりに2社制となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月12日 政治・経済 市の都市計画道路東山・内灘線のうち東山3丁目の国道159号線から元町の東大通り間940メートル(幅20メートル)が完成、開通式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月15日 政治・経済 駅西開発協議会が理事会を開き、駅西開発のビジョン作成を初案の田島環境計画(東京)に替えて、セントラルコンサルタント(東京)に委託することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月22日 政治・経済 県開拓審議会入植者選定部会が県庁で開かれ、入植者20戸、増反者273戸を適格と認め、知事諮問原案どおり答申した。これで河北潟干拓地の入植では予定の71.4%、増反では79.2%がきまったことになる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月7日 政治・経済 第1回伝統加賀友禅工芸展(加賀友禅技術保存会主催)が大和デパートで始まった。会員の作品6点と一般出品38点が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月8日 政治・経済 市の都市計画道路小立野・古府線のうち寺町1丁目から菊川1丁目までの920メートルが開通した。(総事業費19億1,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月13日 政治・経済 市制施行90周年記念式典が観光会館で開かれ、中西知事以下各界代表約300人が出席した。席上、「市民憲章」が披露され、午後、観光会館前で市民憲章の掲示板第1号(金沢青年会議所寄贈)の除幕式が行われた。また、記念の植樹祭が小坂町のなるわ公園”自治の森”で行われ、市長らが、八重紅梅(樹齢90年)1本を植えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月18日 政治・経済 市が、第2の石油危機に対処するため庁内に「市民生活安定対策本部」を設置し、初会合を開き、①生活物資の安定供給 ②物価情報の収集 ③資源再利用 ④資源、エネルギーの節約よびかけなどを決めた。本部長尾戸助役。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月23日 政治・経済 市役所旧庁舎の取り壊し作業が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月26日 政治・経済 市企業局が、同局長を本部長とする渇水対策本部を発足させ、大野庄、中村高畠の2農業用水の50%削減をはじめ、市内大口需用33件に対し20%供給制限を実施(27日午前10時から)することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月27日 政治・経済 市は、市不況対策懇話会の提言を受けて、市立図書館内に「特許・産業情報相談室」を開設(毎週水曜日)した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月28日 政治・経済 市は、午前8時半から上水道の一斉10%給水制限を実施した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月5日 政治・経済 県はこのほど、金沢港の工業用地東部地区(湊3)で簡易グラウンドの造成工事に入った。主としてソフトボール場として利用する。(広さ約5万平方メートル) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月12日 政治・経済 市民生活安定等対策本部が、市役所に県石油商業組合代表を招いて懇談会を開き、情報交換と安定供給に努めることを申し合わせた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月14日 政治・経済 金沢大学の総合移転計画の具体化とともに、市中心部にある金大附属小中学校の移転論が、県議会での論議をきっかけに関心を集めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月15日 政治・経済 藩政時代以来300余年、風と砂から町を守ってきた粟崎町地内の防風保安林が今年末にも保安林の指定が解除されることになった。大浜団地の造成によって防風林の必要がなくなったためで、県はすでに3月23日付で「仮解除」している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月17日 政治・経済 窪・高尾地区の住民代表が県を訪れ、市の都市計画道路外環状線(豊国・新庄線)の事業認可を早くするほか、移転先を確保するよう陳情した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月25日 政治・経済 来年夏、金沢市で開かれる北陸中国展の調印式が北京市で行われ、訪中団団長の中西知事と中国側の王耀庭国際貿易主任が文書に署名、押印し、同展の開催が正式に決まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月30日 政治・経済 中国の繊維輸入を担当する中国新紡繊品公司一行4人(徐守蔵経理団長)が、日本国際貿易促進協会北陸支局と地元友好商社の招待を受けて来県、市内のホテルで歓迎パーティに臨んだ。8月10日まで県内各地を訪問する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月31日 政治・経済 大和百貨店がバッファロー市の百貨店ウィリアム・ヘンゲラー社で、同社と友情姉妹店提携の合意文書の調印した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月1日 政治・経済 金沢駅西第2土地区画整理事業が始まった。21日までに権利者の申告を受け付け、10月換地計画審議、11月工事着工の予定である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月2日 政治・経済 金沢市漁協が普正寺海岸でクルマエビの稚エビ100万匹を放流した。今回は昨年につづいて2回目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月14日 政治・経済 「ホリデイイン金沢」と地元の既存旅館との調停に関する協定書調印式が、県庁内で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月18日 政治・経済 二俣町の医王山養魚組合が、近くの田島川に初めてイワナの稚魚約1,500匹を放流した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月21日 政治・経済 市が内川ダムの水を有効に利用するため、小原町地内に新内川発電所(出力8,000キロワット)の建設を計画、9月補正予算に調査費を計上することを明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月25日 政治・経済 市が、証明手続きの書類搬送を機械化するエアシューターを庁内に設置することにし、着工した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月29日 政治・経済 ズワイガニの資源保護を目的に県機船底引網漁業協組が、金沢港沖北西47キロ水深320メートルの沖合に、20-30トンクラスの旧漁船4隻を沈めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月5日 政治・経済 日本クリンエンジン研究所(北安江町)の所長大西繁が、新燃焼方式の2サイクルエンジンを50CCバイクに積載して、燃料消費量を従来のバイクに比べ半減させる技術開発に成功、この研究を東京で発表した。(11日にはアメリカミルウォーキーで開かれる国際原動機学会でも発表する) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月5日 政治・経済 県防災課が、午後4時現在で台風12号による被害状況をまとめた。県下の被害額は5億2,290万円。市が同日まとめた市の被害額は2億9,500万円である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月7日 政治・経済 国庫補助の確定により、市は9月補正で市公共下水道事業特別会計に9億9,000万円を追加した。これにより、浅野処理場は予定よりも1年早く55年度中に全面完成のめどが立った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月14日 政治・経済 日本を訪問中の中国国家経済委員会訪日代表団(団長同委員会副主任馬儀)の一行19人が12日金沢を訪れ、13日県、市を表敬訪問、市内、県内を視察。14日も市内の事業場を視察した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月19日 政治・経済 今年度から4か年計画で、内川、犀川、湯涌谷地区に、国、県、市、地元負担で3億1,200万円かけ、簡易水道、林道、モミ乾燥調整棟、育苗舎、トラクター、田植え機の整備などを行う。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月20日 政治・経済 「ホリデイイン金沢」(堀川町)の開業レセプションが行われた。同ホテルは富山市の福田観光の経営。日本では同系列の5番目。(総工費45億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月1日 政治・経済 市公害センターがこのほど、市内の大気汚染測定局4か所(瓢箪、西部、鳴和、野町)に窒素酸化物の測定装置を増設、測定を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月2日 政治・経済 世界的な金暴騰のあおりを受け、金沢の金箔業者らは経営に苦しんでいる。金地金の価格は1日現在、工業用価格は1グラム2,882円で、今年1月の1,388円の約2倍となっている。一方、断切金箔工業組合の60人が賃上げを求めてストに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月3日 政治・経済 小松製作所粟津工場で生産された、西ドイツ向けプレス機械の船積みが金沢港で始まった。同社が金沢港を利用するのは初めてで業界から期待されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月5日 政治・経済 湯涌地区では今年度から3か年計画で、2億7,400万円をかけ(国の新農業構造改善事業を導入)、ウナギの養殖、シイタケ栽培、畑地かんがい施設づくりなどの事業に着手した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月7日 政治・経済 第35回衆院議員総選挙の投票が行われ、即日開票の結果、石川1区で森喜朗(自前、11万1,297票)、奥田敬和(自前、8万1,125票)島崎譲(社前、6万4,893票)の3人、石川2区で瓦力(自前、5万9,868票)、坂本三十次(自前、5万4,780票)、稲村左近四郎(自前、5万3,986票)の3人が当選した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月23日 政治・経済 石川県などが進めてきた河北潟周辺農道(通称大規模農道)が完成した。この農道は福久町から宇ノ気町まで14.7キロ、幅員9メートル。(総事業費20億1,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月23日 政治・経済 石川県婦人生活会館が三社町にオープンした。財団法人石川県婦人会館、金沢市婦人会館、県生活科学センター、新設の県立婦人会館が入居している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月26日 政治・経済 県内水面水産試験場が26日から29日にかけて、県内5河川で「ゴリ」4万匹を放流した。これはゴリの生息環境や育成状況を調査するのが目的。金沢の犀川にも放流された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月26日 政治・経済 市経済労働問題懇談会が発足。経営、労働、学識試験の3者代表18人の初会合が市役所で開かれた。座長は金大教授奥田耕一。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月29日 政治・経済 市中央卸売市場増築工事の完工式が行われた。(11月1日から開業) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月31日 政治・経済 市は、小坂町の元日本電工跡地を自動施設建設用地として買収することにし、このほど買収調印を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月2日 政治・経済 蘇州市からこのほど、初めて江川市長あてに手紙が届いた。これは同市を訪問した県青年代表団に同市革命委員会が託したもので、都市提携に1歩前進したものと考えられる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月4日 政治・経済 市制90周年記念の「わが友バッファロー展」市など主催、8月21日―25日)を訪れたバッファロー・イブニング・ニューズ紙のマッキーティング主幹の「金沢見聞録」がこのほど、同紙日曜版に掲載され、トップ記事で金沢が日本一の一級都市であると述べた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月6日 政治・経済 県瓦販売工事協同組合が建設した石川県瓦研修センター(松村町)の落成式が行われた。若手労働者の養成を目的にした訓練施設である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月8日 政治・経済 県歯科医師会金沢市部が緊急役員会を開き、市が計画中の総合健康センターに協力しない態度をきめた。歯科医師会、薬剤師会の意向が反映されていないというのが理由である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月12日 政治・経済 安江町の東別院裏通りが、幅16メートルの都市計画道路本町・彦三線として完成、供用を開始した。延長203メートル。辰巳用水は道路の外側に移した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月14日 政治・経済 金沢経済同友会が用水のあり方を具体的に提言した「金沢の用水」をまとめ、発表した。県・市にその実現を働きかけていく方針である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月16日 政治・経済 武蔵ヶ辻第3地区再開発事業の起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月18日 政治・経済 海岸防災林造成工事(防風がき、黒松植林、同保育、静砂がきなど)が打木町から大野町にかけての砂丘地帯で始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月21日 政治・経済 石川県米穀(社長根上浩一郎)が米の冷蔵倉庫をこのほど完成した。マイナス温度の倉庫としては全国で初めて。収容能力5万俵。総工費3億1,800万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月1日 政治・経済 市が53年度決算概要を発表した。一般会計は実質収支で6億7,164万円の黒字となったが、市債でカバーされた黒字である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月3日 政治・経済 石油製品の値上げ(第6次)が1日実施され、県内の灯油、ガソリンの小売価格が3日からはね上がった。灯油は1缶(18リットル)が約150円アップの1,250円前後となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月5日 政治・経済 「金沢の近江町市場で甘エビを」と県外の旅行業者の企画が人気を呼び、11月下旬から近江町市場は団体観光客でにぎわっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月12日 政治・経済 小松・ソウル(韓国)間の国際定期便が就航した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月17日 政治・経済 県が、水田減反(転作)5,210ヘクタールなどの市町村別配分を決めた。金沢市の減反目標面積は615ヘクタールで県内のトップである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月21日 政治・経済 赤座繊維工業が捺染専門工場である同社金沢工場(諸江上丁)を、浸染専門の同社美川工場(美川町)へ全面吸収統合する計画を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月21日 政治・経済 中国・蘇州市と友好都市縁組みを実現させようと金沢・蘇州友好都市締結懇話会がつくられ、第1回会合が市役所で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月26日 政治・経済 大蔵省と文部省の55年度政府予算案折衝で、金沢大学の法学、文学、経済学の3学部の実現と総合整備移転調査費の計上が確実となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月9日 社会・文化 酒尾孝之(金沢市議)が出張先の東京で死去。73歳。22年市議初当選。40年7月から42年5月まで市議会議長をつとめた。また自民党金沢支部長、市農業委員会会長、県農業会議会長などもつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月12日 社会・文化 わが国の代表的女流ピアニスト中村紘子のニューイヤーコンサートが、石川厚生年金会館で開かれた。バッハ、ショパンなどの名曲を披露した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月19日 社会・文化 市立工業高校では新年度から設備工業コースを新設する。現在実習棟の建設も進み(約6,000万円)、このあと設備を整備し(約2,000万円)、54年度も約1,800万円をかけて内容を充実する計画である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月24日 社会・文化 真宗大谷派本願寺金沢別院の総代会が、26日に大谷光暢法主を迎えて、集会を聞きたいとする金沢教区宗門興隆の会に対し、別院の使用不許可を通告した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月26日 社会・文化 金沢東別院境内は法主支持派と改革派との押し問答が繰り返され、緊迫した空気に包まれたが、法主支持派によって本堂の扉が開けられ、約500人の門信徒が本堂に入って巡化が行われた。改革派が主催する「教団問題を学習する会」は同別院納骨堂で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月27日 社会・文化 国指定無形文化財加賀万歳と越前万歳(福井県武生市)の”初手合せ”が中央公民館で開かれ、約300人が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 1月29日 社会・文化 北国銀行頭取米谷半平が、県に社会福祉事業へと1,000万円を寄付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月2日 社会・文化 谷口吉郎が死去。74歳。金沢市出身。東京工業大学名誉教授。観光会館、市立図書館(建設中)、県美術館、犀星碑など数多くの建設を設計。明治村の開設者。芸術院会員。48年文化勲章受章。53年金沢市名誉市民の称号が贈られた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月5日 社会・文化 「室生犀星童話全集」全3巻が発行された。創林社刊。室生朝子編集。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月5日 社会・文化 石原堅正が死去。94歳。市立藤花学園創設者。尾山台高校名誉校長。金沢西別院輪番。昭和31年10月から3年間、市教育委員長をつとめた。第13回(34年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月14日 社会・文化 午後6時5分ごろ、北陸3県に地震があった。金沢・福井・輪島で震度1。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月20日 社会・文化 23年に創立された学校法人徳野学園(理事長徳野精)の創立30周年記念式典が観光会館で開かれた。同学園は金沢洋裁学院としてスタート、現在は北陸女子専門学校、金沢調理師専門学校、とくの幼稚園を経営している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月20日 社会・文化 市立中学校の今春卒業見込み生徒5,098人のうち各種学校を含む就職予定者はわずか63人(男40人、女23人)、全体の1.24%に過ぎず、昨年度の89人(1.82%)よりも少なくなった。(市教委の調査による) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 2月25日 社会・文化 加賀宝生の素謡と舞囃子を神前に奉納する、第8回小橋菅原神社囃楽奉納会が同神社(片町)で行われた。神事能として金沢に残っているのは大野湊神社と同社だけである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月2日 社会・文化 戸沢勇次郎が死去。100歳。元馬場小学校校長。林間学校や臨海学校の生みの親。40年、1,000万円を市に寄付、戸沢基金が創立され、青少年の教育に大きな功績を残した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月3日 社会・文化 洋画家北村脩(元二紀会会長、松任市出身、東京在住)を代表に、1月創立された美術団体「一創会」の北陸支部が結成され、同会創立会員の国本克巳(元一陽会会員)ら10人が参加した。会員は27人、推薦出品(無鑑査)15人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月9日 社会・文化 北陸大学の理事会が開かれ、学長三浦孝次の任期満了に伴う後任学長に同大教授荒田義雄を決めた。(4月1日就任、任期4年) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月10日 社会・文化 県教委が、財団法人金沢スイミングクラブ(理事長宇都宮煕志、富樫町)の設立を許可した。スイミングクラブの法人化は全国で2番目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月14日 社会・文化 明け方、石川県地方で今年初めての部分月食が観測された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月16日 社会・文化 文部省が、金沢美術工芸大学と北陸大学にそれぞれ大学院の開設を認めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月19日 社会・文化 新社殿が完成した西金沢新町の八幡神社で遷座祭が行われた。(総工費約6,000万円、慶賀祭は5月20日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月21日 社会・文化 額地区初のボーイスカウト、金沢第24団の発団式が三十苅町の社会福祉法人額小鳩保育園で行われた。団員は小学3、4年生のカブスカウト22人である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月23日 社会・文化 日中交換教授の一人目として来日中の、中国・上海市復旦大学の助教授蘇徳昌が金沢入りし兼六中学校を訪問した。(28日まで滞在) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 3月26日 社会・文化 公民館と消防分団の本部を兼ねた此花会館が落成式を行った。(工費4,200万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月1日 社会・文化 精神薄弱児、肢体不自由児、病弱児を対象とした養護学校の教育が義務教育に移行した。県内では、4月から養護学校に就学するのは872人の予定である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月1日 社会・文化 三和小学校(押野から分離)、木曳野小学校(大徳小から分離)が新設開校された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月5日 社会・文化 武村慶一郎が死去。74歳。36年から38年まで市議会議長をつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月5日 社会・文化 県教委は、養護学校に義務就学するのは県下で831人と最終的に決めた。金沢市関係では県立平和町養護127人、同医王養護22人、金大附属養護49人、在宅訪問教育9人となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月6日 社会・文化 市立図書館が玉川町の旧専売公社金沢工場跡地に完成、開館式が行われた。別館は旧専売公社金沢工場の外壁赤レンガをそのまま残している。(総事業費11億8,441万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月9日 社会・文化 城南公民館(若草町)の開会式が行われた。(総事業費1億2,642万円余) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月11日 社会・文化 県内初の試みとして公民館、児童館、老人憩いの家の複合した小立野文化会館と中村会館の新築落成式が行われた。(小立野文化会館は1億2,174万円余。中村会館は9,845万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月11日 社会・文化 市は、旧彦三保健所を改装し、北陸初の心身障害者福祉センター「のぞみ苑」を開館した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月20日 社会・文化 市立星稜女子短期大学(理事長稲置繁男、学長鈴木透)の入学式が行われ、第1期生139人が入学した。(開学式は10月24日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月23日 社会・文化 前田家の鎌倉別邸「長楽山荘」から金沢の常磐町、料亭「ごりや」へ移築された茶室「松濤庵」の席開きが、17代当主前田利健夫妻らを迎えて行われた。同庵は13代斉泰が江戸の隠居所に建てたものをごりや(川端与蔵)が譲り受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月24日 社会・文化 全国の国立大学で初めて開設された金大医療技術短大部理学療法、作業療法の2学科で40人の新入生の入学式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 4月25日 社会・文化 市立大桑保育所の落成式が行われた。市立保育所としては16番目。定員60人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月2日 社会・文化 石川県歌人協会の設立記念歌会全詠草を批判特集した「石川県歌人」創刊号がこのほどでき上がった。(46ページ) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月2日 社会・文化 石川県川柳懇談会の会報創刊号がこのほど発刊された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月4日 社会・文化 市教委が、今年創設した児童健全育成児童基金1億8,876万円の利子、1,000万円のうち、国際児童年記念事業として児童科学教室に100万円、少年スポーツクラブに280万円交付することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月6日 社会・文化 石川県スイミング文化センター(神宮寺町)の完工式が行われた。理事長塩村哮治。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月7日 社会・文化 金沢美術工芸大学大学院第1期生13人の入学式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月10日 社会・文化 市教委が、旧庁舎解体のため新竪町小内の仮庁舎へ移転した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月19日 社会・文化 79服文モードコレクション,(北陸服装文化協会など主催)がセンチュリープラザで開かれ、市と金沢美大が試作した友禅ドレス3点が初めて披露された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月25日 社会・文化 エフゲニー・ムラビンスキー指揮のレニングラードフィルハーモニーアカデミー交響楽団の金沢公演が、石川県厚生年金会館で開かれた。チャイコフスキーの「眠りの森の美女」などが演奏された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月26日 社会・文化 狂言舞台50年と重要無形文化財総合指定を記念する「能村祐丞を祝う狂言観賞会」が県能楽文化会館で、人間国宝三宅藤九郎、野村万乃丞らを迎えて開かれた。能村祐丞は「髭櫓」「萩大名」を演じた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月27日 社会・文化 「中日友好の船」訪日団(団長中日友好協会長廖承志、団員600人)が富山新港に入港。石川、富山、福井の3班に分かれて北陸路の旅へ出た。石川県へは副団長李頡伯ら205人が訪れ、兼六園や手取ダムなどを見学した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 5月30日 社会・文化 1回100円のテレビゲームがブームを呼び、「インベーダー」遊びで補導される小、中、高校生が激増した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月1日 社会・文化 金沢国税局の開局30周年を記念して、関係者約60人が卯辰山に桜の苗木120本を植樹、これを市へ寄付、ここを「末広桜友園」と名付けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月2日 社会・文化 日本の伝統工芸を研究するニューヨークのジャパンソサエティ工芸旅行団(団長永島マリ)の一行38人が金沢を訪れた。(4日まで市内を見学する) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月20日 社会・文化 新美術館設置懇談会の初会合が県美術館で開かれ、座長に加藤義一郎を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月24日 社会・文化 金沢の北部山間地釣部町に伝わる「田んぼ染め歌」が森本地区民謡保存会の手によって復活され、森本地区郷土民謡まつりで披露された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月24日 社会・文化 今年度、額校下から独立した扇台校下少年連盟の結成式が扇台小学校で開かれた。7町会の子供会、1,115人が加盟した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月29日 社会・文化 26日深夜から27日朝にかけて、金沢駅周辺一帯で連続5件の火災などが発生、3棟が全焼した。原因は放火。犯人は逮捕された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 6月30日 社会・文化 材木町の桜華幼稚園の新校舎落成式が行われた。落成を機に材木幼稚園から桜華幼稚園と園名を変更した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月3日 社会・文化 午前3時11分ごろ、金沢を中心に震度1の地震があった。震源地は市の北西沖30キロ、深さ40キロの地点。揺れは約30秒間であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月3日 社会・文化 石川県地方の雨がようやくあがり、降り始めの26日から3日午前5時半までの雨量は金沢で247ミリだった。この雨で市企業局は上水道10%、犀川水系農業用水の50%削減を解除した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月4日 社会・文化 市は庁舎の屋上に取り付けてあったモーターサイレンを取り外し、同市民俗文化財展示館に展示した。このサイレンは大正12年、東京で作られたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月6日 社会・文化 金沢大学の5代目学長に、決選投票の結果、同大工学部教授金子曽政が選ばれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月7日 社会・文化 県が、初めて光化学スモッグ注意報(13時10分)を金沢地方に発令した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月11日 社会・文化 全国で2番目の県立埋蔵文化センターが米泉町に完成、開所式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月11日 社会・文化 木曳野小学校の校舎とプールの竣工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月14日 社会・文化 金沢市出身の学者桜井錠二博士の遺族から、博士の遺品や資料約150点(自筆の「出生の記」、東京開成学校とロンドン大学の首席賞状と金メダル、研究論文など)が県立郷土資料館へ寄贈された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月16日 社会・文化 三和小学校の校舎落成式とプールの完工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月17日 社会・文化 「石川写真100年・追想の図譜」が発刊された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月23日 社会・文化 市が、北陸3県の自治体では初めて福祉タクシーを実施し、乗車券の交付申請を受け付けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月26日 社会・文化 日中平和友好条約締結を記念する中国武漢曲技団の金沢公演が、石川厚生年金会館で開かれた。来演は団長夏菊花ら51人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月29日 社会・文化 室生流能楽の15代宗家で、「加賀室生」の始祖とされる室生紫雪の顕彰碑が橋場町の稲荷神社境内に建立され、除幕式が行われた。同神社は紫雪死去(文久3年)の地である。(墓所は東山全性寺) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 7月29日 社会・文化 国際児童年にちなむ「石川少年の船」(団長中西知事、517人)が金沢港を出航、沖縄へ向かった。(6日間の日程である。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月6日 社会・文化 県が初めて婦人代表団を中国へ送る「日中友好石川県婦人の翼」(団長土用下欽子、55人)の団結式が行われた。(19日金沢発、27日帰着) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月9日 社会・文化 日本人のペルー移住80周年を記念する「古代インカ・黄金の美術展」が21日まで大和デパートで開かれ、開場式にペルー大使ロメロ夫妻が出席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月11日 社会・文化 国際児童年を記念し、市が派遣するアメリカ合衆国親善訪問代表団(団長奥清一27人)が金沢を出発した。(22日帰国) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月16日 社会・文化 第61回全国高校野球選手権大会第9日目の16日、星稜高校が春の選抜優勝校箕島(和歌山県)と対戦、大接戦で延長18回、引き分け寸前に3対4で敗れ、ベスト8入りは成らなかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月16日 社会・文化 北陸電通局が、安原町に建設していた電電金沢運動場の完成披露式があり、親善野球試合が行われた。総面積4万4,000平方メートル。総工費約5億円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月19日 社会・文化 「石川県少年ヨット連盟」が発足、金沢・内灘区支部の発会式が河北潟大根布放水路で開かれた。会長嵯峨逸平、金沢支部長久世勝。支部会員小学校生15人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月20日 社会・文化 全国高校PTA協議会の第29回総会が、県社教センターで4,300人が参加し、3日間の幕をあけた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月21日 社会・文化 金沢経済大講師ルース・スティーブンスが書いた金沢のガイドブック(英文)「金沢・もう一面の日本」が発行された。B6判、247ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月25日 社会・文化 全国金属石川地本の第48回定期大会が、2日間の日程で県労働会館で開かれた。定年60歳は当面58歳を要求。スト戦術は団体交渉を重視する現実対応の運動方針が提案された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月27日 社会・文化 第1回東海北陸地区仔特殊教育研究大会が県社教センターで、530人が集まって2日間の大会の幕をあけた。養護教育義務制の諸問題が討議される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月28日 社会・文化 金沢市歴史のまちしるべ選定委員会(委員14人、会長八田恒平)の第1回委員会が開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月30日 社会・文化 訪日ハンガリー青少年代表団(団長イストバン・フヘパー、30人)が29日、金沢入りした。ハンガリーの訪日団の金沢訪問は初めて。30日、市役所を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 8月31日 社会・文化 新竪町小学校の「鱗町交差点清掃会」は早朝清掃奉仕を8年間続け、建設大臣から感謝状を贈られた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月1日 社会・文化 市中央水産物卸協同組合特殊会によってうなぎ放生供養が犀川河畔で行われ、ウナギ、ドジョウなど約1,000匹が放流された。4年前に始めた行事で、犀川で行うのは初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月10日 社会・文化 加藤義一郎が死去。69歳。石川日野自動車社長。金沢商工会議所常議員。県デザイン協会会長、金沢漆器商工業協同組合理事長などをつとめ、県産業功労賞などを受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月13日 社会・文化 県内の65歳以上の老年人口が初めて11万人を超え、県人口の10%台にのった。市内で99歳以上の長寿者は7人である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月13日 社会・文化 今年発足した一創会の北陸支部結成を記念する第1回北陸一創展が大和デパートで開かれ、40点が展示された。(会期は18日まで) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月14日 社会・文化 世界青少年交流協会の招きで来日中のポーランド青少年代表団(団長イエルツィ・ブブラ一行25人)が13日夜金沢入りした。(17日まで滞在) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月14日 社会・文化 市制90周年記念の「伝統文化の源流をさぐる金沢の美術工芸展」(前田育徳会など主催)が前田利建夫妻を迎え、県美術館で開幕した。(一般公開は15日から10月7日まで) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月22日 社会・文化 石川県教育振興会の結成大会が県社教センターで開かれ、寺西忍(元県教育長)を会長に選び、教育環境の浄化、教育行政、学校秩序の確立など大会宣言を採択した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 9月22日 社会・文化 金沢大学学長に同大学工学部教授金子曽政が就任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月6日 社会・文化 医王山小中学校の改築工事が完了し落成式が行われた。(建設費3億4,400万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月7日 社会・文化 市が初めて建設補助金を出した学童保育施設が大徳校下の松村第2町会に誕生した。町民会館に併設されたもの。町民会館は1,300万円。市補助250万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月12日 社会・文化 ストライキの処分を決めるための県教育委員会が開かれたが、抗議に来た県教組、県高教組の幹部ら約50人との交渉が難航、8時間に及ぶ交渉の結果、教委側が処分決定を保留するという異例の形で委員会を閉じた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月17日 社会・文化 世界的名ピアニスト、ルドルフ・ゼルキンのピアノリサイタルが石川厚生年金会館で開かれた。ゼルキンはモーツァルト、ベートーベン、ショパンの曲を約2時間にわたって演奏した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月19日 社会・文化 泉鏡花記念金沢市民文学賞の第7回受賞作品に、北陸大学教授万足卓の「季節の詩」と金沢工業大学助教授宮崎正明の「能登・人に知られざる日本の辺境」(パーシバル・ローエル著の翻訳)が選ばれた。贈呈式は11月5日。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月23日 社会・文化 第7回泉鏡花文学賞の受賞作に、SF作家眉村卓の「消滅の光輪」(早川書房刊)と詩人金井美恵子の「プラトン的恋愛」(講談社刊)が決まった。贈呈式は11月5日。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月23日 社会・文化 第32回中部合唱コンクール(岐阜市)で、金沢二水高と金沢大学が金賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月27日 社会・文化 「農書を読む会」(東京都、農山漁村文化協会内)が発足。その設立総会が県社教センターで開かれ、全国から約70人が集まった。同会には日本農業史研究のパイオニア専修大学教授(東大名誉教授)古島敏雄、京都大学教授飯沼二郎ら多数の学識経験者が集まった。会長古島敏雄。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月29日 社会・文化 明治期の金沢の俳人、北川洗耳の句碑が浅野本町の浅野神社に建てられ、このほど除幕式が行われた。碑には「水音も火伏太鼓にぬるみてん」の句が刻まれている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 10月31日 社会・文化 病気療養中の前市長岡良一が、児童教育の一助にと北国文化事業団へ800万円を寄託した。同事業団は「岡基金」に積み立てて小、中学生のための「賞」を新設したいと考えている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月3日 社会・文化 第33会金沢市文化賞、54年度市産業功労賞の贈呈式が行われた。文化賞受賞者は梶山伸(加賀友禅)、新保千代子(石川近代文学研究)、木羽敏泰(分析化学)、金沢少年連盟協議会(青少年育成)。産業功労賞は真柄要助(建設業)、小川甚次郎(加賀染)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月4日 社会・文化 泉仙助が死去。91歳。金沢大学名誉教授。猩紅熱に似た小児熱病“泉熱”の発見者。第7回(28年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月10日 社会・文化 県教組と県高教組が、日教組本部の指令で反弾圧日教組現地闘争本部を設置。三原大乗日教組副委員長を中心とする約100人のオルグが県教委と交渉した。今年の春闘スト処分で日教組が現地闘争本部を設置したのは石川県が初めて。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月13日 社会・文化 市は今年度から、市内の児童スポーツクラブなどへ交付金を贈り、その活動を促すことにし、交付する41団体を決めた。今年度は総額280万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月15日 社会・文化 昨年発足した日本新工芸家連盟の創立記念「日本新工芸北陸展」が大和デパートで催され、90点が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月20日 社会・文化 婦人団体結成30周年記念石川県婦人大会が、県婦人生活開館で約500人が集まって開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 11月24日 社会・文化 市校下婦人会連絡協議会の結成30周年記念大会が県婦人生活会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月2日 社会・文化 キリスト教(新教)の北陸伝道の開拓者、米国人宣教師トマス・クレイ・ウィンの北陸伝導100周年記念碑の除幕式が広坂2丁目の金沢教会前で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月5日 社会・文化 武蔵ヶ辻第3地区再開発事業の中でひとつ取り残された老松「堤のマツ」(樹齢320-330年、高さ約15メートル)が、駅西中央公園に移植されることになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月9日 社会・文化 全日本工芸作家協会主催の第5回全日本工芸展が観光会館で始まった。団体や流派を一切問わない協会で、今まで京都で開いていた。地方開催は金沢が初めてである。80点の作品が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月11日 社会・文化 武蔵ヶ辻の旧日本生命北陸支社ビルの解体工事がこのほど始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月12日 社会・文化 金沢放送合唱団の創立30周年記念の特別演奏会ヘンデル作曲オラトリオ「メサイヤ」公演がこのほど、北陸学院栄光館で開かれた。指揮石井雄史。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月12日 社会・文化 大友佐一が死去。86歳。大友楼社長。雅号奎堂。郷土史と刀剣の研究保存につくした。第18回(39年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月14日 社会・文化 金城短大の第1回コーラス定期演奏会が観光会館で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月15日 社会・文化 県文化団体連絡会議が、高岡中学校跡地に中型文化ホールの建設を求める要望書を江川市長に提出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月15日 社会・文化 日本芸術院の新会員に洋画家高光一也(北間町、金沢美大名誉教授、日展評議員、光風会理事会、県美術文化協会理事長)が発令された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月20日 社会・文化 「猫寺」として知られる増泉1丁目の竜昌寺(曹洞宗)が老朽化のため取り壊された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十四年(1979) 12月23日 社会・文化 近江町260年の歴史をつづった「金沢近江町市場史」ができ上った。北国出版社刊。253ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月4日 政治・経済 市役所前で市民憲章碑の除幕式が行われた。スウェーデンの赤みかげ石。デザインは金沢美大助教授小松喨一。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月11日 政治・経済 市保健医療総合センター開設に非協力の方針を打ち出していた県歯科医師会金沢支部が市医師会、市薬剤師会との3者会談で、同センターの設立母体に加わることで合意に達し、協力することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月14日 政治・経済 金沢第2合同庁舎(新神田4)が完成し、7官署の入居が終わり、業務を開始した。新神田市民サービスステーションも同時に開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月14日 政治・経済 七尾税関支署金沢出張所のまとめによると、金沢港の輸出、輸入の額が増加し、これまでの最高となり、入港数も128隻(いずれも54年1年間)で、開港以来の新記録となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月18日 政治・経済 ダイエー(吹田市)が、大店法に基づく小売業者の届け出を通産大臣に提出したことを明らかにした。これにより、ダイエーの武蔵ヶ辻への出店が確定した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月18日 政治・経済 金沢大学の評議会が「総合移転実施特別委員会」の設置を決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月23日 政治・経済 県中小企業団体中央会が国の方針にしたがい、異業種組合システム化推進研究会を初めて開いた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月24日 政治・経済 金沢青年会議所が1980年度の事業計画を発表した。重点企業として財団法人「金沢教育基金」(仮称)の設立、「明日の金沢をデザインする会」(仮称)の発足、シンポジウム開催などとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月25日 政治・経済 尾張町1丁目の金鉄局元殿町職員宿泊所跡地を市の児童公園にするため、市土地開発公社が同局との間に売買契約を結んだ。(約1億730万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月5日 政治・経済 市企業局のガス料金46.6%値上げに関し、公聴会(名古屋通産局)が石川厚生年金会館で開かれ、陳述人24人のうち14人が反対、10人が条件付きで賛成意見を表明した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月6日 政治・経済 蘇州・金沢友好都市提携促進委員会の設立総会が市役所で開かれ、会長に徳田与吉郎(県日中友好協会会長)を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月15日 政治・経済 通産省が、金沢漆器など6品目を伝統的工芸品に指定することを決め、今月中に告示する。県としては8品目目の指定となる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月19日 政治・経済 市が、50年度から分譲を始めた安原工業団地の一般分譲地がこのほど全部売り切れた。進出企業160社。うち103社がすでに操業を始めている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月22日 政治・経済 北陸にアパレル産業を立地させることの適否について、北陸経済研究会がその可能性は極めて小さいとの悲観的見解を示した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月25日 政治・経済 国鉄が本社常務会で金沢駅周辺鉄道高架化事業に対する投資計画を承認した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月25日 政治・経済 県が「兼六園周辺(文化ゾーン)整備懇話会」と「県立美術館開設準備委員会」の2つの審議機関を発足させた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月26日 政治・経済 参議院予算委員会の地方公聴会が第2回合同庁舎で開かれ、知事、市長ら8人の公述人が行財政改革などを訴えた。江川市長は非戦災都市金沢の計画街路、下水道事業などの補助、起債、交付税等に格別の配慮をと訴えた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月28日 政治・経済 民社党県連の結党20周年記念パーティーが、センチュリープラザで党本部から塚本三郎書記長を迎えて開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月 政治・経済 市が55年度当初予算案を発表した。一般会計701億1,000万円、特別会計251億467万円、企業会計283億2,044万円、合計1,235億3,512万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月2日 政治・経済 市の下水道事業は55年度に犀川以南の第3期事業区域に重点を移し、200ヘクタールを整備する。(全面完成は62年度の予定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月7日 政治・経済 新しい県水産会館が北安江町に完成した。(総事業費約9億6,700万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月9日 政治・経済 金沢駅貨物ヤードの移転に伴い、鉄道交差道路の立体化事業が4月からスタートする。工事区間は三池―百坂間約2.1キロ。交差道路10線のうち8線を立体化し、踏切5か所を撤去する。(市が34億5,000万円で実施) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月14日 政治・経済 湯涌上山町で進めていた新農業構造改善事業の作業管理休養施設が完成した。市の補助約1億4,000万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月21日 政治・経済 政府は電力8社の値上げを正式に決定、通産省が認可した。北陸電力は、電灯39.7%、電力50.7%、平均48.0%の値上げとなる。(実施は4月1日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月26日 政治・経済 広域観光事業の一元化を図る県観光開発公社の設立総会が県庁で開かれ、4月1日から正式に発足することが決まった。理事長古居俦治(県商工労働部長)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月30日 政治・経済 自民党県連の政経文化パーティが県産業展示館で、太平首相ら政府、同党首脳らを招いて開かれ、約2,000人が集まった。大平首相は、北陸新幹線の実現がかなり遅れる見通しを示唆した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月1日 政治・経済 金沢大学に法学部・経済学部・文学部の3学部が正式に設置された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月3日 政治・経済 県と市が「金沢大学総合移転対策本部」(本部長杉山副知事)を設置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月8日 政治・経済 県の玉川公園拡張整備工事が完了した。今までの1.5倍の広さになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月10日 政治・経済 県農業会館(古府町)の新築落成記念式が同館で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月11日 政治・経済 財団法人金沢総合健康センターの設立総会が、市役所で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月15日 政治・経済 小坂町の旧日本電工金沢工場跡に造られた、仮称なるわ公園がこのほど「城北中央公園」と正式名称が決まった。(5月15日開園式) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月17日 政治・経済 八田町の湖南運動公園が2年計画で拡張され、このほど全工事が完了した。初めてアーチェリー競技場、簡易野球場1面増設、馬事公苑拡張などである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月23日 政治・経済 北陸高速道路ターミナル(社長吉田次作、神野町)の第2期工事が完了し、全面完工の披露が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月24日 政治・経済 市内観光コースに「浅野川コース」がつけ加えられた。兼六園下-天神橋-浅野川-小橋-尾張町-近江町-尾山町-長町-香林坊のコース、約5.5キロ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月28日 政治・経済 市が55年度の公共用水域の水質検査結果をまとめた。それによると犀川、浅野川地区の河川、排水路はほぼ目標を達成しているが、犀川以南はむしろ汚濁が進む傾向がみられ、沼田排水路はBOD(生物化学的酸素要求量)が最高150PPMを記録、死の川に近く、伏見川の浄化も遅々としている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月16日 政治・経済 市西部処理場(東力町)が一部完成し、通水式が行われた。全体計画の6分の1が完成したもので、これまでの事業費は61億5,000万円である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月18日 政治・経済 多目的大型プロジェクトの手取川総合開発事業が、46年に計画発表以来9年余で全面完成し、県白山ろく県民体育館(吉野谷村)で完工式典を行った。同事業は建設省、石川県、北陸電力、電源開発の4者が総事業費2,895億円を投じて施行したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月19日 政治・経済 明治13年の金沢商法会議所創立から100周年を迎えた金沢商工会議所が、創立100周年物故議員追悼法要(大谷廟内)と記念式典(中小企業会館)を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月21日 政治・経済 大野港にかかる歩行者専用の「大野みなと橋」の完成式が行われた。長さ78メートル、幅員4メートル。総工費7,800万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月26日 政治・経済 駐日ソ連大使ポリヤンスキーの一行6人が、森茂喜日ソ協会石川県連会長の「国際友好発展名誉章」受章祝賀会と同県連定期総会に出席のため25日来県。26日、知事、市長を表敬訪問した。(能登方面を視察して27日帰京) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月29日 政治・経済 ダイエーがキーテナンントとして入居する、金沢東洋ビルの地鎮祭が旧丸越百貨店跡地で行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月30日 政治・経済 金沢駅周辺鉄道高架化事業の起工式が、金沢駅貨物基地内(高柳町)で行われた。(事業費428億700万円、8年計画) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月12日 政治・経済 伝産法(伝統的工芸品産業の振興に関する法律)に指定されている仏壇仏具を集めた、第3回全国伝統的工芸品仏壇仏具展が北陸放送会館で始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月13日 政治・経済 北陸電通局によると、54年度の電報利用状況は、北陸3県の電報通数が88万通で、過去最高の38年度の221万通に比べるとおよそ40%に激減。電話の増加と反比例したかたちである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月13日 政治・経済 大平首相の急死により、1・2区の衆議院議員候補者森・瓦・稲村と県議矢田富雄が弔問のため空路東京へ向かった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月23日 政治・経済 史上初の衆参両院同日選挙の投票が22日行われ、23日開票、結果は次の通り。参院選石川1区、当選者森喜朗(自前11万6,366票)、奥田敬和(自前11万1,216票)、島崎譲(社前、7万9,128票)の3人。同2区、当選瓦力(自前、5万8,686票)、稲村左近四郎(自前、5万7,684票)、坂本三十次(自前、5万6,191票)の3人。参院選石川地方区当選は安田隆明(自民、35万5,987票)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月28日 政治・経済 県内の繊維業界では、昨年ころから超自動繊維ウォータージェットルームに更新する企業が増えてきた。共同廃棄事業とは二律背反の格好である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月28日 政治・経済 中国江蘇省人民政府代表団の一行4人が27日金沢入りし、28日、江川市長を表敬訪問した。汪良江(団長)、張従先、雷煥文、朱知貴の4人で、蘇州市との都市提携については具体的な回答を避けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月1日 政治・経済 金沢市は香林坊第1街区の一部区画を購入し、地権者の一人として積極的に再開発の一翼を担うことになり、同街区の再開発事業がようやく動き出した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月8日 政治・経済 市議会の今年第2回定例会の最終日、長井賢誓(自民)を副議長に選任、すべての日程を終えて閉会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月8日 政治・経済 中国国際貿易促進委員会の中国の展覧団が金沢入りした。一行は副団長李江ら17人で、さきに金沢入りした先遣隊5人とともに同展の会場設営に当たる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月17日 政治・経済 市西部清掃工場(東力町)が完成、火入れ式が行われた。同工場の焼却能力は日量350トンである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月19日 政治・経済 手取川ダムを水源とする県水道用水の金沢市への供給がスタートした。四十万町の四十万中配水池で通水式が行われ、日量1万6,000トンの供給が開始され、市の南部地区へ配水された。これで市の上水道給水能力は25万6,000トンとなった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月22日 政治・経済 市保育所入所措置費徴収額等適正化懇談会が、今後、公私立保育所の設置は原則として行わず、必要に応じ増築、移転、統合で対処すべきであるとの意見書をまとめ、市長に具申した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月27日 政治・経済 北陸中国展の団長楊国光(中国国貿促顧問)が空路来県、金沢入りし、展覧会場を視察した。(28日は県、市、商工会議所を訪問) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月29日 政治・経済 駅西開発協議会が、21世紀へ向けての開発構想を発表した。それによると、旧市街地は歴史的、教育的、芸術的文化機能を分担し、駅西に新都心をつくり産業、文化、情報機能を分担する地域とすべきだとしている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月30日 政治・経済 中国国際貿易促進委員会の王耀庭主任が29日金沢入りし、30日、知事、市長、金沢商工会議所を訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月3日 政治・経済 北陸中国展(中華人民共和国展覧会)が県産業展示館で開幕した。開幕式には王耀庭中国国際貿易促進委員会主任、中西知事、江川市長、富山県、福井県の代表ら約1,000人が出席した。(会期は24日までの22日間) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月11日 政治・経済 金沢駅周辺整備構想懇談会の第1回会合が中小企業会館で開かれ、市が53年に策定した構想を煮詰めることにし、来年3月までにまとめることにした。座長は金沢商工会議所副会頭(同会議所駅周辺整備推進協議会副会長)北村友正。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月19日 政治・経済 香林坊第1地区の市街地再開発事業に、地権者の一人東京急行電鉄(社長五島昇、東京)がホテル部門を進出させる方針を固め、地元との話し合いに入った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月24日 政治・経済 北陸中国展は、目標の40万人を5割以上も超える64万5,350人の入場者を数えて閉幕した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月26日 政治・経済 駅西開発協議会の都市計画委員会(委員長松村久夫)が中小企業会館で初会合を開き、構想の具体化を図ることにした。同委員会は、駅西ビジョン委員会のあとを受けたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月27日 政治・経済 市が、今年度から新設した計量主任者制度に伴う第1回計量主任者研修会を商工会議所で開き、食料品小売店33店から同主任を目指す39人が受講した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月30日 政治・経済 「浅川地区開発整備推進協議会」の設立総会が市農協金浦支所(田上町)で開かれ、会長に浅川地区連合町会長本多伊守を選び、金沢大学移転を機に周辺一帯の地域開発を促進する決議書を採択した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月3日 政治・経済 金沢の家具業界と仏壇業界が、今年度、国の活路開拓調査事業の指定を受け、新市場の開拓や新製品の開発に取り組むことになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月10日 政治・経済 駐日米大使マンスフィールドが夫人とともに北陸日米文化協会の招きで7日来県、8日、中西知事を表敬訪問、10日金沢ニューグランドホテルで開かれた同協会創立20周年記念レセプションで記念講演を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月12日 政治・経済 市の農業の新しいビジョンづくりを進める、市新農業構想策定専門委員会の初会合が開かれた。委員16人。委員長は県農業短大学長赤井重恭。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月17日 政治・経済 杉山副知事、自民党県連幹事長米沢外秋らが、来県した安倍政調会長に北陸新幹線の上越新幹線とのドッキングが実現するよう陳情した。軌道修正の陳情をしたのは今回が初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月24日 政治・経済 示野町第1土地区画整理組合が、県道上安原・昭和町線の北側10ヘクタールの区画整理事業の起工式と地鎮祭を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月26日 政治・経済 金沢青年会議所が設立した公益信託「金沢教育基金あすなろファンド」の発会式が行われた。現在までに2,776万5,000円の寄付がよせられた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月27日 政治・経済 音声多重放送がMRO北陸放送とITC石川テレビで始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月4日 政治・経済 県が今年度から4か年計画で、人口魚礁造船事業を進めるが、その一環として、魚礁沈設作業を始めた。金沢・松任両市境沖合10キロ、40メートルの海底に鉄筋コンクリート製円筒形魚礁4基が沈められた。(今年度事業費7,200万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月8日 政治・経済 金沢青年会議所がこのほど、日本青年会議所第29回全国会員大会で優秀青年会議所の最優秀賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月8日 政治・経済 県が8日までに、天皇ご在位50年記念公園として犀川緑地公園内に記念広場を建設する方針を固めた。全国11か所の一つに指定されたものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月10日 政治・経済 市西部清掃工場と市西部市民体育館(いずれも東力町)の完工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月17日 政治・経済 市中央卸売市場が発泡スチロール廃箱の溶融機を導入、運転を開始した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月22日 政治・経済 冷夏から一転して9,10月は好天が続き、秋野菜は豊作となり、価格が暴落。源助大根は昨年の2割前後の値となり、農家は廃棄処分にする状況である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月23日 政治・経済 バッファロー市の親善訪問団(団長ウィリアム・キャスティング、21人)が金沢入りし、江川市長を表敬訪問した。同市のヘンゲラー百貨店の社長マーフィーも一行とともに来訪した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月30日 政治・経済 国見町に大型ハウスを利用したシイタケの通年栽培施設が完成、栽培を始めた。同町のしいたけ生産組合が、国の第2次林業構造改善追加事業を導入してつくったものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月7日 政治・経済 「石川県観光問題懇話会」の初会合が開かれ、各委員から雪の観光を積極的にPRすべきだとの意見が出された。(会長北陸観光協会会長吉田豊彦) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月16日 政治・経済 金沢青年会議所と香港ハーバー青年会議所(理事長張志平)の姉妹JC調印式がセンチュリープラザで行われた。金沢青年会議所の姉妹提携は初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月18日 政治・経済 加賀友禅団地(専光寺)で全自動水洗機が導入され、稼働した。水洗機、乾燥機あわせて3,600万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月19日 政治・経済 北陸3県の大手工作機械メーカーと3県工業試験場、金沢大学工学部の3者でこのほど、「北陸マシニングセンター研究会」(代表金大工学部教授安井武司)が結成された。12月から産、学、官一体の共同研究に取り組む。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月26日 政治・経済 市異業種間交流促進会議の初会合が、県婦人生活会館で開かれ、36団体から49人が出席、記念講演のあと意見を交換、今年度中に市異業種間提携推進連絡会議を組織することにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月29日 政治・経済 才田町と河北潟干拓地を結ぶ才田大橋が完成、完工式と渡り初めが行われた。長さ365.78メートル、有効幅員7.5メートル。市内で最も長い橋となった。取り付け道路の長さ430メートル、幅10.5メートル。(総事業費10億2,400万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月30日 政治・経済 イルクーツク市のグロモピッチ市長が29日、市の招きで金沢を訪れ、江川市長を表敬訪問した。30日は江川市長の案内で兼六園や西部清掃工場などを見学した。(12月3日まで滞在) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月12日 政治・経済 12月定例市議会が開会。冒頭に議長選挙を行い、吉田勉(自民)を議長に選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月13日 政治・経済 社会党県本部の結党35周年記念の集いが、センチュリープラザで開かれ、約400人が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月15日 政治・経済 駅西開発協議会が中小企業会館で、福岡、熊本両県庁移転視察の反省会を開き、県庁の駅西移転について話し合った。いずれその時期がくるとの見方では一致したが、まとまった公共用地や民有地がないことと、移転あとの周辺商店街などの地盤沈下がネックになりそうだとの見解が示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月22日 政治・経済 市企業局港工場(ガス)の増設完工式が行われ、新施設の試運転を開始した。(25日営業運転。総事業費10億円8,500万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月24日 政治・経済 56年度政府大蔵省原案で、市の弓取川の改修事業が新規採択されたことが明らかになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月26日 政治・経済 潮風と飛砂から市の内陸部を守る、今年度の海洋防風林造成事業が打木、下安原町などで完成した。海岸延長1,500メートルに堆砂垣、562メートルに防風垣を建設したものである。(事業費845万円、国、県、市が分担) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月26日 政治・経済 来年度政府予算の復活折衝で、新内川ダムの新規採用が認められた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月13日 社会・文化 浅野町公民館の新館工事が完了、落成式が行われた。(事業費4,600万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月13日 社会・文化 金沢大浜工業用地に、日本ではめったに見られない迷鳥「ハマヒバリ」が3年連続して滞留していることがわかり、野鳥の会では喜んでいる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月21日 社会・文化 市内の幼児や小学生の間で、水泳熱がかつてないほどの高まりを見せている。市内には3つのスイミングクラブがあるが、いずれも2,000人前後の定員いっぱいの盛況ぶりである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 1月24日 社会・文化 市教委が、3年計画で進めていた口頭伝承調査が今年度で終わり、その結果がまとまった。収録されたのは語り804、唄670(いずれも延べ数)で、日本民俗学会金沢大会(10月4日)までに報告書として刊行される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月9日 社会・文化 畝田町に大徳児童館が完成、落成式を行った。スポーツ施設を整えているのが特徴で、市内で4つ目。建設費1,443万円。およそ半額が国、県の補助。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月13日 社会・文化 犀川大橋から上菊橋一帯に近年、カルガモが飛来するようになった。冬場に約100羽が訪れている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月22日 社会・文化 素都清朗が死去。74歳。29年市立工業高校校長。31年市教育長。40年から44年まで収入役をつとめた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月23日 社会・文化 県は新年度から、県埋蔵文化財センター内に県埋蔵文化財保護協会(仮称、任意団体)を発足させ、発掘調査員3人を増員する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 2月26日 社会・文化 金沢医科大学の学長選挙立候補届出が締め切られ、同大教授石崎有信(現副学長)だけが立候補した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980)   2月29日 社会・文化 市教委が今年度から始める歴史のまちしるべ表示事業の今年度表示個所が決まった。蛤坂など坂道10、堂形前など字地3の計13か所となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月2日 社会・文化 地元長唄界の最長老、岡安喜三玉の引退披露の舞台が西検番で開かれた。明治43年、12歳の時からこの道に入り、芸妓養成に尽くした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月5日 社会・文化 市教委は、高砂大学校の希望者が多いため、55年度は1クラス80人を2クラス160人に倍増、また大学院も2クラス125人に増やすことにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月6日 社会・文化 綱村基行が死去。82歳。歌道に精進し、第11回(32年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月10日 社会・文化 北陸で初めてのソーラーシステム(太陽熱利用)採用の室内温泉プール(金沢スイミングクラブ、三十苅町)の完工式が行われた。(総事業費約2億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月15日 社会・文化 55年度から、金沢工業大学の大学院に博士課程3科の設置が認められた。政令都市を除く地方の私立大学で、博士課程を持つのは東北学院大(仙台)と金沢工大だけである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月16日 社会・文化 「おぎん・こきん物語」ゆかりの法然寺(菊川2)が51年から無人となり、境内は荒れ果てた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月19日 社会・文化 県体協が評議員会を開き、66年に第46回国民体育大会を誘致開催することを全員一致で決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月19日 社会・文化 金沢市漁船労働組合が午前零時から無期限ストに入り、底引き網漁船25隻が休漁した。組合は帰港後3時間の休み、1週間出漁の場合2日間休漁を要求している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月20日 社会・文化 県体協スポーツ指導者協議会の結成総会が、関係者約150人が出席して開かれた。スポーツ界の指導体制強化を目指すもの。会長県体協理事長若山博。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月21日 社会・文化 金沢医科大学が文部省の厳しい指導で、学長選挙のやり直しをすることを決めた。全国でも極めて異例のできごとである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月23日 社会・文化 兼六園の名木「唐崎松」の後継ぎを育てることになり、滋賀県大津市唐崎から若木3本が兼六園管理事務所苗圃(若松町)へ運び込まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 3月30日 社会・文化 市西部市民憩いの家(東力町)の落成式が行われた。使用料個人300円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月1日 社会・文化 精神医学研究の分野では全国で初の公益信託として運営される公益信託松原三郎記念精神医学育成基金が発足した。故松原三郎の遺産をもとにできたもの。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月2日 社会・文化 粟崎文化センターが完成した。市が1億1,305万円で建設したもので、公民館、児童センター、老人センターが併設されている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月8日 社会・文化 中外製網会社(社長柴田三郎、南森本町)が市へ500万円を寄付した。中外柴田文化振興基金(仮称)1,000万円の第1回として寄付したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月9日 社会・文化 渡辺荀之助が死去。79歳。金沢能楽会常務理事、同能楽界シテ方の最最老。第28回(49年)金沢市文化賞、50年日本能楽会功労賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月13日 社会・文化 大沢衛が死去。76歳。金沢大名誉教授、前金沢美大学長。英文学者(トマス・ハーディ研究)。第4回(25年)金沢市文化賞を受賞した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月18日 社会・文化 矩幸成が死去。76歳。金沢美大名誉教授。日展評議員。21年金沢美術工芸専門学校(現金沢美大)から44年退官まで在職。彫刻界の長老。第15回(36年)金沢市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月19日 社会・文化 藤江喜三次が死去。70歳。11年県排球(バレーボール)協会を創設、県バレーボールの振興に寄与。37年日本スポーツ少年団の生みの親の一人。39年文部大臣体育功労賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月26日 社会・文化 全労済県本部の労済会館が北安江町に完成、落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 4月26日 社会・文化 市は5月から、父子家庭を対象に医療費を助成する制度をスタートさせる。母子福祉法を父子家庭に拡大させるもので、県内では初めて。年間平均2万7,000円を助成する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月2日 社会・文化 市が今年度新設した市文化活動賞の第1回受賞者に5個人、1団体が決まった。北陸小唄協会理事長高林克价、金沢市自立演劇団体連絡協議会長加須屋信政、写真家吉尾開山、植物研究家大友佐太郎、金沢少年合唱団(主宰石本一雄、団員100人)。(贈呈式は7日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月4日 社会・文化 林屋亀次郎が死去。93歳。元国務大臣。自民党石川県連最高顧問。昭和22年第1回参院選に初当選。3期連続当選。第4次吉田内閣で国務相。昭和10年株式会社丸越創設。20年県、市商工会議所会頭。50年北陸大学理事長。53年市名誉市民の称号を受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月4日 社会・文化 第29回全国ろうあ者大会本大会が、常陸宮ご夫婦をお迎えして観光会館で開かれた。全国から約2,000人が集まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月13日 社会・文化 三浦孝次が死去。76歳。北陸大学初代学長。元金大薬学部長。第6回(27年)金沢市文化賞、41年日本薬学会学術賞を受賞。漢方薬研究者として知られていた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月20日 社会・文化 来日中の中国・中華全国中医学会代表団(団長崔月犂)と金沢市の財団法人東洋医学臨床研究所(理事長四位例章)が、「日中医学交流並びに合作に関する覚書」に調印した。中国の医療機関が、日本の民間団体と共同研究の覚書を交換するのは今回が初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 5月31日 社会・文化 篠原虎一が死去。78歳。県音楽文化協会副理事長。21年金沢弦楽合奏団を創設、バイオリン教育に生涯をささげた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月6日 社会・文化 東山3丁目の中島よし子の遺産940万円を遺族が、遺言に従い、市育英会奨学資金にと寄付した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月8日 社会・文化 市内で、30年ぶりに実業団による市街マラソンが行われ、5万人が声援を送った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月12日 社会・文化 漆芸家、日展参与、県無形文化財保持者の小松芳光の喜寿を記念して、漆芸50年の歩みを披露する作品展が大和デパートで始まった。52点が展示された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月15日 社会・文化 金沢女子短期大学が常任理事会を開き、前富山大学学長林勝次を学長に決めた。同短大高等学校長も兼務。(7月1日就任) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月17日 社会・文化 金石中学校の校舎改築落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月21日 社会・文化 北陸スモン第1-第11次訴訟の和解交渉が名古屋高裁金沢支部と金沢地裁でそれぞれ開かれ、原告123人と被告の国、製薬3社との間で、補償総額26億630万円で和解が成立した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月21日 社会・文化 「六角堂」の名で知られる真言宗宝集寺(寺町1)で昔懐かしい縁日が30年ぶりに復活、終日にぎわった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月22日 社会・文化 21日夜から今未明にかけて、片町一帯が暴走族と見物の群衆約2,000人で混乱した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月28日 社会・文化 今年春ごろから、専光寺町や佐奇森町の水田に姿を見せているコサギやチョウサギなど白サギの群れは、近くの下安原町地内の松林にコロニー(集団営巣)を作っていることがわかった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 6月28日 社会・文化 MRO文化会館の落成式が行われた。旧県農業会館を改装したもので、北国文化センター、北国文化事業団などが入居する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月12日 社会・文化 第16回西日本馬術大会が、県馬事公苑(八田町)で12・13の両日開かれた。2府21県から155選手、133頭が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月12日 社会・文化 「辰巳ダム」建設計画で水没する辰巳用水取水口の問題をめぐり、県河川開発課、県教委、郷土史関係団体の3者が初めて会合を開いた。郷土史関係団体は保存を求めたのに対し、河川開発課は計画推進の考えを述べた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月18日 社会・文化 鳴和中学校の新築落成式が行われた。5階建て、延べ8,582平方メートル。総工費6億7,859万円余。51年度から5年間かかって完成した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月19日 社会・文化 「天保義民の碑」がこのほど西念町の駅西中央公園へ移転、遷座法要が西念寺で営まれた。今回で2度目の移転である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月31日 社会・文化 石川県地方に30日から31日にかけて局地的に強い雨が降った。これで7月中の降雨日数が22日を数え、昭和年間の最長記録となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 7月31日 社会・文化 市教委が発掘を進めている新保本町3丁目の新保本町チカモリ遺跡で、丸太を半分に割った柱根(柱の根の部分)がこれまでに26例も見つかった。(9月26日参照)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月1日 社会・文化 「太陽と緑、さわやかな汗とふれあい」をテーマに、第34回全国レクリエーション大会が、主会場の金沢市に三笠宮と同妃殿下をお迎えして開かれた。3日までの日程で県内5市1町1村で各種活動を展開する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月5日 社会・文化 第4回全国高等学校総合文化祭の総合開会式が観光会館で行われ、全国から621校、9,500人の高校生と県内高校生約1万人が参加した。午後、県内外の31校、1,225人の高校生によるバトントワリング、マーチングバンド演奏パレードが市内目抜き通りで行われた。(会期6日間) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月9日 社会・文化 全国高校総合体育大会バレーボール(高知市)で県立工業が初優勝した。インターハイバレーボール優勝は県、並びに北信越ブロックでは初の快挙である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月10日 社会・文化 卯辰山中腹(末広町)に建つ「日中友誼団結之碑」の碑前祭が北陸中国展中国代表団長楊国光、江川市長ら約30人が出席して行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月13日 社会・文化 市営奥卯辰山墓地公園がこのほど完成した。広さ21万3,622平方メートル。完成までに五億5,000万円の事業費を要した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月17日 社会・文化 加賀宝生の地金沢に、宝生5流能(金沢霞会主催)が県能楽文化会館で16、17の両日開催された。能楽史上に残る豪華な陣容と演目となった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月22日 社会・文化 組合脱退の自由をめぐり県教組金沢支部を相手どって争われていた「非組合員確認請求訴訟」で、金沢地裁は原告(中学校教諭3人)の主張を認める判決を言い渡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月23日 社会・文化 市民憲章の歌(市民憲章推進協議会・金沢青年会議所公募)の歌詞が中田敏明(畝田町)作詞「金木犀の匂う道」に決まった。小椋桂作曲により9月7日、第3回市民会議の席上発表される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月29日 社会・文化 田村きわが死去。91歳。幼児教育に功あり。第17回(38年)市文化賞を受賞。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 8月29日 社会・文化 8月中の石川県地方は、真夏日と日照時間が観測史上最少となることが金沢地方気象台の調べでほぼ確実となった。29日現在、最高気温30度以上の日は4日だけ(明治35年は5日)、日照時間は95時間で昭和28年の130時間よりも大幅に下回った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月4日 社会・文化 南好雄が死去。76歳。元運輸大臣。石川2区選出衆議院議員。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月8日 社会・文化 県教組や退職教職員らでつくる県教育財団が香林坊に新築した、県教育会館の落成記念式が行われた。(総工費5億5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月15日 社会・文化 粟崎町の粟崎八幡神社で、粟崎商工会の力により、木屋藤右衛門の遺徳をたたえ、千石船を形どった宝船の山車を60年ぶりに復活させた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月21日 社会・文化 押野地区で、市で初めて少年消防クラブと婦人防火クラブが結成され、発会式を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月22日 社会・文化 県文化財保護審議会が、辰巳用水取水口水没問題につき、同用水を県指定文化財にする努力などを条件に、県の辰巳ダム建設原案を認める結論に達した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月26日 社会・文化 新保本町のチカモリ遺跡で26日までに、新たに直径85センチの巨大な柱根が10点も見つかった。(7月31日参照。62年2月23日、国の史跡に指定された。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月27日 社会・文化 午後9時31分すぎ、県南部を中心に軽い地震があった。震度は0。震源地は白山ろく。地表に近い深さであった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月30日 社会・文化 金大医学部第2解剖学教室の教授山田致知の20年にわたる解剖学実習教育の成果がこのほど、「解剖学実習資料集」としてまとめられ、刊行された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 9月30日 社会・文化 茶道表千家の全国大会「表千家同門会金沢大会」が、29・30の両日、家元の千宗左を迎え、全国から1,500人が参加して開催され、記念式典(石川厚生年金会館)のほか成巽閣、松風閣など12会場で茶席や茶道具の展覧などが行われた。表千家の全国大会が金沢で開かれたのは初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月1日 社会・文化 第13回国勢調査が行われた。金沢市は世帯数13万4,267、人口41万7,684人(男20万4,257人、女21万3,427人)であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月1日 社会・文化 市は、これまでごみ収集していなかった山間部11町会を収集区域に加え、これで全市域でごみ収集を行うことになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月1日 社会・文化 金沢素囃子が市無形文化財に指定された。保持団体は金沢素囃子保存会(会長嵯峨逸平)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月4日 社会・文化 都市と農村の民俗学的比較をテーマとした第32回日本民俗学会全国大会が4日から3日間の日程で、県社教センターで開かれ、約300人が参加した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月15日 社会・文化 手取川和佐谷橋下流で、遠足に来ていた押野小4年生1人が転落して水死した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月20日 社会・文化 泉鏡花記念金沢市民文化賞の受賞作品が決まった。黒田桜の園の俳句・随筆集「三面鏡」と門玲子(愛知県在住)の伝記小説「江馬細香─化政期の女流詩人」。(授賞式は11月11日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月21日 社会・文化 第8回泉鏡花文学賞の受賞作品が決まった。森万紀子の「雪女」(新潮社刊)と清水邦夫の戯曲「わが魂は輝く水なり」(講談社刊)。(授賞式は11月11日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月27日 社会・文化 学童クラブと老人憩いの家を併設した木曳野会館(桂町)が完成、落成式を行った。両施設は同会館が初めてである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 10月29日 社会・文化 初代寒雉(宮崎彦九郎義一)が製作した梵鐘3口(常徳寺=寺町5、少林寺=野町3、宝乗寺=車町)を市有形文化財(工芸)に指定するよう市文化財保護審議会が市教委へ答申した。(12月1日指定) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月1日 社会・文化 ナンシー市で開かれる「ロレーヌ花の祭典」に参加する市の文化使節団(団長市教育長桑田良夫)が金沢を出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月3日 社会・文化 第34回金沢市文化賞の贈呈式が行われた。受賞者は前田長宗(教育行政)、浅田二郎(芸術・文化諸活動)、社団法人金沢能楽会(加賀宝生継承と発展、会長嵯峨逸平)。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月13日 社会・文化 中村町小学校の改築校舎落成式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月16日 社会・文化 日本近代科学の父故桜井錠二の顕彰碑(東山3丁目)の除幕式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月17日 社会・文化 県内のアジア人留学生らとの友好の輪を広げるための「アジア協会」が誕生、白嶺会館(石引4)で創立総会が開かれた。留学生ら約15人と発起人代表の北元喜雄(北陸大学副理事長)ら約20人が出席、規約や事業計画などを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月21日 社会・文化 金沢医科大学の学長選挙が20、21の両日にわたり行われ、同大教授石崎有信(現学長代行)が信任された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 11月27日 社会・文化 東京後楽園球場で、消防100年記念消防団全国大会が天皇陛下をお迎えして開かれ、伝統を誇る加賀とびが“はしご登り”の妙技を展覧に供した。7種の展覧演技の中で、消防団員が消防の技術として演じたのははしご登りだけだった。(団長戸田嘉十郎以下216人) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月1日 社会・文化 駅高架事業に伴う住宅の移転で、県が代替地に指定した市内3か所(長土塀3の県立中央病院跡地、大和紡績跡地、昭和町の市ガス工場跡地)にこれまで19戸が入居、または建設中で、新しい町づくりが進んでいる。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月3日 社会・文化 県の教育関係5者(県市町村教委、県公立高校長協会、県小中学校長協会、県教組、県高教組)が教育正常化の基本合意に達した。ただ教員スト処分をめぐる県教委と両教組の対立打解の糸口はなんら示されていない。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月9日 社会・文化 大浦小学校の新校舎落成式と創立100周年とを兼ねた記念式典が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月15日 社会・文化 金沢美大油絵専攻の学生有志が若手作家とともに、第1回絵画展「起点」を観光会館で開いた。30人が68点を出品した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月16日 社会・文化 市企業局が“金沢市水道50年史”を発刊した。B5判、436ページ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月22日 社会・文化 長町の大野庄用水にかかる長町五の橋が木の高欄の橋に架け替えられた。工費450万円。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月23日 社会・文化 竹田爲治(片町2)が死去。78歳。私財1億円余りを投じて教育文化財団を設立した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月24日 社会・文化 田上少年運動広場(8,180平方メートル)が旧田上小学校跡地にでき上がった。少年運動広場としては市で2番目である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十五年(1980) 12月29日 社会・文化 雪が降り続き、金沢は福井、富山とともに38年以来の多雪となった。北陸線はまひ状態となり、約7万人の足が乱れ、北陸自動車道、国道8号、同157号なども交通が混乱した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月12日 政治・経済 市が、雪害対策本部(本部長江川市長)を設置した。52年以来4年ぶりである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月13日 政治・経済 県が、県雪害対策本部(本部長中西知事)を38年以来18年ぶりに設置した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月13日 政治・経済 市雪害対策本部が指定排雪場10か所を増設、ほかに市内の小中高のグランドを排雪場として開放することを決めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月16日 政治・経済 金沢国税局が管内の56年分最高路線価を発表。15地点の土地価格は前年より平均8.7%上昇、最高評価は、金沢市片町2丁目の一の谷カバン店前の片町通りで、1平方メートル当たり67万円となっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月20日 政治・経済 市農業生産対策協議会が開かれ、第2期水田再編対策の割当転作面積などを了承した。56年度転作面積は798ヘクタール、57・58両年度は854ヘクタール。事前売り渡し限度数量は56年度が1万4,467トン、57・58両年度は1万4,160トンである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月22日 政治・経済 七尾税関支署金沢出張所がまとめた55年の金沢港の貿易概況によると、昨年1年間の輸出額は300万円で、1昨年の42億8,600万円に比べて激減、輸入は83億円で1昨年の82億円に比べ1億円の微増であった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月23日 政治・経済 市職員の手話講習が始まり、17人の職員が受講した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月30日 政治・経済 市は、今冬の豪雪で被害を受けた納税者に対し、市税の納期延長、徴収予、減免の各措置を行なうことを決めた。県と同一歩調をとったものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 1月31日 政治・経済 北陸線の特急、急行が一部を除いてほぼ全列車が運転を再開、1月4日以来27日ぶりに平常ダイヤに戻った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月2日 政治・経済 中国蘇州市との友好都市提携が、中国政府の決定で実現することになった。蘇州市からの連絡により明らかになったものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月5日 政治・経済 市営大桑住宅の最終建設工事が完成し、既設分と合わせて351戸が全部でき上がった。市営住宅ではみどり団地に次ぐ大型団地である。(総事業費約43億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月9日 政治・経済 蘇州市の方明市長から江川市長あてに、友好都市提携についての正式文書が届いた。内容は友好都市締結の正式通知と、先遣隊の派遣を要請している。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月14日 政治・経済 社会党中央本部主催「80年代の日本社会党の路線・北陸3県討論会」が県労働会館で開かれた。「日本における社会主義への道」の見直しに関する初の下部機関討議である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月16日 政治・経済 自治省の諮問機関「自治体行政の文化化に関する調査研究委員会」の石川県内視察とシンポジウムが県議会内で開かれ、省側と地元代表者が懇談した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月18日 政治・経済 北陸で初めての「産業用ロボット活用セミナー」が、県中小企業振興協会などの主催で開かれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月23日 政治・経済 近江町市場近代化事業の一つ、金城小売センター(愛称デリカ広場)の完工式が行われた。農林水産省の指定を受けて組合を設立、店舗を建設したものである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 2月27日 政治・経済 市が56年度当初予算案を市議会に内示した。一般会計759億3,000万円(伸び率8.5%)、特別会計250億6,021万円、公営企業特別会計289億5,775万円、合計1,299億4,796万円。前年度当初比5.2%の伸びとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月1日 政治・経済 「金沢国際ホテル」の完成披露レセプションが同ホテルで、約850人が出席して行われた。(3日開業) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月3日 政治・経済 県がサケ・マス漁の再開発を目指して犀川(法島町地内)にサケの稚魚10万匹を放流した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月10日 政治・経済 市施設園芸実験場に太陽熱利用実験温室ならびに重油ボイラー方式、地中蓄熱式温室各2棟が完成した。(総事業費3,539万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月20日 政治・経済 新市庁舎改築工事(新館)が完成した。(地下2階、地上7階、23億5,000万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月25日 政治・経済 市の臨時議会が開かれ、金沢美大学長に就任する市教育長桑田良夫の後任に高倉健次(収入役)、収入役に中川三津夫(企業局長)を任命するなど、人事案件3件を全会一致で同意可決した。(発令は4月1日) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月27日 政治・経済 金沢市など2市8町5村で構成する石川中央広域市町村圏協議会が56年度から向こう10か年の新広域市町村圏計画を発表した。(総事業費8,106億円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月28日 政治・経済 県が知事の許認可事務の一部を市町村に委譲する交渉で、16項目について市長会との間で合意に達したが、町村側は見送った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 3月31日 政治・経済 市異業種交流連絡会の初会合が市役所で開かれ、意見の交換を行った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月1日 政治・経済 市は、4月第2週から月1回の週休2日制を正式にスタートさせることにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月1日 政治・経済 市は、心身障害者対策に専任する障害厚生課を新設した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月2日 政治・経済 市西部処理センター(糸田新町)の管理棟改築工事が完了、業務を始めた。また新年度から、東西両処理センターともそれぞれ管理センターと名称を改めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月2日 政治・経済 市が卯辰山公園内に花ショウブ(菖蒲)の名所をつくるため、通称もみじ谷で造成工事に着手した。3万5,000株のショウブを植える。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月14日 政治・経済 在宅の心身障害者を対象とした軽作業の提供が市役所内で始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月19日 政治・経済 「水と緑の再生計画」の手始めとして着手した、長町の鞍月用水修復工事の一部が完成した。完成したのは、旧倉庫精練跡地に建築中の市中央地区体育館に併せてつくった左岸約40メートルである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月21日 政治・経済 市の下水道整備第4期事業の計画がまとまった。5月県に諮問、建設省の認可を経て6月着工の予定。現在の第3事業と並行して施行する。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 4月22日 政治・経済 武蔵ヶ辻第3地区再開発ビル(ニュースカイプラザと市教育・視聴覚センター)の落成式は、関係者約100人が出席して行われた。(総事業費39億9,800万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 5月1日 政治・経済 市が犀川上流に建設する新寺津発電所の起工式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 5月6日 政治・経済 北陸地方で初めて導入された、郵便貯金のオンラインサービス始動式が金沢中央郵便局で行われ、市内の16局がサービス業務を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 5月14日 政治・経済 北陸経済調査会が「金沢市財政と都市問題」と題する研究報告書を発表、市財政の確立のためスプロール化の進行に歯止めをかけることが、緊急課題であるとの見解を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 5月16日 政治・経済 金沢経済同友会が金沢シティホテルで「世界のなかの日本一国際的孤児にならないために」をテーマにシンポジウムを開いた。講師は元文部大臣永井道雄、京都大学教授矢野暢、司会「世界」編集長安江良介。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 5月26日 政治・経済 市が、今冬の豪雪被害(農林関係)の調査結果を発表した。被害総額は16億3,066万5,000円に上っている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 5月27日 政治・経済 第8回日ソ沿岸市長会議(山形県)に出席のため来日のグロモビッチ・イルクーツク市長が金沢入りし、江川市長と懇談、バレーボールチームの交歓などを話し合った。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 5月28日 政治・経済 県農協連の通常総会と臨時総会が開かれ、会長藤井栄次の死去に伴う後任会長に加賀市農協組合長の丸山兵雄を選任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月1日 政治・経済 市が、行政事務の漢字オンライン化を図って導入した新鋭コンピューターの始動式が行われた。新機種はFACOM160F。合計1万1,069字種使用可能。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月7日 政治・経済 市が水田利用再編対策の一環として、今年度から導入した土地改良の夏季施工事業は、初年度はまず28か所、延べ9.8ヘクタールで実施することが決まった。3か年計画の市単独事業である。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月9日 政治・経済 県が知事の許認可事務の一部を市側へ委譲する案件で「墓地、納骨堂または火葬場の経営許可」など12項目の事務権限を委譲することが決まった。(7月1日から実施) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月9日 政治・経済 市廃棄物処理審議委員会の初会合が市役所で開かれ、委員長に佐藤弥太郎(公認会計士)を選び、市の処理状況を聞いた。委員15人。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月10日 政治・経済 駐日中国大使符浩一行が、金沢・蘇州両市の友好都市提携調印式に出席のためと県内産業視察のため来県、知事・江川市長を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月12日 政治・経済 蘇州市の方明市長ら同市友好代表団一行7人が小松空港から金沢入りし、江川市長らの歓迎を受けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月12日 政治・経済 第2次臨時行政調査会の「1日臨時行政調査会」がけいさつ会館で開かれ、地元から代表者約120人が出席。中西知事・江川市長らが意見を述べ、北陸新幹線への格段の配慮を求めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月13日 政治・経済 金沢市と蘇州市との友好都市締結調印式が市議会全員協議会室で行われ、江川市長と方明蘇州市長が議定書の調印、両市の友好縁組みが正式に成立した。(同代表団は17日金沢を去った。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月22日 政治・経済 市は今年度から、弓取川の拡幅改良事業に着手する。国、県の補助を得て行うもので、総事業費約41億円。20年を要する見通しである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月26日 政治・経済 市議会6月定例会の最終日、松岡尚(自民)を副議長に選任して閉会した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 6月30日 政治・経済 加賀産業道路のつながる市都市計画道路、有松・高尾線が8年がかりで完成、開通式が行われた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 7月2日 政治・経済 市中央卸売市場にアメリカ産のサクランボが380ケース(1箱9キロ)初入荷した。(日本への輸入は4年前から始まっていた。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 7月6日 政治・経済 駐日英国大使コータッツィが県内視察のため4日来沢。5日市内見学、6日県、市を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 7月5日 政治・経済 森本地区の荒山町と市瀬町を結ぶ林道荒市線が完成し、完工式が行われた。延長3,366メートル、幅4メートル。(事業費7,085万円。国、県、市の負担) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 7月7日 政治・経済 片町、香林坊、竪町3商店街振興組合が新しい連合組織「金沢中心商店街振興組合連合会]を結成した。(会長寿美田与作) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 7月29日 政治・経済 コンピューターによる新聞製作技術「電算写植システム」(愛称「ヘリオス」)が北国新聞社で完成、始動式が行われた。鉛活字を使わない画期的な印刷技術がとり入れられている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月1日 政治・経済 市中央卸売市場で、今年度から10か年計画の施設整備事業がスタートした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月1日 政治・経済 市役所2階市民ホールで、来庁者用ビデオ広報の放映を始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月1日 政治・経済 民社党県連政経パーティーが、センチュリープラザで党本部の佐々木良作委員長を迎えて開かれ、約500人が出席した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月5日 政治・経済 北国新聞社長宮下与吉が同社取締役顧問に就任、宮下明が代表取締役社長に昇任した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月15日 政治・経済 金沢市漁業協同組合は53年度から市の補助を受けて、クルマエビの放流を行ってきたが、今年度からは、市が同組合に委託して同事業を進めることにし、善正寺浜海岸で稚エビ200万匹を放流した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月20日 政治・経済 県と市が、香林坊街区再開発事業を積極的に推進するため、専任職員を配置してプロジェクトチームを設けた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月22日 政治・経済 安原工業団地会館(打木町)の落成式が行われた。(総工費3,900万円) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月26日 政治・経済 市の第5次上水道拡張計画(県水受け入れのための計画)が、当初予定の65年度完成から10年ないし15年大幅に繰り延べられる見通しとなった。水需要の伸びが鈍化し、県水の受水を急ぐ必要がなくなったためである。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 8月31日 政治・経済 金沢港から、輸出品では今年度最高額(30億円を超す)となる小松製作所のプレス機械が、日本郵船所属若梅丸(9,916トン)に積み込まれた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月2日 政治・経済 市商工観光課が、外国人観光客のために作成した英文観光パンフレットができ上がった。4,000部作成。ホテル、旅館、観光関係方面へ配布した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月8日 政治・経済 社会党県本部の第3回地方議員団会議が県労働会館で、県議、市町村議員ら25人が出席して開かれ、北陸新幹線建設について巨額の財政負担は反対するとの意見で一致した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月8日 政治・経済 市は、駅西地区で公共施設として総合会館を建設する方針を固め、用地取得の働きかけを始めた。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月11日 政治・経済 県内へ里帰り中のブラジル移民1世の一行22人が県庁に中西知事を表敬訪問、サンパウロ州知事から託された同州イピランが名誉勲章を中西知事に手渡した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月17日 政治・経済 54年8月、河北潟干拓地に入植を決定した市と河北郡の335農家のうち22%にあたる74農家が、畑作営業を中断または断念したことが明らかになった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月18日 政治・経済 北陸電通局と北陸電力が、国道157号の片町─香林坊間西側約700メートルに地下共同溝を埋没する計画を明らかにした。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月30日 政治・経済 金沢駅・港線(50メートル道路)のうち、駅西口─西念町間延長1,087メートルが上下線とも供用を開始した。(下り線は49年から開通していた。) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 9月30日 政治・経済 56年度地価調査(県)の結果によると、市の住宅地の上昇率順位は旭町(前年比14.2%)長坂台(同13.4%)、商業地は西念町(同8.3%)小坂町西(同8.0%)などとなっており、標準価格順位は、住宅地で瓢箪町(1平方メートル当たり)13万円、広岡町11万8,000円、泉野町11万7,000円、商業地で尾山町57万円、昭和町34万円5,000円などとなっている。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月3日 政治・経済 市駅西市民サービスステーションが西念町に開設された。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月3日 政治・経済 北陸自動車道の金沢西ICのフルインターチェンジ建設の関連工事が始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月6日 政治・経済 県メカトロニクス研究会の第1回研究会が県工業試験場(米泉4)で開かれ、会員企業64社から120人が出席、会長に金大工学部教授横山恭男を選んだ。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月21日 政治・経済 石川県の農業青少年海外研修生を受け入れているデンマークとスイス両国の農家代表3人(女性)が金沢入りし、杉山副知事を表敬訪問した。(26日まで県内に滞在) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月23日 政治・経済 ダイエー(吹田市)の金沢店が、旧丸越デパート跡地(尾張町2)に開店した。同店の開店に合わせて、武蔵地区のクローバCITY秋まつりが始まった。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月23日 政治・経済 駐日デンマーク大使グロート夫妻一行4人が市長を表敬訪問した。(25日まで県内滞在) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月24日 政治・経済 市営の新寺津発電所の通水式が行われた。(11月末に運転開始) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月28日 政治・経済 ゲント市の助役レナート・モリーウ夫妻が市長を表敬訪問後、奥卯辰山のベルギー庭園で記念植樹を行った。(30日まで滞在) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月29日 政治・経済 伏見川衛生処理場(東力町)の新しい処理施設が完成、試運転を開始した。処理された汚泥は野菜などの肥料に利用される。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 10月31日 政治・経済 駐日オランダ大使カウフマン夫妻が来沢、市役所、県庁を表敬訪問した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 11月7日 政治・経済 蘇州市を答礼訪問する市の友好代表団(江川市長、吉田議長ら7人)が11日までの日程で金沢を出発した。 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 11月11日 政治・経済 市の緑と花の課が、全国主要(30万人以上)73都市における都市公園面積の一覧表を発表した。それによると金沢市は1人当たり都市公園面積は30万人以上の都市では第8位、40万人以上の都市では第1位となった。(55年4月1日現在の建設省「都市緑化年報」による) 金沢の百年 昭和続編
    昭和五十六年(1981) 11月16日 政治・経済 市と富山県福光町を結ぶ金